西田宗千佳のイマトミライ

第31回

「本当の5G」を目指せ。5G+低遅延でAWSとKDDIが提携

re:Inventは米ラスベガスのSans Expoとそこにつながったベネチアン・ホテルを中心に、複数のホテルで開催。来場者は1社のイベントにもかかわらず6万5,000人を超える。

12月2日から6日まで、筆者は米ラスベガスに出張し、アマゾン ウェブ サービス(AWS)の年次開発者会議「re:Invent 2019」を取材していた。re:Invent 2019の基調講演で発表になったのが、KDDIとの5G低遅延サービス実現についての協力だ。

KDDIとAWS、5G低遅延サービス実現で協力

5Gでは「低遅延なネットワークができる」と言われている。だが、実際にはなかなかにハードルが高い。そのハードルを低くし、「5Gで本当に低遅延を実現するため」の提携、といっていい。

では、なぜこうした提携が必要だったのだろうか? 解説してみよう。

「5Gは低遅延」と言えない3つの課題

5Gは「高速低遅延」がウリだ。だからこそ、「AWSが5Gで低遅延をウリにしたサービスを発表する」となると、こう思う人もいるのではないだろうか。

「5Gでは低遅延になる、というのがウリなのに、なぜAWSはわざわざサービスを提供するのだろうか?」と。

実のところ、「5Gで低遅延になる」という言葉にはかなり誤解・誇張が多い。

5Gになったら無条件にネットサービスが低遅延になる、というのは大きな誤解である。

理由は3つある。

まず、遅延が短くなる(1ミリ秒)のは5Gのワイヤレス部の話であって、「インターネットサービス全体」ではない。例えば、日本から5Gのスマホを使ってアメリカにサーバーがあるサービスを使えば、日本からアメリカまでの通信にかかる時間が大きいので、当然相応の遅延が発生する。これは極端な例としても、インターネット側の遅延が大きければ、5Gだからといって低遅延になるわけではない。

次に、処理にかかる遅延。例えばなにかの映像を伝送する場合、撮影して伝送するには映像の圧縮が必要になる。その処理には相応の時間が必要で、遅延の原因になる。映像圧縮以外にも、処理が挟まれば必ず遅延の原因となる。

最後に、5Gだからといって、ワイヤレス部の遅延が確実に1ミリ秒になるわけではない。現在の5Gで使われているのは、4Gのネットワークを活かして5Gを構成する「ノン・スタンドアローン(NSA)」と呼ばれる方式が中心。NSAでは遅延はあまり短くならず、「スタンドアローン(SA)」になった時、本当に低遅延になる。公衆網での低遅延化にはSAが導入されるまで待つ必要があり、当面は工場などで使われる特定領域用の「ローカル5G」が中心になる。

こうした要素を加味すると、我々コンシューマが使うサービスにおいて、端末からサービスまでで(End to Endなどと言われる)数ミリ秒以内の低遅延を実現するのは意外と難しい。「5Gでは低遅延で自動運転も」といった話題が喧伝されるが、そんなに簡単な話ではない。

そろそろ5Gも夢から現実の段階にさしかかっている。そうした遅延を含む「現実」も、多くの人が認識しはじめている。

「本当の5G」を狙うAWSの思惑

そうした「理想と現実の違い」を分かっているからこそ、AWSはあえて「5G+低遅延」の世界に飛び込もうとしているのだ。

AWSのアンディ・ジャシーCEOは、基調講演でこう述べた。

「5Gで実現されると言われていることについて、人々は『それは本当に実現するのだろうか?』と懐疑心を持ち始めている。事実、そこには多くの誤解や間違った知識への誘導がある。だからこそ、我々は、ほんとうの5Gを実現していきたいと考えている」

AWSのアンディ・ジャシーCEO。基調講演は3時間もあるのだが、よどみなくしゃべり続けた

発表されたのは「AWS Wavelength」というサービスだ。これは簡単にいえば、AWSで各地域に配置されている設備を5Gのネットワーク内に配置し、「数ミリ秒以内の応答速度」を実現するもの。従来通り「ネットのどこか」に配置すると、遅延はまちまちになって安定しないが、5Gのワイヤレス通信網にごく近いところに設置すれば、5Gの端末に対しての遅延は短い状態を維持できる。

