小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第4回

宮崎クルマ無し生活は成立するか? 地方都市の公共交通事情

37年の東京(さいたま)暮らしを終え、故郷宮崎へ帰ってほぼ1カ月。新たな環境での生活が始まったものの、いまのところクルマ(自家用車)無し生活を続けている。見えてきた都会暮らしとの違いとは……

地方は車社会と言われるが、それは首都圏や関西エリアのように、そもそも電車ベースの公共交通機関が発達する余地がなかったからだ。宮崎市には、旧国鉄時代に敷設され、現在JR九州となっている路線があるだけで、最初から「私鉄」というものがない。それはもちろん、利用者数と敷設コストが合わないからである。

加えてもう1つの理由は、人が流れる拠点が存在しない事である。例えば東京なら、東京駅はもちろん、新宿、渋谷、池袋、品川といった拠点があり、そこからさらに細かく人の流れが枝分かれしていく。元を正せばそれらのポイントは街道の宿場町など、人がいったん集まる場所として設定された歴史的経緯があり、東京という都市全体がこのような拠点をどんどん細かく分割することで、巨大化していった。だから拠点間を経由しながらその間を繋ぐ交通網として、大量輸送に向く鉄道が必要となる。

一方地方都市の人の動きは、こうした拠点となる場所が存在しないため、自宅to目的地と、ダイレクトに移動するしかない。それなら個人の事情に合わせてどこにでも行ける車がないと不便、というわけだ。電車を利用するのは、今や短期の出張者か高齢者、高校生ぐらいである。

では日常生活において、車がない場合はどうするか。電車で行ける場所が限られるわけだから、そこは当然、バスやタクシーを利用する事になる。宮崎県最大のバス会社は宮崎交通で、創業は大正15年と古い。宮崎県内の主要都市で路線バスを運行しており、長年にわたって県民の足として定着している。

筆者の実家は、宮崎市内を東西に横断する高千穂通りという主要幹線道路沿いにある。バス停も目の前にあった。子供の頃は、それこそ昼間でも数分おきにバスが往来したものだった。専業主婦も多かった昭和中期には、女性が運転免許を持つ例は珍しかったこともあり、赤ちゃんをおぶったり小さい子の手を引いて街に買い物に出る足として、バスが大変賑わったものだった。昔は子供がうじゃうじゃ居たのだ。筆者も幼稚園への通園は、市バスを使っていたぐらいである。

現在の高千穂通り。バス通りでもある

しかし現在は女性が運転免許を持つのは当たり前となり、バスも朝夕の通勤時だけは数分おき程度に運行するものの、昼間は30分に1本と激減する。昼間の買い物の足としては、使いづらくなってしまった。

ただバスなら240〜270円ほど払えば、かなりの広範囲が移動できるので、使いこなしたいところである。意外にも乗り換え案内や地図アプリは地方のバス路線も網羅しており、ルートのほかバス停の位置も検索できる。自宅から空港までといったルートも、意外に1本でいけるものがあったりと、発見も多い。加えて九州地方を中心に展開する交通系非接触型ICカード「nimoca」にも対応。加えて「Suica」にも対応するので、東京と同じようにスマホのタッチで支払いができる。

ただし、落とし穴もある。バスの時刻表はそれほど頻繁に変更されるものではないが、それが故に運行が変更されると、なかなかアプリ側に反映されない。ある日空港行きのバスを待っていたところ、バス停の時刻表には存在しないバスを待っていることに気付いた。当然、現場の時刻表が正しいという事になる。慌ててタクシー配車アプリでバス停にタクシーを呼び、事なきを得たが、危うく飛行機に乗り遅れるところだった。

バス停で「存在しないバス」を待つはめになることも

タクシーに未来はあるか

タクシー配車アプリの「JapanTaxi」は、宮崎市内3社のタクシー会社が対応しており、どこからでもタクシーを呼ぶことができる。東京都内に比べれば会社数としては少ないが、この程度ならさいたま市のはじっこで暮らしていたときとさほど変わらない。

