石野純也のモバイル通信SE
第22回
認知度は高いが使われない日本の「eSIM」
2023年3月15日 08:20
世界トップクラスの認知度に反し、利用意向が極端に低い――
これは、日本におけるeSIMの評価だ。2月27日から3月2日に渡って開催されたMWC Barcelonaで実施された「eSIM Summit」で、そんな実態が明らかになった。
同イベントでは、冒頭、GSMAの調査員・パブロ・ラコピノ氏がeSIMの市場動向を解説している。冒頭の一文は、その状況をまとめたものだ。認知度と利用意向の乖離からは、今後の課題が浮かび上がる。
認知度は他国を上回る日本のeSIM
日本におけるeSIMの認知度は、諸外国と比べ、異常と言えるほど高い。2020年には22%だった認知度は、2021年に33%へと急上昇。'22年には45%と、およそ2人に1人がeSIMを認知している状況だ。国別でみると、米国が32%、英国が26%で、トップクラスの知名度と言える。平均の36%も大きく上回っている。韓国が22年に48%へと急上昇しているが、これは昨年、同国で主要3キャリアがeSIMの本格導入を開始したためだろう。
日本では、IIJmioがeSIMのコンシューマ向けサービスをβ版として'19年に開始していたこともあり、'20年から比較的認知度は高かった。これが'21年、'22年と跳ね上がっているのは、ahamo、povo、LINEMOといったオンライン専用ブランドや楽天モバイルの新規参入の影響と見ていいだろう。特に'22年は、eSIMに対応したキャリアモデルのAndroidスマホも増え、一般のユーザーにも徐々にその名が知れ渡るようになった。
eSIMを知るきっかけとしては、本稿のようなメディアが29%と多数を占めるが、合算すると、キャリアとメーカーの影響も24%と小さくない。特に米国では、iPhone 14シリーズがeSIMオンリーの仕様で発売されたインパクトが大きく、メーカー由来で情報を知るユーザーが例外的に大きかったという。その意味で、日本では、キャリアやメーカーのメッセージは、きちんとユーザーに伝わっていると言えるだろう。
その抜群の知名度に対し、利用意向が極端に低いのも、日本市場の特徴だ。eSIMの利用に強い興味があると回答したユーザーはわずか8%で、主要国の中で断トツに低い。まあまあ興味があるユーザーも、わずか22%だ。この2つを合算すると50%を超えているイタリアや韓国、米国などと比べると、非常に低い数値にとどまっていると言えるだろう。保守的すぎる国民性が、色濃く出てしまった格好だ。
物理SIMのほう移行が楽という現状。例外が楽天モバイル
日本特有の理由は明かされていないが、欧州では、既存のSIMカードの方がいいというユーザーが特に多かったようで、全体でも理由の23%を占めている。単にeSIMに興味がなかったり、eSIMのメリットを見出しづらかったりするユーザーがそれぞれ16%いる点も興味深い。手続きの仕方が煩雑で、SIMカードの方が簡単という意見がトップに挙がっていたのは、日本市場の現状にも通じるところがある。
実際、キャリアによっては、セキュリティ対策がガチガチで、物理的なSIMカードを挿しかえるより、手間が2倍、3倍になることがある。例えばドコモの場合、eSIMの再発行は契約を管理する「my docomo」ではなく、なぜかドコモオンラインショップで行なう。この時点でたどり着けない人もいそうだが、再発行の場合、ドコモ回線を通じてドコモオンラインショップにアクセスしなければならない。しかも、登録には端末のEID(eSIMチップの振られたID)を入力する必要まである。
この点、楽天モバイルはかなり優秀で、「my楽天モバイル」にアクセスし、ポチポチとボタンをクリックしていくだけでよく、スマホ、PCを問わないため再発行しやすいが、ここまで導線が整理されているキャリアはむしろ例外。発行できる時間が制限されていたり、手順を間違え、プロファイルを先に削除しただけで詰んでしまう“トラップ”が残っていたりと、慣れていないユーザーが利用を躊躇するだけの理由もある。
eSIMで“試せる”ケータイ契約の可能性。楽天の「秘中の秘」とは?
GSMAは、'28年までに、スマホの半数がeSIMで接続するようになるとしていたが、そのためには、まだまだ改善すべきことが多い印象だ。前回の連載で紹介したように、グーグルはAndroidがGSMA標準のeSIM転送機能に対応することを表明しているが、物理的なSIMカードの手軽さを実現するには、こうした機能のサポートは必須と言えそうだ。
一方で、ユーザー体験さえ高めれば、eSIMはキャリアにとっての武器にもなるのも事実だ。特にオンラインに特化したキャリアとの相性はいい。eSIM Summitでは、米最大手のVerizonが展開するオンライン専用キャリアのVisibleが自社の事例を紹介していた。同社では、すでに新規契約の半数以上がeSIMを選択しており、内95%はカスタマーサポートに問い合わせることなく、自力でアクティベートを完了させているという。
おもしろいのは、eSIMを活用したトライアルだ。Visibleでは、お試し契約として15日間無料で同社の回線を利用できるようにしている。Verizonのエリアの広さを体感してもらうのが目的だ。eSIMを利用することで、SIMカードの在庫管理が必要なくなり、ユーザーもわざわざ店舗に赴く必要がなくなる。結果として、実契約に至るコンバージョンレートは39%にのぼるという。
日本でも、MVNOの一部がお試し契約のような料金プランを用意しているが、SIMカードが中心。MVNOは、大手キャリアから借りている帯域の量に制約を受けることもあり、会社ごとにその通信品はまちまちだ。こうしたトライアルを行なうことで、より安心して契約してもらえる環境を作れる可能性がある。また、楽天モバイルのように、エリアが狭いと思われているキャリアも、その風評を払拭する手段としてeSIMによるトライアルが活用できそうだ。
エリアの広さは、ユーザー自身が契約していないとなかなか分かりづらいだけに、一度定着してしまったイメージをくつがえすのがなかなか難しい。かつては、ソフトバンクも“つながらない”という汚名を返上するため、ビッグデータを元にした「接続率」を独自に測定し、テレビなどを通じてその数字を積極的にアピールしていた。お試しができれば、ユーザーがそれを一発で体感できる。
楽天モバイルは、こうしたeSIMの魅力を最大限活用しようとしている1社だ。楽天グループの三木谷浩史会長兼社長は、eSIMを使い、ワンクリックで契約できる仕組みを近日中に導入する意向を明かしている。「秘中の秘」(同)とのことで詳細は不明だが、契約がより簡易的になるのは間違いない。これに他のオンライン専用ブランドやMVNOがどう対抗していくのかも、注目しておきたいポイントと言えるだろう。