西田宗千佳のイマトミライ
第169回
「Microsoft Designer」とAIが本当に変えるもの
2022年10月17日 08:20
マイクロソフトは年次開発者会議「Microsoft Ignite 2022」(以下Ignite)を、10月13日・14日に開催した。
基本的には開発者向けのイベントだが、同社のこれからの行方を考える上で重要な発表が多数行なわれた。すでにイベントは終了しているが、発表内容やプレゼンテーション内容の動画はオンラインで公開されているので、お時間のある方はご覧いただければと思う。
また、建て付け上別のイベントではあるが、Ignite基調講演の直前には、同社の新ハードウェア製品を発表するイベントがオンラインで行なわれ、「Surface Pro 9」をはじめとした新製品群が発表になっている。
一方で、筆者が注目したのは1つの新しいサービス。それは「Microsoft Designer」だ。今回はこのサービスが示した新しい時代の可能性を少し考えてみよう。
テンプレートでなく「呪文」でデザインを生み出す新ツール
Microsoft Designerとはなにか? 簡単に言えば、ウェブベースで提供される簡易デザインツールだ。現在はプレビュー版の公開に向けて登録が始まっている。
・Microsoft Designer
https://designer.microsoft.com/
基本的には無料で提供されるが、Microsoft 365のユーザーには「プレミアムなコンテンツなど」が提供される予定であるという。
どんなことができるのか? “デザイナー”の文字通り「簡単なデザイン」だ。
チラシやSNSの告知画面、動画のオープニングなど、デザインが必要な要素は多数ある。昔からそうした要素を簡便化する努力は続けられてきた。WordやPowerPointで自作する場合が多いわけだが、それらの場合「いかにもな素人デザイン」になってしまう。デザインの知識がない人でもより簡単に、見栄えのするものを作れれば……という場面は多い。
そうした市場を先に狙ったのはAdobeである。昨年末公開した無料ツール「Adobe Express」は、まさに、「日常的なチラシなどの作成を素人っぽくないデザインにする」ためのものだ。
・Adobe Express
https://www.adobe.com/jp/express/
Adobe Expressはシンプルにテンプレートを選んでいけばデザインが出来上がる、よくできたツールだ。
言葉を飾らずにいえば、Microsoft Designerはその後追いに見える。
しかし、両者の本質は「少なくとも現状」という留保はつくものの、大幅に違うものである。なぜなら、Microsoft Designerは「テンプレートを見て、クリックして選んでいく」ツールではないからだ。
ではどうするのか? 使うのは「プロンプト」、いわゆる「呪文」だ。
表示される空欄に作りたい文書のイメージを「文章で」書く。するとMicrosoft Designerはその内容を読み取り、適切と思われる画像とデザインを「生成」して並べる。
もちろん、最終的な修正には、位置調整や適切なサンプルからのピックアップといった、テンプレート型のデザインツールと同じことをする。
しかし本質的な部分として、「デザインに使える画像やデザイン」をMicrosoft Designerの背後にあるAIが学習しており、テキストでの命令=プロンプトからデザインを生成するのがMicrosoft Designerの特徴であり、大量のテンプレートから選ぶデザインツールから、「AI側へと一歩踏み出した」存在であることが1つの本質と言える。
テンプレート型の場合、「なんとなく思ったものが見つからない」「なんとなく類型的になる」というのが欠点だ。AI型であるMicrosoft Designerも、結局AIが生み出してくるもののバリエーションが決めるわけで、同じ課題を抱えることになるだろう。
だが、「言葉を入れて生成していく」ことはUIとしてより直感的であり、生成されるものがより自分が求めているものである可能性は高くなるように思える。
「AIの絵は、テンプレート集やフォトストック、クリップアート集に大きな影響を与えるだろう」と予測されていたが、マイクロソフトはまさに、そのものズバリを突いてきた。
OpenAI「DALL-E2」 AI活用を拡大するマイクロソフト
「プロンプトで生成する」というアプローチであることから、「最近話題のお絵描きAIに似ているな」と思った人もいるはずだ。
実際その通りである。Microsoft Designerの背後で動いているのは、OpenAIが開発したAIである「DALL-E2」。DALL-Eは「文章から絵を描くAI」の元祖であるが、ソースコードや学習データの一般公開は行なわれてこなかった。
OpenAIは非営利のAI研究機関だが、マイクロソフトは同社に出資しており、密接な関係にある。だから今回、マイクロソフトはDALL-E2を使ったサービスを提供できた……という部分がある。
これからマイクロソフトは、さまざまなサービスの中にOpenAIの技術と自社で開発したAIを組み合わせ、活用していく。会議などの内容を要約したり、業務自動化のための簡単なプログラミングをプロンプトから実現したりと、非常に多様な使い方を模索している。
個人向けという意味で言えば、もっとも大きなサービスはMicrosoft Designerということになるが、同社の検索を軸にしたポータルサービスである「Bing」にDALL-E2が組み込まれ、画像の生成などが行なえるようになるのも大きい変化である。
検索から「生成」。パラダイム変化に伴う課題の考慮も必須に
我々が「検索」するのには2つの理由がある。
1つ目は「その情報の詳細を知りたいとき」。2つ目は「その情報を使いたいとき」である。AIによって一定品質の絵が作り出され、デザインに使えるようになるのは、特に後者に影響する。
画像検索などを使うのは、プレゼンテーションやデザインに使いたい絵を探しているときだ。それなら、出てくる対象が「ネットに存在していた絵」なのか「AIによって生成された絵」なのかは、本質的にはどちらでもいいはず。むしろ著作権的には、生成の方が問題は少ないかもしれない。
「テンプレートの検索がAI生成で取って代わられる」「検索エンジンがAI生成で取って代わられる」というのはそういうことだ。これは人々にある種のパラダイムチェンジを強いる。他人が作ったものを探し、自分も使うために検索を使う、ということは無くなっていくのだろう。
もちろん、こうしたロジックには大きな課題がある。
生成された映像は、本当に問題がない映像なのだろうか? 現実にあるものとは違うものなので、「正しくない」内容になる可能性がある。特にマイクロソフトは、AIにバイアスが紛れ込むことや、その結果にかなり危惧も抱いている。
OpenAIはこれまで、DALL-E2の公開について慎重な立場をとってきたが、それは、「AIが生み出したからといって、その映像や文章は正しいとは言えない」からだ。むしろ間違いが混ざっていることの方が多い。
しかし人間は、AIやソフトウェアが提示する結果を「間違っていないもの」として無条件に信じ、逆にトラブルを生み出すことがある。これは以前、コラムでも書いたことだ。
AIが生み出す画像は氾濫し始めている。では、それがどんな影響を生み出すのかは、ちゃんと把握できていない。
マイクロソフトは発表の中で、「積極的にフィードバックを受け付け、慎重に開発する」としている。その内容はぜひ公開してほしい。マイクロソフトに寄せられた懸念や課題は、結果として、AIをツールとして使う企業、そして社会全体にとっても有用なものになる可能性が高いからだ。