西田宗千佳のイマトミライ

第140回

Apple Studio Displayに見る“PCディスプレイ”のトレンド

Mac Studioと同時に、ディスプレイの新製品「Studio Display」も発表になった

3月9日、アップルが多数の新製品群を発表した。多くの人が買うのはiPhone SEだろうし、Macユーザーなら高性能なMac Studioが気になるだろう。技術的にも興味深い。

一方で、アップルやPCの今を考える上では、「Studio Display」が面白い立ち位置にある。ちょっとマニアックに見えるかもしれないが、その意味を少し解説してみよう。

Studio DisplayとMac Studio

アップルがディスプレイ製品に積極的になってきた

Studio Displayは、アップルがMac Studioとセットで発表した5K/27インチディスプレイだ。

アップルは一時、自分達のブランドのディスプレイ製品を作ることに消極的だった。1999年には同じ「Studio Display」という名前の製品もあったし、よりサイズの大きな(といっても当時の話なので20インチ台だが)「Cinema Display」もあった。しかし、2010年代中頃から2019年までは、他社(主にLGエレクトロニクス)のディスプレイをセットでアピールすることが多かったように思う。

その状況が変わったのは、2019年に「Apple Pro Display XDR」が出てからだ。2011年以来ディスプレイを出していなかったアップルだが、映像制作の現場が変わってきて、HDRや8Kでの映像編集を含めたニーズが拡大してきたことを受け、自らハイエンドディスプレイ市場に戻ってきた。

2019年発売のApple Pro Display XDR

新「Mac Pro」実機はインパクト極大! 6K液晶Pro Display XDRも

Apple、6016×3384ドット/HDR超表示対応の32型プロ向け液晶

Pro Display XDRは582,780円から、という非常に高額な製品だ。筆者も実物は何度も見ているが、発売から3年が経過した今でも、画質面で見劣りするものではない(ただ、コストパフォーマンスは悪くなっている)。

新Studio DisplayはPro Display XDRに比べ解像度が低く、HDR再現性の面でも劣るが、汎用的な「Mac/PC向けのディスプレイ」のスペックに仕上がっている、と感じる。

アメリカでの価格は1,599ドル。日本円だと199,800円から

199,800円から、というのは少々高めだが、Macユーザーの場合、デザインまで合わせて導入する例も少なくはない。Pro Display XDRがそうであったように、セットでプロが導入してくれるのであれば、アップルとしてもありがたい製品、というところではないだろうか。

ゲーミングでは「フレームレート」、ビジネスは「カメラ」がトレンド

他社のディスプレイを見ると、トレンドは2つに分かれ始めている。「ゲーミング」と「オフィス」だ。

前者は解像度以上に「フレームレート重視」。144Hzの製品が普及しつつあり、240Hzでもそこまで高価ではなくなってきた。果ては500Hzの製品まで出てこようか、という勢いだ。

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500Hz超のゲーミングモニターが近くに製品化か_

ゲーミングPCという存在ありきの部分があり、ゲームシーンのトレンドとはずれているMacにはない要素かと思う。競争も激しく、その分価格下落も早い。

オフィス向けは、ゲームを主軸とした製品とは様相がかなり異なる。

もともとはシンプルでなにもなく、コスト重視の製品が多かったのだが、今は「カメラとスピーカー」のついた製品が増える傾向にある。

Dell、ソニー製センサーカメラ搭載の31.5型4K液晶

HP、5120×2160ドット表示対応の39.7型湾曲液晶

Lenovo、オンライン会議に最適化した一体型PCと液晶

理由もシンプル。テレワークでオンライン会議が定着したため、デスクトップ用ディスプレイにもカメラ内蔵のものが求められるようになってきているのだ。

ノートPC内蔵のカメラは、最新の一部機種を除くと画質が良くない。外付けのUSBカメラもこの2年でかなり売れるようになっているが、ディスプレイについているならそれに越したことはない。

こうした要素は、1,000ドルを超える比較的高級なディスプレイで顕著になってきている。価格レンジは少し上だが、アップルがStudio Displayで目指すのもこの領域である。

「センターフレーム」と命名するアップルのうまさ

カメラをディスプレイに搭載するといっても、アプローチは各社さまざまだ。ノートPC搭載のものより画質を上げた製品を単純につけるところもあれば、画角を変えたり、写っている人を追尾したりする機能を持つカメラを搭載するものもある。

例えば、DELLが3月に発売を予定している「UltraSharp 32 4K Video Conferencing Monitor」は、4Kで顔を追尾する「オートフレーミング機能」を内蔵している。

Studio Displayもカメラ内蔵であり、「センターフレーム(Center Stage)」も、同様の機能といって差し支えない。

Studio Displayには12メガピクセルのカメラが搭載され、「センターフレーム」が使える

ただ、センターフレームはアップルにとって、他の製品でも使っている「ブランド」だ。

iPadの場合、iPad mini、iPad Proに加え、新モデルである「iPad Air(第5世代)」がセンターフレームに対応している。

他の製品でも使っているものと同じ名前をつけることで機能をより明確にアピールしているのは、アップルのうまさと言えるだろう。「iPadで使ってるアレがディスプレイにも載った」と言えば説明できてしまうのだから。

ディスプレイでも「半導体戦略」を活用

もう一つ、アップルに「共通」のものがある。

それは、ディスプレイ製品にも関わらず、iPhone 11などに搭載していたプロセッサーである「A13 Bionic」を搭載したことだ。

Studio Displayはカメラやスピーカーの処理を行うために「A13 Bionic」を搭載した。

といっても、Studio DisplayにはiOSは載っていないし、前出のセンターフレームも、iPadが搭載している機能と全く同じではない。

極論すれば、Studio Displayでは単なる組み込み用プロセッサーとしてA13 Bionicを使っているのだ。

冷静に考えれば、他社の「カメラ搭載ディスプレイ」だって、カメラの処理をするためにはなんらかのセンサーとプロセッサーを搭載している。誰もその名前をアピールしないだけの話だ。

ではなぜアップルはアピールするのか?

そこで「高性能なものが載っているのだな」というイメージを消費者に与えることができるからだ。

ディスプレイというと「表示するだけ」と思われがちだが、必要とされる処理能力はどんどん高まっている。PC用ディスプレイはテレビのように「高画質化」にプロセッサーの能力を使わないが、バックライト制御や高フレームレートでの映像表示には、やはり相応の処理能力が必要になる。

さらに、カメラなどを搭載するのであれば「また別の機能」として、センサーやプロセッサーを搭載する必要が出てくる。

だとするならば、アップルは「使い慣れていて、iPhoneのために多数調達済み」のプロセッサーを使った方が楽になる。多少パワーが余っても、別に誰も困らない。自社設計で何年も使っているプロセッサーだから、ソフト開発の効率もいい。A13 Bionicには、カメラの映像を処理するための「ISP」も入っているからその点でもプラスだ。

センターフレームにしても、確かに機能はイコールではないが、実装するためのノウハウやコードの大半は、そのままiPadOSで使ったものを流用できる。

となれば、アップルとしては「半導体戦略の一環」としてA13 Bionicを搭載するのがベスト……ということになるわけだ。

Apple TVを搭載しないのは「製品寿命」の問題か

と、考えるとちょっと不思議に思う人もいるだろう。

「だったら、Apple TVを内蔵してしまえばいいんじゃないの?」

Apple TVは、アップルが販売しているテレビ向けセットトップボックス。映像視聴のほか、写真の閲覧やApple Arcade向けのゲームなどがプレイできる。

新Apple TV 4K、iPhoneセンサーでTV画質最適化。HDR対応強化

昨年発売で、現行製品である「Apple TV 4K」は「A12 Bionic」搭載で、Studio Displayの内蔵チップの方が性能は高い。だったらそのまま機能をStudio Displayに内蔵してくれても……、というのはわかる気もする。

だが、実際にはそれはやらなかったし、今後もやらないだろう。

なぜなら、Mac用のディスプレイと「テレビに外付けして使う機器」では製品寿命が異なるからだ。

PCやMacの本体は買い換えたがディスプレイはそのまま……という人はいないだろうか? 意外と多いはずだ。テレビにしろディスプレイにしろ、サイズの大きい機器は買い替えサイクルが長めになる。

だが、「アプリやサービスが動く機器」となるとまた話が変わってくる。数年で機能が陳腐化する可能性が高い。

スマートテレビの大きなジレンマなのだが、PCディスプレイで同じことをする必然性は薄い。カメラ機能なら長年サポートしてもいい。アプリ対応さえなければ、サポートコストも大幅に減る。

アップルは10年以上前、「テレビ市場に参入するのでは」と噂されていた。実際、かなり真剣な検討であったらしい。

だが結局参入はなかった。コストが下がりすぎたことなどが理由のようである。

Apple TVを売っているからといって、同じ感覚でテレビを売るわけにはいかない。

同じように、Studio DisplayをApple TV化してしまったら、大きなジレンマを抱えることになる。

だからStudio Displayは「あくまでディスプレイ」なのだ。他のPCメーカー製高付加価値ディスプレイが「カメラは搭載でもあくまでディスプレイ」なのはそのためだろう。

もったいない気もするが、それが妥当な選択なのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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