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HAKUTO-Rのispace、月面データをビジネス化する「Blueprint Moon」
2020年8月21日 08:00
日本初民間開発の月着陸船による「月面着陸」と「月面探査」の2つのミッションを行なうプログラム「HAKUTO-R」に取り組んでいる宇宙スタートアップ企業のispaceは、8月20日、第三者割当増資により30億円のシリーズB投資ラウンド資金調達および、月面データ事業をサービスイメージとした新たな月面ビジネスモデルコンセプト「Blueprint Moon」の発表会を行なった。
ispaceは、シリーズAでは13社から合計103.5億円の資金調達を実施。新たに30億円の資金調達を実施したことで、累計の資金調達金額は135.5億円となる。今回の資金調達は、インキュベイトファンドが運営するIF SPV 1号投資事業組合をリードインベスターとし、スパークス・イノベーション・フォー・フューチャーが運営する宇宙フロンティアファンド、高砂熱学工業、三井住友海上火災保険の4社を引受先とする第三者割当増資。
ispaceは、2022年に月面着陸ミッション(Mission1)、2023年に月面探査ミッション(Mission2)を予定している。今回の資金調達によって、2022年に実施予定のMission1で使用するランダー(月着陸船)の最終開発投資、2023年に実施予定のMission2で使用するランダーの先行開発投資、更には2024年以降のランダーのサイズアップを見据えた先行開発投資を実行していく予定だ。
また今回、中期的に月面輸送を行なうペイロード事業と並ぶ将来の重要な収益の柱として展開する予定の「月面データ事業」のサービス提供をイメージした、月面開発における新たなビジョン「Blueprint Moon」を発表した。
「Blueprint Moon」は、月ビジネスに新たに参入する企業に有益な青写真を提供するというコンセプトのサービスで、月のデータ(画像データ、環境データ、テレメトリ、資源情報など)を収集し加工した上で、顧客(政府宇宙機関、大学、研究機関、民間企業などを想定)に提供し、顧客の月面開発に役立ててもらう予定。
COVID-19下でも着実に前進する宇宙開発
ispace ファウンダー&代表取締役の袴田武史氏は、新型コロナウイルス禍の状況下でも宇宙産業は着実に前進していると述べ、SpaceXによる有人宇宙ミッションの成果や、JAXAとNASAの協定による米国の有人月探査計画「アルテミス計画」への日本の参加発表、UAEの火星探査機打ち上げなどを振り返った。宇宙産業はこの状況下でも進捗している。
また日本でも、新たな宇宙基本計画を閣議決定。これまでは官主導だった宇宙産業に対し、民間企業への参画を促す方針が示されている。2030年早期には宇宙産業の市場規模を倍増させるという。
袴田氏は、2022年に計画している「HAKUTO-R」Mission1のランダーの1/5模型を紹介した。着陸脚を広げた状態で幅約2.6m、高さ約2.3m、燃料をのぞいた重さは約340kg。くわえて、30kgのペイロードを月面に輸送できる。
今後ispaceは拡大する月面への輸送ニーズに対応するため、Mission3以降はサイズアップを見込んだ先行開発を行なう予定。ispaceは今回の資金調達をさらなる起爆剤として、宇宙資源産業の創出と、宇宙の民間利用による産業化加速を狙う。
月ビジネスに参入する企業に「青写真」を提供
新たな月面ビジネスモデル「Blueprint Moon」とパートナー企業との技術協業の進捗状況については、ispace ディレクター&COOの中村貴裕氏が紹介した。ispaceはこれまで、パートナーシップ事業とペイロード事業を進めてきた。これに加えて、今回から月面での取得データをもとにした「月面データ事業」を始める。
新たなビジョン「Blueprint Moon」は月ビジネスに参入する企業に有益な「青写真」を提供するというもの。たとえばHAKUTO-Rプログラムで提供しているパートナーシップに対しては宇宙産業への入り口という位置付けになっているが、それでも宇宙ビジネスへの参入はハードルが高い。そこで「Blueprint Moon」で非宇宙企業の参入を促す。
