西田宗千佳のイマトミライ
第103回
「半導体不足」と「国の力」
2021年6月7日 08:20
先週はCOMPUTEX TAIPEIがオンライン開催されたこともあり、半導体関連で多数の発表があった。現在の半導体業界は、ファウンドリーのTSMCがある台湾を中心に回っているからだ。
一方で、昨年後半から深刻化する「半導体不足」もまた、台湾とTSMCが中心にある。その中で新たな高性能LSIが多数登場することに、多少の違和感を感じる人がいるかもしれない。
では、半導体不足とはどのような状況を指しているのだろうか?
それを考えるヒントは、別の取材で得られた。
6月3日、ソニーの半導体部門であるソニーセミコンダクタソリューションズの社長兼CEOである清水照士氏のラウンドテーブル取材が行なわれたのだが、そのコメントからは、半導体不足を解決する難しさが見えてきた。
TSMCと「半導体不足」をハイエンドから見ると……
高性能半導体を考える時、今は「NVIDIA」と「AMD」の2社抜きに語ることはできない。こと「演算性能」という軸では、この2社がリードしているのは疑いない。
両社は半導体の製造に関し、同じ台湾のTSMCに委託しており、TSMCの最先端製造プロセスの優秀さが性能を支えているからだ。
TSMCに依存しているのはNVIDIA・AMDだけではない。アップルも「M1」「Aシリーズ」双方の製造をTSMCに依存している。PC用のCPUやGPU、スマホ用のプロセッサー、PlayStation 5やXbox Series X用のプロセッサーなど、ニーズの大きな製品の多くが「TSMC生まれ」である。
一方で、NVIDIAのジェンスン・ファンCEOは、「昨今の半導体不足はGeForceの不足と直接関係ない」とコメントしている。
これはその通りだ。
NVIDIAの高性能GPUが不足しているのは、仮想通貨のマイニング向けの需要とゲーム向けの需要がバッティングした結果、ゲーマーに届くはずのGPUがマイニング事業者の手に渡っているからだ。そのためNVIDIAは。ゲーム用のGeForceでのマイニング性能を制限し、マイニング向けの製品とを分けることで問題解決に取り組んでいる。またもちろん、生産量を増やすことも行なった。結果として、「2021年後半に向けて供給量は増えていく」とされている。
5月中旬以降に出荷されるGeForce RTX 3060、マイニング性能を再び制限
TSMCのハイエンド向け生産ラインのニーズが逼迫しており、短期的に極端な増産が難しいのは事実である。ただし、それは以前よりわかっていたことで、各社の製品計画も短期的に変更はなされていない。
その上で、同じ生産ラインを同様に効率的に使って性能の高いプロセッサーを作るのか、大量にプロセッサーを作るのか、ということは、各社の戦略に基づく部分と言っていい。
例えばAMDは、多くのプロセッサーでインテルよりも多いコア数を実現していて、それが性能の高さにつながっている。それは、半導体を「プロセッサー」という製品にパッケージングする際、別々に製造されたCPUコアを組み合わる「チップレット」という技術を積極的に採用したからでもある。大量にコアを搭載した1つの半導体を作るよりも、少数のコアを搭載した半導体を作る方が歩留まりはよく、同じ生産ラインを効率的に使える。組み合わせの幅も広がる。
今後はそうした技術がより重要になるのだが、その辺の状況については、笠原一輝氏による以下の記事が詳しい。
プロセッサの競争軸を変えていく「3Dパッケージング技術」とは?
アップルは、自社の製品で使うプロセッサーの種類を絞り、色々な製品で同じものを使うことで生産効率を上げる。iPhoneは同じ「iPhone 12」世代であればすべて「A14 Bionic」であり、同じものはiPad Airでも使っている。MacとiPad Proは同じ「M1」になり、M1搭載製品ではすべてで「まったく同じ仕様のM1」が使われている。
数億・数千万単位の数にすることでTSMCのラインをまとめて押さえ、種類を減らすことで量産効果も最大化する。「この製品にこのプロセッサーはオーバースペックでは」という、一般的なコスト計算とは違う発想なのだ。
足りない半導体は「ハイエンド」ではない
では、世の中でいう「半導体不足」とはどういうことなのか?
確かに、TSMCやサムスンなどのハイエンド半導体を作れる最新のラインがいっぱいであり、「さらに量産」するために短期的に数を増やせないのは事実だろう。だが、前述のようにそれは前からわかっていたことでもある。
むしろ、いま足りないのはハイエンド半導体ではない。
現在、あらゆる機器には「プロセッサー」が入っている。すべてが最先端である必要はなく、コストや信頼性に合わせて製造技術が選ばれる。また、半導体はプロセッサーだけではなく、DRAMはフラッシュメモリー、ディスプレイコントローラーや電源コントローラーなど、色々な種類のものがある。
現在足りないとされているのは、そうした「最先端ではない半導体」の方と言っていい。
理由はさまざまなだ。
米中対立の関係で、一部中国系の半導体製造企業への発注が手控えられた結果、その分がTSMCを含めた企業に寄せられることになって全体的な生産キャパシティが足りなくなっている、というのがそもそもの発端ではある。
そこで台湾に水不足が発生して生産が滞る、日本では自動車向けの大手であるルネサス エレクトロニクスの工場で火災が発生して生産が滞る、といった条件も重なっている。コロナ禍でサプライチェーンにリスクが発生した結果、各社が安全係数を見積もって発注するようになり、実需以上の調達が続いている……という側面もあるだろう。
結果として、色々な製品の生産に影響が出ている。自動車への影響がもっとも大きいが、PCやタブレットなども、結局はメモリーやコントローラーIC不足から、在庫量は潤沢とは言えない。ルーターなどのネットワーク機器にも影響が出ている。ソニーは「PS5の急な増産は難しい」とコメントしているが、それは、メインプロセッサーをTSMCで増産するのが難しいことだけでなく、あらゆる場所で半導体が取り合いになっている関係もある。
「半導体不足」というリスク回避に必要となる「国の力」
米中対立が引き金であり、台湾に半導体関連企業が集中しているところがリスクであるなら、「色々なところに半導体工場を作ればいいのでは」という話になる。
確かに、アメリカやヨーロッパではそのような話が出ているし、日本でも報道レベルではあるが、経済産業省が音頭をとり資金的にも支援し、ソニーとTSMCが合弁で1兆円規模の半導体工場を作る、という話が出ている。
なぜこれまで半導体工場が増えなかったのか? そして、なぜ大規模な出資が必要になるのか?
そのヒントは、ソニーセミコンダクタソリューションズの社長兼CEOである清水照士氏から得られた。
TSMCとの合弁について、ソニーは強く否定はしないものの、あくまで「ノーコメント」を貫いている。今回、清水氏への取材でもそれは変わらない。
ソニーは自社のイメージセンサーは「積層型」を特徴としている。イメージセンサーの後ろにロジック半導体をくっつけることで、積層型イメージセンサーだけで画像処理・AI処理を行なえるようにしているのだ。そこで使うロジック半導体は、PCのCPUやGPUのような最先端プロセスは不要で、40nmから22nmの「枯れた」プロセスが使われている。
そうしたロジック半導体をソニーは外部から調達しており、ここでは「半導体不足」で逼迫している生産ラインの影響を受ける。「複数の企業から調達しているのでリスクは回避できている」(清水氏)というが、リスクであることに変わりはない。
半導体工場を、という話が出てくるのはこのためであり、自社に近いところで生産できれば、リスクは大幅に減る。
だがソニーは「自社だけでロジック半導体の工場を作るつもりはない」(清水氏)という。
では合弁なのか? 清水氏は、「国際的な半導体の安定供給、という観点での一般論」と断った上で、次のように解説した。
「40nm・28nmといったプロセスは、すでに減価償却が終わった生産ラインでもある。これから新しく工場を作った場合そこから償却が始まるので、海外勢に対しコスト的に競争力がなくなる。もし、そこに金銭的サポートが国から得られるスキームであれば、安定供給にも国際競争力としても意味がある」(清水氏)
TSMCなどの半導体製造企業は、幾世代にも渡って半導体の生産ラインを準備している。1つのラインを作るには数千億円単位のコストがかかる。だが、前述のように半導体には色々な種類がある。最先端のものはもちろんだが、その後もニーズはある。一度作ったラインの設備を使い、価格が安く利益率は低いものの、よりニーズの高い半導体向けに回していくことで、投資効率を最大化しているのだ。
ラインを作れても、減価償却を含めたコストを考えると競争力の問題が出る。先を走る製造企業に追いつくには、一気に費用を積んで不利をカバーするしかない。
これまでは、あえてそこで無理をするところは少なかったわけだが、地政学的なリスクが生まれ、半導体不足が各メーカーの経営に大きな影響を与えるのが見えてきたため、「国の側がリスクヘッジとして支援する」流れが見えてきたのだ。
ソニーとTSMCの合弁がいつ、本当に成立するのかはわからない。だが、清水氏のコメントから考えるに、「安定供給」を地政学的リスクとするならば、国からの支援は必須……ということになるのだろう。