石野純也のモバイル通信SE

第21回

Androidで始まる「eSIM転送」 Googleとアップルの隠れた争い

GoogleはMWC会期初日に記者向けの説明会を開催。次期AndroidでeSIM転送機能をサポートすることを明かした

2月27日からスペイン・バルセロナで開催されているMWC Barcelonaで、Googleは記者向けの説明会を開催。Android部門を担当するバイスプレジデントのカラ・ベイリー氏が、同OSに搭載される新機能を発表した。

中でも目玉になるのが、eSIM利用時の機種変更を容易にする「eSIM転送」だ。同機能は、ドイツ最大手キャリアのドイツテレコムがサポートする予定で、年内のサービス開始を予定しているという。

eSIM転送とはなにか。アップルが先行しているが

eSIM転送機能は、アップルが'22年にリリースされたiOS 16に導入。新たに購入した端末をセットアップしている途中で、あたかも設定を移行するかのようにeSIMのプロファイルをダウンロードできるのが特徴だ。

iCloud経由、もしくはBluetoothで接続したiPhone同士でeSIMを移行できる。利用には、キャリア側の対応が必要になり、日本ではKDDI(au、UQ mobile、povo)と楽天モバイルが同機能をサポートする。

アップルは、iOS 16にeSIMクイック転送機能を搭載。日本ではKDDIと楽天モバイルがこれに対応する

物理的なSIMカードとは異なり、eSIMはユーザー自身がチップを移し替えることができない。そこで必要になるのが、eSIMプロファイルを発行するキャリア側での再発行作業。一般的には、「my○○」といったキャリアの契約管理アプリで再発行の依頼をかけ、新しい端末にプロファイルをダウンロードする。

ただ、キャリアごとに手順が異なるうえに、セキュリティに厳しい場合は再発行に回線認証が必要など、手間がかかる。手順を間違えて削除してしまうと、オンラインでの再発行ができなくなってしまうトラップもある。

キャリアのマイページからも再発行が可能だが、手順が異なるうえに手間がかかる。画像は、比較的eSIMの再発行が簡単な楽天モバイル

「業界標準」を強調するGoogle

アップルが対応したeSIM転送機能は、この作業を端末の設定で完結させるものだ。一方で、同機能はモバイル関連企業の業界団体であるGSMAが定めた標準仕様に則ったものではなく、アップルが独自に実装していた。そのため、iPhoneからAndroidや、AndroidからiPhoneといった形でのプラットフォームをまたがった移行は実現していない。また、アップルと直接的な付き合いのないMVNOが対応できないなど、課題もあった。

対するGoogleは、「GSMAの標準に則っている」(ベイリー氏)ことを強調する。

端末側からeSIMプロファイルを再発行する依頼をかけられるようになる点はiOSと同じだが、標準化された仕様のため、キャリア側が対応しやすくなるのがメリットと言えるだろう。ベイリー氏が強調していたのも、このインターオペラビリティ(相互運用性)だ。関係者によると、標準仕様に準拠することで、iPhoneからAndroidへのeSIMプロファイルの移行も可能になるという。

eSIM転送機能の採用にあたり、Googleは、業界標準に準拠する重要性を説いている

同機能はAndroid 14に採用されるとみられるが、実は2月に米国や欧州などで発売されたサムスン電子の「Galaxy S23」シリーズにも、一足先にeSIM転送が実装されていた。この機能も、GSMAの標準に基づいたものだ。

eSIM転送を呼び出すと、国を選択でき、先に挙げたドイツテレコムのほか、米国のT-MobileやスウェーデンのTeliaといったキャリア名が表示される。Galaxyが示していたように、メーカーによっては、OSアップデートを待たずに対応していく可能性もある。

サムスンのGalaxy S23シリーズは、先行してeSIM転送機能に対応

Googleがインターオペラビリティを強調するのは、アップル対抗の意味合いが強い。世界のキャリアやメーカーが集うMWCであえてeSIM転送機能を発表したのも、そのためと見ていいだろう。

発表会では、eSIMプロファイルの移行に加え、RCS(Rich Communication Service)への対応も紹介していた。RCSといえば日本では大手3キャリアが「+メッセージ」として、楽天モバイルが「Rakuten Link」としてサービスを行なっているが、欧州では、2月に英国キャリアのVodafoneがGoogleのRCSを採用。SMS、MMSに代わるメッセージングサービスとして、徐々に普及し始めている。

対するアップルは、'11年にリリースされたiOS 5から独自メッセージサービスの「iMessage」を展開しており、その機能を徐々に拡張しつつ、現在に至る。メッセージアプリはSMS、MMSとiMessageの両方を扱える仕様だが、RCSには非対応だ。

'22年には、Googleがこの閉鎖的な仕様を批判するキャンペーンを展開。Twitter上でも、Android担当の上級副社長、ヒロシ・ロックハイマー氏がアップルへのRCS採用を呼び掛けていた。

22年には、iMessageを批判するキャンペーンを展開。ここでも、業界標準としてRCSへの参画を呼び掛けている

このようなGoogleからの強烈な“ラブコール”にアップルがこたえるのかは不透明だが、メッセージサービスやeSIM転送機能は囲い込みにも直結するだけに、各国の規制当局からの圧力が強まる可能性もある。呉越同舟となったスマートホーム規格の「Matter」のように、共通化が進んでいくシナリオもありえそうだ。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya