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「地面師たち」はエンタメに向かない? Netflixの日本ヒット立役者が語るオリジナル作品の裏側

Netflixで独占配信されている日本オリジナルコンテンツ。「地面師たち」(C)新庄耕/集英社、「浅草キッド」、「極悪女王」、「トークサバイバー」

今年で日本でのサービス開始から9年目を迎えるNetflix。当初は海外ドラマの配信が多かったが、徐々に日本独自制作の作品が増え、2024年はその勢いがさらに加速した。特に「シティーハンター」と「地面師たち」は国内で大きく話題となったが、海外でも人気が高く、地面師たちにおいては配信後、Netflix非英語作品の週間ランキングで5週連続ランクインするなど注目を集めている。

これらの作品を担当したのが、Netflix エグゼクティブ・プロデューサーの髙橋信一氏。同氏は今年だけで「極悪女王」や「トークサバイバー」も手掛けており、Netflixの日本オリジナルコンテンツのヒットの立役者となっている。

15日、幕張メッセで開催された「Inter BEE 2024」の特別企画ステージに髙橋氏が登壇。「Netflixヒット作のプロデューサーに聞く最前線ストーリー」として、noteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦氏とコンテンツビジネス・ジャーナリストの長谷川朋子氏を聞き役に、Netflixの日本オリジナル作品の制作現場についてトークが繰り広げられた。そのトークステージの様子をレポートする。

左から、コンテンツビジネス・ジャーナリストの長谷川朋子氏、Netflix エグゼクティブ・プロデューサーの髙橋信一氏、noteプロデューサー/ブロガーの徳力基彦氏

徹底的な「ローカル受け」がNetflix共通

日活で映画製作に携わっていた髙橋氏がNetflixに入社したのは2020年6月。

「きっかけはいくつかあるのですが、まだNetflixが日本に上陸していなかった15年前、研修でハリウッドに行ったときにみんなNetflixと仕事をしたいと言っていたのが印象的でした。そこからずっと映画製作を手掛けてきましたが、2019年に『ひとよ』という映画を制作しているときに、スタッフもキャストも全員がNetflixで配信されていた『全裸監督』の話をしていたのです。僕も作品を見ていて、こんな作品が日本で作れるんだ、と結構大きなゲームチェンジとなりました。あの作品が、Netflixで作品を作ることを意識するタイミングになったと思います」(髙橋氏)

髙橋氏

入社後、髙橋氏がNetflixに参加する前から企画が動いていた「浅草キッド」にプロデューサーとして携わった。その後「トークサバイバー シーズン1」(2022年)や「離婚しようよ」(2023年)などを手掛けていく。

2023年、Netflixで配信されている英語以外の言語で制作された作品の中で、日本語作品は、韓国語、スペイン語に次いで3番目に多く視聴された。どの国で制作された作品であっても、Netflixには共通する注力ポイントがあるという。

それが「ローカルファーストで作品を国内に届ける」「今まで見たことないストーリーをクリエイターと紡ぐ」「クリエイティブが発揮される撮影現場」の3つだ。

髙橋氏が入社後に携わったのが、Netflix映画「浅草キッド」

ローカルファーストにおいては、Netflixではグローバルで人気が出ることではなく、制作するその国の視聴者に受けることを第一に考えるという。

「日本オリジナル作品なら日本の視聴者を第一に考えて制作しています。韓国なら韓国の視聴者に受けるように、といったようにNetflix全体で共通の認識を持っています。ローカルで心を震わせられないものは世界で心を震わせられない、という考え方です。その国独自を突き詰めれば突き詰めるほど海外では新鮮に映ります。普遍性と独自性を大事にし、ローカルヒットからグローバルヒットにつながるということをポリシーにしています」と髙橋氏は話す。

例えば「シティーハンター」は作品の世界観自体も現代にアップデートされているが、原作ファンが楽しめることを前提にしつつ、舞台となる日本の風景にゴジラロードや歌舞伎町一番街などが登場し、現代の日本を象徴する場所を映している。日本に住む視聴者にとっては当たり前の景色だが、海外の視聴者からはそうした風景が新鮮に映るのだ。

Netflix映画「シティーハンター」Netflixにて独占配信中。(C)北条司/コアミックス1985

「地面師たち」の当初懸念とグローバルの反応

一方、「地面師たち」においては、日本の不動産取引という特殊性や、会議室で繰り広げられる会話劇が映像エンタメに向かないのでは、と当初懸念があったという。

「地面師たちの企画は、大根仁監督からの持ち込みで始まりました。企画を読んで、先ほど話しましたNetflix全体の注力ポイントである『今まで見たことないストーリーをクリエイターと紡ぐ』に合致する、まさに見たことない物語だと思いました。しかし、日本の不動産取引は特殊性が強く、会議室中心の会話劇も映像エンタメに向かないのでは、と少し懸念があったのも事実です。そこを大根監督が脚本段階からうまくブラッシュアップし、いい意味で簡略化した部分もあって、多くの人に理解しやすく、結果的に世界中の人に届くストーリーになったと考えています。人間模様やエンタメを真摯に描き、高いクオリティがあったからこそ、国境や文化を越えて国内外で高い評価をいただける作品になったと分析しています」(髙橋氏)

地面師たちは当初、グローバルでどこまで見られるかはそこまで考えていなかったという。

「グローバルで、というのは正直あまり考えていませんでしたが、完成後にさまざまな国のクリエイターチームと話し、あんなにハラハラしたことはないと言ってもらいました。また海外の方からの反応で特徴的だったのは、石野卓球さんに手掛けてもらった劇伴です。ああいうトーンで音楽を付けるのか、といい意味での驚きの声が挙がりました」

