西田宗千佳のイマトミライ

第247回

空と宇宙に広がる通信 NTTとスターシップにみる「NTNの可能性」

通信事業者と航空・宇宙を巡る動きが激しくなってきている。6月3日には、NTTグループが宇宙事業戦略を発表、事業ブランドを「NTT C89」に定めると発表した。

その中で、高高度プラットフォーム(HAPS)を使った通信サービスについても、2026年にサービスを開始すると発表があった。

さらに週末には、SpaceXが開発中の大型輸送システム「Starship/Super Heavy(スターシップ・スーパーヘビー)」のテストフライトが行なわれた。筆者も中継を見ていたが、多くの宇宙・テクノロジー好きが実況で盛り上がっていたように感じる。

今回はこうした流れがどのような形で進んでいるかを、筆者が取材で得た視点でまとめてみたい。

2026年はNTN元年になるか

衛星やHAPSを使った通信網のことを、通信業界では「NTN(Non Terrestrial Network、非地上網)」と呼んでいる。NTNは様々な通信技術の集合体だが、最終的には統合して運用されることになるだろう。NTTグループはそれを「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」と呼んでいる。

NTTグループが構想する「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」

スターリンクがサービスを開始し、衛星を使った高速通信が実際に使えるようになって以来、低軌道衛星(LEO)を通信回線として使う動きは加速している。携帯電話から直接通信をするサービスも、KDDIとスペースXによるものが今年中に、楽天モバイルとASTモバイルのサービスが2026年にスタートする。

現状携帯電話との直接通信は発表していないものの、Amazonが手がける衛星ブロードバンドサービス「Project Kuiper」も、2025年にはサービスを開始する。NTTはスターリンクだけでなく、Amazonと提携しProject Kuiperも使う。

昨年末にラスベガスで開催された、アマゾン・ウェブサービスの年次開発者会議「re:invent 2024」基調講演では、Project Kuiperの進展も語られた

同じLEOでも、小さいものを数千機打ち上げて通信する方法もあれば、大きめのものを数百から数十打ち上げて、地上との通信速度をカバーする方法論もある。前者はスターリンクであり、後者はProject KuiperやASTスペースモバイルの方法論でもある。それぞれ得意な領域が異なるので、補完的に使われるのではないだろうか。

HAPSも含めれば、2026年前後が「NTN元年」的な盛り上がりになるのは間違いない。

衛星やHAPSは通信可能な場所を「広げる」もの

こうした衛星系サービスが増えていくのは、それだけ大きなニーズが見込めるからでもある。

だがそれは、一般的な通信を置き換えるためではない。

いかに衛星が整備されようとも、地上に張り巡らされたケーブル網を超える効率になることはないし、携帯電話についても、一般的なトラフィックが衛星経由になり、地上の基地局が不要になることもない。そもそもNTNのコストはかなり高く、地上網に比べて「通信速度で見た費用対効果」は必ずしも良くない。

重要なのは、「ケーブル網が届かない場所は多数ある」ということだ。

NTTとスカパーJSATが合弁で設立したSpace Compass・代表取締役Co-CEOの堀茂弘氏は、6月3日の会見で次のように述べている。

「不採算地域の地上インフラはもうやり尽くしており、そういうところをNTNの組み合わせで考える必要がある。ではそれが、コストに合うかは、答えづらい。だが、マチュアな(成熟した)技術になる前に取り組む必要が、特に日本にはあるのでは」

現在も、スターリンクは山間部や海上で使われている。

山間部や海上に既存のネットワークを敷設するのは難しいし、従来の静止衛星型ネットワークでは速度・収容能力ともに足りない。専用のアンテナを使い、スターリンクのようなLEOを使うことでようやく、固定網に近い快適さを提供できる。コストはかかるがやるべき価値のあるサービスであり、だからこそ導入が進んでいる。

同時に、災害対策の面でも「いかに素早く回線を用意して基地局復旧を目指すか」というテーマがある。日本のように自然災害が多く、山岳地帯も広い国土の場合、NTNは重要な存在である。

人口減少の中、高度化するインフラを採算が厳しい地域に広げるのは難しくなっていくし、緊急時に素早く展開する必要も出てくる。そうすると、「いかにNTNを効率的に運用するか」というノウハウは必須のものとなっていく。

現状、NTNのノウハウを持つ国は少ない。HAPSとなると特にそうだ。成層圏まで巨大な機体を飛ばし、何十日も自律動作させて通信回線とする技術は世界中で開発されているが、「実際に運用できる」ところまで来ている事業者は少ない。

そうしたノウハウを早期に構築していくことは、通信事業者にとっても、国にとっても重要な話になってくる。前出・堀氏は「NTTのためだけでなく、幅広く使えるインフラとしたい」とコメントしている。

そしてもちろん、同じような運用ノウハウを必要とする国々は多い。だからこそ、早期の構築は「ビジネスにもなる」のだ。

衛星ネットワークが通信と観測のビジネスを拡大

NTN、特にLEOを使ったサービスは、新しいビジネスの可能性を生み出す。前出のように「いままでは通信が不可能だった場所」での通信・映像サービスを実現するからだ。

今回のStatship・Super Heavyのテストでは、特にその力を感じた。

Starshipの打ち上げは、本体につけられたカメラで中継が続けられた。機体との間でプラズマが発光しながら機体が降りていく様を見ながら、「これを中継できているのはすごいな」と感じたものだ。

©SpaceX
Starship第4回打ち上げ実験の中継より。こうした映像がリアルタイムにスターリンクを経由して送られてきた

中継はスターリンク衛星と、Starshipに搭載されたカメラが連動する形で行なわれていたという。ギリギリまで通信をし続けられるインフラとしてスターリンクが機能されていたわけだ。

映像はエンターテインメント性に富んだもので、それだけでも大きな価値を持っていた。だが、映像とテレメトリーデータも大量に取得できており、そのこと自体がStatship・Super Heavyの開発に大きく寄与することになるだろう。

LEOによる観測と通信のネットワークが広がることは、これまで民間では使いづらかった観測データが拡散することにつながる。農業にしろ建築にしろ、高空からの情報をふんだんに得られるようになると、新しいビジネス価値が生まれるのは疑いない。

そうなると必要になってくるのが「宇宙のデータセンター」だ。

LEOでは衛星同士が高速に通信を行ない、エリアの広さを実現する。LEOを通信衛星でなく観測衛星として使う場合にも、データをすべてLEOから地上に降ろすのではなく、一度別の場所に蓄積した方が使いやすくなる。例えば日本で使う場合、LEOは常に日本へと直接通信ができるわけではない。いったん他のLEOへデータを送るか、別の衛星に転送し、それらから地上へと転送する方が良い。

そのため、静止軌道衛星(GEO)として衛星データセンターを構築して情報を蓄積、さらにそこから光を使ってダウンロードする形が考えられる。

さらに衛星データセンターは、月などとの通信中継基地にもなる。

NTTとスカパーJSATによる「宇宙統合コンピューティング・ネットワーク」。NTT技術ジャーナルより引用

NTTのいう宇宙統合コンピューティング・ネットワークとは、そういう世界を指す。かなり壮大な考え方で、構築までには相応の時間が必要だろう。収益性の問題も課題はある。

だが前述のように、それが実現できれば付加価値のあるインフラになりうる。こうした民間活用を政府も後押ししているのは、そうしたインフラ構築が周辺国に対する優位性となり、大きな差別化要因になる……と考えているからだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41