西田宗千佳のイマトミライ
第96回
「Xperia 1 III」に見るソニーのスマホの今
2021年4月19日 08:10
ソニーは「Xperia 1 III」と「Xperia 10 III」を、日本を含む地域で今年の初夏に発売する。
4K・120Hzディスプレイと可変式望遠レンズ搭載の「Xperia 1 III」
また、「Xperia 5 III」も一部地域で発売することも発表している。こちらは日本市場への投入は未定だ。
ソニーからXperia 5 III、可変式望遠レンズ搭載のコンパクトモデル
筆者も短時間であるが、Xperia 1 IIIおよび10 IIIの実機に触れることができた。今回は実機から感じた、今季のXperiaの戦略について考えてみよう。
なお、ソニーは4月1日より組織変更を行なった。従来の本社機能を「ソニーグループ」、AVやカメラ、スマートフォンなどのコンシューマ商品関連事業を統合した新会社に「ソニー」の商号をまとめている。そのため、従来「ソニーモバイル」ブランドだったスマートフォン事業は、改めて「ソニー」ブランドでの発売となる。
Xperia 1から変わったソニーのスマホ
ソニーのXperiaは、2019年発売の「Xperia 1」以降、方針を大きく転換している。いったん振り切ったキャラクター性を持つ製品を企画したのちに、それを維持して改善を続ける方向性になったのだ。
Xperia 1以降の方向性はシンプルに2つだ。
まず「ノッチもパンチホールもない、21:9のディスプレイ」を採用すること。次に「カメラとして、αとの連続性を持つ」こと。スマホとしての機能の重要さはもちろん、「カメラを搭載したスマホとして、ソニーらしさとはなにか」を、よりわかりやすく定義し、その延長線上で改善を積み重ねる方針となったわけだ。
それまでは、ディスプレイパネルデバイスのトレンドなどに引っ張られ、世代ごとに形や出来の異なる製品になりやすかったが、あえて軸をつけることで「Xperiaはこういうスマホです」という主張を強めた、といってもいい。
こうした方向性は、元ソニーモバイル社長で、現・ソニー常務の岸田光哉氏、同じくソニモバイル元副社長で、新たなソニー(エレクトロニクス事業)のトップとなった槙公雄氏が、ソニーモバイルを改革する中で生まれてきたものだ。槙氏はデジタルイメージング事業本部で事業部長として、「α」の陣頭指揮をとった経験もある人物である。
「ソニーの総力をスマホに」というキャッチフレーズは10年以上前から聞かれたものだったが、内実として、徹底度には疑問もあった。それがXperia 1以降、かなりはっきりとした形で「振り切った」ものになったのは間違いない。その経緯は、2019年に筆者が行なったインタビューからも見えてくる。
ソニー“厚木”の血が入ったスマホ「Xperia 1」はいかに生まれたか【前編】
ソニー“厚木”の血が入ったスマホ「Xperia 1」はいかに生まれたか【後編】
とはいうものの、完成度の点で、Xperia 1が最初から完璧だったか、というとそうではない。ディスプレイの画質チューニングやカメラ性能など、当時の製品として「もう一声」という部分があったのも事実だ。
それが、間に「プロ向け製品」「SIMフリー版」などが出るたびに少しずつ改善され、2020年の「Xperia 1 II」でまた改良が進み、さらに2021年、本当に業務向けのバリエーションモデルである「Xperia PRO」が出て、また改良が進んだ。
ここで改めて新型であるXperia 1 IIIを見ると、驚くほどにメッセージが変わっていないことに気づく。
カメラで望遠側に105mmを追加したことが目立つが、すべて「ZEISSレンズ」「12メガピクセル」で、24mmのみセンサーサイズが異なるものの、基本的には同じ感覚で使える。ペリスコープ構造の可変式望遠レンズを採用しているが、カメラ部の出っ張りも大きくなっていない。デザインイメージもそのままだ。
ボディサイズは若干小さくなり、背面は「反射しづらい」ことを重視したフロストグラスだ。
Xperia 1があり、IIがあり、PROがあってIIIがある……という連続性がよくわかる。
今回はあくまで外観のチェックであり、実際に動かすことはできなかった。音などをデモで試すことはできたが、スマホとしての性能はチェックできていない。
スピーカー音質は明確に向上しており、少なくともここは安心していい部分だろう。
ただ、ミリ波対応ではあるが、Xperia PROのように「360度どこからでもミリ波を受信できるようには作っていない」とのことなので、ミリ波を重視するプロ用途は、やはりXperia PROに任せる作りのようだ。
「数を追わない」戦略の中でいかに「買う気にさせるか」が勝負
Xperiaがキャラクターの強いスマホを指向しているのは、スマホ市場の変化と、ソニーの置かれた立場による部分が大きい。
スマホ市場は強い競争にさらされており、特に中国メーカーは、中国国内に存在する旺盛な需要を背景に数を確保し、コストパフォーマンスの良い製品を続々と市場投入している。ミドルクラス以下の製品の「お買い得度」が急速に増しているのはそのためだ。単に安い製品を出しているのではなく、「数の力を背景に良くて安い製品を出しやすくなっている」のが強さなのだ。
この領域において、ストレートに他国のメーカーが競合するのは難しい。サムスンのように最初からシェアのある企業は戦えるが、他の企業は難しい。先週、LGエレクトロニクスのスマホ撤退について書いたが、これも要は「数を重視する市場での中国メーカーの強さ」に圧倒された結果と言っていい。
アップルのように圧倒的に強いブランド力でハイエンドだけを、しかも大量に販売する戦略を取れるなら勝ち目もあるが、他社はそうはいかない。
ソニーはずっと苦しんできたが、選んだのは「縮小均衡」である。Xperia 1の路線は、「日本を中心とした勝ち目のある市場に、利益率の高いハイエンドを少数投入する」戦略の象徴と言っていい。そうするなら、無理にパーツトレンドに合わせて解像度を合わせる必要も、カメラの選択を変える必要もない。「Xperiaはこうです」ということを主張すればいいのだ。
ただしそれは、販売数量をこれ以上大きくできないこととイコールでもある。
Xperia 10シリーズは、実質的にXperia 1の廉価モデルであり、「Xperiaというブランドが強い」地域でしか通用しない。価格もそこまで安くはないが、日本のようにXperiaブランドが通じる地域では、「1シリーズは高くて買えないが10ならば……」と考えてもらえる。悪い製品ではないが、ミドルクラスとしての対価格性能比だけならば、他にもっと良いものがあるのもまた事実だ。
Xperiaはキャラクター性を高めることでわかりやすくなり、「なぜXperiaを選ぶのか」というモチベーションを作れた。それはとても良い戦略だ。一方で、そのことは他のスマートフォンメーカーと数では戦わないことを意味している。
ソニーのスマートフォン事業は、2020年に単年黒字化を達成したが、一方、国内シェア自体は4位に下がった。ここから極端に下がることはないだろうが、シェア1位へ……というようなことも考えてはいないだろう。
そうしたバランスの中で、いかに「心を惹きつけるスマホを作るか」がXperiaには求められている。あくまで外観とスペックをチェックしただけだが、「1 III」「10 III」は。まだその路線をうまく継承できている印象が強い。
Xperia 1 IIIの価格は公表されていないが、カメラ高度化やミリ波の搭載により、従来より高くなっている可能性が高い。10万円を超えるハイエンドスマホは、なかなか買い替えが難しい価格帯だが、その中でいかにファンを「買う気にさせる」かが、Xperiaというブランドの価値となりつつある。