石野純也のモバイル通信SE
第25回
楽天モバイルのプラチナバンド獲得とドコモの“妙案”
2023年4月26日 08:20
楽天モバイルがプラチナバンドを獲得できる公算が高まってきた。松本剛明総務相は、18日に秋ごろの割り当てを目指すことを表明。楽天モバイル自身も、総務省に提出した利用意向を引きつつ、早期の割り当ての実現を希望するコメントを19日に発表した。
焦点になっているのは、携帯電話の周波数として利用が可能になる700MHz帯の3MHz幅。制度上はドコモ、KDDI、ソフトバンクも申請は可能だが、あえて手を挙げない可能性もある。
この周波数帯が、半ば楽天モバイルのために“捻出”されたものだからだ。
楽天モバイルがどうしても欲しいプラチナバンド
プラチナバンドとは、700MHz~900MHzの電波を中心とする周波数帯を指す。特徴を一言で言えば“つながりやすい”ことで、4Gは1.7GHz帯で展開している楽天モバイルは、昨年ごろから割り当てを切望していた。
ことの発端は、22年10月の電波法改正に向けたタスクフォースにさかのぼる。改正電波法では、現在、周波数を割り当てられた事業者に対して競願申請が認められ、比較審査が行なわれる。審査結果によっては、周波数を相手から譲り受けることが可能になった。
楽天モバイルは、この制度の利用を表明しており、ドコモ、KDDI、ソフトバンクの既存3社からプラチナバンドをそれぞれ5MHz幅ずつ獲得する方針を明かしていた。
仮にこの申請が認められた場合、ドコモ、KDDI、ソフトバンクはそれぞれ5MHzずつ、電波を減らさなければならない。また、干渉対策のため、フィルターの設置や電波を増幅するレピーターの置き換えが必要になると主張、その費用負担を楽天モバイルに求めていた。これに対し、11月に発表されたタスクフォースの報告書案は、おおむね楽天モバイルの主張に沿ったもので、移行費用は既存事業者負担で決着した。移行期間も原則5年と定められた。
この報告書が出されたことで、楽天モバイルがプラチナバンド獲得に向け、大きく前進したのは本連載でも報じたとおりだ。5年の移行期間が認められているため、すぐにプラチナバンドを利用できるようにはならないものの、プラチナバンドを使ったエリア拡大をもくろむ楽天モバイルにとっては大きな前進だった。楽天モバイル側も、報告書を受け、2024年3月からプラチナバンドを使ったサービスを開始することを表明していた。
ドコモが出した“妙案”とその合理性
一方で、11月30日に“ダークホース”とも言える対案が突如浮上した。
仕掛けたのは、ドコモだった。ドコモは、冒頭で挙げた700MHz帯に3MHzぶんの空きがあることを発見。元々は、ラジオマイクや高度道路交通システム(ITS)と携帯電話の間の干渉を避けるガードバンドとして空けられていた帯域だが、その一部を削り、3MHz幅を捻出するというのがドコモの案だった。
この案には、利点も少なくない。
1つは、すでに3GPPで標準化されている700MHz帯のBand 28であるということ。割り当てが済めば、比較的スムーズにサービス化できる。Band 28は諸外国でも活用されている周波数帯で、対応している端末が多いのもメリットだ。
ドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社からコマ切れに電波を譲り受けるよりも、スムーズにユーザーに使ってもらうことができる。海外で導入済みの事業者がいる点も、運用するうえでの参考になる。
帯域幅は狭いが、この案を提案したドコモによると、3MHz幅あれば、256QAMや2レイヤーMIMOを使えば、下り最大30Mbpsまで理論値を上げることが可能だ。ドコモ自身が持つプラチナバンドを元に収容人数を計算すると、1,100万契約まで耐えうる帯域になる。スループットを上げるには向かないが、プラチナバンドの主目的である“エリア拡大”には十分有効と言えるのだ。
既存のシステムとの干渉さえ避けられれば、すぐにサービスインできるのもこの周波数帯の魅力だ。移行期間で徐々にエリアが広がっていくのではなく、垂直的に立ち上げが可能なため、既存3社との差を埋めやすくなる。既存3社にとっても、周波数を奪われる心配がなくなるため、この割り当てに手を挙げる理由がなくなる。敵に塩を送ったように見えるドコモの動きだが、自らの周波数を守るための防御策だったとも言えるだろう。
こうしたドコモの真意を読み取ってか、総務省でもこの周波数帯の利用可否を決める技術検討が異例の速さで進んだ。
当然、楽天モバイルはこの割り当てに手を挙げる方針で、順調にいけば、秋ごろにはその方針が決定する。
当事者は誰も表立っては言葉にしていないが、プラチナバンドを欲しい楽天モバイルと、今ある周波数を手放したくない既存3社、さらには禍根を残す周波数の譲渡はできれば避けたい行政の利害がピタッと一致した格好だ。この結果を見通していた(と思われる)ドコモは、相当な手練れだ。
楽天モバイルに問われる真価
プラチナバンドの獲得が明瞭に見えてきた楽天モバイルだが、これはあくまでスタートラインにすぎない。電波を割り当てられても、基地局がなければサービスを始められないからだ。
気になるのが、700MHzをどのように活用していくかという点だ。
楽天グループの三木谷浩史社長兼会長は、2月に開催された決算説明会で、「基本的には既存のポールを使っていくことを考えているので、コストについてはあまりかからないというのが我々の構造的な強み」と強調した。
確かに、ハードウェアを汎用化し、ソフトウェアで制御している楽天モバイルのネットワークであれば、周波数の追加はある程度簡単にできる。一方で、楽天モバイルが運用中の1.7GHz帯と700MHz帯では、周波数特性が大きく異なる。既存の基地局にどこまでアンテナを追加できるのかは未知数だ。
また、他社の場合、プラチナバンドは高さの稼げる鉄塔から電波を吹き、広いエリアをカバーしている。楽天モバイルの基地局は比較的低所に設置されていることが多いため、そこからプラチナバンドを吹いても、他社並みにエリアを広げることは難しい。
計画通り、コストを抑えながらエリアを広げられるかは未知数と言えるだろう。資金繰りをしながらのプラチナバンド整備は、なかなかハードルが高いのも事実だ。
もっとも、きちんとプラチナバンドを活用できれば、KDDIのローミングエリアをより縮小しやすくなり、コストは抑えやすくなる。つながらないイメージが払しょくできれば、収入源であるユーザーの獲得にもプラスに働く。そのためにも、正式にプラチナバンドを獲得したあかつきには、エリア拡大計画を丁寧に説明していく必要がありそうだ。