西田宗千佳のイマトミライ

第236回

「ゴジラ-1.0」はなぜアカデミー視覚効果賞を獲ったのか

「ゴジラ-1.0」(C)2023 TOHO CO., LTD.

3月11日、アメリカで第96回アカデミー賞が発表になった。日本からの作品としては「君たちはどう生きるか」が長編アニメーション賞を、「ゴジラ-1.0」が視覚効果賞を受賞した。

2つの作品が同時に海外でも高く評価され、一人の映画ファンとしてもとてもうれしく、誇らしい。

中でも「ゴジラ-1.0」の受賞は、同作が公開された昨年11月には予想もできなかった。それだけ素晴らしい作品であり、そのことが世界に通じた、ということかと思う。

一方で、「ゴジラ-1.0」の受賞については少し誤解のある言説が多いように思う。

筆者は映画の専門家ではないが、CGを軸にした昨今のVFXについてはいくつか取材している。最近の取材で感じたのは、ハリウッドにおいても「既存のやり方が厳しい」という流れが強くある、という点である。

それはどういうことで、「ゴジラ-1.0」の受賞にどうつながっているのかを考えてみたい。

「ゴジラ-1.0」が小規模チームでVFXを作れた理由

アカデミー賞のノミネート後、東宝は、「ゴジラ-1.0」のVFXに関するメイキング動画をYouTubeで公開した。

『ゴジラ-1.0』VFXメイキング<大ヒット上映中!

この動画の中では、35人のスタッフがいかにして「ゴジラ-1.0」という作品を作り上げたのか、ということが語られている。

冒頭で山崎貴監督自身が語っているのだが、35人という数は「ゴジラ-1.0」のような作品を作るにはかなり少ない。ハリウッドの大作と比べると桁違いの少なさだ。まさに知恵のであり、みたことのない方にはぜひ視聴していただきたいと思う。

ただ、人数の少なさによる工夫は、少し誤解を産んでいるように思う。

「ゴジラ-1.0」が賞を取った後には、「昔ながらの手作りがハリウッドに勝った」「低予算が評価された」という報じられ方をした。

だがそれは少し違う。

まずなにより、「ゴジラ-1.0」が評価されたのはクオリティが高かったからだ。「予算の割に」という評価もあるだろうが、クオリティで劣るものが賞を取ることはない。

次に、「ゴジラ-1.0」のVFXは古典的なわけでもない。CGばかりではないが、逆にCGも最新の技術と知見で作られている。そもそも、ハリウッド作品だってCGだけを使うわけでもない。

(C)2023 TOHO CO., LTD.
(C)2023 TOHO CO., LTD.

ではなぜ賞に値するほどのクオリティを実現できたのか?

理由は、プロジェクト全体のコントロールにある。

本編を見ていただければわかるのだが、「ゴジラ-1.0」では、VFXの使い方にかなり強弱がある。ゴジラが大暴れするようなシーンの量は絞り、撮影が難しいシーンをどうVFXでカバーするかを慎重にコントロールしている。

全編あらゆる場所にVFXを使う予算はないわけで、作品全体をどう構成し、どこにどうVFXを使うのかという点を、監督を頂点としたチームが制作の初期から検討した上で作り上げているわけだ。

VFXを担当したのは、山崎監督が所属する「白組」。関係の近いチームで、密接な意思疎通のもとに作り上げたから、コンパクトなチーム・少ない予算であのクオリティになったのだろう。

(C)2023 TOHO CO., LTD.
(C)2023 TOHO CO., LTD.

コロナ禍で「コンパクトな体制」に改めて注目が集まる

前掲のメイキング動画を見ながら、「コンパクトなチームで」という話を聞いたとき、筆者は昨年秋、ハリウッドでVFXに関する取材をした時のことを思い出していた。Netflixで昨年末に公開された、実写ドラマ版「幽☆遊☆白書」に関する取材だ。

「幽☆遊☆白書」では全編にVFXが使われているが、その取材で中心となったのは、悪役である「戸愚呂兄弟」のCG制作についてだった。

この中で使われていたのは、演技と表情をそのまま3Dデータにする「ボリューメトリックキャプチャ」技術だった。

CGでキャラクターを作る場合、一般的には仕草や表情をモーションとしてキャプチャし、CGモデルに仕込んだ関節(リグ)に合わせて動かす。ただそうすると、皺や顔色を含めた細かな表現を再現するには、相応に作業量が増える。

そこで、戸愚呂兄弟のCG化を担当したScanline VFX社では、演技した表情を立体データとして「そのままキャプチャする」手段を採用した。これが「ボリューメトリックキャプチャ」だ。演技者の表情・顔色をそのまま生かしつつ、「どの方向からのショットも作れる」という、CGの利点も活かす仕組みだ。