タクシー料金は初乗りが570円とまあまあ安いが、その代わり初乗り距離が1.5kmと若干短い。面積だけは広い地方都市では、1.5km程度で到達できる目的地は少なく、荷物を持って徒歩ではしんどいぐらいの距離、例えば3kmぐらいの距離を乗ると、だいたい800円から1,000円ぐらいとなる。

先日、市内大手タクシー会社のドライバーに、車中で話を聞く機会を得た。同社は30年程前には、ドライバーが2,500人ほども居たそうである。それが現在では高齢化と若手不足もあり、1,400人程度に減少した。車の保有台数も1,400台程度で、ほぼドライバー1人に1台。

だがそれでは、深夜や早朝などのニーズには対応できない。車に対して1.5倍から2倍程度のドライバーが居なければ終日の配車に対応できず、やむなく定年退職したドライバーに頼んで、出勤してもらったりしているそうである。

つい先日も高齢者の運転する車が暴走して死亡事故を引き起こすといった事例があったばかりで、今後高齢者の運転は社会問題化しそうだ。そうした流れのなかで定年退職者を再投入するといった対応では、地方のタクシーは厳しくなるだろう。自動運転の実用化が間に合えばいいが。

現在同社ではポイントカードを発行しており、シールを10枚集めると初乗りが1回無料になるキャンペーンを実施している。だが、なかなか10枚溜めるほど利用する人は少ないという。やむなく来年、初乗り料金が値上げされるが、それによりますますタクシーへの足が遠のくのではないかと、そのドライバーは懸念しておられた。

東京23区と⼀部の市では、初乗りを1kmに改訂して料⾦を410円とした。近距離の利⽤を促進するために、細かく刻んで来たわけだ。だがこの⽅法論は、⽤事がある場所が密集し、かつタクシー台数も多い東京だから通⽤するわけで、地⽅都市では逆効果となる。

現在タクシーの初乗り料⾦の平均は、2kmで630円。仮に1.5kmで600円に値上げすれば、2km換算で800円だ。これだと2km換算で820円になる東京に次ぐ料金という事になる。

宮崎のタクシーは燃費向上が見込めることもあり、意外にハイブリッド車が多い。つまり比較的近年、車両を更新したばかりという事になる。まだ減価償却も終わらぬうちに、自動運転車へ転換できるのかと言えば、Noだろう。ラスベガスでかなりの台数が試験走行している自動運転車は、行政とライドシェア大手「Lyft」が組んだものだ。ライドシェアもない、行政もそこに気付いていない宮崎のタクシーに、どんな未来が待つのか。

個人的には、ライドシェアは需要があるように思える。各家庭の車の保有台数も多いし、宮崎県民の温厚で親切な人柄なら、トラブルも少ないだろう。週末にやることがない、しかも賃金水準の低い若い子の小遣い稼ぎとしては、悪くないように思う。ただ日本においては、まず法的なハードルがクリアされる必要がある。

逆の懸念は、ドライバー側の「知らない人を乗せるのは怖い」という気持ちだろう。宮崎県民は温厚で親切だが、社交的ではないのだ。ニコニコしているが、黙って静観するタイプが多い。オープンで度胸の据わった若い子がどれぐらいいるのか、全く見えてこない。

もう1つ大きな需要は、代行運転である。筆者も宮崎で何度か依頼したことがあるが、もう需要が多すぎて捌ききれないという感じの電話対応であった。だがこれは主に夜、酔客を乗せることになるので、リスクが高いビジネスである。今の代行運転事業者は、主に駐車場経営と結びついており、公共交通機関との結びつきは薄い。

しかし今後は、高齢化を迎えて免許は返納するが、車は何台もあるという家庭が増えていくのではないだろうか。自分の車を人に運転して貰うなら、高齢者も安心できる。先を見据えれば、新しいビジネスの芽はありそうな気がする。

ただこうした地方発の新規ビジネスは、目端の利いた経営者が必要になる。地方に求められる人材とは、「若手」の前にこうした起業経験のある経営者なのであろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。