西田宗千佳のイマトミライ

第91回

Chromebookの10年。“メインマシン”に近づく

3月9日、GoogleはChromebookの大型アップデートを行なった。OSのバージョンは「Chrome OS M89」。ファイル転送機能の「Nearby Share」など、複数の新機能に対応した。

Chromebook、AirDrop的ファイル共有「Nearby Share」対応

Chromebookが登場して10年、機能も価値も大きく変わった。筆者も何台かChromebookを購入しているが、確かに昔とは格段の進化を遂げている。

今回は、日本でもシェアが向上しているChromebookの今を考えてみよう。

教育市場とともに育ったChromebook

Chromebookとはなにか? そろそろ、解説が不要になってきたのではないかという気はする。ブラウザーであるChromeをベースにモダンでシンプルなOSを作り、メンテナンス性のいいPCを作ろう、というのがChromebookの元々の狙いである。

2011年5月に初代モデルが登場。その後、日本では企業向け・教育向けを経て、2014年秋から個人向けが販売されている。

「メンテナンス性のいいPC」という狙いは、今もそのまま引き継がれている。スマートフォンも含め、筆者の手元にあるパーソナルなコンピュータデバイスの中では、新品から使い始められるまでの時間、日常的な管理の時間ともに、圧倒的に短い。GmailやGoogle Driveをはじめとした、Googleのサービス群を活用することが前提になっているからであり、逆に言えば、Googleのサービスを使わない場合、使い始めることすら難しい。アップデートは他のOSよりサイズが小さい上にバックラウンドで進んでいくため、日常的に気にすることすら少ないほどだ。

昨今教育向けにシェアが急増しているが、これは「管理」とセットになっているからでもある。

もともとChromebookは、教育市場と無関係ではなかった。Googleの中学校・高校向け(アメリカでいうところのK-12、小学校から高校までの学習)管理システムである「Google Classroom」向けの端末として想定されており、児童・生徒ごとのアカウントや端末の管理、教材や出席の確認までをまとめて行なえるようになっていた。

初期導入はそうした市場向けがほとんどであり、個人向けには伸びていなかった。ウェブアプリだけではPCの代わりをするのは難しかったからだ。だが、PCのリテラシーが育つ前の層に対し、「壊れても入れ替えるだけですぐ元通りになる」「安価でキーボードもある」Chromebookはマッチした。

その後、マイクロソフトが2017年に機能限定版で管理をシンプルにした「Windows 10S」を開発したが、これは明確にChromebook対抗だった。クラムシェル型の「Surface Laptop」も、Windows 10S搭載で教育市場を狙ったWindows PCとして登場した。現在は、Windows 10Sは「10Sモード」になってあまり使われなくなっているし、マイクロソフト以外がWindows 10Sを採用することもほぼなくなっている。Surface Laptopも、マイクロソフト内のPCブランドの1つに変わっている。

アメリカの教育市場は伝統的にアップルが強い。それは彼らがApple II以来続けている施策あってのことだが、そこにGoogleが一矢報いて、今やGoogleがトップシェアとなっている。

そんな状況を受け、日本では2020年からChromebookのシェアが拡大している。

理由はシンプル。「GIGAスクール構想」での導入が好調だからだ。MM総研の調べでも、メーカー単独シェアではアップルがトップであるものの、Windowsと並びChromebookの導入が加速した。OSシェアではトップとなっている。

GIGAスクール端末はAppleが首位。ChromeOS+Windowsではレノボ

Chromebook、GIGAスクールでシェア43%の衝撃!

導入決定の理由は、「管理」。

アメリカと同じように、シンプルな管理形態が評価されている。それにくわえ、ハードウエアがWindowsやiPadに比べシンプルで低コストになりやすい、という点も大きい。

低価格なハードウエアで一台あたりの利益は低いが、まとめた数導入されるなら問題は小さくなる。そしてそれでも、ストレージの容量などが小さくても実用性が落ちづらいChromebookは、Windowsよりも高いシェアを確保することができたのである。今や教育市場は、Windows・iPad・Chromebookが三つ巴でしのぎを削る競争市場となっている。

Dynabook(シャープ)がChromebook参入、という話題もあったが、これも、低コストで一括納入、という市場の価値を認めてのことだ。

シャープも参入。2020年、日本で飛躍したChromebook

「これ一台でOK」ではないが「メインマシン」になれる

そこで問題がある。

教育向け一括納入は確かに大きな市場。では、「個人向け」はどうだろう?

