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"民間月面探査"が加速 NASA"CLPS"計画とは?

CLPS選定企業として初めて月面着陸から観測ミッションまで全て成功した「Blue Ghost」着陸機が月面で撮影した自身の影(Credit: Firefly Aerospace)

2025年1月、2月には米国で相次いで民間の月着陸探査機が打ち上げられ、新興ロケット開発企業から転じたFirefly AerospaceのBlue Ghost探査機が3月に月面に到達、14日にわたる月の昼間のミッションをやり遂げました。民間初の成功例となったこのミッションは、NASAが進める、科学観測装置を民間企業の手で月面へ運ぶという「CLPS(商業月面ペイロード輸送サービス)」の一貫です。

これまで宇宙機関だけが手掛けてきた月面へ物を運ぶという能力をなぜ民間に移転したいとNASAは考えているのでしょうか。その始まりから現在までを追ってみましょう。

「月の水」の追求とCLPSの始まり

米国は1972年のアポロ17号を最後に月面着陸ミッションを行なっていませんでしたが、1990年代に「月には水があるかもしれない」というテーマが浮上してきます。

2004年にブッシュ大統領が発表した「宇宙探査ビジョン」の元で、2008年にインドの月探査機「チャンドラヤーン1号」に搭載された米国の鉱物センサーや2009年に月周回探査機「Lunar Reconnaissance Orbiter:LRO(ルナ・リコネッサンス・オービター)」と共に打上げられた無人探査機「LCROSS(エルクロス)」による月南極域での衝突実験などから、月の極域には「永久影」と呼ばれる1年を通して太陽光の当たらない影の領域があり、ここに凍った水(水氷)が閉じ込められている可能性があると考えられるようになりました。

月面に衝突し巻き上げられた物質から水の存在を明らかにしたNASAの「LCROSS」実験(Credit: NASA/JPL)

2010年にオバマ大統領は宇宙探査ビジョンの計画をかなり変更し、予算超過に陥っていた大型計画を縮小します。しかし小型の無人探査機の計画は継続し、NASAで月で水などの揮発性物質や酸素といった物質を探査する無人ローバー(探査車)計画「RESOLVE(リゾルブ)」がスタートします。

2013年、中国はローバー「嫦娥3号」で月面着陸に成功。「周回・着陸・帰還」という3つのステップを着実に実施して国際的に月探査を牽引する存在になっていきました。一方で、1997年の「ルナ24号」で月の水の存在を浮上させたロシアは、ルナ25号以降の探査機の構想が停滞し、成果を上げられない状況が続きます。

嫦娥3号成功の翌年の2014年、NASAはリゾルブ計画を「Resource Prospector(リソース・プロスペクター)」という計画に変更します。試掘者や踏査者という意味を持つミッション名からうかがえるように、月面の物質を資源として利用する可能性がミッションの目標となっていきました。日本も相前後するように月着陸探査機を計画していました。

Credit: NASA

2016年にはリソースプロスペクターの試作機試験が始まりますが、打上げロケットとして考えられていたSLS(スペース・ローンチ・システム)は大幅な開発の遅れで、2017年の初打上げは達成できそうもありませんでした。

そこで、米国の宇宙開発企業が開発した月面着陸機を利用し、NASAなどの探査機を月へ送る「Lunar CATALYST(ルナ・カタリスト)」という計画がでてきます。Astrobotic Technology(アストロボティック・テクノロジー)、Masten Space Systems(マステン・スペースシステムズ)、Moon Express(ムーン・エクスプレス)といった企業がNASAとパートナーシップ協定を結び、NASA開発のフライトソフトウェアや技術的知見の提供などを受けるようになりました。

これらの企業には、Google Lunar X Prizeで月面着陸機を開発していた企業が含まれていました。

そしてリソースプロスペクターをルナ・カタリストの民間月着陸機で月面に着陸させようという構想が出てきます。NASA自身がこうした企業をコスト効率が高いと考え、膨らみがちな宇宙機関自身の資金管理に民間の力を借りようとしたのでした。

