ミニレビュー
究極タイピング“サウンド” Keychron Q6 メカニカルキーボードを使う
2022年9月27日 08:20
PC用のキーボードとして「Keychron Q6 QMK カスタム メカニカルキーボード」を買いました。これまで使っていたキーボードは、2017年ごろに買った東プレの「REALFORCE RGB」(AEAX01)です。自損で交換したため個体としては2020年から使っていたものでしたが、仕事で丸2年ほど使ったところ、キートップのテカリや気になるところが出てきたので、ちょうどよい頃合い(?)かと思い、買い替えました。
私と友人らの間では「時間はオタクの味方をする」と事あるごとに言われています。かつて渇望したマニアックな仕様の製品が、時間の経過とともにさまざまな条件が揃って、潤沢に供給されるようになる、ということを指したものです。私がメカニカルキーボードにハマっていた2000年代初頭は、まだまだ私にとって“渇望期”で、欲しい仕様の製品がないので自分でキースイッチを全量はんだ付けで交換するなどしていました。周囲からは冷ややかな目で見られていたものです。しかし20年近くが経過した現在は、「ゲーミング」の名の下に多数の製品が販売されているだけでなく、パーツ単位での供給はおろか、好みの配置や機能を作り出せる自作キーボードなるジャンルまで登場しています。
ところが私はというと、いろいろ買いすぎたためか、2010年代の中ごろにはメカニカルキーボード熱は収まっており、2015年頃にコルセアのフルカラーLEDのゲーミングキーボード「K70」を買い、2017年ごろに買った東プレのREALFORCE RGBで、私なりの結論を得た形になっていました。オフィスにいた頃はリアルフォースの通常モデル(Realforce 101、ML0100)を単一個体で15年以上使うなど、その機構には全幅の信頼を寄せていましたし、この光るゲーミングバージョンも自宅の暗い部屋では便利でした。
一方で、2年ほど前に引っ越しを敢行したことで精神的にも光量的にも暗い部屋から脱出し、デスク用のライトを常用するようになって、キーボードが光る機能はあまり重視しなくてもよくなりました。またテレワークが定着し、自宅の趣味性重視のキーボードが仕事用キーボードを兼ねるようになったため、キーボードのコンセプトと実際の用途にミスマッチが起こり、過去2年の執筆作業での使用でいくつかの不満点も出てきました。
単純な結論としては、仕事などのフルな執筆作業には、ゲーミングコンセプトではない、通常のキーボードを使いましょう、という当たり前の考えに行き着きました。そこで、せっかくなので最新のいいヤツを探してみようとなったという訳です。
キーボード愛好家が立ち上げたメーカー
さて、Keychron(キークロン)というのは、キーボードの製造や工業デザインのバックグラウンドを持つ香港のキーボード愛好家らによって2017年に設立されたメーカーです。製品ラインナップ全体を分かりやすく言うと、ミニマルでカッコいいデザインで、メカニカルキーボードをマニアックな視点で“分かっている”人が作った仕様になっています。ゲーミングキーボードのような派手さはないですが、ゲーミング分野に投入されているメカやカスタマイズ製、使いやすさにつながる先端的な技術は搭載されているので、ゲーム用途でなくてもそれらを使いたい、という人にはぴったりな内容です。
今回買った「Keychron Q6」は、すべてのキーの割り当てを個別に変更できるフルカスタマイズが可能な「Q」シリーズで、各部の仕様も豪華になっている、上位グレードのラインナップです。現在は通常グレードの「K」シリーズにも、キーのフルカスタイマイズ機能(QMK/VIA)搭載モデルが増えているので、Qシリーズならではの特徴は、オール金属製ボディといった仕様や、標準搭載のキーキャップのデザインなどになります。
Q6はテンキー搭載の“フルキーボード”の仕様ですが、ラインナップには、テンキー部分を省略し幅を狭めた80%キーボードや、カーソル部分も省略した60%キーボードなど、さまざまなタイプが用意されています。
Q6は国内の販路ではあまり流通していないモデルのようで、日本語・日本円でも案内されている公式サイトで注文しました。香港から発送され、大阪の佐川急便の拠点を経由して、佐川急便で届けられました。8月の購入時の価格は26,330円、送料は1,964円、合計で28,294円でした。なお、残念ながら購入時から値上がりしたようで、9月中旬時点で本体価格は32,500円となっています。