戸愚呂兄を演じた滝藤賢一氏は、顔の細やかな演技をハリウッドのスタジオでキャプチャした
ボリューメトリックキャプチャ施設。演者は中央に立って演技し、大量のカメラで顔の全方向を同時に記録する

この技術はScanline VFXの開発したもので、今は多くのハリウッド映画にも使われている。

この技術を彼らが開発したのは、「コロナ禍でどう映画を撮るか」にあったという。

多人数がスタジオに集まるのも、大量のキャストが集まるのも難しい。かといって、演技なしにCGで作れるわけでもない。

「ならば、少ない人数でリアルな演技をデータ化し、素早く実制作に入るにはどうしたらいいのか」

そういう発想で生まれたのがボリューメトリックキャプチャを映画に活かすことだった。

実際、この作業に関わる人の数は少ない。スタジオにはオペレータに監督陣、演者を含めて十数人いればよく、集中して作業が進められる。

ボリューメトリックキャプチャ中の様子。撮影されたデータを見ながら演技を煮詰めていく

昨今は巨大なLEDディスプレイの前で演技する「バーチャルプロダクション」の利用も進められているが、これも、ロケーション撮影のための移動を減らし、全体でのコストメリットを高めるための工夫でもある。

VFX予算に苦悩するハリウッド 「低コスト」試行錯誤

今回のアカデミー賞・特殊効果部門には、もう1つ「低予算」で注目される作品があった。

ギャレス・エドワーズ監督の「ザ・クリエイター/創造者」だ。

近未来を描いたVFXに圧倒される作品なのだが、製作費はハリウッド大作の半分以下である8,000万ドル(約120億円)だったとされる。

ギャレス・エドワーズ監督は、山崎監督と同じくVFX出身。こちらも全体をコントロールしつつ、コンパクトな撮影チームで動くことによってハイクオリティなシーンを作り上げた。

実のところ、ハリウッドだって「大規模なコストのかかるVFX」には課題がある、と思っている。Scanline VFXの試みも、そのジレンマに対する対策の一つであるわけだ。

VFXを活かした大作には、大量の人員が投入される。そうしないと間に合わないからなのだが、人員をかけるほどにコントロールは難しくなり、コストもかかる。「どうやれば効率的に、印象的なシーンを作ることができるのか」というコントロールを効かせないと、コストは際限なく大きくなっていく。

今年のCESでは、その点で面白い話を聞いた。

ソニーグループ・吉田憲一郎CEOに単独インタビューした時のことだ。

ソニーグループの軸の1つは映画であり、大作が多い。そこでの課題として吉田CEOは次のように語っている。

吉田CEO:ハリウッドのストライキがありましたが、おそらく、映画産業に与えるインパクトは、コロナよりも大きなものになります。なぜなら、脚本家がライティング(執筆)を止めたからです。これからのコンテンツのアウトプットに影響してきます。

ライティングはクリエイションの中でも上流であり、発想をストーリー・形にすることです。そこからビジュアライズしていくことになりますが、そこでは「かかる時間」がコストになって、ダイレクトに影響してきます。

だとすれば、クリエイターの時間を有効化・効率化し、上流の時間で「いろいろ試せる」機会を作るべきです。クリエイティブエンタテインメントカンパニーとしてそこにソリューションを提供することは理にかなっていますし、そこでゲームエンジンが果たす役割も大きなものです。

バーチャルプロダクションやポストプロダクション(撮影後処理)でのVFXは、映画の可能性を広げる。しかしどちらも、実制作には相応のコストがかかる。現場で試行錯誤するとコストは嵩む一方だ。

CESのソニーグループ・ブースではバーチャルプロダクションのデモが。撮影の自由度は高まるが、これもコストはかなりかかる

そこでソニーは昨年、米・ロサンゼルスにあるソニーピクチャーズ・スタジオの近くに、「Torchlight」という施設を作った。

ソニーは昨年「Torchlight」をロサンゼルスに作った。実は非常に戦略的な施設でもある

ここは、映画やドラマの制作前に、映像をどのように作ればいいかを検討する「プリプロダクション」「プリビジュアライゼーション」専用の設備だ。

この設備では、ゲームエンジンを使った「バーチャルカメラ」や「バーチャル照明」を用意し、小さな規模で「どうすればどんなビジュアルが生み出せるか」を自由に試せる。

ソニーによる「Torchlight」の説明ビデオ

すなわち、撮影やVFXでどんなことをすべきかを「先に小さい規模で試行錯誤しておく」ことで、方針をちゃんと定め、実際に撮影・制作に入った後のコストを最適化できるのでは……ということだ。

こうした試みがどれだけ映画の制作費を下げるのに役立つのかは、ここから数年を経ないと見えてこないが、注目しておく価値はある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41