今後は、3つのフェーズで事業を成長させる予定。技術実証、高頻度輸送・データ取得・販売、月面の資源活用だ。月面資源データ、環境データ、ランダーやローバのテレメトリーデータなどを提供し、これらのデータを利用して顧客の月探査計画を支援する。ispaceでは、すでに公開されているデータを使ってミッション設計などを行なえるツールやアプリケーションを自社開発しているという。
ニーズは月画像データ・環境データなど多岐にわたっている。想定顧客は政府宇宙機関、大学・研究機関、将来的にはソフトウェア開発、建設、輸送機器開発などを行なう民間企業を視野に入れる。「あらゆる産業界が月の青写真を作るチャンスがある」という。
民間企業との技術協業進捗
7月のランダーデザイン発表時に行なう予定だったHAKUTO-Rの民間企業との技術協業進捗の報告も行なわれた。日本航空(JAL)とはランダー組み立て・部品調達支援、配管溶接、非破壊検査で協業している。通常は航空機エンジンの整備を行なっているJALエンジニアリングの成田工場内にランダー組み立て施設を作り、クリーン環境で試験用モデルの組み立てを実施。振動試験の結果をフィードバックして最終デザインを決定した。フライトモデルも引き続き成田整備工場で実施する。
溶接については自動溶接機を導入し、ランダーの燃料が通る配管の溶接を行なっている。これまで航空機の部品で溶接を行なってきたJALのノウハウを活用している。非破壊検査は溶接後の部品の検査を行なうためのX線を用いた検査。JALの熟練した溶接技術と自動溶接機によって配管同士を接合。溶接を行なって、内部も接合されているかどうかを調べる。
シチズン時計とは、時計にも用いられているスーパーチタニウム、チタニウムの精密加工技術、表面加工技術で協業している。具体的には、スーパーチタニウムをHAKUTO-Rのランダーの着陸脚の部品に用いている。スーパーチタニウムはシチズン独自の表面加工技術を適用することで、ステンレスの5倍以上の強度があるという。
シリーズA出資者でもあるスズキは、自動車技術を応用して、ランダーの構造解析を行なっている。
月面で世界初の水電気分解による水素と酸素生成の実証実験
新たに2019年12月にコーポレートパートナーとなった高砂熱学工業とは熱利用と水の電気分解技術で協業している。世界初の月面での水電気分解による水素と酸素生成の実証実験に向け、2023年のランダーに水の電気分解装置の搭載を目指している。
高砂熱学工業は、1923年に創業。2023年には創業100周年になる。代表取締役社長COOの小島和人氏によると、同社は空調設備のパイオニアとしてあらゆる建物に対して人々が過ごしやすい環境を提供してきたという。
将来訪れる宇宙産業においてチャレンジしたいと考え、月面に存在する水資源の活用に着目。同社はこれまでも水素利用技術に取り組んでおり、水から水素と酸素を生成する電気分解装置には環境省やJAXAへの導入実績があるという。
水から水素と酸素が生成できればロケット燃料や人の呼吸のために用いることができる。小島氏は「これは野心的な挑戦だが当社の経営理念を体現するプロジェクトとして取り組んでいきたい」と述べた。そして「世界初の月面環境における水素と酸素の生成にチャレンジしたい」と改めて語った。
電気分解装置のモックアップも紹介された。実用機能を備えた水素ガスと酸素ガスを生成する装置としては、おそらく世界最小最軽量になるという。現在は想定課題を検証中。空調技術を応用し、月面に存在すると考えられる水資源採取、サーマルマイニング技術、月面エコシステムの構築を通じて「持続可能な月面経済圏の構築」に大きく貢献したいという。
また、今回の知見は地球上の水素システムの実現にも活かせると考えていると語った。月面と地上、双方向での貢献を目指して取り組んでいく。「当社には『ないものは自分で作る』というDNAがある。これまでも空調設備のパイオニアとして、新しいものを自ら作って挑戦してきた。これからも持続可能な社会の構築に取り組んでいく」と述べた。