石野純也のモバイル通信SE

第58回

なぜソフトバンクはAndroidスマホの「単体販売」をやめたのか

ソフトバンクが端末単体販売のラインナップを大きく減らしている。現在はiPhone、iPadのみになっている。iPhoneも、iPhone 15シリーズは「iPhone 15 Pro」が単体販売の対象外。モデルによって可否が異なっている状況だ

ソフトバンクが、Androidスマホの“単体販売”を取りやめている。現状、ソフトバンクオンラインストアで回線なしのラインナップを見ると、iPhoneとiPadの2シリーズしか選択肢が表示されない。発売されたばかりのPixel 9シリーズはもちろん、これまで単体販売してきた端末も対象外になっていることが分かる。ソフトバンク広報によると、ソフトバンクショップなどの直営店でも、同様の運用をしているという。

他社はどうかというと、ドコモ、auは変わらずオンラインでも単体購入が可能。「いつでもカエドキプログラム」や「スマホトクするプログラム」のような、端末購入プログラムも回線契約ありのユーザーと同じように利用できる。楽天モバイルも、楽天市場で端末単体販売を行なっている。ここまで極端に販売する端末を絞っているのは、ソフトバンクだけだ。

端末ごとのページの注釈に張られたリンクから飛ぶという超イレギュラーかつ消極的な対応ながら、ドコモは単体販売を継続している。ソフトバンク以外の他社も同じだ

キャリアの収入源は通信料 「分離プラン」の転換点

とは言え、“通信”が主力のキャリアの主な収入源は毎月ユーザーが払う通信料。端末は、その通信を使ってもらうための入口のようなもの。契約者の獲得や回線契約の維持、さらにはよりデータ通信を使ってもらうためのきっかけにはなる一方で、端末販売単体で収入を大きく上げているわけではない。ビジネスモデルとしては、あくまで回線ありきだ。

その意味では、キャリアが契約者以外に端末を販売するモチベーションは本来低い。

ではなぜ、大手キャリアが回線契約者以外も端末を購入でき、端末購入プログラムまで利用できることをアピールするかと言えば、理由の1つには政府が掲げる「端末と回線の分離」という方針があった。いわゆる「分離プラン」と呼ばれていた料金プランが、それに当たる。

ドコモの端末販売収入は7,809億円。売上げとしては大きいが、メーカーからの仕入れがあるうえに、割引が発生するため、利益はあまり残らない。どちらかと言えば、主力の通信サービス収入を上げるためのものだ

一方で、端末を回線なしで広く販売するよう義務づけられていたわけではない。電波という国民の財産を使い、許認可を得て事業を行なっているキャリア各社だが、いずれも民間の会社として運営されているため、監督官庁である総務省がそのビジネスの範囲を決めてしまうのは非常に難しい。

こうした事情もあり、これまでの規制は主に公正競争の観点から、割引に焦点が当てられてきた。

2023年12月26日までは、この割引が回線契約に紐づく場合、22,000円に制限されていた。その反面、端末を単体でいくら値引くのかは各社の裁量に委ねられていた。ただし、端末を単体で買えないとなると、いくら費目を分けても、実態が回線契約に対する割引と同じになってしまう。端末が端末だけで販売されていることを証明するためには、契約者以外が購入できることが必須だったというわけだ。

また、端末購入プログラムも場合によっては割引と見なされるおそれがあった。これは下取りを組み合わせたもので、ユーザーに割引なり利益なりを直接的に提供しているわけではないが、ガイドラインでは一般的な下取り額との差分は割引などと見なすという記載がある。

リセールバリューが低い端末は、免除される金額が多くなる場合もあったため、回線契約があるユーザーに限定していると、通常の割引との合算で、上限を超えてしまうリスクがあった。各社とも、端末購入のみのユーザーまで端末購入プログラムの対象にしているのはそのためだ。

各社の端末購入プログラムには「回線契約がなくてもOK」とかなり大きなフォントで記載されている。これは、単体購入した場合に使えないと、回線契約者向けの割引と見なされてしまうためだ

ガイドライン改正で変わったこと

ところが、2023年12月27日に改正された省令で、ガイドラインが改正され、端末割引の上限には端末単体への割引も含まれるようになった。代わりに、上限は8万円以上の端末の場合、最大で44,000円に上がっている。割引額を緩和する一方で、自由に行なわれていた端末単体への割引にも規制が入ったというわけだ。

背景には、端末単体割引の競争が過熱した結果として、転売ヤーのターゲットになってしまったことがある。

同じiPhoneでもメーカーや量販店でオープンマーケット版を購入するより、キャリアから割引込みの端末を購入する方が安いケースもあったからだ。安いだけならまだしも、中古店の買い取り価格を下回ることすらあった。

2023年12月27日の省令改正によって、単体割引も含めた総額での規制が実現。これによって、キャリア各社は最大でも44,000円までしか割り引けなくなった

この改正によって鎮静化した端末単体割引だが、ソフトバンクは1年での下取りを前提にした端末購入プログラムを導入するなどして、実質価格を抑えている。

話を簡略化するため数字はキリのいい仮のものだが、本体価格が10万円の端末を、中古店が1年後に6万円で下取りすることが予想されるとする。この場合、現行のガイドラインを遵守すると、キャリアは最大10万円での下取りが可能になる。このときに割引と見なされるのは4万円。ガイドラインで定めた上限の範囲であるため、特におとがめは受けない。

新ガイドライン施行後も、ソフトバンクは実質12円などの販売を継続している。これは、1年後の下取りによる残債免除と実質的な割引を組み合わせることで実現しており、制度上、問題にはなっていない

実際、ソフトバンクは、この販売手法を活用し、実質価格を数円~1万円にした端末を販売していた。ただ、単体販売と回線契約込みのどちらも同じ44,000円に制限されてしまうなら、単体販売を残しておくキャリア側のメリットは少なくなる。元々は、22,000円の割引上限に含まれない割引をするために、取り入れられてきた販売手法だからだ。

回線を契約していないユーザーは44,000円高くなるという売り方もできなくはないだろうが、一般的にはオープンマーケットで同じ端末がある場合はそちらの方が安いため、わざわざソフトバンクから高い端末を購入するユーザーは少ないはずだ。であれば、販売する相手を契約者に絞ってしまった方が、ユーザー還元にもつながりメリットを最大化できる。回線契約者に絞った販売は、現行の制度に最適化した結果と言えるだろう。

単体販売中止 他社はどう動くか

元々、端末と通信の分離を掲げ、SIMロック解除などを推進してきた総務省だが、結果だけを見ると、半ばその方針を転換したようにも見える。

ここに他社が追随するかどうかは未知数だが、多かれ少なかれ、各社とも、単体販売の割引はやめたいと考えているのが本音だ。例えばドコモの井伊基之前社長も、かつて「セット販売の復活」をインタビューなどで訴えていた。

ソフトバンクが口火を切ったことで、状況が変化するかどうかに注目しておきたい。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya