西田宗千佳のイマトミライ

第68回

シャープとモトローラに見る「5G普及前夜」のスマホ

AQUOS sense5G

そろそろ年末に向けてのスマホ商戦が本格化しつつある。

例年なら8月最終週から9月第1週にドイツで行なわれる「IFA」がひとつのピークになるのだが、IFAが実質オンラインイベント化したこともあり、各社の発表は少しずつ後だおしになった。だが、最後の大物であるアップルの発表を控え(9月15日深夜の発表会で、新iPhoneが出るとは限らない)、アップル以外の主だったプレイヤーの動きもおおよそ可視化されてきた。

特に今回注目するのは、先週相次いで発表した、シャープとモトローラである。2社が発表した製品の意味と方向性を比較すると、「5G普及前」という今のスマホ市場のあり方がよりはっきりと見えてくる。

motorola razr 5G

5G対応でトリプルカメラ、Android 11搭載「AQUOS sense5G」

シャープ、5Gスマホ「AQUOS zero5G basic」

モトローラ、縦折りの5Gスマホ「motorola razr 5G」

AQUOS zero5G basic

5Gを「ベーシック」にするシャープ

日本の消費者にとって影響が大きいのは、やはりシャープの動きだろう。同社の新製品の特徴ははっきりと「5G推し」であること。一方で、5Gをハイエンドのものとせず、ミドルクラス以下のゾーンにする、という形を採っている。

記者向けに開かれた端末の体験会で、シャープ・パーソナル通信事業部の小林繁事業部長は、「5Gの"普通化"、ベーシック化」と筆者に語った。

シャープの端末戦略は、これまで大まかに3つに分かれていた。完全なハイエンドの「R」、軽さなどをアピールするもう一つのハイエンドである「zero」、そして普及機種の「sense」。この位置付けは残したまま、zeroの普及モデルである「AQUOS zero 5G basic」、senseの5Gモデルである「AQUOS sense5G」を用意し、さらに4Gモデルとして4Gスマートフォンの「AQUOS sense4」「AQUOS sense4 plus」が作られたわけだ。

AQUOS sense4 plus

AQUOS zeroは軽量かつゲームにフォーカスしたモデルだが、そのうち「軽量」という部分とトップクラスのSoCを使う、という部分は採用せず、ゲームを考慮した5Gモデルとして作られたのが「AQUOS zero 5G basic」だ。120Hz駆動のディスプレイでSoCにSnapdragon 765 5Gを使い、メインメモリーも6GBもしくは8GBとなっている。簡単にいえば、「最高性能ではないが十分高性能」というバランスだ。

AQUOS zero 5G basic

それに対し「AQUOS sense5G」は、zero 5G basicに比べスペックは劣る。しかし、これまでのベーシックであった「sense 3」の倍近い速度で動作する、快適な製品になっている。もちろん5G対応だ。外観的には4G対応の「AQUOS sense4」とほとんど差がない。5Gと4Gという埋められない差はあるが、senseの顧客層にとってはあまり意味がないだろう。

AQUOS sense5G

こうした製品が用意される理由は明白。小林事業部長が言う通り、「5Gを普及させるため」だ。シャープは以前より、「2021年にすべてのスマホを5Gにする」と宣言していたが、それを前倒しし、2020年度中に全ラインナップに5Gモデルを用意する形になった。

5Gのエリアはまだ狭い。おそらく半年後でも極端な変化はあるまい。なら5Gは不要か……というとそうではないのだ。理由は「買い替えサイクルの長期化」(小林氏)だ。3年・4年とスマホを使い続ける人が増えているため、数年後のために5Gを訴求するのはプラスだ。

低価格5Gで攻める中国メーカーとガチンコ勝負

そのなかでシャープは、「10万円を超えるハイエンドは買えないが、性能が高いスマホが欲しい」層にはzero 5G basicを訴求し、「安価でお得なスマホが欲しい」マスにはsense5Gを訴求する。デザインや機能が異なり、さらには発売時期も秋(zero 5G basic)と冬以降(sense5G)と別れているのも、層の違いを意識してのことだろう。

もうすぐ(例年より遅く、おそらくは10月以降に)発売される新iPhoneは5G対応と見られており、5Gへの注目が高まるのは間違いない。そのことも意識しつつ、「スマホ買い替えタイミングで5Gに注目が集まったタイミングで、手頃な5Gスマホを提供する」のがシャープの狙いである。

「だから、『iPhoneをどう思うか』と聞かれると、本気で歓迎なんです」と小林氏は言う。

一方で、明確にシャープのライバルとなる存在もいる。中国系のスマホメーカーだ。

特に今年に入ってから、中国系メーカーは積極的に「ミドルクラス以下のゾーンを狙った5Gスマホ」を提供している。安価な5Gスマホは中国メーカーの独壇場といってもいい。

景気が良くなる可能性は低いし、スマホへの販売補助が復活する可能性もまた低い。5Gをハイエンドだけでやっていてもビジネスは広がらず、いかに「ハイエンド以外で強い商材を用意するか」がスマホメーカーの浮沈を左右する。シャープはここ数年、「sense」シリーズのヒットに支えられている。senseシリーズの強化と、「ハイエンドほど高くないが購買意欲をそそる製品」の準備は必然だ。

zero 5G basicにしろ、sense5Gにしろ、価格はまだ公開されていない。だが、こうした戦略を考えれば、「中国系メーカーの低価格5Gモデルと戦える価格帯」になるのは必然だ。

ハイエンド不遇の時代に必要な「ブランドとしてのハイエンド」

一方、テック系メディアやSNSで話題になるのは、AQUOS senseシリーズのようなスマホではあるまい。モトローラの「motorola razr 5G」などの二つ折りスマホのように、デザインや機能が特別な製品が中心だ。それも当然だろう。

motorola razr 5G

motorola razr 5Gのような存在は「戦略製品」だ。開発も部材調達もハードルが高い。だから注目される。

だが一方で、当然価格も高くなる。motorola razr 5Gも価格は未公表だが、数万円で買えるとは思えない。現状では大量に売れるものではない。

それでもモトローラなどが開発するのは、「そういう変わった、先進的なスマホを作れるメーカーである」ということをアピールするためだ。ブランドの維持とプロモーションの効果は絶大といっていい。

どんどんハイエンド機種が売りづらくなっていっても、特別なスマホは必要であり、その存在がメーカーのブランド戦略にも関わっていくる。日本メーカーも、いかに「ブランド戦略としてのハイエンド」と「事業を成り立たせるための普及機種」を準備するのか、という点を考える必要に迫られている。

そう考えると、シャープの「zero 5G basic」が「basic」である理由も、なんとなくわかってくるのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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