石野純也のモバイル通信SE

第54回

ドコモ次の一手は「銀行」 前田新社長に聞く通信品質改善とサービス強化

インタビューにこたえたドコモの前田社長

ドコモの代表取締役社長に、スマートライフ事業などを手がけてきた前田義晃氏が就任した。転職組で50代、かつ非通信領域を担当してきた人材が抜擢されるという異例の人事は、大きな注目を集めている。

一方で、社長就任時の記者会見で前田氏が真っ先に口にしたのは、通信品質の改善だった。この真意とともに、得意とするスマートライフ事業をどう発展させていくのかを前田氏にたずねた。

現場リスペクトと通信品質改善

料金値下げの影響を受け、通信料収入が落ち込んでいるドコモ。その反面、eximoやahamoといった中大容量プランが増加した結果、トラフィックも大きく伸びている。コロナ禍明けの昨年には、そのユーザーが一気に街に戻り、通信品質の低下が顕在化した。こうした声を受け、ドコモは対策を実施。300億円を前倒しで投入し、'23年12月には約90%の基地局に対応を施した。

とは言え、まだまだデータ通信の品質が低下するという声は散見される。以前と比べ、その数は減少しているものの、英調査会社Opensignalなどの通信品質調査では他社のリードを許している状況だ。

こうした状況に対し、前田氏は就任直後から通信品質の改善を宣言。Opensignalの「一貫した品質」でトップを取ることを目標に掲げた。社長就任後は、現場に出向き、自ら通信品質を確認してきたという。

Opensignalの「一貫した品質」でNo.1を目指すという

「電車に乗らないのでは? と言われますが、普通に乗ります。ただ、山手線一周はしていなかったので、してきました(笑)。4キャリアの電波状況を見えるようにして、ネットワーク部隊と一緒に一周してきました。こういう数値を見るのは好きなんです。当社に限った話ではなく、総じていいところ、悪いところはありますが、昨年度ご不満の声がすごく出てきた時よりは改善が進んでいます」

「ただ、同時に、ここはまだ改善が必要というところもありました。そこは急ピッチで対策をしてもらえるようにしています。山手線の渋谷駅で言えば、ホームに電波を吹いているところに、今Massive MIMOを入れようとしています。ハチ公前はだいぶ爆速になっていますが、路線と降りた時にギャップがあるので、改善を進めています」

「直近では、ラグビーの代表選を国立競技場でやっていたので、気にしていましたが、そこもかなり改善されていました。移動の際には総武線に乗ったり、山手線に乗ったりもしています」

就任直後からネットワーク部門と一緒に、品質のチェックを行っているという。4キャリアの端末を持ち、山手線も一周。自ら現場に出向き、改善要望を上げている

上りの通信が混雑し、速度が十分出ない事象も把握しており、「7月頭にチューニングをした」という。結果として、「速度が上がり、トラフィックも多くなってきた」

「上りがうちだけよくないエリアがあるが、その辺の認識もだいぶ強く持つようになりました。前々からそういう印象があることは事実。今は上りがめちゃくちゃ重要になっているという認識です」

社長自らがネットワークの品質調査に同行したのは、「当事者意識を持つ」ことや、「現場をリスペクトする」ということを経営方針に掲げているからだ。「経営側と現場の目線が合っていることが安心感につながる」という思いもあり、それを実践するため、調査でも自ら現地に出向いたという。

「自分自身も現場に行って、その現場と同じ目線で物事をちゃんと理解すれば、後は一緒になって考えることができます。その理解がなければ、この方向でどんどんやってもらって構わないという話になりません。現場に見に行くことが、あらゆることのベースになっています」

「当事者意識を持つ」ことを経営方針に掲げている。ネットワーク調査に出向くのは、現場と目線を合わせるためでもあるという

サービスの土台となる通信 再び「一体」に

通信は、ドコモの様々な事業の土台になっている。前田氏が力を入れてきたd払いも、その1つだ。

前田氏は「自分たちが作り上げたものがいい状態で世の中に出ていくためには、ネットワークがよくなければいけない」としながら、次のように語る。

「d払いはずっとPayPayに追いつきたいということで、アプリの起動速度は負けないよう、開発部隊もそこを極めようとやってきました。実測では、勝っていたり負けていたりしていますが、それは通信状況がバチっとはまった場合という前提に立っています」

「今、どのぐらいの速度でバーコードが表示されるかデータを集めていますが、やはり速いところもあれば、結構時間かかってしまうところもあります。その問題に対しては、もちろん物を言わなければいけない。当事者意識を持って、研ぎ澄まさなければいけないということです」

アプリ側でデータを取得し、ネットワーク改善に生かす取り組みも始めた。上位レイヤーのサービスも、その観点からネットワークに対して当事者意識を持つというのが前田氏の方針だ

前田氏がドコモに入社した2000年代は、端末とネットワーク、コンテンツサービスが一体になっていた。前田氏も「当時は(サービス設計も)ネットワークのことまで含めて考えていた」と話す。

