西田宗千佳のイマトミライ
第4回
競合同士が手を組む? ソニーとMicrosoftのクラウドゲーミング提携
2019年5月20日 08:15
5月17日に突如発表された、ソニーとマイクロソフトの提携は、多くの人を驚かせたことだろう。
提携範囲は、ゲームやコンテンツのストリーミングサービスに対するマイクロソフトのAzureサービスの利用。ソニーのイメージセンサーとマイクロソフトのAIを活用した、新たな「インテリジェントセンサー」の共同開発の検討も行なう。
実は予告されていた?! ソニーとマイクロソフトの提携
今回の提携のポイントは、今後ソニーが提供するゲームサービス用のクラウドについて、マイクロソフトのAzureのデータセンターを利用する前提で検討が進む、ということだ。
クラウドベースのゲームサービスといえば、3月にGoogleが発表した「STADIA」が大きな議論を巻き起こした。
Googleの強みを総動員したクラウドゲームプラットフォーム「STADIA」
Googleのサーバー側にゲーム専用のハードウエアを用意し、コントローラーの操作情報と絵や音をインターネット経由でやりとりすることで、手元のハードウエアの性能に依存することなく、どんな機器でもハイエンドなゲーム体験が出来る。
こうした手法は「クラウドゲーミング」と呼ばれるが、「ハードウエアの購入が不要」「Googleが本格参入」という2つの要素は、大きな衝撃を与えるのに十分なものだ。
だが、STADIAの発表以来指摘され続けていることだが、「クラウドゲーミング」という形態は、Googleの専売特許でも、特別なものでもない。今日的なクラウドゲーミングの形は、2010年代前半には出来上がっていた。2012年から2014年頃に、いちど大きな盛り上がりを見せたソリューションが再び脚光を浴びた……というのが正確なところだろう。
ソニー・インタラクティブエンタテインメントは、2012年にGaikaiを買収、2014年から「PlayStation Now」のブランドでクラウドゲーミングを提供している。4月26日に行なわれた、ソニーの2018年度決算説明会では、十時裕樹CFOが、わざわざプレゼンの中で「弊社は2014年からPlayStation Nowを提供している」と説明する一幕もあった。
その時は「ああ、STADIAよりも先にやっている、という存在感を示しておきたかったのだな」と思ったのだが、実はある種の予告だったのだろう。
5月21日に、ソニーは経営方針説明会と、アナリスト向けの「IR Day」を開催する。4月末の決算説明会で「詳しくはIR Dayに説明する」(十時CFO)とのコメントだったのだが、その「詳しく説明する」内容とは、このマイクロソフトとの提携のことだった……という想像が成り立つ。
大手数社がしのぎを削る「クラウドインフラ」の世界
今回のソニーとマイクロソフトの提携でなにが起こるのか? ソニーとマイクロソフトのゲーム事業が一体化するとか、そういうことは当面あるまい。マイクロソフトにとって、ソニーはあくまで「特別な大口顧客」であり、ソニーにとっては「インフラの戦略パートナー」という位置付けになる、と予想される。
ポイントは、提携発表文の中に「現在のAzureのデータセンターベースのソリューションの利用も検討していきます。」という一文があることだ。
大雑把にいえば、クラウドゲーミングは「時間単位でクラウド側の設備を消費者に貸す」サービスといっていい。だからクラウドゲーミングにとって重要なのは、いかにクラウド側のリソースをマネジメントするかだ。
もうひとつ重要なのは、「いかに利用者に近いところにサーバーを配置するか」という点だ。
クラウドゲーミングの問題点は「遅延」にある。プレイヤーが手元のコントローラを操作した情報は、いったんネットを通ってサーバーに送られ、サーバーで画面や音の形に反映された上で、それが手元の端末(スマホでもPCでもテレビでもいい)に表示される。通信を介する分だけ、どうしても数十ミリ秒から数百ミリ秒のタイムラグ=遅延が発生するのは避けられない。これをいかに短くし、安定させるかが、クラウドゲーミングサービス構築のカギになる。
技術的には色々な手法があり、そこが各社の差別化点ではあるのだが、もっとも大きな影響を与えるのが「サーバーの場所」である。ざっくり言えば、プレイヤーがインターネットに接続している地域、例えば東京なら、東京のごく近くにサーバーを設置した場合と、アメリカのサーバーまでアクセスした場合とでは、当然遅延は大きく異なる。
そのため、クラウドゲーミングを本気でビジネス化するなら、世界中のプレイヤーのニーズに対応するために、世界各地にサーバーを配置し、可能な限り近い場所からプレイできるようにしなければならない。
一方で、さきほど述べたように、クラウドゲーミングはサーバーを貸すビジネスなので、無駄なく投資することが求められる。
こうなると、強い事業者はどこか?
