西田宗千佳のイマトミライ

第152回

「PlayStation Plus刷新」とゲームのビジネスモデル変化

SIEのネットサービス「PlayStation Plus」は6月2日にリニューアルした

6月2日から、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、有料会員制のPlayStation向けオンラインサービス「PlayStation Plus」(PS Plus)を刷新し、3段階モデルへと変更した。

ソニーグループはゲーム事業成長の軸として、PS Plusの刷新によるユーザー数増加と単価アップに期待している。

一方で、ゲーム機とネットワークサービスを組み合わせる、という方針は、どのプラットフォーマーにとっても基本路線。その中で、各社はどのような違いを出しているのだろうか? そして、SIEのサービス刷新はどのような意味を持っているのかを考えてみよう。

ネットサービスで安定したソニーのゲームビジネス

PS Plusは2010年6月にスタートしたサービスだ。当時、ソニーのゲーム部門の社名はまだ「ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)」であり、主力のゲーム機もPlayStation 3だった。

SCEJ、PSNで「PlayStation Plus」を開始

ゲーム機においてネットワークサービスが必須になっていく中で、PlayStation向けのネットワークである「PlayStation Network(PSN)」が立ち上がり、その上で付加価値のある「有料サービス」として用意されたのがPS Plusである。PS3やPS Vita向けにはいくつかのゲームの無料プレイが提供される、ちょっとした付加価値に過ぎなかったが、2013年、PS4向けのサービスが立ち上がる際、PSN上でのネットワーク対戦プレイを含めたより強い付加価値を持ち、より多くのPS4ユーザーが契約するものへと変わった。

SIEの戦略はあたり、同社のゲームビジネスは大きく変わる。以下の画像は、SIEが公開している、1994年からのゲーム事業の売り上げと利益の変遷だ。

ソニーのゲーム事業の変遷。利益のふらつきが、PS4以降、無くなっている点に注目。

PS3まではハードウェアの世代交代のたびに利益が下がり、普及期を迎えると回復する……というサイクルを繰り返してきた。だが、PS Plusがスタートし、PS4世代からPS5世代へと移る際には、利益が下がらず売り上げが上昇し続けている。PS Plusとネットワークコンテンツから得られる収益が、PS4とPS5両方のハードウェアに加わり、ソニーグループのゲーム事業の強さを支えている。

有料サービスが「家庭用ゲームビジネス」の一部に

ゲームプラットフォーム・ビジネスにおいて有料のネットワークサービスを追加して収益を補完するアイデアは、ソニーの発明というわけではない。2003年にマイクロソフトが「Xbox Live」としてスタートしたのが先である。それが、家庭用ゲーム機においてもネットワークが当たり前の存在になっていくと他社へも広がり、競争軸へと変わっていった。

現在、マイクロソフトはさらに先鋭的なネットワークサービスを軸に展開するようになっている。「Xbox Game Pass」だ。

マイクロソフトは「ゲームのサブスク」として、Xbox Game Passを展開中

Xbox Game Passは、簡単に言えば「サブスクによるゲームの遊び放題」。特に、マイクロソフト傘下のゲームスタジオで作られたタイトルを中心に、「発売日から遊び放題になる」ことが人気だ。

2017年に発表されたサービスだが、その後拡大され、Xboxというハードウェアだけでなく、契約はPCでも対象のゲームが遊び放題になり、さらに、ゲーミングPCでない一般的なPCやスマートフォンからも、クラウド経由で遊べるようになっている。

日本でも「Xbox Cloud Gaming」は2021年秋から利用可能になっており、今は、マイクロソフト自体がWindows 11やSurfaceでもXbox Game Passをアピールするようになっている。

マイクロソフトはSurfaceやWindows 11など、自社製品の中で「Xbox Game Pass」を積極的にアピールするようになった。

任天堂は2018年から、Nintendo Switch向けに有料サービス「Nintendo Switch Online」を提供している。

「Nintendo Switch Online」9月サービス開始

任天堂はSwitch向けに有料の「Nintendo Switch Online」を展開中

ネットワークプレイなどの他、ファミリーコンピュータなど、過去の同社のプラットフォーム向けのゲームが遊び放題モデルで提供される。また、セガのメガドライブ向けソフトや、任天堂のゲーム向けの追加コンテンツを個別追加料金なしで楽しめる「追加パック」も用意している。

「Nintendo Switch Online」に加入すると、ファミコンやスーパーファミコンなど、過去のプラットフォームのゲームが楽しめる

各社とも、サブスク型にしてお得度を上げ、いろいろなゲームが遊べることでサービス契約をできるだけ長く継続してもらう……という形を目指している。

PS Plusは「3ランクモデル」に変化

今回SIEは、PS Plusを3つのランクに刷新する。

新しいPS Plusの特徴

これまでSIEには、PS Plusの他に、クラウドゲーミングである「PlayStation Now(PS Now)」があったが、今回の刷新に合わせてPS Plusへ統合する。

PS NowはPS Plusに統合された。そのため、今はもうこの画面は見ることができない

PS Nowは、PS3以降のゲームをクラウドで提供し、互換をとるのが難しい過去のソフトを、移植作業などの手間をかけることなく安価に提供する、という役割を担っていた。

だがPS Plusとの間でサービスの位置付けがはっきりしない部分もあったため、今回、PS Plusの中でも最上位に当たる「プレミアム」に統合することで、プレイできるゲームを増やす役割を果たす。

