ニュース

デンソー、自動車技術を“食”に。日本最大級の「トマト工場」

デンソーは7月12日、三重県いなべ市にある大規模トマト農場を公開した。デンソーと農業法人の浅井農園が2018年に設立した合弁会社「AgriD(アグリッド)」が2019年12月から運営しているハウス農場で、スマート農業を進める浅井農園の施設栽培・品種開発技術と、デンソーによるハウス内の環境制御・作業改善や自動化による省人化、生育栽培制御などの農業の工業化技術を掛け合わせて、大規模ハウスでの農業経営を実践している。両社はここで生産性の高い持続可能な次世代園芸モデルを構築し、国内外の農業経営の発展に貢献することを目指している。

2018年8月に農業×工業を目指してAgriD(アグリッド)を設立

約4.2ha、日本最大級のトマトハウス

1棟建では日本国内でも最大級のハウス

アグリッドは敷地面積約6.5ha。作付面積は約4.2ha。1棟建では東海地区では最大のハウスで、日本国内でも最大級だという。生産規模は年間1,260t。栽培・出荷スタッフは4月現在で108名。ピーク作業者は70名程度。安全で持続的な生産活動を実践する農業生産者に与えられる「GLOBAL G.A.P.(グローバルギャップ)認証」を取得している。

ハウス面積は約4.2haの巨大農場。2020年3月から出荷開始、現在3年目

ハウス自体はデンソーが提携している施設園芸を手がけるオランダ・セルトングループの技術をベースにし、デンソー独自の工夫を持ち込んで、効率化・省人化を進めている。工場建設の視点で各部材を見直したことで、通常4haなら20億円かかるところを9.7億円で済ませることができたという。

栽培法はトマトのハウス栽培で多いつるを上から吊ったハイワイヤー式。屋根の高さは7m

単に安くするだけではなく、屋根を自動で洗浄する機械を日本で初めて導入。安全面も向上させた。通常は単層のところを5層のポリカーボネートを用いることで暖房費も節約できた。暖房自体も重油ではなく都市ガスを用いている。燃料費は25%、CO2は30%削減できた。

屋根を自動洗浄する設備を初導入

生産しているのは一般的に「チェリートマト」と呼ばれるミニトマトとミディアムサイズの中玉トマト、そして大手コンビニのサンドイッチなどに使われる加工用の大玉トマト。ミニトマトは大手スーパーや百貨店を中心に「三重県産のトマト」として出荷されている。「甘房ルビー」という商品名のとおり糖度が8~9、そして酸味が少ないこともあり、いわゆる高糖度トマトほどではないが甘く食べやすい。中玉トマトのほうは糖度6~9で、サラダなどに適している。

栽培されているのは主にミニトマト
スーパーなどで販売されている

工業の考え方で農業のあり方を変える

デンソー フードバリューチェーン事業推進部 フードバリューチェーン事業戦略室長 清水修氏

デンソー フードバリューチェーン事業推進部 フードバリューチェーン事業戦略室長の清水修氏は「農家がどんな手間をかけていても、最終的な消費者は見た目と値段でしか選んでいない。これは正しい世界ではない。作った人がちゃんと評価されるべき。美味しいものには『美味しい』と返してあげる。しっかりしたトレーサビリティが必要だ」と語る。

アグリッドの特徴は「工業の考え方」を導入した点。単純に自動化機械を導入するのではなく工業の考え方で、「儲からない、大変な農業」から、「儲かる、働きやすい農業」へと変えることをコンセプトとしている。では「工業化」とは何か。たとえば自動車製造ならばタクトタイム(工程作業時間)がある。タクトに合わせ各工程を一定の速度でこなすために機械が導入される。各工程は速すぎても遅すぎてもいけない。この「適“機”適所」の考え方を導入する。

工業のノウハウを投入し、儲かる、働きやすい農業を目指す

作物は圃場で収穫するだけではなく、出荷して初めてお金になる。工業製品は最初からそれが前提となっている。農業にもこの「生産管理」のシステムを導入。人が行なう作業も誰がやっても質がばらつかないように標準化した。

