西田宗千佳のイマトミライ
第36回
Microsoft Edgeが「新生」する理由
2020年1月20日 08:10
1月16日、マイクロソフトは、かねてより開発中だったChromiumベースで動作するWebブラウザー「Edge」の新バージョンの正式版配布を開始した。これに合わせ、Edgeのアイコンも、ブルー一色からグリーン+ブルーのものに変わっている。
Chromiumベースになった新「Microsoft Edge」が配信開始
直接ダウンロードしてもいいが、Windows 10の場合、自動更新でインストールされるので、しかるべき時期が来ればPCの中にある、という状況になる。ただし日本では、自動更新は4月1日までは行なわれない。
IEから「モダン環境への移行」を目指して
Microsoft Edgeは、2015年にマイクロソフトが発表した、「Internet Explorer(IE)」に変わる新しいウェブブラウザーだった。IEは長くPC上の標準ブラウザーの地位を占めていたが、設計の古さもあり、GoogleのChromeにその座を明け渡している。マイクロソフトとしては、IEの後継として「今の時代に相応しいエンジン」を備えたウェブブラウザーを必要としており、そのために開発されたのが、2015年発表の「Edge」である。IEは「11」で終了し、その座をEdgeに受け渡した。
Edgeは通称「EdgeHTML」と呼ばれる、IEに使われていた「MSHTML(Trident)」を作り直したもの。もっとも大きな違いは、Active Xなどの古い技術をサポートしていないことにある。そのため、IE向けに作られたページがすべて閲覧できるわけではないが、よりパフォーマンスが良く、マシンパワーを消費せず、安全性も高かった。
筆者は個人的に、EdgeHTML時代のEdgeも嫌いではなかった。非力なマシンでウェブを見る場合には、ChromeやIEよりも快適なことが多く、特に消費電力の面では優れていたからだ。
マイクロソフトを悩ませた「互換性のジレンマ」
だが、実際に日常的になにを使っていたか、といえばやはりChromeだった。Edgeでの動作確認を行なっていないサービスは意外と多く、一方、Chromeで動かないサービスは少ない。Edgeでも大きなトラブルはないが、それでも、Chromeを使っている方が安心だったのは間違いない。
同じような発想の人は多かったのではないか。これは、マイクロソフトがEdgeに対して抱えていたジレンマそのものである。
IEの利用を止め、より新しい環境に移行してほしくてEdgeを開発したものの、サービスを作る側は、新しい「Edge」という環境での動作検証を面倒なものに感じていた。さすがにIEを考慮するサービスは減っているが、ならば、多くの人が使うChromeにターゲットを絞った方がいい。
Chromeのエンジンは「Blink」。Androidの標準ブラウザーも今はBlinkベースだ。macOSおよびiOS/iPadOSは「WebKit」だが、BlinkはWebKitから分岐したプロジェクトなので、互換性は高い。
Chromeにはオープンソースプロジェクトの「Chromium」があり、現在はOperaなどのブラウザーも、Chromiumから開発され、Blinkをエンジンとして使っている。
独立したエンジンを使ったウェブブラウザーとして、残るメジャーなものは「Mozilla Firefox」くらいではないだろうか。
マイクロソフトがEdgeに移行した2015年以降、Chromeの勢力はどんどん強くなり、ウェブの世界はWebKitとBlinkが主軸になった。
IEの時代と違い、マイクロソフトの狙いは「独自のウェブブラウザーでシェアトップをとること」ではない。わざわざPCにブラウザーを入れない人(とても多い)に対して、モダンかつ安全で、パフォーマンスの良いブラウザーを提供することだ。だとするなら、EdgeHTMLをメンテナンスし続けるより、オープンソースであるChromiumプロジェクトにコミットし、開発の軸足を移した方が、ユーザーのメリットにも、ウェブサービスコミュニティの現状にも、マイクロソフトの開発費削減という意味でも、理に適っている。
というわけで、マイクロソフトは、2018年末にEdgeをChromiumベースとすることを発表し、2020年1月に正式版を公開したのである。もはやブラウザー戦争の時代ではない。マイクロソフトにとって、ウェブブラウザーのエンジンを握ることは競争軸でもなんでもなくなっているのだ。
なお、EdgeHTMLは基本的に、Xboxを含むWindowsが動く機器向けに開発されてきた。だがChromium版からは、macOS版も提供される。
「e-tax非対応」問題で日本での強制アップデートは4月以降に
機能的に見れば、新Edgeは「ほぼマイクロソフト版Chrome」といっていい。レンダリング品質もChromeとほぼ同じだし、動作速度にも違いはあまり見られない。Chromeからの環境移行もできる。拡張機能もChromeと同じものが使える。
率直にいって、Chromeをインストールしているなら、新Edgeを無理に使う必要はない。使い勝手にあまり差がないからだ。しかし逆にいえば、「別にブラウザーをインストールする必要がなくなった」とも言える。Chromeをダウンロードしてインストールするようなことを「しない」大多数の人にとっては、ウェブサービスの動作状況などはより良くなる、と考えられる。
一方、EdgeHTML版にあった機能のいくつかは削減されている。影響があるのは、電子書籍などで使われる「EPUB」の閲覧機能がなくなることだろうか。これにより、Windowsで使える標準的なEPUBリーダーがなくなることになり、別途アプリのダウンロードが必要になる。
前述のように、各種ウェブサービスへの対応状況は、「基本的に良くなる」傾向にある。だが、日本においては大きな例外がある。そのため、日本でのWindows UpdateによるEdgeの配布は、今年の4月1日を過ぎるまで行なわれない。
理由は、確定申告用の「e-tax」が、Chromeに対応していないためだ。
e-taxのWindowsでの動作保証ブラウザーは、IE11と「EdgeHTML版のEdge」。Chromeでは動作しないし、Chromium版の新Edgeをインストールすると「動作対象外」との表示が出て使えなくなる。
e-taxは「OSに標準搭載のブラウザーで動作する」ことを前提にしているようで、WindowsはIE11とEdgeHTML版のEdge、macOSではSafariで動作する。Chromeに対応していないことには従来から批判が集まっていたのだが、とにかく今は使えない。なので、e-taxで確定申告を行なう人は、新Edgeには移行すべきではない。それがわかっているので、自動移行は4月1日以降とされたのだ。逆にいえば、来年度からは、新Edgeを含めたChromeがサポートされる可能性も高くなったといえるかもしれない。
その他、ブラウザーの移行には、業務アプリの動作検証など、e-taxと同様の問題が発生する可能性がある。サービスのサポート対象に「Chrome」が入っているなら、新Edgeでも大きな問題が出ることはないと思うが、サービスの対応状況が明確でない場合には、自分で慌てて移行せず、サポートなどからのアナウンスを待つ方が良い。