石野純也のモバイル通信SE
第7回
Pixel 6aが変えるもの。独自チップセットと“ミドルレンジ”の今後
2022年7月27日 08:20
コンピューティングパワーで上位機に迫る「Pixel 6a」
グーグルは、7月28日に、Pixelシリーズの最新モデル「Pixel 6a」を発売する。“a”のつくPixelは、廉価版という位置づけ。機能や最新の技術を盛り込んだフラッグシップモデルに対し、ミッドレンジで価格を抑えたのが、Pixel aシリーズだ。Pixel 6aも例外ではなく、Google直販の価格は53,900円とリーズナブル。10万円を超えるハイエンドモデルと比べると、手を出しやすい。
一方で、Pixel 6aは単純にミッドレンジという言葉ではくくれない端末に仕上がっている。同モデルにグーグルが独自に設計した「Tensor」というSoC(System on Chip)が採用されているのが、その理由だ。従来のaシリーズは、カメラの仕上がりを上位モデルとほぼ同等にそろえていたのに対し、Pixel 6aでは、明確にカメラの仕様を上位モデルから落としている。カメラではなく、処理能力をそろえる方向に舵を切った格好だ。
ミッドレンジが何を指しているかにもよるが、一般的には、搭載しているSoCで区分することが多い。クアルコムのSnapdragonで言えば、8シリーズがプレミアムやハイエンド、7~6シリーズがミッドレンジ、それ以下がエントリーモデルに当たり、価格もおおむねこの区分に比例する。最近では、シャオミの「POCO F4 GT」のように、8シリーズのチップセットを搭載しながら価格を落とした端末もあるが、5万円台で上位モデルと同レベルの処理能力を実現しているのは異例だ。
実際、Pixel 6aは、Pixel aシリーズとは思えないほど、レスポンスがよく、ミッドレンジモデルにありがちな操作時のわずかな引っかかりのようなラグが一切ない。こうした操作感に加え、Pixel 6/6 Proで導入された端末上で処理を完結させる音声入力や、動画などを再生しながらのリアルタイム翻訳などは、すべて利用できる。ボイスレコーダーの文字起こし機能を日本語で使った際に端末が熱くなりづらいのも、Tensorの実力だ。
カメラのセンサーは確かにPixel 6/6 Proと比べると見劣りするが、コンピュテーショナルフォトグラフィーの成果もあり、仕上がりはかなり上位モデルに近い。特に、夜景モードや超解像ズームのようなAIの処理に依存するような機能では、上位モデルとの差が出づらい。スペックシート上では機能が下がっていることは事実だが、それをコンピューティングパワーで可能な限り補っていると言えるだろう。これこそが、グーグルが廉価モデルにTensorを採用した狙いだ。
チップセットでユーザー体験差別化。先行したアップル
同様の戦略を取っているメーカーは、ほかにもある。先行しているのは代表例は、アップルだ。同社はAシリーズとMシリーズ、2つのチップセットを自社で設計しており、それを幅広く展開している。例えば、3月に発売された第3世代のiPhone SEは、iPhone 13シリーズと同じ「A15 Bionic」を採用。Mac用に開発した「M1」も、iPad ProやiPad Airに水平展開している。iPhone SEも、価格はハイエンドモデルと比べると大幅に安いが、処理能力は同等。カメラセンサーのスペックを落としながら比較的高画質な写真が撮れる点も、Pixel 6aに近い。
2社に共通しているのは、チップセットを独自に設計していること。スマホで実現したい機能から逆算して、必要な処理能力を持たせることで、他社とユーザー体験で差別化を図っているとも言いかえることができる。そのチップセットを大量に生産してコストを下げつつ、ミドルレンジモデルに落とし込んでいる点も、他社との大きな違いだ(PixelとiPhoneの販売規模の違いを考えると、Googleが無理をしている可能性はあるが……)。
結果として、Pixel 6aは同価格帯のミドルレンジモデルとして、頭一つ抜けた処理能力を持ったスマホになった。その処理能力を生かして実現した機能もハイエンドモデルと共通となれば、コストパフォーマンスの高さが際立つ。それは、iPhone SEも同様だ。2社とも、チップセットの独自開発こそが競争力の源泉と考えていることがうかがえる。
チップセットで差別化は大手の基本戦略。Pixel 6aが変えるもの
規模の大きな“GAFA”だからこそ取れる戦略のようにも見えるが、必ずしもそうではない。むしろ、チップセットのカスタマイズは、シェアの高いメーカー各社が取り組んでいることだ。
その代表例は、ファーウェイ。米国の制裁でスマホの新モデルを投入できなくなってしまっているが、同社も傘下のハイシリコンが設計した「Kirin」を採用。カメラ機能に定評があったのは、センサーだけでなく、それと合わせ込んで開発したKirinの処理能力の高さによるところが大きい。
通信機器ベンダーとして成長してきたファーウェイは、モデムの開発にも長けていた。通信機能で、一歩リードできたのも自社のチップセットにそのモデムをいち早く統合できたからだ。残念ながら、現時点ではKirinの製造もできなくなり、かろうじて一部市場に投入できているスマホにはクアルコムのSnapdragonを採用しているが、いち早くチップセットを差別化の源泉にしていた戦略は、今から見ても間違ってはいなかったと言えるだろう。
SoCすべてをフルカスタマイズで載せるだけでなく、部分的に独自のチップを開発するケースもある。
OPPOが「Find X5 Pro」などのスマホに搭載した「MariSilicon X」が、それだ。MariSiliconは、画像処理に特化したNPU(Neural Processing Unit)。Find X5 Proが搭載する「Snapdragon 8 Gen 1」にも当然ながらISP(Image Signal Processor)は組み込まれているが、MariSiliconの処理能力をはそれを凌駕する性能を誇る。
筆者も2月にスペイン・バルセロナで開催されたMWC BarcelonaでFind X5 Proのカメラを使っていたが、暗所でも動画のプレビュー画面が非常に明るく、鮮明でノイズも少ない。リアルタイムで処理をかけているためで、MariSiliconの効果は歴然だ。ただ、画像処理に特化したNPUは、SoCと別に搭載するとコストを二重にかけていることになり、効率が悪い。裏を返せば、将来的に、OPPOがMariSiliconを組み込んだSoCを独自に設計する可能性も十分考えられる。
もっとも、こうした差別化、差異化は主にコストをかけやすいハイエンドモデルが中心だった。
サムスン電子のように、独自開発、独自生産の「Exynos」をミッドレンジモデルやエントリーモデルに採用する例はあるが、この領域で主流と言えるのはクアルコムやメディアテックなどの汎用的なチップセットだ。その意味で、Tensorを搭載したPixel 6aが登場するインパクトは大きい。同モデルが大ヒットするとなれば、ミドルレンジモデルを主力にする各メーカーも戦略変更を余儀なくされるかもしれない。