さらに、PS1・PS2・PSP向けのゲームについては、PS4およびPS5の上で動作するエミュレータを用意し、セットにして実質的に「PS4・PS5で動くゲーム」として提供する。これをSIEは「クラシックスカタログ」と呼んでいる。

「プレミアム」では、PS1などのゲームが遊べる「クラシックスカタログ」が追加に
PS1向けゲームは、画質などを調節する機能も追加。下の画像では「インターレース」が再現されている
失敗したところに「巻き戻し」したり、クイックセーブしたりもできる。この辺は他社の「過去プラットフォーム向けゲーム提供」にもある要素だ

また、PS4・PS5のゲームについては「遊び放題」対象を増やす。これを「ゲームカタログ」と呼んでいる。

PS4・PS5向けのゲームは「ゲームカタログ」と名付けられ、遊び放題ゲームが増える

最も安価な「エッセンシャル」は過去のPS Plusと同じ扱いとし、そこにゲームカタログを追加した「エクストラ」を用意、さらに、「クラウドストリーミング」と「クラシックスカタログ」、2時間までゲームの体験プレイができる「ゲームトライアル」をセットにした最上位の「プレミアム」を用意している。

筆者は「プレミアム」で試しているが、購入せずともプレイできるゲームは一気に増えることになる。

刷新されたPS Plusは3つのランクに分かれており、それぞれプレイできるゲームの量が変わる

遊び放題を増やす・クラウドゲーミングに対応するという意味ではマイクロソフトの、過去のゲームをプレイ可能にするという意味では任天堂の影響も見てとれるわけだが、かなり大胆な強化と言っていいだろう。

10年で変わったゲームのビジネスモデル

現状、PS Plusの弱みは「タイトルの本数」だ。クラウドゲーミングまで含めればかなりの量なのだが、特にPS1・PS2・PSPのゲームについては、まだ本数に不満を感じる。ただし、SIEは毎月継続的にタイトル追加することを確約しており、この辺の課題は時間が解決してくれるのかもしれない。

同じ「遊び放題」とは言え、特にXbox Game PassとPS Plusには方針の違いがある。

それは、自社開発のゲームとはいえ、すべてを発売日から遊び放題にするわけではない、ということだ。

ソニーグループ副社長兼CFOの十時裕樹氏は、5月10日に開催された2021年度連結業績説明会で、以下のように語っている。

「弊社制作の大型タイトルを発売日からサブスクリプションサービスで配信した場合、その価値を提供し続けるために必要な投資を縮小せざるを得なくなり、自社制作タイトルの質が悪くなる可能性を懸念している。現時点では開発費をきちんとかけてつくり込んだ、AAA(大予算型)にふさわしいタイトルをリリースしていきたいと考えている」

この発言から考えると、まずAAAゲームは通常の形で販売し、時間が経ったあとにPS Plusで提供する、という形を採ると考えて良さそうだ。

純粋にユーザー目線で言えば、数千円するゲームが初日からサブスクに入った方がお得ではある。一方で、ビジネスの継続性を重視する判断もわかる。

この点はメーカーによる判断の差、としか言いようがないが、サブスクやオンライン配信の活用は、ゲームビジネスを回す上で重要なものであることに疑いはない。

その昔、ゲームの商品寿命は極端に短かった。

パッケージ版の発売日は最大の価値を持っている。だが、人々がそのゲームを一通りプレイする二週間後にはゲームが中古市場に流れるようになる。続々と出てくる新作ゲームに販売店の棚を譲るためにも、在庫リスクを減らすためにも、ソフト自体は値下がりを始め、市場でのアピール力が弱くなっていった。

だが、これは非常に不健全な形だったのだ。

ゲーム開発には長い年月と多数の人手が必要になる。AAAとなると、ハリウッド映画と大差ない。そうでなくても、「数年かけたものを数週間で売る」モデルでは厳しい。

だが、在庫リスクのないオンライン配信が主流になると、店舗在庫に関わる問題は相対的に小さなものになる。価格戦略の自由度も上がる。

追加コンテンツやオンラインプレイによってゲームの寿命を長くし、キャンペーン販売なども含めた販売戦略を展開することで、特にAAAゲームは「最終的に数年かけて収益を最大化する」存在になった。

それが、この10年で起きた変化である、と言ってもいいだろう。

ゲームプラットフォーマーによるサブスクモデルが入ってくることで、ゲームメーカーには、収益を得る方法がまた1つ増えることになる。

いつどのタイミングでサブスクに入れるかは、映画やドラマ、アニメと同じように「ビジネスモデルに依存する」としか言いようがない。マイクロソフトのように積極展開するところもあれば、ソニーのようにそう考えないところもある。

「自分が楽しむゲームを手に入れる」という意味が、従来以上に幅広いものになるのは間違いない。

ただ、1点懸念があるとすれば、サブスクモデルが消費者の出費を増やす、ということだ。もしかすると、ゲームを1本買うのをやめ、その金額がサブスクに回るようになるのかもしれない。

プラットフォーマーがサブスクを目指すのは、そうした部分でのエコシステムが明確になり、消費者のゲームへの出費の形を変える結果になるかもしれない。逆に、「高いサブスクを求めない」可能性だってあるわけだが。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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