西田宗千佳のイマトミライ
第215回
Pixel 8の登場とソフトウェアによる差別化を進めるグーグル
2023年10月9日 08:20
10月4日、Googleが新しいスマートフォン「Pixel 8」シリーズと、スマートウォッチ「Pixel Watch 2」を発表した。
iPhone発表から続く秋の新製品ラッシュもそろそろ落ち着く時期だが、最後の大物が出てきた感じでもある。
今回はGoogleの狙いについて、発表されている内容から考えてみよう。
Tensorコアを活かすPixel 8 ターゲットはiPhoneユーザー
Pixelシリーズが生まれたのは2016年のこと。以来毎年アップデートを進め、今年は第八世代の「Pixel 8」になった。
ただし、今のPixelにつながる製品になったのは、2021年秋に発売された「Pixel 6」シリーズからだ。自社設計のSoCである「Google Tensor」シリーズを搭載し、搭載するソフトウェアやサービスもより「Pixelに特化した形」に変わっている。
Pixel 8シリーズに搭載されているのは「Tensor G3」。数字でわかるように第3世代にあたる。
G3が過去のTensorシリーズとどう違うのか、Googleはあまり細かいことを発表していない。
わかっているのは、CPUコアがArmの最新世代である「Armv9」であり、SoC内で機械学習処理をカバーする「Tensorコア」が使う機械学習モデルが、Pixel 7シリーズ搭載のTensor G2に比べ150倍の規模になっているという。
実際の速度差が見えづらいが、新たに搭載された「音声消しゴムマジック」や「ベストテイク」は、より高度な機械学習を活用している機能、といっていいだろう。
「音声消しゴムマジック」は、ビデオ内の音声を解析し、ノイズや音楽、環境音などに分けて、それぞれを調整する機能。要はビデオから音楽や会話だけを残すことができるわけだ。
「ベストテイク」は、背景が同じ写真(要は連続撮影された写真)から、顔だけ「自分がベスト」と思うものに差し替えるもの。AIでの補正ができるから実現できるものだ。
短時間のプレスイベントで触れた限りでは、使いやすく、誰の目にもはっきりと違いがわかるという意味で、Pixel 8シリーズはとても良い差別化ができている、と感じる。
iPhoneが「iPhoneを使い続けている人や、iPhoneを使っている人同士で便利な機能」に集約したアップデートをしている一方で、アップルからシェアを奪いたいGoogleは、より明確に「他社との違い」をアピールしている。
公式ストアでの下取りキャンペーンでも、iPhoneやPixelとそれ以外のスマホでは、明確に価格差をつけている。リセールマーケットでの世界的なニーズを反映したものでもあるのだが、Googleがどこをライバル視しているのかもはっきりわかる。
Pixel Watch 2は「センサー+ソフト」で進化
プロセッサーとソフトウェアで差別化する、という意味では、Pixel Watch 2も同じアプローチである。
Pixel Watch 2は、詳細不明であるものの、プロセッサーがクアッドコアになり、心拍センサーや皮膚温センサーなどの強化が行われている。
スマートウォッチなどの民生品に搭載できるセンサーは精度に限界がある。Pixel Watch 2ではセンサー精度も強化しているが、それでも限界はある。結局スマートウォッチでは、「長時間つけ続けることを前提に、機械学習を活かして精度を上げて生活の指針を目指す」のがベストな戦略になる。
そこでは当然、ソフト面での作り込みがとても重要な要素になってくる。
今回は「高心拍トレーニングに関する提案機能」や、「皮膚温の変化に伴う風邪などの可能性の提示」といった機能が搭載されている。
アップルがApple Watchでヘルスケア路線を強化しているのと同様に、Pixel Watchも、平常時との違いを把握したり、平常時と違う環境での効率的なエクササイズを行ったりする方向に向かっている。
現状、Apple Watchほどのブランド力はないが、Pixelユーザーに最適のスマートウォッチであり、スマホととともにファンを増やすということなのだろう。
ヘッドフォンも「ソフトで差別化」
ソフトによる作り込みと進化は、ヘッドフォンにもやってきている。
Googleは発売済みの「Pixel Buds Pro」に付いて、このタイミングでソフトウェアアップデートを行なう。
具体的には以下のような機能が追加される。
まず、通話に使う帯域が倍になる。
また、Pixel 7シリーズ以降と組み合わせた場合、通話音からノイズを除去して聴きやすくする「クリア音声通話」に対応する。
会話中にはそれを認識し、外音取り込みモードに自動切り替えを行う。
さらに、聞いている音量が一定より大きくなると警告し、聴覚を保護する機能も搭載される。
それぞれは他社のヘッドフォンにも搭載されているものだが、ソフトのアップデートとPixelの連携で価値を高める、というのはわかりやすい。
現在のヘッドフォンは単に音を伝えるのではなく、ヘッドフォン内のプロセッサーでソフトウェア処理をして価値を高めるのが基本。その最たるものが、アップルのAirPods Proだ。
GoogleはiPhoneをライバル視すると同時に、ヘッドフォンについてもアップルの後を追いかけ、ライバルになろうとしているわけだ。
ソフトとサービスで差別化の時代 Googleの猛攻に他社はどう対応するのか
ソフトウェアやサービスによる差別化という意味では、「アシスタントとしてのソフトウェア」の価値がさらに高まっていくだろう。
SiriやGoogleアシスタントという話ではない。Googleは生成AIを使った「Bard」を展開中だが、Bardをアシスタントとして活用する。
やろうとしていることはGoogleアシスタントの延長線上にある。ただ「命令を聞く」というよりは、入力をもとに「次にすることを先回りして対応する」感じになる。
Googleは例として、犬の写真を撮ると「SNSへ投稿しようとしている」と考えてキャプションの入力を促したり、旅行の予定についてGmail内から取得した詳細をもとに食料リストを作る……といった形で対応する。
処理のほとんどはクラウドで行なわれるが、自分のスマホやアカウント内のデータを活用するため、よりパーソナルなものになるだろう。
これらはPixelだけで提供されるわけではなく、他社のAndroidスマホやiPhoneにも提供されるが、Pixelで効果的に使い、「Googleのスマホ対応」を印象付けるものとしていくだろう。
アプリの作り込みやサービスの一体化は、Googleの武器となりつつある。アップルも似たようなことをしてiPhoneを差別化してきたが、前述のように「iPhoneを使い続けている人に便利な仕組み」に特化してきていて、Pixelほど派手な機能を搭載しているわけでではない。
この派手さこそがPixelの特徴であり、他社に対しての強みとなっている。プラットフォームでの差別化や優位性だけでなく、ソフト開発にかけられるコストでの差別化が商品力の差につながる時代だ。
Pixelのシェアは日本でどんどん大きくなっている。Pixel Fold以降はNTTドコモでも扱われるようになったのも大きい。
グローバルに大きなシェアを持つスマホ、例えばGalaxyなどなら、同じようにコストをかけて差別化していける。では、それ以外のメーカーはどうだろうか?s
注力点やマーケティング上の見せ方などでさらなる工夫が求められる時代になっていきそうだ。