西田宗千佳のイマトミライ
第154回
「ディスプレイの未来」をJDIの新技術から考える。HMD・自動車・透明
2022年6月27日 08:15
6月22日、ジャパンディスプレイ(以下JDI)は東京都内で、記者向けに自社技術を集めた説明会「METAGROWTH 2026」を開催した。
同社は多数の新技術を開発中で、それをもとにビジネスモデルの再構築を進めている。そこから見えるのは、「ディスプレイが次の世代にどうなるのか」という姿である。
それはどういう部分なのか、解説していきたい。
「日の丸」JDIが目指すのは「ディスプレイ界のArm」
最初にちょっとだけ、JDIについて振り返ってみたい。
JDIは2011年9月設立。元々は、ソニー・東芝・日立の中小型ディスプレイパネル製造事業と、パナソニック液晶ディスプレイがまとまって生まれた会社だ。パナソニック液晶ディスプレイ自体、パナソニック・東芝・日立の合弁事業であった「IPSアルファテクノロジ」がベースなので、「シャープ以外の国内大手家電メーカーの液晶ディプレイ事業がまとまった会社」と言った方が適切かもしれない。
韓国・中国勢に押されて厳しくなった各社の液晶ディスプレイパネル事業を統合、規模を大きくし、いわゆる「日の丸液晶」として戦うことを目指したわけだ。
結果としてこの構想は成功とはいえず、財務状況は厳しいままだった。iPhone向け液晶ディスプレイのニーズが減速すると、収益はさらに減速。資本面で非常に厳しい立場に立たされた。
会計不正事件の影響も含め、同社の資本・経営体制は非常に複雑な変化を遂げたが、今回は本論ではないので、その点は省く。2020年10月、石川県白山市の工場をシャープとアップルに売却し、そこからの2年間は新体制での経営安定に努めている。
そのための施策はなにか?
JDIのスコット・キャロン会長兼最高経営責任者(CEO)は、2つの方向性を示す。
1つ目は、スマートフォン、それもアップル1社のビジネスに偏りすぎていた収益源の多角化であり、2つ目は、技術を活かしたライセンス施策だ。
「当社には優秀な人材が在籍しており、技術力も高い。だからこそ、2年前にCEOに就任してから、他社が作れない世界初、世界一の技術に挑戦することを後押ししてきた」
「目指すはディスプレイ業界のArm」
キャロンCEOはそう話す。
これは逆にいえば、世界屈指の技術力を持ちながらも、「自分たちの資本だけで巨大なディスプレイ産業の生産側には回れない」ことを認めた、ということでもある。
ディスプレイは量産が重要だ。そのためには巨大な生産設備が必要になり、生産設備を稼働させるための需要も、また、巨大なものが必要になる。
そうした資本施策・販売展開において、JDIは成功を収めることはできなかった。だが、積極的にパートナーを募る戦略へと切り替える形へ切り替えれば、それは別の企業の領分になる。
ただしそのためには、自分たちの価値が高いことを示さねばならない。また仮にそれができたとしても、生産計画を含めて考えると、実際に影響してくるのは随分先の話になる。
そのため現状、収益計画にライセンス供与は織り込まれていない。
透明ディスプレイに自動車、HMDなどの新機軸をアピール
要は、今自社の技術的な強みをアピールするのは、将来的な計画のためでもあるのだ。
確かに同社が提示している技術は、どれも面白い。
テレビなどのニュースで取り上げられることが多かったのは、透明ディスプレイの「Rælclear(レルクリア)」だろうか。
JDI、“ガラスのように透明”な20型液晶「Rælclear」
これは見ての通り、透明なディスプレイ。要は液晶なのだが、透過度の高い素材を使い、さらに「両方から内容が読める」仕組みを採用することで、ディスプレイを挟んで両側から見て利用できる。他社の場合片側からしか見られず、透過度も高いわけではないので、Rælclearと同じような使い方をするのは難しい。
これは「オンリーワン」的なデバイスの代表例だろう。
スマホ以外の用途として拡大が期待されているのが、自動車向けとHMD(ヘッドマウントディスプレイ)向けだ。
特にわかりやすいのはHMD向けだろう。
実はJDIはすでに、HMD向けの液晶パネルのトップメーカーであり、2021年度の場合、市場の40%近くをJDI製が占めている。
特にHMD向けで大きな意味を持つのが「解像度」だが、JDIは2021年に1,201ppi(pixel per inch)の製品を作っており、2025年にはそれを倍近い2,000ppiまで拡大する。筆者も試作機を見たが、かなり現実に近い解像度になった、と感じる。
将来的には小型のデバイスに向く「パンケーキレンズ」を使う前提の、2,500ppiでHDR対応のデバイスも開発が進められている。
さらにレンズについても、従来のレンズではなく、ホログラムを使った平板薄型レンズの開発も進めている。こちらは技術こそ異なるが、Metaが「将来の方向性」として公開したデバイスである「Holocake 2」で使っているものと考え方は同じである。
JDIが未来を賭けるHMO」と「eLEAP」
これらより大きなポテンシャルを持っているのが「HMO」と「eLEAP」という2つの技術だ。
HMOはディスプレイの素子を駆動するための「バックプレーン側」と呼ばれる領域の技術。高精細化や低消費電力化、大画面化に寄与する。
eLEAPはさらに画期的だ。有機ELのための技術だが、JDIの説明員曰く「既存の有機ELに対し、あらゆる部分で有利」であり、優れた製品を作れる技術である。
JDI、“既存有機ELの全特徴を凌駕”「eLEAP」量産技術確立
根幹となるのは、画素をフォトリソグラフィで塗布し、現在の有機EL製造に使われている「蒸着用メタルマスク」を使わない、という点だ。
今の有機ELのほとんどは、赤・緑・青の発光体それぞれを、「蒸着用メタルマスク」越しに蒸着する。穴の空いたテンプレートのようなもので、赤・緑・青の3回蒸着するたびに、メタルマスクを有機溶剤で洗い流し、再利用している。
穴の空いた部分に蒸着させているので「塗布できない」領域が意外と広く、画素のうち実際に光っている領域は28%に過ぎない。
だがeLEAPでは蒸着用メタルマスクを使わず、1色ずつフォトリソグラフィ技術で塗布する。結果として、メタルマスクの洗浄工程が不要になる。そうすると工場の面積が削減できて、作業時間も短縮、さらには洗浄工程に使う溶剤の絡む水も不要となって、環境負荷が劇的に下がる。
さらに、発光する領域が大幅に広くなるため、同じ電力を使うと輝度が大幅に上げられるし、逆に、電力を下げて長寿命・消費電力削減・焼き付き防止を狙える。前述のHMOを組み合わせれば、解像度向上や消費電力低減をさらに狙える。
まずは十数インチから30インチほどの「PCや車載用ディスプレイ」市場を狙うが、より大型のテレビやスマホ用、HMDなど、非常に広い領域に使えるという。
残念ながら会場にも試作製品の展示はなく、画質などを確かめることはできなかった。だが、現在試作中で、2024年頃からの量産を目標に開発が進んでいるという。
一方、eLEAPやHMOが有望な技術であっても、大規模な工場で生産するメーカーに採用されないと、コストメリットは出てこない。それが今回、JDIがパートナー戦略をアピールした経緯になる。
同社の優れた技術を活かすためにも、それを使った製品が出てくるためにも、良いパートナーが見つかることを期待したい。そしてそのパートナーは、おそらくもう日本企業ではなく、中国や韓国、アメリカなどの大資本メーカー、ということになるのだろう。