西田宗千佳のイマトミライ
第58回
Microsoftの「就職支援策」と日本が乗り越えるべき課題
2020年7月6日 08:15
6月30日(米国時間)、マイクロソフトは2020年内に最大2,500万人に対し、デジタル関連スキルの強化を目的とした総合プログラムを提供し、さらに各地の非営利団体に向けて現金で2,000万ドルの助成金を用意する、と発表した。目的は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)で想定される経済による雇用危機に対応する人材の育成だ。
同日にはオンラインイベントも開催、サティア・ナデラCEOをはじめとした同社幹部が登場し、その狙いと方向性を説明した。
マイクロソフト、COVID-19経済下で求められる新たなデジタルスキル習得に向け2500万人を全世界で支援
この発表は日本ではあまり注目されていない。正直、「IT企業がテクノロジーで技能習得支援」といってもピンとこないのではないだろうか? 実際には、その「ピンとこない」部分にこそ、日本が今乗り越えておくべき課題があると思っている。
経済的打撃に「雇用支援」から対策
COVID-19によって、我々は経済的な打撃を受けつつある。特に、日本以上に欧米で深刻になりつつあるのが「職を失った人々」の支援だ。特にアメリカは、雇用が日本よりずっと流動的だ。企業の業績悪化は従業員の削減につながり、個人に対して強い経済的ダメージを与える。
この経済的な打撃からいかに回復するのか。どの国でも大きなテーマだが、国際企業でありITから収益を得る企業であるマイクロソフトが選んだのは、「これからの市場に合ったITスキルをもった人々を育成すること」だ。
マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、「2030年までに8億人が新たなスキルを身につける必要に迫られるだろう」「これからの5年間で、1億4,900万人分のニューテクノロジーに関する雇用が生まれる」と訴えた。新しいテクノロジーの登場により、人々に必要とされる技能も変わる。現在の状況下で労働市場から弾き出された人々であっても、新たな技能を身につければチャンスは十分にある。
「才能はあらゆるところにあるが、機会は均等とは言い難い」
ナデラCEOはそう言う。機会を均等にするためにマイクロソフトが考えている仕組みこそが、テクノロジー関連スキルの習得支援だ。マイクロソフトは、「この20年で企業が従業員の教育に使うコストが下がり、停滞している」と主張する。要は、リーマンショック(2008年)まで下がり続けた教育の費用がそのまま上がらず、景気も市場も拡大したにもかかわらず停滞している、ということだ。
マイクロソフトには「Teams」というコミュニケーションツールがあり、「GitHub」のようなソフト開発管理支援ツールがあり、「LinkedIn」のようなSNSもある。もともとそれらのツール内には、オンラインでの技能習得サービスもあり、COVID-19流行以降、利用量は増大していたという。それらを横断的に使い、無料の技能習得支援を拡大しよう……というのが同社の計画である。軸となるのはTeamsである。
ここでいうテクノロジー関連スキルとは、プログラミングのような直接的なものだけではない。オンラインツールを使ったコミュニケーションやデジタルツールによるデザインなども含めた広範なものとなる。
これは確かに大きな社会貢献だ。ただ冷徹に見れば、「自社がもつプラットフォームの強みを最大限に生かし、利用を促進する策」と見ることもできる。そういう側面があることは否めないだろう。
欧米と違うLinkedIn」の存在。日本も変化すべき
この試みが日本であまり報道されない理由として、実のところ「日本とはあまり関係ない」からでもある。マイクロソフトの施策はワールドワイドのものなのだが、技能習得支援プログラムの対応言語は、英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語の4つで、日本語が含まれない。
日本マイクロソフトによれば「日本でもプログラムを展開すべく検討中だが、それはワールドワイドでの取り組みとは別のものになる可能性がある」(同社広報)という。
「ああ、日本語はないのか」
ここで興味を失った人も多いだろう。だが、「日本がこの試みの中に入れない」理由は、言葉よりもっと別の部分にある。
マイクロソフトがこの試みを展開する理由には、ビジネスSNS「LinkedIn」の位置付けという事情がある。日本では今ひとつ存在感がないが、欧米でLinkedInは就職する上で非常に重要なツールになっている。自分の職歴や持っている技能を開示しておき、就職を希望する企業に見せたり、そこからリクルーターがコンタクトしてきたり、といった形が当たり前に存在する。
だからこそ、LinkedInに紐づく形で技能トレーニングがなされることが重要なのだ。LinkedInに「どのようなオンライントレーニングを行なったか」が書いてあれば、その人物が持っている技能をある程度判断する要素となり得る。個人的にオンライントレーニングを受けても、その結果や受講状態を誰かが担保してくれないと、なかなか認めてもらえない。しかし、システム的に紐づいているならば、そのオンライントレーニングを受ける意味も、また違ってくる。
さらにマイクロソフトは、LinkedIn経由で、「面接のトレーニング」も行なう。日本でいう面接に使うインタビュービデオをアップロードすると、マイクロソフトのAI技術で音声認識した上で分析し、どんな言葉が使われているのか、気をつけるべき表現は何か、といった補助もしてくれる。
単に「学ぶためのコンテンツを公開する」だけでなく、そこから就職するための具体的なアクションへとつながっている点が、欧米でこの活動が行なわれる意味だ。
ここで言いたいのは「LinkedInがすごい」という話ではない。日本において、「仕事を得る」という活動とテクノロジーの関係は、ここまで近いものではない。むしろ泥臭い。結果として、欧米企業がもつスピード感やダイナミズムに追いつけない部分があるのではないか。雇用に関する慣習は国によって異なるので欧米と同じにするのは難しい部分もあるが、少なくとも「学ぶこと」「技能を身につけること」との関係は、よりデジタル化を進めてもいいのではないだろうか。
欧米も、こうした「デジタルによる就職支援」が完全に当たり前か、というとそうではない。今回の発表にも「いかに実効性を高めるか」という施策が含まれる。だが少なくとも、こうした試みが非現実的だと思われない程度には、欧米における職と能力についての考え方は、デジタル化しているのだ。
筆者が感じたのは、マイクロソフトのような企業が世界的に投じるリソースを、日本の労働者や企業が活かせないということだ。実にもったいない。スピードの点でもリソース活用という意味でも、日本が蚊帳の外に置かれるのはいいことと思えない。こうした部分にも、いわゆる「デジタルトランスフォーメーション」が必要だ。