「端末にどういうサービスを入れるかも含め、すべて自分たちで決めることができました。一体的に考えていかないと、デザインできなかったからです。スマホになり、それが徐々に薄れていったところは確かにあります。今、そこまでギリギリにやる必要があるかどうかは別ですが、すべてがつながっていることの重要性は変わりません」

iモード時代は、端末の仕様やその上のサービスもネットワークを考慮して設計されていた。スマホ時代になり、その垂直統合モデルは崩れたものの、ネットワークが土台になっていることに変わりはない(2008年撮影)

スマートライフ急拡大 次の一手は「銀行」

一方で、前田氏が手がけてきたスマートライフ事業は急速に成長している。特に、dカードやd払いなどの金融決済取扱高は'23年度に13.1兆円まで拡大。前田氏も「楽天はいるが、マーケット全体の規模感を見ると相当大きなプレゼンスを得られている」と自信をのぞかせる。

23年度の金融決済取扱高は、13兆円を超えた

'23年度にはマネックス証券やオリックス・クレジットを傘下に収め、ドコモとして提供できる金融サービスのラインナップも拡充した。マネックス証券とは、「一緒に初心者向けのサービスを作ろうとやっている」という。ただ、他社と比べると足りないピースもある。銀行だ。

前田氏は、その役割を「金融サービスを使う上での起点になる」としながら、次のように話す。

「自分自身、研究の意味も込めて他社グループの金融サービスを使っていますが、確かに銀行側から連携するアプリは結構あります。銀行は、お金がそこに貯まっているので、金融サービスの起点になります。例えばd払いには資金移動の口座がありますが、そこにお金を入れなければならない。証券サービスもお金を移さなければ利用できません」

「その最初の起点を使いやすい形で作ろうと思うと、機能的な部分としての銀行口座はやはり必要です。お客様からお金をお支払いいただくときにも、できる限りコストは落としたい。そうなると、自社グループの中の口座でお支払いいただく方がいい。加盟店に対しての支払いもそうで、いかに支払いサイトを短くするかを考えたときに、銀行は効いてきます」

金融サービスの中心になる銀行は、ドコモにとっても必要不可欠になるという

現時点で具体的に決定したことがあるわけではないが、目下、「できる限り早くということで、色々な検討はしている」という。今年度内に、動き出せる目途を立てるのがドコモとしての考えだ。

ドコモがゼロから立ち上げる方法もあるが、金融サービスは「ちゃんとオペレーションできる体制やリスクマネージメントを含めたガバナンスをきちんと利かせられるかが重要」になるため、時間がかかる。現実的には、「いろいろな意味でのアライアンス」になっていく方向性が有力になりそうだ。

金融・決済サービスと“一体化“する料金プラン

金融・決済サービスとの連携は、料金プランにも生きてくる。ドコモは、4月に「ahamoポイ活」を開始。「ahamo大盛りの中で決済を使うとお得になるが、そこは想定どおりに(契約が)取れている」という。d払いの利用を促進する効果は、ドコモの想定以上だったという。

「思っていた以上に、d払いの決済利用が“そこまで多くない”方が入ってくれる傾向が出ています。全体の半分弱がそういう方で、この方々はahamoポイ活に入ってから、決済量が上がっています。全体としてお得になり、それに合わせて通信もいっぱい使えるようになるというニーズはあります」

第二弾として「eximoポイ活」も控えているが、こちらはオンライン専用ではないため、「お客様と店頭でコミュニケーションを取れるので、加入いただく方が増える」ともくろむ。'23年に低容量・低料金プランのirumoを導入した結果、ドコモのARPU(1ユーザーあたりの平均収入)は下げ止まっていないものの、こうしたサービス連携を通じて、収入の底上げを図っていく方針だ。

dポイントを軸にした事業展開を加速させていくという前田氏。ahamoポイ活も、決済量が増えるといった効果が出ているとした

「通信をお使いの方が増えることが理想と言えば理想で、そういった方はロイヤリティも高くなります。通信のシェアを上げていくのは大変ですが、これ以上下げてはいけない。それをやるうえで低容量のプラン(irumo)を昨年展開しました。本格的にやったのが昨年なので、短期でのARPUの落ち方が他キャリアより大きいと言われていますが、そこは一定程度、仕方がないと思っています。顧客基盤をしっかり作るのが、すべてのベースです」

「そこに色々なものをどう組み合わせていくかが関連してきます。通信事業だけの収入ではなく、どういう使い方をしたいかがまずあって、サービスと通信をうまく組み合わせながら分かりやすい料金プランが作れればいいなと思っています。ポイ活は前哨戦としてahamoポイ活をやらせていただきましたが、このあとeximoもあります」

「また、爆アゲセレクションのような形で、データトラフィックが上がりやすいエンタメサービスとの組み合わせもやっていますが、効果はそれなりに上がっています。ああいったところをうまく展開していけば、通信料収入も上がりますし、それによって売上げが上がることも狙えます」

“現場感覚”を持ち、「お客様起点で事業を進めていく」方針を掲げている前田氏だが、社員にも「お客様に対しての想像力を持ったうえで、スピーディに動いていく」ことを求めていくという。元々のユーザー基盤が大きく、技術力もあるだけに、この方針が浸透していけば、ドコモはさらに強くなりそうだ。

新体制での成果が出るのはこれからだが、今後の展開にも注目しておきたい。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya