西田宗千佳のイマトミライ

第121回

日本に「最新でない半導体工場」を作る理由。TSMC新工場

TSMCのFab 16(出典:Taiwan Semiconductor Manufacturing Co., Ltd.)

10月14日、台湾の半導体製造大手TSMCは、2021年度第3四半期決算説明会の中で、日本に半導体工場を建設する、と発表した。工事の着工は2022年で、2024年の操業開始を目指す。

コロナ禍で半導体不足が問題となって久しい。いつ状況が改善するのかは企業によって見解が分かれているが、今回の話も、その中で生まれたものである。

TSMCはなぜ日本で半導体工場を作るのか? そして、そこにはどんな事情があるのかを、改めて解説してみたい。

TSMCが日本に作る「新工場」とは

TSMCが日本で作る半導体工場の詳細は、まだ発表されていない。だが各種報道などから、そのおおまかなイメージは見えてきている。

建設予定地は熊本県。ソニーグループの半導体製造小会社「ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング」の本社で熊本テクノロジーセンター(通称・熊本テック)のある熊本県菊池郡菊陽町に誘致される。

工場の建設にはソニーグループのほか、デンソーも参加するとみられている。

東京のソニー本社

製造するのは22~28nmプロセスの、俗に「ロジック半導体」と呼ばれるもの。ソニーが得意とするイメージセンサー向けの半導体とは技術が異なり、CPUやSoCのように制御を担当する半導体のことを指す。

工場への投資規模は約8,000億円で、前述3社のほか、国からの支援もある。投資額の半分、4,000億円程度を国が出資する。

製造するのは、自動車の制御に使われるLSIのほか、ソニーのイメージセンサーの裏に搭載されている「ロジック処理用LSI」と見られている。

ソニーの裏面照射型センサーは、裏にロジックLSIを搭載した「積層型」である。センサーで映像を取り込み、裏にあるロジックLSIで素早く処理をすることで、画質向上や画像認識などを行なっている。

ソニーの「積層型イメージセンサー」の例。IMX500は、ロジックLSIを使ってAI処理を行なう「AI搭載イメージセンサー」になっている

ソニーはイメージセンサーを自社製造しているものの、ロジックLSI側については自社で作らず、外部企業から調達している。それを自社イメージセンサー工場の隣に誘致することで、安定供給とリードタイム短縮が図れる。

新しい工場は「最新技術ではない」

こうした話が全て事実だとして、なぜソニーやデンソーは、半導体工場に出資するのだろうか? そして、政府はなぜ4,000億円もの金額を出すのだろうか?

以前本連載で解説しているが、改めて流れをご説明しよう。

「半導体不足」と「国の力」

ポイントになるのは、この工場で作るのが「22~28nmプロセス」半導体である、ということだ。

半導体製造技術は、利用する製造プロセス(微細化技術)によって難易度も世代も変わる。

現在、TSMCが作っている最新の半導体は5nmプロセス。iPhoneやMacBookに使われるAppleシリコンのうち、最新のM1やA15 Bionicはこのプロセス技術で製造されている。その次の7nmは、PlayStation 5やXbox Series Xで使われていることで有名だ。

それに対し、今回の工場は22~28nmのプロセッサーを作るものなので、何世代も前の技術ということになる。PC向けで22nmが「最新技術」だったのは、だいたい10年くらい前の話である。

新しく工場を作るのにわざわざ古い技術を導入することになるわけで、奇妙に思うかもしれない。

実はここが重要な点だ。

以下のグラフは、10月14日のTSMC・2021年度第3四半期決算説明資料からの抜粋だ。TSMCが製造する半導体のうち、どのプロセス技術で作っているものが収益を上げているのかをまとめたものだ。

TSMC・2021年度第3四半期決算説明資料から抜粋。同社が製造する半導体の中で、どのプロセスからの収益が多いかをまとめたもの

結果は一目瞭然。5nmと7nmが圧倒的な収益源になっており、この2つだけで全体の半分を占める。

最新プロセス技術の半導体は、作れる企業が限られる。それだけ難しい技術ということだが、一方で投資の価値も高い、ということでもある。

半導体製造会社では、古いプロセス技術の製造ラインも残されている。新しいプロセス向けのラインに投資ししつつ、古いラインも「最新技術でなくていい半導体」向けに使えるからだ。高付加価値な間に製造ラインを償却し、コストメリットがある形で古いプロセスによる半導体を製造することで、単価は低くとも収益性を確保したビジネスが回る。

国からの補助でコスト的不利をカバー

ソニーの半導体部門、ソニーセミコンダクタソリューションズの清水照士社長は、6月3日に開かれたグループインタビューで次のように答えている。

「40nm・28nmといったプロセスは、すでに減価償却が終わった生産ラインでもある。これから新しく工場を作った場合そこから償却が始まるので、海外勢に対しコスト的に競争力がなくなる。もし、そこに金銭的サポートが国から得られるスキームであれば、安定供給にも国際競争力としても意味がある」

当時も今も、ソニーはTSMCとの合弁による半導体製造工場の可能性について「ノーコメント」としている。このインタビューの時も同様だ。上記のコメントは、「国際的な半導体の安定供給、という観点での一般論」としてのものなので、その点ご留意いただきたい。

だが、合わせて考えると色々明確になってくる。

「半導体不足」というといかにも最新の半導体が足りない、というイメージを持つが、実際にはそうではない。最新プロセス技術のものも供給に限りはあるが、むしろそれ以外の、既に枯れた技術で作られている半導体の多くもまた、足りないのだ。特に自動車産業で不足していると言われているのが、この種の「最新ではないが十分な性能を持つロジック半導体」である。

最新半導体を「ブランド野菜」とするなら、そうでない半導体は「日常の野菜」だ。ブランド野菜だけで食卓も外食産業も回らないように、半導体もまた、最新のものとそうでないもののミックスで成り立っている。

TSMCのような企業に増産を頼みたくても、最新プロセス以外はもはやそこまで利益が大きくない半導体なので、「自社の売上だけをベースに、古い半導体製造ラインに数千億円の投資を」期待するのは難しい。

かといって、新しく他社が合弁で工場を作るにも、新工場のライン償却はここから始まるので、既に償却済みのラインを持つ企業との間でコスト競争力を持てない。

だが、半導体不足が産業全体の体力を奪うのであれば、なにか特別な方法でコスト競争力を作り出すしかない。そのために、国からの補助という半ば「チート」的な手段が取られることになる。

もともと今回の半導体不足は、コロナ禍での需要盛り上がりだげが理由ではない。米中関係の悪化により、一部の中国系半導体企業からの調達・増産が難しくなってきたことから、玉突き現象で発生した部分がある。その結果として、台湾など一部地域に依存しつづけることの課題がクローズアップされてきた。

国が手を貸すのは、自国産業の維持だけでなく、地政学的なリスクへの対処という意味合いも持っている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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