石野純也のモバイル通信SE
第41回
楽天モバイル成功の鍵は「楽天シンフォニー」にあり? 「二毛作」の行方
2023年12月20日 08:20
ドイツで“第4のキャリア”となる「1&1」が、スマホ向けのサービスを8日に開始した。同社のネットワークの構築や運用を支援しているのが、楽天シンフォニーだ。同社は、楽天モバイルで培った技術を外販していくために設立された会社。1&1は同社にとっての大型案件で、ネットワークをほぼ丸ごと楽天シンフォニーが請け負っているのが特徴だ。
ドイツに第2の楽天モバイル?
楽天グループの会長兼社長で、楽天シンフォニーのCEOも兼任する三木谷浩史氏によると、1&1のネットワークは、そのほとんどを同社が運営しているという。基地局を設置するための用地選定や広告、宣伝、料金プランの策定などは1&1が担当している一方で、裏側のネットワーク構築や運用は楽天シンフォニーが丸請けしている。コアネットワークなどを置くクラウドも、楽天シンフォニーのプラットフォーム。技術的な部分だけを取り出してみると、ドイツに丸ごと第2の楽天モバイルを立ち上げたのに近い。
1&1のサービス開始は、「同社だけでなく、ドイツにとっての大きなマイルストーン」だと語る三木谷氏。そのネットワークは、楽天シンフォニーが構築から運用までを引き受けている
これができたのは、楽天モバイルがOpen RANや完全仮想化ネットワークを採用しているからだ。Open RANは、ベンダーごとに閉じていた通信機器のインターフェイスや仕様を共通化すること。これを推進する「O-RAN ALLIANCE」の設立メンバーには、海外キャリアに加え、ドコモや楽天モバイルも名を連ねる。無線機やそれを制御するDU/CU(Distributed Unit/Central Unit)、コアネットワークなどをオープン化することで、ベンダー1社に依存しないネットワークを構築できるようにするのが目的だ。
それを専用機器ではなく、汎用サーバーやクラウドの上で動かす完全仮想化を実現しているのが、楽天モバイルだ。他社より遅いタイミングでゼロからネットワークを立ち上げたことも奏功し、同社のネットワークは100%、仮想化されている。結果として、通常のネットワークより運用コストを3割程度削減できるとしている。ただ、理論的に証明されてはいても、本当にOpen RANで仮想化されたネットワークが動作するのか、業界は半信半疑だった。それを証明したのが、楽天モバイルだったというわけだ。
1&1には楽天シンフォニー経由で基地局やクラウドなどが納品されており、基地局は楽天モバイルと同じNEC製。モバイルネットワークを制御するコアネットワークはマベニア製だが、いずれも1&1のプライベートクラウドとして構築された楽天クラウド上で動作しているという。ネットワークを丸抱えしているだけに、その規模は大きく、「すべてをやれば、売上げとして5,000億円から6,000億円」(三木谷氏)にのぼるという。
楽天シンフォニーの成功は楽天モバイルの助け舟になるか
実際、楽天シンフォニーは設立以降、徐々に売上げを増加させている。1&1への納品は、21年度第4四半期(10月から12月)から本格化しており、23年度第3四半期(7月から9月)には売上収益で8,400万ドル(12月18日時点の為替レートで約119億円)を記録。ハードウェアを納品するタイミングで売上げが大きく変動するきらいはあるものの、23年度は毎四半期8,000万ドル前後で推移している。
売上高の規模感では、まだ楽天モバイルに及んでいないものの、1&1の取り組みが呼び水となれば、顧客獲得がさらに進む可能性もある。
楽天モバイルの契約者数は、MVNOも合わせて600万を超えたばかりだが、1&1は前身のMVNOで1,200万契約を超えておりユーザーは順次、自社ネットワークに移行していくという。この作業が終われば、1&1は楽天モバイルよりも大規模なユーザーを抱えた完全仮想化ネットワークになる。海外キャリアに、その実力を示すにはうってつけの事例と言えるだろう。
三木谷氏が3月のMWC Barcelona 2023会場で、受注残高が「4,500億円程度ある」と語っていたように、各国から注目を集めているのは確か。特に欧州では、「ファーウェイ依存度が高く、(経済安全保障の観点で)脱却は絶対にやらなければならない。その時にうちが採択されることはそれなりに出てくる」(三木谷氏)という。楽天シンフォニーの事業が軌道に乗れば、赤字に苦しむ楽天モバイルの助けになりうる。楽天シンフォニーが大成功し、日本に料金値下げなどの形で“還元”されるとなれば、うれしいユーザーも多いだろう。
24年度は「二毛作」勝負の年
ただ、現状では楽天モバイルが第3四半期だけで約800億円の営業赤字を計上しており、楽天シンフォニーの売上げではまかないきれていない。楽天モバイルと楽天シンフォニーの“二毛作”で稼ぐには、まだ時間がかかる。
楽天モバイルは、売上げの増加につながる契約者の獲得を進めるとともに、コスト削減を実施している。まずは単体で損益分岐点を超えることが急務と言えるだろう。
三木谷氏は第3四半期の決算説明会で損益分岐点となる契約者数を「800万から1,000万回線」と語っていたが、まずはこの数値を2024年末までに目指す必要がある。同社の純増数は、法人契約が好調で、月間20万契約ほどの伸びを示している。三木谷氏は「法人契約はちゃんとチャージ(課金)ができ、脱退率もほぼゼロ。ちゃんと入る(キャリア)という認識になって、そこにつられて個人も伸びてくる」と語っていたが、今のペースを維持できれば、24年末に目標を達成できる可能性は高い。
一方の楽天シンフォニーは、1&1以外の事例をどこまで広げていけるかが鍵になる。楽天モバイルや1&1のように、ゼロベースでキャリアを始める会社は世界的にも少ないからだ。すでにネットワークが構築された既存キャリアを指し、「ブラウンフィールド」と呼ぶが、楽天シンフォニーもこの分野に食い込んでいく必要がある。これに対し三木谷氏は「ブラウンフィールドは色々なものを(Open RANに)乗せ換えなければいけないが、それも射程に入ってきた」と語り、徐々に手ごたえが出始めていることを強調する。その成果に注目が集まる。