レノボやNEC、HPにAcerと、最近、Chromebookの広告を目にする機会も増えてきた。

過去のChromebookは本当にウェブアプリしか使えなかった。だが、今はAndroidアプリも動くようになっている。今回の新バージョンで「Nearby Share」やAndroidスマホとの連携を強化した「Phone Hub」、クリップボード機能の強化などが行なわれたのだが、それも、「サブマシンとしてでなく、メインのマシンとして選んでもらいたい」という考えからだろう。

では、本当にメインマシンとして選べるだろうか?

これはなかなか難しい質問だ。

今筆者の手元には2台のChromebookがある。1つは、Googleが2019年秋からアメリカなど販売している「PixelBook Go」(日本未発売)と、レノボが2020年秋に発売した「IdeaPad Duet Chromebook」だ。

PixelBook Go

Google「Pixelbook Go」の本格ノートPCに迫る実力と絶妙な物足りなさ

レノボ、4万円台の10.1型着脱式2in1などChromebook 3機種

特に「IdeaPad Duet Chromebook」は、2in1で色々な使い方ができる上に、現在は3万円台前半で手に入ることも多く、非常にお手軽な製品ではある。

IdeaPad Duet Chromebook

これらを使った範囲での感想で言えば、確かに、文書を作ったりメールやSNSを使ったり、映像配信を楽しんだりするなら問題はない。動作も素早いし、Androidアプリで電子書籍やゲームなどをカバーできる部分もある。筆者が毎日のように使っているAdobeの「Lightroom CC」のAndroid版も動く。ビデオ会議ももちろん大丈夫だ。

一方、これら「やることが決まっている」ことについては快適にすぐできるものの、機器やアプリを組み合わせて「ちょっと変わったことをする」のは難しい。ビデオ会議を例に出せば、ウェブ版やAndroidアプリ版を使うことになり、PCのアプリで提供されている機能がすべて使えるわけではない。会議内容を端末内で録音・録画するとか、アプリの画面と自分の顔を組み合わせて配信する、といったようなことは難しい。

コロナ禍になって特に明確になったが、PCやMacは「まだ進化中」「方法論が定まっていない」用途に強く、その自由度と引き換えに管理が複雑化している。

iPadもChromebookと似たようなところがあり、決まったことには非常に強い。ただ、その歴史とiPad Pro以降の「ペン」ソリューション、クリエイター向けにアプリが売れる土壌があることもあってか、「決まったこと」の範囲がよりクリエイター向けに、広めになってきた。他方で、コストは明確にChromebookに比べ高い。

ならメインはPCかMacで……となりそうだが、そこも冷静に考えると、ちょっと違う。

さて、複雑なことをする機器は本当に「メイン」だろうか?

誰でも、PC/Macよりスマホを触っている時間の方が長いはず。だとすると、実は「メインマシンはスマホ」と言えないか?

この論法はある種の詭弁だ。どれがメインかなど、実のところ言葉の使い方だけに過ぎない。

サクサクとウェブベースで普段の作業をするためにChromebookを使い、PCでないと解決できないことでPCを使う……という形はあってもいい。PCがあればいらない、という発想もあるが、バッテリーで長時間動いて起動が速くて気軽に使える機器を「メイン」に据えるためにもう一台、というのはちょっと面白いかもしれない。仕事でPCを使うのでなく、複雑なことを求めない人向けにChromebookを、という発想もあるだろう。

Chromebook1台で皆が満足するわけではない。だが、時代の変化とともに、「PC/Macでいい」「スマホでいい」わけではなく、間の存在の価値は高まっている。Chromebookの10年間は、それが明らかになっていく10年間だったのかもしれない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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