西田宗千佳のイマトミライ

第255回

「1つの画面で2つの映像」を現実に 「2VD」とディスプレイの未来

JDIは2つの方向から別々の映像を見られる「2VD」技術を発表

8月2日、ジャパンディスプレイ(JDI)が面白いディスプレイを発表した。「2VD(2 Vision Display)」と呼ばれる、2つの方向から別々の映像を見ることができる技術だ。

現在は主に自動車向けに導入が検討されており、来年度から量産が始まるという。

これは技術の1応用例だが、「ディスプレイ技術」には社会を変える可能性がまだまだたくさんある。

今回は、2VDから「ディスプレイ技術と社会の関わり」について考えてみよう。

2つの方向に「高解像度な別の画面」を表示

2VDとはどんな技術なのか? 言葉で語るより、動画で見ていただいた方が早いだろう。

以下の写真は2VDを搭載したディスプレイのもの。見た目にはまったく普通のディスプレイと変わりないように思える。

2VD搭載のディスプレイ。一方向から見たら、まったく普通のディスプレイにしか見えない

だが、見る方向を変えると状況が変わる。以下の動画をご覧いただきたい。撮影位置を左から右へと移動すると、映像がまったく異なるものに変わるのがお分かりいただけるだろう。しかも、どちらの方向から見ても映像はクリアーだ。

2VDのディスプレイを、左右に移動しながら撮影。両方でクリアーな映像が見られる

またこのディスプレイは、双方から「別々にタッチ操作」できるのも特徴。例えば運転手側からタッチ操作しても、助手席側の画面や操作には全く影響が出ない。

タッチパネルになっているが、操作は左側・右側を独立して認識可能で、操作が混ざることもない

実際に見るとなかなかインパクトは大きい。こうした「ニ方向から見られるディスプレイ」は過去にも存在したが、正直画質はあまり良くなかった。解像度がかなり低く、頭をちょっと動かしただけで画像が混ざる「クロストーク」と呼ばれる現象が生まれていたためだ。

だが今回JDIが発表したものは、解像度の面でもクロストークの少なさでも過去とは大きくレベルが異なる。これなら、通常のディスプレイと大差なく使えるだろう。

2VDのスペック。過去のものに比べ大きく進化しており、1枚のディスプレイが2つのディスプレイの代わりに使える

仕組み的には、1枚の高解像度ディスプレイに2つの映像を「市松模様状にして混ぜた」形で入力し、それを特殊なフィルターを介して表示させることで、見る方向によって映像が変わる……というもの。

過去から同じようなものはあるが、ベースになる液晶ディスプレイの解像度が上がったことに加え、フィルターを介して表示される映像がどう見えるかを想定し、特殊な画像処理エンジンを介して「ディスプレイに入力する画像自体を加工する」技術を採用することで、映像の見え方を最適化しているという。

映像を2画面表示する仕組み。画像合成と表示最適化を特殊な画像処理エンジン(ASIC)で行うことで、クリアーな画質を実現している

制約の大きな自動車ニーズを「1枚で満たす」

JDIは、まずこの技術を自動車に採用する予定となっている。

JDIのスコット・キャロン会長兼CEO(最高経営責任者)は、「まずは中国とヨーロッパの自動車会社と導入の話が進んでいる。ある自動車メーカーでは、『未来のコンセプト製品』の主軸機能として使われている。案件を持ち込んだ企業の中で、良い反応を得られなかったところはない」と自信を見せる。

ジャパンディスプレイのスコット・キャロン会長兼CEO

同社・AutoTech事業部長 執行役員の福永誠一氏は、「現在、ハイエンドな自動車では15インチから17インチのディスプレイを搭載する流れがあり、そこへの導入を中心に進めている」と話す。

実際、テスラやBMWなどの車両では、運転者と同乗者の中央に大型ディスプレイを置き、ナビや車内コントロールに使っている。ただその種のディスプレイでは、運転者と同乗者のニーズが異なり、2つのディスプレイを搭載する流れもある。