最初から、世界中にサーバーインフラを持っている「クラウドインフラ」の大手、ということになる。
GoogleはSTADIAのために、世界7,500カ所以上にクラウドゲーミング用のサーバーを配置する、としている。元々同社は世界中にクラウドインフラを持っているので、そのファシリティを有効活用できる。クラウドゲーミング用の投資はそれでも大きなものだろうが、一から世界中にインフラを構築するよりはずっと効率的だ。
では、Googleと同等以上のインフラを持っている事業者は他にどこがあるか? 具体的にいえば、Amazon Web Service(AWS)と、マイクロソフト、ということになる。これらの企業と提携すれば、インフラ投資のリスクを軽減しつつ、クラウドゲーミングの規模を拡大できる。
実はSIEは、PlayStation Networkのインフラの一部としてAWSを活用している。そのため、提携先としてAWSもあり得るのでは……と予想していた。だが、結果はマイクロソフトだった。
これは予想に過ぎないが、ゲーム事業をマイクロソフトの方がよく知っていること、マイクロソフト自身が、Xbox事業の一環として、クラウドゲーミング「Project xCloud」を開発中であり、ノウハウの共有も計れることなどが、最終的な決め手になったのではないだろうか。
勝負は「クラウドだけで決まらない」から提携
一方で、今回の提携からは、次のことも読み取れる。
クラウドゲーミングは注目を集めており、「今後はゲーム機などなくなるのでは」という風な言説も聞こえてくる。5Gを含め、通信インフラの整備が進むことで、2010年代前半よりも大きなトレンドになることは間違いないだろう。ソニーにしてもマイクロソフトにしても、クラウドゲーミングに対して、今以上に真剣に取り組み、顧客獲得ができる基盤を作る必要に迫られている。
だが、重要なのは「クラウドゲーミングで提供される価値はなにか」ということだ。
クラウドゲーミングで生まれる遅延は、ゲームの命である「インタラクティブ性」と相性が悪い。遅延を隠蔽する方法もあるが、すべてのゲームで使えるわけでもない。「どこでも、どんな機器でも楽しめる」といっても、ディスプレイサイズによって表示の最適化がされていないと、文字やメニューは読みにくくなり、プレイしにくくなる。
結局、ゲームを楽しむ上でもっとも快適な環境は「ローカルプレイ」であることに変わりはない。「ローカルでなければ遊べない」という不都合をクラウドゲーミングは解消してくれるが、万能ではない。
現在のゲームを支持しているのは、「ゲームを趣味とし、快適な環境や体験にこだわる」人々である。市場拡大はもちろん重要だが、ゲーマーの支持なくして、ゲームビジネスの成功はあり得ない。
単にクラウドで提供できるだけでなく、クラウドである価値を最大に活かすサービスとはなにか、ということが今後問われる。要は、どんな良さが生まれ、どんな価格で、どう楽しめるのか、ということだ。
だとすれば、既存のゲームプラットフォームを持つソニーやマイクロソフトは、次の世代のプラットフォームで、いかに「ローカルとクラウドの価値を組み合わせ、新しい価値を作るか」を提示しようと考えているはずだ。
特にソニーの場合、クラウドのインフラ整備だけにコストをかけるわけにはいかない。クラウドゲーミングですべてが決まり、インフラ構築こそ差別化要因であるなら、そこに投資を惜しまないだろうが、今はパートナーから供給を受けることも可能な時代だ。そもそも、これから待ち受けている「次世代機」には、開発にもマーケティングにも大きなコストがかかる。最適化できるところは最適化したいはずだ。
マイクロソフトとしては、ゲームという事業で競合はしていても、クラウドインフラ事業の大手顧客が生まれ、インフラの稼働率も安定するのであれば、それに越したことはない。
そうした思惑があって、両者は手を結ぶことになったのだ。