極上タイピングサウンドのために
まずユニークな点から触れていきましょう。KeychronのQシリーズは、ボディがアルミ削り出しというフルメタルケースのキーボードです。Q6はラインナップの中で最も大きいボディですが、重量はなんと2.4kgもあります。ビックリするほど重く、少々の打鍵ではビクともしません。ボディは分解するとトップケースとボトムケースに分かれますが、ボトムケースだけで1.25kgもあり、非常に安定感があります。また後述しているように、無駄に音が響かないという意味でも、この重量には意味がありそうです。
もうひとつは“音”に徹底的にこだわっている点です。静音化のアプローチの一環ではあるものの、さまざまな工夫が凝らされ、小さくてもこだわりの“いい音”につながっています。
まずキースイッチがはめ込まれるスチールプレートと、その下でキースイッチの端子が挿さるメイン基板の間には、静音(吸音)フォームが挟まれています。基板の下側、ボトムケースの間にも吸音目的でスポンジが敷かれています。
さらにスイッチ類一式を支えるスチールプレートは、ケースと触れる、足にあたる部分にダブルガスケットとして上下にスポンジが取り付けられ、ボトムケース・トップケースにプレートが直接接触せず、浮いているような状態になっています。加えて、カーソルキーの上側にある余白部分も内部にはフォームが貼り付けられ空間を埋めるという徹底ぶりです。
これらはすべて、ケース内で余計な音が反響することを防ぐための仕組みです。余計な共振・共鳴を防ぐ仕組みが徹底されています。
さらに、スペースキーやエンターキーなど幅が広いキーキャップの動きを安定させるスタビライザーも、キースイッチ同様のシリンダー機構を備えた高品質な設計で、スムーズな動作になるとともに、カチャカチャとスタビライザーから余計な音が出ない仕様です。キートップも2色成型で厚みや質量があり、音質や安定感につながっています。
これらのことが総合された結果、打鍵時にはキーキャップあたりからコチコチという音がするだけで、それ以外の一切の付帯音がしないという、非常にプリミティブなタイピングサウンドが実現されています。ケースやパーツから鳴る音が皆無なので、かなり静かですし、キーキャップあたりだけから出る高めのコチコチ・サウンドがとても小気味よく、心地良いです。
もちろん人によっては、もっと重厚な音がいいとかの好みはあると思いますが、それも後述するキーキャップの変更である程度はカスタマイズが可能になっています。
この静かにコチコチと鳴るタイピングサウンドにより、私が思っていた以上に、自分のタイピングに変化が起こりました。とにかく打鍵に無駄な力が入らず、必要最小限の力で打鍵するようになったのです。
打鍵時のキーの音が大きいと、釣られるようにして打鍵にも力が入り、「カチャカチャカチャ……ッターン」とやってしまいがちですが、このキーボードは力を入れなくても十分に小気味よい音がするので、翻って、自然と必要最小限の力だけで打鍵しよう、となるのです。これは使ってみるまでは予想できなかった大きな変化でした。
スチールプレートの硬さを緩和する機構
打鍵感の中心になるキースイッチについては、Cherry MXキースイッチ互換の「Gateron G Pro」の赤軸を搭載しています。互換といっても顕著に劣化しているわけではなく、このGateron G Proの赤軸は製造時にシリンダーに注油されるなど品質は高く、動きは非常に滑らか。本家と同じ感覚で使えます。また、幅広キーを支えるスタビライザー部分もスムースな動作が可能なシリンダー構造で、バーには粘度の高いグリスも塗られています。高品質キーボードとして、仕様だけでなく製造工程にも抜かりはないようです。
キースイッチがマウントされる金属プレートもタイピングフィール、特にキーの底付き感に大きく影響するパーツです。Keychron Q6のプレートはスチール製で、厚みがあり硬いです。ただ、前述のダブルガスケット構造によりスチールプレート自体はスポンジで浮かされている状態なので、キツい底付き感は和らいでいる印象です。どちらかというとアルミプレートにマウントした感覚に近いでしょうか。底付き感は硬くはあるものの、一般的なスチールプレートのような、弾き返されるような緊張感のある感触ではありません。個人的な好みとして、Cherry MXのようなキースイッチのマウントプレートの素材はアルミ一択だったのですが、このダブルガスケット構造のスチールプレートはそれに勝るとも劣らないという印象で、かなり気に入っています。