横長のディスプレイを採用するメーカーが多い一方で、中央に大型のものを採用する流れも。JDIは2VDでさらに差別化を狙う

一方、同乗者用の助手席の前に置くディスプレイには複数の制約があるという。

まず、エアバッグ搭載位置の関係上、縦方向に大きいディスプレイが搭載しづらいこと。

そして次に、これは一部の国の法規(JDI・福永氏)とのことだが、運転者から助手席のディスプレイが見えてはいけない、というルールがあることだ。これはライドシェアなどでプライバシーに関する事情から、ということもあるし、ドライバーに映像などが見えることで集中力が削がれ、危険性が高まる可能性を防止するため……という意味合いがあるという。

だから現在は、助手席用のディスプレイを「小さいもの」にし、さらに「運転席側からは表示が見えない」プライバシーフィルター的なものを搭載する必要があるのだという。

2VDの場合にはこれらの問題が解決できて、しかもディスプレイが2枚ではなく1枚で済むので安価になる……というのがJDIの主張だ。

もちろん、通常のディスププレイより2VD対応ディスプレイは高価だが、2枚買うよりは安い。「それがどのくらいになるかは量産次第」(JDI・キャロンCEO)ということのようだ。

自動車の助手席用ディスプレイには意外なほど制約が多いが、2VDなら解決可能、とJDIは主張する

車載市場を中心に、JDIは2030年までに1,000億円の市場規模を目指す。同社の現在の売り上げは2,000億円規模なので、実現すればかなり大きな変化だ。赤字が続く同社として、期待は大きいだろう。

自動車の先に「1兆円市場」がある?

ただ、JDIはこの先で車載の先を狙う。

キャロンCEOは「1,000億円としたが、私は1兆円市場も、その先も狙える」とご機嫌だ。1兆円というのは具体的な予定があるものではなく、「どこまで伸びるかわからないが、私は車載にとどまらないと思っている」(キャロンCEO)ということのようだが。

というのは、「2画面以上を表示できるディスプレイ」は、もっと大きなニーズがあると考えられるからだ。

次の動画をご覧いただきたい。これは2VDの技術を使い、デジタルサイネージを想定して開発したものだ。ディスプレイから離れていくと画像が変わり、2つの情報が表示できている。

先ほどは左右で画像を切り替えていたが、それを縦に使い、撮影者とディスプレイの角度が距離によって変化することを活かして、2つの画像を切り替えるサイネージにしているわけだ。

デジタルサイネージを想定したデモ。撮影者が後ろに動くと、表示される映像が変わっていくのがわかる

2VDは2画面だが、「表示する画面の解像感が落ちていく」ことを許容するなら、3画面・4画面と表示は可能だ。現実的には3画面くらいまでが妥当で、多くの用途は2画面が適切と想定しているようだが、確かに色々な可能性がありそうだ。

JDIとしては自動車以外の幅広い用途も見込む

ディスプレイの世界はもっと多様になっていく

世の中にあるディスプレイはどんどん高度化している。だが、そのほとんどは「一定の縦横比の四角い板」だ。その辺は、テレビであろうがスマートフォンであろうが、サイネージであろうが変わりない。我々は日常的に「四角い窓の中に表示される情報」を見ている。

だが、ディスプレイの形はもっと自由であるべきだし、使い方も変わっていい。

今年の1月、CESのレポートでも、そうした可能性拡大の話を書いた。

ディスプレイ技術が進化する一方で、既存のディスプレイと同じ使い方では市場拡大が見込めなくなってきている。テレビも「ニーズは減らないが、ふえもしない」状況になってきたし、スマートフォンも、市場は大きいが「ここからどんどん拡大する」フェーズはとうに終わっている。

だが、世の中のデジタル化はまだ終わらない。デジタルと人の接点として、情報を見るためのディスプレイは必須であり、その形状や使い方はもっと広がっていく。

JDI・キャロンCEOがご機嫌であり「1兆円を目指せる」と強気な発言をしたのは、そうした可能性をよくわかっているからだ。実際に2VDがどこまで市場を広げられるかは見通しが効かないが、確かに「いままでにないディスプレイの市場」があるのは間違いない。

一方で、他社も同様に狙っている。JDIの2VDに類する技術は他社も開発しており、筆者も見たことはある。JDIとしてはそこに先駆けて高画質のものをアピールできたということだと理解している。

重要なのは、これから「どんなディスプレイをどこに提案するか」ということであり、JDIはまず「自動車」という確実な市場を選び、その先を模索している……ということなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41