西田宗千佳のイマトミライ
第143回
映像配信の次なる競争は「スポーツ」。サッカーW杯・ボクシング獲得の理由
2022年4月4日 08:20
映像配信の分野で、スポーツに対する投資が活発化している。4月9日には、Amazon Prime Videoで、ボクシングWBA・IBF世界ミドル級王座統一戦「ゲンナジー・ゴロフキン対村田諒太」戦が、独占ライブ配信される。
Prime Video、村田諒太×ゴロフキン戦を独占ライブ配信
それに続き、6月7日、WBA世界バンタム級スーパー王者、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥と、WBC世界バンタム級王者のノニト・ドネアとのWBA・IBF・WBC世界バンタム級王座統一戦が独占ライブ配信されることも発表された。
Prime Video、井上尚弥×ノニト・ドネア再戦を独占ライブ配信
その前には、ABEMAが「FIFA ワールドカップ カタール 2022」(以下W杯2022)全64試合を無料生中継することになり、本田圭佑氏が「ABEMA FIFA ワールドカップ 2022 プロジェクト」のゼネラルマネージャーに就任することも発表された。
衝撃のワールドカップ全試合無料中継、ABEMAが目指す“次のステージ”
配信とスポーツの関係がどうなっているのか、改めて整理しておこう。
「ファンがいる」配信がスポーツに向かう必然
テレビで視聴する映像コンテンツとして、スポーツが重要な存在であることは、いうまでもない。そのことだけで、いかに「スポーツが配信にとって重要か」は説明できてしまう。
一方で、「スポーツこそが放送の最後の牙城」とも言われていた。
映画など以上に、スポーツは「同時性」が重要になる。結果がわからず、皆でそこで一喜一憂することが重要だからだ。ライブ=生で見ることの価値と、そこから生まれる同時性こそが、スポーツの楽しみと言われてきた。
そこでは、一斉に皆に同じものを届けやすい「放送」の方が有利だ。インターネットを使う配信は、オンデマンドで1人1人に映像を届けるには向いているが、大量の人が一斉に同じものを見る場合にはトラブルも起きやすかった。
しかし、そんな技術的な要素も、すでに過去の話だ。コンテンツを効率的に配信する「コンテンツ・デリバリー・ネットワーク(CDN)」の進化と普及、ネット全体の帯域の増加などにより、放送にこだわる意味も薄れた。
放送と配信が競争するなら、相手の強みに乗り込んでいくのは当然のことである。
スポーツと配信の関係は今に始まった事ではない。
日本の場合には「DAZN」が2016年にサービスを開始、Jリーグの配信権を獲得するなどの大きな投資を行ないつつ、ここまでやってきた。2022年に入り価格を一気に月額3,000円まで上げたことで利用者を困惑させはしたが、配信コンテンツ数の増加やファン向けに実況や関連番組の作り込みなど、コストをかけた展開を行なっている点を否定する人はいないだろう。
DAZN値上げは「適正価格」。配信コンテンツ数5年間で8倍に
W杯2022の予選がDAZN独占になり、地上波で放送しないことへの批判もあったが、それは高騰する放送・配信権料を地上波ではまかないきれず、手を挙げたのがDAZNだったからである。
必要ならば、支払いを含めた交渉が行なわれるべきであり、DAZNを責めるにはあたらない。
スポーツはファンのためのものであり、全ての人は全てのスポーツに興味があるわけではない。その時の雰囲気や流行りによって注目は変わる。
有料のサービスはその専門性を活かして「ファンがいる」ことを前提に利益構造を計算して配信権を調達するが、より多くの人が見る「無料放送」の場合、視聴率がとれない、もしくは関連ビジネスが伸びるという確証がない場合、高騰した配信料を支払うことに二の足を踏むことになる。
ここ数年、サッカーでも野球でもモータースポーツでも同じことが起きてきた。
メジャーな配信は「メジャーなスポーツ」獲得を目指す
ただ、専門性が高く価格が高いサービスだけでは、消費者が満足するわけではない。
よりマスに近いサービスが付加価値として狙うのは、「ファン向けの専門性が高い配信」ではない。もう少し多くの人にアピールするスポーツだ。
その視点で見ると、ABEMAがやろうとしていることも、アマゾンがやろうとしていることもシンプルに見えてくる。
サイバーエージェント・執行役員で、ABEMA FIFA ワールドカップ カタール 2022統括責任者を務める野村智寿氏は、W杯2022の配信権についての話が出始めた時、「そうか、扱えるのか、と考えた」と筆者の取材に対して答えている。
ワールドカップはとても大きなスポーツイベントだ。
ABEMAの規模が大きく、認知度も高くなった今、多くの人が見るスポーツイベントの配信を行なうことで、サービス自体に対する印象を強くアピールするには、W杯2022はよい機会だ。
配信事業者がメジャーなスポーツを扱うことで認知度を高める、という戦略は以前からあった。
2017年以来、Amazon Prime VideoはアメリカでNFLの「Thursday Night Football」を配信している。(過去には日本でも配信されていたが、今は配信されていない)
米NFLのThursday Night Footballがアマプラでライブ配信(2017年)
アップルは「Apple TV+」で、メジャーリーグ・ベースボール(MLB)の「フライデーナイト ベースボール」を、4月8日より無料配信する。この配信には契約は不要で、日本からも視聴できる。
どちらもアメリカ市場を強く意識したメジャースポーツであり、それだけ「普通の人にアピールしたい」という思惑が見えてくる。
日本のAmazon Prime Videoでボクシング世界戦をライブ配信するのも、似た考え方に基づく。
プライム・ビデオ ジャパンカントリーマネージャーの児玉隆志氏は、3月30日に開催されたコンテンツ発表イベントにて、「幅広い年齢層に支持してもらうため」と、ある種の驚きを提供するためにも、ボクシングのビッグマッチを連続して提供する狙いを語った。今後は他のスポーツに広げる予定もあるという。
Amazon Prime Video、日本オリジナル作品拡充へ。スポーツ配信も
そうなると気になる事業者が1つ。
世界最大の配信事業者であるNetflixは、今のところスポーツ中継を手がけていない。この件について、Netflixのトップであるリード・ヘイスティングス氏は、以前こんなことを言っていた。
「スポーツとニュースはやらない。なぜなら、他にあるから。自分達のリソースは、自分達の強みを活かすことに使いたい」
ただし、この発言は2019年のものだ。今の考えがどうかはわからない。
Netflixにスポーツのライブ番組はないものの、スポーツのドキュメンタリーは人気だ。筆者も「Formula1:栄光のグランプリ(Drive to Survive)」はシーズン1からずっと見ている。最新の「シーズン4」も配信されたところで、Netflix制作のスポーツドキュメンタリーとしても大きなヒットになっている。こうしたヒットが同社のスポーツに対する姿勢を変えるかもしれない。
とはいえ、巨額の配信権取得と釣り合うのかはいろいろな見方がある。プロモーションも含めたコストと配信権獲得競争が釣り合っているのかどうか。その点は、算盤勘定が重視されることになっていくのは間違いない。