農作物は生物なので工業製品のように完全にコントロールできるわけではない。導入された様々な仕組みはそれを調整するためのもので、「全てにおいて働きやすさと儲けることを念頭に置いている」という。

「手ぶらで仕事」に来れる気軽さを実現

生産統合管理システムで全体を効率化

具体的には、クラウド上の生産統合管理システムで人のシフト管理を自動化している。清水氏は「人がいないと言われるが、ちょっとした時間に働いてもらえる人を集めればいい。そういう働き方ができれば農業人口は増えるし地域は活性化する」と語る。従業員には1カ月以上前に希望の時間や働き方を入力してもらう。管理側は出荷予定数から必要な人材を逆算して、シフトや作業予定を生成する。人はそれぞれ事情が違い、状況も変化するので「ボタン一つで」とはいかないが、ベースとなるシフトを自動生成することで管理の工数は15%減った。パートの雇用時間自体も1割減ったという。

システムでシフト作成、タブレットを使って作業内容を見える化

出勤した従業員は静脈認証でハウスに入ると、まずタブレットを手に取る。タブレットに個人のIDで入ると、事前計画によりどのレーンで何の作業をやるべきかが表示される。作業者はその指示に従えばいい。もし途中で作業を中断して帰らなければならなくなったときは、「中断」というボタンを押せば、そのまま後の人に引き継ぎができる。入退出管理のカードもなくしたことで「手ぶらで仕事」に来られるという。パートタイマーには高齢者もいるが、実際に使いこなしているようだった。

タブレットで作業内容と進捗を見える化

作業が始まると管理者側では進捗がわかる。これはもともと工場で計画値に対して進捗をチェックするためのシステムを元にしている。清水氏は「人は歯車ではない。機械にしてはいけない」という。たとえば「作業が早いから良いとは限らない」。丁寧に収穫している人かもしれないからだ。よって、その結果を見ながら作業者同士でコミュニケーションしてノウハウを交換するようにしているという。

タブレットは異常を知らせたりコミュニケーションのための基礎データ集めにも使われる

また、葉の変色や作物の異常を発見したときはタブレットでそのまま写真を撮影し、レポートを送信する。この仕組みによって「グロワー」と呼ばれる栽培管理担当者の作業量は大幅に減った。また作業者たちの仲間意識も向上することで、離職率が低下したという。

異変があったら写真とプルダウンメニューから簡単報告で管理者と情報共有

重量物はAGVが運んで軽労化

機械は人の負担を減らすことに用いている。収穫した作物や、葉かき(古くなった葉を取る作業)残渣など、重たいものは自動搬送システム(AGV)で自動運搬する。物流倉庫や工場で使われている中国Geek+社の棚搬送ロボットを活用している。AGVに司令を送るクラウド上の運行管理システムはデンソーが独自に内製した。AGVは床面に貼られたQRコードで位置を認識して移動する。

搬送作業のような低付加価値・疲れる作業は機械で自動化

AGVは全部で7台で、うち1台は選果場専用、残り6台は圃場で動く。収穫したトマトは1日あたり160kg×40往復、葉かき残渣は50kg×40往復を自動で運搬する。6台のAGVの担当は運行システムによりフレキシブルに決定される。

在庫管理システム。右のグラフの赤い点が収穫物在庫量の目標値

収穫されたトマトは運行指示に従って温度18度に設定された一時保管庫に置かれていく。いつどこから収穫したものかはもちろん、収穫重量なども自動計量しており、必要なトマトから出荷場に送り出す。この中間在庫置場から出荷場へトマトを運ぶのも一台のAGVが行なっている。このように、機械のほうが適していて、人の労働力を割くにはもったいない(=直接利益に結びつかない)作業は自動化した。生産量と出荷量のバッファとして中間在庫があるところは自動車製造とは異なる点だ。