発表されたのは「AWS Wavelength」。5Gを提供する携帯電話事業者と連携し、低遅延のネットワークサービス用インフラを提供する

そもそもAWSは世界中にデータセンターを持ち、「居住地の近く」からサービスを提供するのは難しくない。

また、AWSは「遅延」をかなり意識したサービスだ。自社データセンター同士を広帯域の専用ネットワークでつなぎ、サービスごとにネットワーク構成を工夫し、自社網を使って可能な限り遅延を短くしたサービスを提供することもできるようになっている。

処理速度の点でも、積極的にハイパフォーマンスなサービスを提供しており有利だ。5Gとは無関係なシーンでも、re:Inventの基調講演ではことあるごとに「低遅延」がキーワードだった。快適なサービス運営には低遅延が不可欠であり、AWSにとっては大きなテーマの一つだからだ。

こう考えると、5Gでの遅延における3つの問題のうち、2つまでがAWS Wavelengthで解決可能である、というのが見えて来る。

携帯電話事業者はなぜAWSと組むのか

記事の冒頭、re:Inventでの基調講演でAWSとKDDIの提携が発表された、と書いたし、日本ではそう伝えられることが多かったように思う。だが、これはちょっとだけ事実と違う。それも発表されたのだが、壇上で大きく扱われたのは別の会社だ。

基調講演には、Verizonのハンス・ヴェストバーグCEOが登場した。5G向けネットワーク開発の最初のパートナーとして、AWSはVerizonを選んだのだ。といっても、サービスは2020年に始まり、「その時の各国のパートナー」としてKDDIの名も読み上げられた。プレスリリースも同時に出ており、Verizon同様、早期からKDDIにも声がかかっていて、同時に開発が進んでいることは間違いない。

AWSは最初のパートナーとしてVerizonを選び、基調講演で発表した。
基調講演には、AWSのアンディ・ジャシーCEOとVerizonのハンス・ヴェストバーグCEOが登場

VerizonはAWSとの最初のパートナーとなり、現在シカゴで実験が進められている。実験のパートナーとしては、アメリカンフットボールのNFLに大手ゲームメーカーのベセスダ・ソフトワークス、産業用の高解像度VR機器を開発するフィンランドのVarjoなど、興味深い企業の名前が挙がっている。

Verizonの5Gに配置する「エッジコンピューティング」インフラとしてAWSを活用する

こうした動きが注目されるもうひとつの理由として、「5Gにおける低遅延を実現する技術の採算性」の問題がある。

低遅延を実現するには、たしかに5G網にサーバーを配置していくことが必須だ。だが一方で、「どのくらいの数を、どのくらいのエリアに配置するのか」という判断はきわめて難しい。

理想を言えば、5Gの基地局すべてにサーバーをくっつければいい。すべてのサービスは基地局までで完結し、遅延は最短になる。だが、そんなことをするとサーバーの量が増えるし、処理の集約による高速化・高効率化も難しい。ではどこまで集約すべきか? そして、そうやって配置したサーバーでどうやって収益を得るのか? これは難しい問題だ。

5Gにおいて、携帯電話事業者は「良い土地を持つ地主」のような存在になる。だが、その土地の上でどうビジネスをすべきなのだろうか? サーバーという名の商業施設を作ればビジネスになるのはわかっているが、その運営やパテント(サーバー利用企業)はどう集めるのか? さらには、商業施設間の流通(サーバー間の高速網)維持はどうするのか? 解決すべき問題は山盛りだ。

「5Gでエッジコンピューティングがもてはやされているが、収益性には疑問がある」

そんな本音も、携帯電話事業者内からは聞こえてきている。

AWSが乗り出すのは、こうしたジレンマを解決するためだ。5Gネットワークという不動産を利用し、その上で商売をする立場として、世界的なクラウドインフラ事業者であるAWSが、携帯電話事業者との提携という形でビジネスをスタートすると宣言した、と考えればわかりやすいだろうか。

これは、今後のAWSにとって大きなビジネスの種になる。同時に、携帯電話事業者にとっても大きな決断だ。

では、NTTドコモやソフトバンクはどうするのだろうか? 先進的ネットワークをウリにする楽天はどうするのだろうか? 他のクラウドインフラ事業者はどう出るのか?

そこまで考えると、この発表が実に味わい深く、大きなものであるのが見えて来る。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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