西田宗千佳のイマトミライ

第192回

業界最多の配信ボタン11個も テレビリモコンにみる配信と放送の今

REGZA「77X9900M」

4月6日、TVS REGZA(以下REGZA)は、2023年向けテレビ製品のうち、液晶・有機ELを使ったハイエンド3シリーズ「X9900M」「Z970M」「Z870M」を発表した。

例年になく力が入っている製品なのだが、注目すべきは画質などだけではない。ネット動画に対する対応がかなり強化されているのだ。

それはどのようなところから見えるのか? リモコンだ。

今年のREGZAのリモコン。上の方にずらっとダイレクトボタンが並んだ。もはやテレビ放送のチャンネルボタンと面積は変わらない

リモコンがこのように「ダイレクトボタン」重視に変わったのはなぜなのか? そして、そこにはどんな背景があるのかを考えてみよう。

レグザのリモコンに見る「ダイレクトボタン」の変化

REGZAのリモコンは毎年少しずつ変わっているが、今年のリモコンは特に大きく変わった。

前掲の写真でお分かりのように、ネットサービス系のボタンが11個も搭載されているのだ。これは現状、業界最多数となる。

搭載されているのは、「Prime Video」「Netflix」「Disney+」「ABEMA」「YouTube」「TVer」「U-NEXT」「hulu」「Net-VISION」「NHKプラス」と「WOWOWオンデマンド」のダイレクトボタン。加えて、好みのネット動画アプリなどを登録できる「My.Choice」ボタンも2つ備えている。

配信サービスのダイレクトボタンは11個。2つ自分で割り振れるボタンも用意されている

10年前、REGZAのリモコンにネット関連ボタンはなかった

2013年のREGZAのリモコン。ネット配信のダイレクトボタンはない

それが2015年、Netflixの日本上陸に合わせるように「Netflixボタン」を搭載したのを皮切りに増えていく。

2015年のリモコン。Netflixのサービス開始に合わせ、リモコンに「Netflix」ボタンが生まれる

ソニーの「BRAVIA」も搭載に積極的なのだが、2019年にはREGZAも6つになり、さらに今回、11個にまで到達した。

2019年のREGZAのリモコン。動画配信ボタンは最下段

各社のリモコンにどのように搭載されているかは、AV Watchが2021年5月に記事化しているので、そちらを見ていただくのが近道だろう。

もはや珍しいものではないし、ネット配信専用端末のリモコンにもついてくる。筆者の手元にあるFire TVの「Alexa対応音声認識リモコン Pro」にも4つ搭載されているし、4月15日には、今後TVerのボタンが搭載されることも発表されている。

Fire TV用のAlexa対応音声認識リモコン Pro、Amazon Prime Video/Amazon Musicの他に、NetflixとABEMAのボタンがある

ダイレクトボタン増加は「配信が放送並になった」証

これだけボタン搭載が増えている理由はなにか?

「ボタンをリモコンに搭載すると、広告費などで儲かるからだ」と考える人もいそうだが、それはちょっと違うようだ。

ボタン搭載で一定の金額が発生するのは事実だが、たいして儲かる額でもない。そもそもダイレクトボタンに対し、利用者から一定の支持が得られていないと、ここまで広がるものでもないのだ。

今回、REGZAのダイレクトボタンで起きていることは、「放送と配信、どちらが重視されているか」というバランスの変化でもある。

前掲の写真をよく見ていただけると、その辺の事情が見えてくる。初期には「あまり使わない場所」にあったボタンが、今年のREGZAでは、より使いやすい場所へと移動している。これまで、テレビ用リモコンの主役は「チャンネルボタン」だったわけだが、それと同格の位置・面積を占めるようになった。

2019年(左)でリモコンの下部にあった配信系ボタンが2023年モデル(右)では最上部の使いやすい場所に移動している

もちろん、これはREGZAが意図的にやっていることであり、ニーズそのものというより、先取りである部分が大きい。しかし、まったくニーズがなければ、ここまではしないのも事実だろう。

この種のボタンが最初に搭載されたのは、2006年頃のこと。意外かもしれないが、日本メーカーと日本のサービスの連携による取り組みが先行していた。

2006年には東芝(現TVS REGZA)が、同社のテレビ「FACE」に、ぷららネットワークス(現在はNTTドコモに合併)の「4th MEDIA」の再生クライアントとダイレクトボタンが搭載された。