中間在庫の一時置場。左奥が選果場。AGVは棚下に潜り込むタイプのため隙間なく棚が置かれている

選果場・出荷場には工場のノウハウを投入、量変動にフレキシブルに対応

選果場の梱包エリア

選果場・出荷場も効率化した。全体のおおよそ1/3程度の人手が割かれているが、圃場に比べると見落とされがちだという。アグリッドではここは工場と同じと考え、デンソーが培った技術力とノウハウで、常に一方向の作業になるよう動線を整理し、コンテナ量の変化に応じてランプが自動で点灯するといった仕組みで進捗を見える化する「アンドンシステム」、「からくり」などを導入して省人化した。

出荷場には工場のノウハウを投入
作業を標準化し、全員が同一方向・同一手順化。ライン面積は半減、7人分の作業を削減

コストの高い巨大な選果機はあえて使わず、人手を使ったフレキシブルなシステムとした。ピーク時には作業台を増やすことで対応する。

あえて人手とすることでフレキシブルなシステムとした

数年後には収穫ロボットで「24時間農場」へ

開発中のトマト収穫ロボット「FARO」。アームはデンソーウェーブ「VS-060」(デンソー提供)

収穫は圃場作業の6割を占める。数年後には開発中の収穫ロボット「FARO(ファーロ)」を使うことで、製造業のように昼夜問わず稼働する、世界初の「24時間農場」を目指す。ロボットはAIでトマトを認識、熟れ具合を見て、独自開発のハサミと把持ツール付きのハンドで、トマトを房取りする。

色と距離を使って収穫するトマトを認識。ハサミで房どりする。切ったあとそのまま枝をつまんで収穫できる(デンソー提供)

ロボットは収穫だけでなく、どのトマトを収穫するべきかといった情報を事前にチェックすることもできる。それだけでも効率化に繋がるという。また、取り残しデータや収量予測も行なうほか、収穫に必要な人の変動を吸収する。収穫ロボットは自動レールチェンジ機能などもつけて2024年には製品化予定だが、より省人化ニーズのあるヨーロッパでは今年度中の販売を検討しているとのこと。

ロボットで24時間稼働する農場の実現を目指す

カイゼンは永遠の課題

「カイゼンは永遠の課題」とのこと

清水氏は「地方で雇用を生むのに一番良いのは農業。今後、働き方は大きく変わる。農業しながらプログラミングしていてもいい。田舎で暮らしながら都会の仕事もできる。住む場所が変われば人口分布も変わるし地方も活性化する。そうすれば世界は変わる」と語った。すでに「農業生産者としてそこそこ安定して、独り立ちできるくらいのところにきている」そうだが、今後については「まだまだ発展していく。カイゼンは永遠の課題。絶対にまだ改善はできる」という。

最後に改めて「なぜデンソーが野菜を作るのか」と聞いてみた。清水氏は「野菜を作る気はないです。人間に不可欠な『食』に社会課題があり、そこに技術シーズを加えることで課題を解決できないかと考えたからです」と語った。

いま、自動車業界は電動化で「100年に一度の大変革期」と言われている。デンソーでも様々な新事業に取り組んできたが、今ひとつうまくいかないのは「技術シーズが走りすぎ」で、本当に困っていることにフィットしていなかったからだという。

そこで技術先行ではなくニーズに応えるために、改めて社会課題を検討。人が生きるために必要なものとして「食」と「医療」を検討した結果、認可など諸課題のため時間がかかる医療に対して、「食ならばすぐに結果が出せる」と考えた。

そもそも物流効率化はデンソーのフィールドでもあり、トレーサビリティや、センサー技術、IoTプラットフォーム技術も持っていた。そこで必要性と将来性を考えて、強みを発揮できそうな施設園芸に取り組んだとのことだった。今後は地産地消を目指し、様々な取り組みを進めていく。

なお、デンソーとオランダ・セルトングループが施設園芸ソリューションを販売するために2020年に設立したデンソーアグリテックソリューションズは、7月20日~22日の日程で東京ビッグサイトにて開催される「施設園芸・植物工場展(GPEC2022)」に出展予定。