物理でカスタマイズ
Qシリーズのキーボードの紹介ページでは“フルカスタマイズ”と書かれていますが、これは1種類ではなく、多段階でフルカスタマイズが可能です。
上記でレトロなデザインと紹介したキーキャップですが、これはさまざまなものに交換できます。かつては考えられなかったことですが、今ではさまざまな「キーキャップだけのセット」が売られており、好みのデザインのものを買ってきて自由に交換できます。デザインや色が変われば大きく印象は変わりますし、文字部分が光を透過するタイプにすれば、基板のLEDにより文字も光ります(完全な透明のキーキャップなんてのもあります)。
また、成型タイプや樹脂の素材、厚みが変わることでタイピング時の音も変わるので、タイピングサウンドを変更したい際にキーキャップの変更は有効です。
「プロファイル」と呼ばれているキートップの形状・デザインは、基準や統一規格があるわけではなく各社が自由に名付けているようですが、天面の凹み方や角度といった形状はタイピングに影響するので、変更する際はデザインだけでなく形状もチェックしたいところです。
キーキャップの下にあるキースイッチもすべて交換できます。Q6をはじめKeychronのいくつかのキーボードはホットスワップに対応しており、はんだ付け不要で、専用工具を使い引き抜くだけでキースイッチを外せるようになっています。取り付けも、はめるだけです。具合が悪くなったキースイッチを交換するといったことがすぐにできます。
ただし、キースイッチの端子は細くて曲がりやすく、繰り返し何度も抜き差しすることは想定されていないので、取り扱いは注意する必要があります。またパッケージ同梱のキースイッチ引き抜き工具は簡易的なもので作業性はよくないので、全キーを交換するという場合には、小型過ぎないIC引き抜き工具などを別途用意したほうがいいでしょう。
クリック音が出るキースイッチや、重さが違うキースイッチ、スイッチが反応する深さ(オペレーションポイント)が違うキースイッチに交換するといったカスタマイズが、はんだ付けなしで可能です。メカニカルキーボードのコアともいえるキースイッチに対して、自由で大胆なフルカスタマイズが可能です。
例えば、Windowsキーだけを重いキースイッチに交換して誤操作を防ぐというのは、よくある(?)カスタマイズです。実際、かつて販売されていたCherry純正のキーボードには、Windowsキーなどに重い灰軸のキースイッチが使われていたこともありました(当時、CherryはWindowsキーの存在が嫌いだったと冗談交じりに噂されていました)。無効にすると困るけれど簡単に押せても困るという場合に有効なカスタマイズです。
ソフトウェアでカスタマイズ
物理的手段以外に、Keychron Q6はQMK/VIAというオープンソースの仕様を採用していることで、ファームウェアやキーの機能を、オープンソースのソフトウェアを利用してカスタマイズできるようになっています。
KeychronはVIAのソフトウェアの利用を案内しており、VIAのアプリケーションをPCにインストールして起動し、Keychronから提供されているキーマップ・データを読み込むことで、どのキーにどの文字・機能を割り当てるかといったことが設定できます。「F13」などWindowsでは通常使われないスキャンコードのキーや、日本語キーボードだけに存在する特殊なキーなども簡単に設定・変更できます。マクロの設定やLEDの光り方の変更もこのソフトウェアで行ないます。キーの設定はキーボード側に保存されるので、カスタマイズのためのソフトウェアを常駐させる必要はありません。
VIAを使うと、Caps Lockキーや、右側のAltキーやWindowsキーを無効化するといった、プチカスタマイズが簡単に行なえます。またKeychron Q6にはテンキーの上に4つの汎用キーが用意されているので、よく使う機能を設定するといったこともVIAで行なえます。
トレードオフは?
Keychron Q6は全身フルメタルボディで重量級のためか、キーボードの角度を変えるスタンドが搭載されていません。本体にはある程度の角度が付いてますが、スタンドのリフトアップで角度を選ぶことはできません。私はこれまでスタンドを立てて使う派だったのですが、幸いにもQ6はある程度の角度がついているため、そのままでも違和感なく使えています。
キースイッチ部分にはLEDが搭載されていますが、標準で搭載されているキーキャップは光を透過しないタイプなので、そのままだとLEDは雰囲気を高めるぐらいの機能です。文字部分が光を透過するタイプのキーキャップに変更すれば、よくあるゲーミングキーボードのようにキートップの文字を光らせることもできます。ただ冒頭にも書いているように、私の環境ではデスクライトを併用することが多くなったので、キートップの文字が光ることの優先順位はかなり下がってしまっています。
これまで使っていたキーボードと比較して無くなってしまったのは、テンキー部分にあったNum Lockキーのインジケーターランプです。もっとも、今ではWindowsへのログインに指紋認証センサーを使っていることもあり、Num Lockインジケーターの点灯を確認しなければいけないケースはほぼ無くなっているのですが、たまに不安になります(笑)。ただ、実用上は大きな問題にはなっていません。
実用上でそこそこ大きな変化だったのは、ケースの“高さ”です。REALFORCE RGBはケース手前側の高さが14~16mmだったの対し、Keychron Q6は22mmで、それまで使っていたパームレストでは高さに差が出てしまい使いにくくなったため、新しく高さが20mmになるパームレストを用意しました。ちなみにKeychronは純正アクセサリーとして木製パームレストもラインナップしています。
パームレストは比較的単純なアイテムですが、好みの色やサイズのものを見つけにくいのと、木製の場合は色や模様を確認したいので、ホームセンターで好みの厚さや色の木材を探し、お店でカットしてもらって、自分でヤスリがけや水性ウレタンニスを塗って自作しました。
ゲーマーよりもヘビーに使う人に
今やゲーミングキーボードは専用のハイスペックなキースイッチを新しく開発して搭載したり、ポーリングレートを非常に高めたりと、スペック競争も熾烈になっています。そうした最先端のゲーミングキーボードと比べれば、Keychron Q6のスペックは現時点での一般的なゲーミングキーボードの範疇に収まるものです。それでも十分にマニアックで高性能であることに変わりはありませんが……。
一方で、四六時中タイピングしているような、実際上はゲーマーよりキーボードを酷使する執筆業やプログラマーにとって、タイピングのフィールは非常に重要な要素で、ここにゲーミングキーボードの成果をいい具合に取り込んだのがKeychronのキーボードと言えそうです。
タイピングサウンドの良し悪しなどは、“ゲーミング”の文脈ではまったく必要がないであろう要素だと思いますが、KeychronのWebサイトでは各モデルのタイピングサウンドだけを紹介する動画を掲載するなど、非常にこだわっている様子が窺えます。
そして、執筆業やプログラマーのように、1日中、延々とその音を聞く仕事では、これがけっこう効いてきます(と私は感じています)。悪かったものが改善するというより、比較的どうでもいいと思っていたものが小気味よい感覚に変わる、心地いい時間に変わる、という感じでしょうか。タイピングすることそれ自体に、ポジティブなイメージが湧くようになりました。
Keychron Q6は一般的に考えればかなりハイスペックな仕様で、ゲーミングキーボードとしても十分に使えます。キースイッチのホットスワップやQMK/VIAなど、自作キーボード界隈の柔軟性や発展性も取り込んだ、意欲的な内容も備えています。
しかし、もうひとつの重要なテーマであるタイピングサウンドをはじめとする、Keychronいわく「タイピング体験」への偏執的なまでのこだわりこそが、このキーボードを特異で独自の存在にしていると感じられます。
この音へのこだわりに限れば、執筆業やプログラマーといったヘビーユーザーこそが最も恩恵を感じられ、使っていて心地よいと思える部分です。体験するまではなかなか想像しずらく、私も想定していませんでしたが、ゲーミングキーボード界隈のスペック競争とはまったく別軸の特徴を備えていたことに驚きました。敵に勝つためのキーボードではなく、自分が笑顔になれるキーボードとでもいいましょうか。文章を書くことが多いとか、使う時間がとにかく長いという人には、ぜひ触れてみてほしいキーボードです。