東芝、42/40/37型フルHD液晶テレビ「FACE」最上位モデル(2005年9月)

2006年「FACE」上位モデルのリモコンに搭載された「4th MEDIA」ボタン

その後、2007年にテレビ向けのポータルサービス「アクトビラ」がスタートし、各社にボタンが搭載されていく。

デジタルTV向けポータル「アクトビラ」が2007年2月開始(2006年9月)

2007年のVIERAのリモコン。左上の赤枠内が「アクトビラ」ボタン

だが4th MEDIAは「ひかりTV」に統合され、アクトビラは2022年にサービスを終了している。それぞれ、ユーザーニーズを先取りする形で搭載されていたが、さほど支持を得られなかった。当時は、ボタンの位置も良い位置ではなかった。

だが、今はもう違う。

結局「ダイレクトボタン」が便利

リモコンのボタンが増えていくことをよく思わない人もいると思う。実際、テレビ用リモコンのボタン数は多すぎる、とは筆者も感じる。

「もはやテレビはソフト制御なのだから、ボタン数は最低限にしてメニュー選択にすればいい」

そんな声を聞くこともあるが、これはさほど現実的な話ではない。というのは、テレビメーカーはすでにその方針で何回もトライし、うまくいかなかった経験があるからだ。

メニュー選択は、PCやスマホに慣れた人には全く問題ないだろう。だが、そうでない人にとっては「今自分がどこを操作しているのかわかりにくくなる」特性がある。幅広い層に向けた機器では、これがマイナスになる。

過去、シンプルなリモコンを作ったテレビメーカーに「ボタンが欲しい」とクレームを入れたのは高齢者が中心だった、と聞いたことがある。それはまさに、メニュー遷移がわかりにくかったからだ。

とはいえ、いまや誰でもスマホを使う時代。メニュー遷移を厭う人も減っているだろう。

とはいえ、欠点は他にもある。

なにより「めんどくさい」のだ。

使うことがわかっているなら、ボタンから直接呼び出せる方がシンプル。音量ボタンをメニュー操作にするメーカーはどこもない。カッコ良くはないかもしれないが、「押せばどんな機能が呼び出されるか」がボタンに書いてあるのは、誰にとってもわかりやすい。自分だけが使うのではなく、家族も使う機器ではそうしたことも重要だ。

テレビも、無限にボタンが増えているわけではない。

ボタンが増え始めたのは、テレビにBS/CSがつき、さらに録画機能が搭載され始めた頃だろう。今は、BS/CS系は「チャンネル切り替え」くらいでよくなり、録画系も重要度は減った。ダイレクトボタンの位置や数は、そうした流れの中で取捨選択が進み、一定の数で落ち着いている。

そう考えると、もっとも大きな懸念は、「自分が使っていないサービスのボタンがある」という点になる。これは確かにそうだ。

1つの方策として、使っていないサービスには「ボタンになっていないサービスやアプリを組み込む」設定を入れることだろう。だがこの場合、ボタンを設定した本人はわかるが、それ以外にはわかりにくい……という課題が生まれる。

これは当面解決しそうにない。だから、増えるとしても「テンキーの数くらいまで」が限界だろうとは思う。

民放に迫るYouTubeやアマプラ ネット配信画質向上が「テレビのウリ」に

昨今のテレビにおけるネット動画重視は、なにもリモコンだけにとどまらない。

どのメーカーも、ネット動画のバンディング(背景などに生じやすい縞状のノイズ)やディテールつぶれに対する対策をテレビに搭載するようになっている。先日発表されたREGZAでも、「ネット動画ビューティPRO」という高画質化機能が搭載された。

新REGZAには、YouTubeでの画質向上を目指した「ネット動画ビューティPRO」が搭載された

この機能のターゲットはズバリYouTube。ネット接続されたテレビにおけるYouTubeの1日あたりの視聴量は、すでに民放キー局と並んでいる。それだけ見られているなら、テレビの質を云々する時に、「YouTubeがきれいに見られる」ことは大きな要因になるのは当然だ。

なお、有料の配信ではAmazon Prime Videoがトップシェアだが、この視聴量は「テレビ東京の視聴量とほぼ同じ」だという。逆にいえばそのくらい、配信はもう普通に見られている、ということなのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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