Netflixシリーズ「地面師たち」Netflixにて独占配信中。(C)新庄耕/集英社

クリエイターとの協業は大根仁監督や石野卓球氏だけでなく、「トークサバイバー」ではテレビプロデューサーの佐久間宣行氏、浅草キッドでは劇団ひとり氏が監督を務めるなどさまざまなタッグを組んでいる。

髙橋氏がNetflixに入社してから約4年の間でヒット作を数多く手掛けている点について、Netflix作品をイチ視聴者としても楽しんでいる徳力氏は「これだけたくさんの人気作品を短い間に手掛けているのが凄いですよね」と称賛。

「そこはやはり、Netflixがクリエイターとの協業に注力しているからです。僕は今まで映画製作をメインにしてきたので、例えばバラエティにおいては佐久間さんと協業することで、佐久間さんのクリエイティブをNetflixでどう発揮してもらうか、それを考えているのが大きな特徴なのかなと思います」と髙橋氏は話す。

Netflixシリーズ「トークサバイバー」Netflixにて独占配信中。テレビプロデューサーの佐久間宣行氏とタッグを組んでいる

快適な現場のために、撮影時間の上限を設定

注力ポイントの3つめである「クリエイティブが発揮される撮影現場」は、スタッフもキャストも作品作りに集中できるよう、現場の環境を整えることが意識されている。

「クリエイティブ環境を良くするために何ができるかを、我々は常に考えています。作品作りに集中できる環境があるからこそ素晴らしい作品が生まれると考え、撮影前にはキャストを含め全スタッフが参加するリスペクトトレーニングを行ない、常に温かいごはん、飲み物が提供できるクラフトサービス、撮影時間の上限を設けるなど、さまざまな取り組みをしています。作品の制作環境を少しずつでも良くすることで映像業界で長く働けるようになり、結果として良い作品が生み出せる好循環に貢献できると思っています」(髙橋氏)

例として挙げられたのが「極悪女王」の制作現場。プロレスラーとして違和感のない体作りをしてもらうために、専門家の指導のもと食事やトレーニングの管理が行なわれたという。

また、女子プロレスという特性上、水着での試合シーンが多く、肌の露出が多かったことから、試合シーンの撮影時はすべて、映像作品の性的なシーンなどで、俳優を守りながら、監督の演出意図を実現できるようサポートするインティマシーコーディネーターを導入した。

「どういった撮影が精神的に不安がないかを考え、キャストが安心して臨める撮影現場を目指しました。そうした制作現場もヒットの要因の1つなのではないかと思います」(髙橋氏)

Netflixシリーズ「極悪女王」Netflixにて独占配信中。すべての試合シーン撮影にインティマシーコーディネーターを導入

口コミが一番の宣伝 ネットミーム化も話題に拍車

Netflixの特性として、「全話一挙配信」という形がある。この配信形式について徳力氏は「SNSの世界だと週に1回放送の方がその時間に視聴者が集中して観るため、SNSのトレンドに挙がりやすく話題になりやすいです。一挙配信というのは少しもったいなくも感じますが、Netflix作品はそういったSNSの特性を狙わなくても、プラットフォームの力が強いから広がり続ける。それが凄いですね」とコメント。

「一挙配信なので次のエピソードが見たくなるような作りにしています。一気見したと言ってもらえるのはやはり嬉しいですし、そうした口コミの力は強く、これ以上の宣伝施策はないと思います」(髙橋氏)

徳力氏
長谷川氏

さらに髙橋氏は、「シティーハンターと地面師たちでは広がり方が全然違った」と話す。

シティーハンターは公開前からリアルイベントを開催し、その時点で盛り上がっていたが、地面師たちはそういったイベントは行なっていなかった。作品の面白さや口コミの評判の良さはもちろん、「ネットミーム化して盛り上がった」部分もあると髙橋氏は分析。SNS上では地面師たちのセリフを見かけることも多く、作中の「もうええでしょう」というセリフは2024年流行語大賞にノミネートもされた。

「地面師たちは、視聴者を惹きつけるキャラクターやセリフが多く登場しました。それらがネットミームのようになり、物語の外でも楽しんでもらえたのかなと思います」(髙橋氏)

「地面師たち」作中の「もうええでしょう」というセリフは2024年流行語大賞にノミネートもされた

日本のクリエイターが世界で活躍

最後に、髙橋氏はNetflixの魅力と今後の展望についてコメント。

「希望としては、Netflixを通じて日本のクリエイター、俳優、原作が世界に羽ばたいていく、その一助になればと思っています。これまでも日本には素晴らしい作品がたくさんありましたが、日本語作品となるとどうしても広がりに限界がありました。それがNetflixでは世界に配信しやすくなり、多くの人に届けられるようになったので、日本のクリエイターなどたくさんの才能がNetflixきっかけで世界で活躍してくれたら嬉しいです。

これは例えばの話ですが、現在大根監督とはNetflixで5年の契約を結んでいますが、5年はあっという間に過ぎると思います。大根さんがNetflixの外でも世界で活躍してくれたり、鈴木亮平さんがシティーハンターをきっかけに海外の作品に携わったりなど、何か決まっているわけではないですけど関わったクリエイターがそうして羽ばたいてくれたらこれ以上に嬉しいことはないですね。

僕達が特別ということはなく、Netflixはあくまでもプラットフォームの1つで、日本の映像業界の一員です。さまざまな団体の方とご一緒していますし、より新しいチャレンジを今後皆さんとできればと思っています」