2017年には第一次トランプ政権が発足し、月有人探査は2024年の再開を目標に「アルテミス計画」と名付けられました。

月探査が脚光を浴びるものの、2018年に予算問題でリソースプロスペクター計画は中止されてしまいます。NASAは、探査機に搭載される予定だった科学機器は解体され、将来の月面着陸機に搭載されるという構想を発表しました。

同時にルナ・カタリスト構想を受け継ぐ「Commercial Lunar Payload Services:CLPS」という計画に参加する企業の募集が始まりました。

NASAはリソースプロスペクターの探査エリアが限られ、ミッションは1回限りということに課題を抱えており、機器を解体して複数の民間企業開発の着陸機に載せ替えることで、より広域の、複数回の探査が可能になると考えたのです。

CLPSのスタート

「米国の宇宙企業のイノベーションを活用して新たな月着陸機を開発する」という構想で始まったCLPSは、当初の構想で2021年末には無人探査機による月面着陸を再開する計画でした。

2018年11月には、Intuitive Machines(インテュイティブ・マシーンズ)とルナ・カタリストの一員であるアストロボティックがCLPS企業として選定され、インテュイティブ・マシーンズは「Nova-C」着陸機のミッションを3回(IM-1~IM3)、アストロボティックは「Peregrine(ペレグリン)」「Griffin(グリフィン)」という2つの着陸ミッション契約を結びます。

グリフィン着陸機には、NASAが月の南極で水資源を探すローバー「Volatiles Investigating Polar Exploration Rover:VIPER」が含まれていました。VIPERのスタッフやミッションはリソースプロスペクターを再生、拡大した内容となっていました。CLPS第1期ともいえるこのときは、9企業が選定されました。

リソースプロスペクターを解体しNASAが新たに開発する予定だった「VIPER」(Credit: NASA)
開発中の「ペレグリン」着陸機(Credits: Astrobotic)

CLPSでは、着陸機だけでなく探査に必要な科学機器を民間企業と共同開発することが含まれていました。

月の南極で水氷を採取するためのドリルと質量分析計を組み合わせた装置「PRIME-1」は、VIPERと共に使用される計画でしたが、最終的に単独でインテュイティブ・マシーンズのIM-2ミッションに搭載されることになります。

2019年にはさらに5企業がCLPS企業として選定され、第1陣と合わせて14の企業が「タスクオーダー」と呼ばれるNASAのミッション要求に応募する資格を得ることになりました。

CLPS企業はNASAの科学機器だけでなく独自に募集した商用のペイロードを搭載することも可能で、NASAのミッションを請け負いつつ月探査ビジネスを展開するという、月面探査エコシステムを作り出すことがCLPSの目標にあります。

CLPSは資金を調整しながら、2028年まで総額26億ドル(約3,900億円)のミッションを実施する計画となりました。

ミッション開始とVIPERの運命

民間企業による効率化を目指したCLPS計画ですが、その月面ミッションも2021年末の予定通りとは行きませんでした。新型コロナウイルス感染症の影響などもあり、「PRIME-1」ミッションは2022年後半となります。また、アストロボティックによるVIPERのミッションは2023年11月から2024年11月まで延期されることになりました。

CLPSによってNASAが民間企業の月面探査能力育成に注力している中で、中国は嫦娥4号による月の裏側への着陸探査、嫦娥5号による月からのサンプルリターンと着実に成果を挙げていきました。

またインドは2019年にチャンドラヤーン3号で初の月面着陸に挑み、このときは成功しませんでしたが2023年秋に同型機でもう一度挑戦し、月面着陸を果たした4番目の国となりました。

日本ではispaceが2023年に月軌道への投入と着陸に挑戦しましたが、地形の情報を処理するソフトウェアの問題で着陸には至りませんでした。

国の宇宙機関と民間企業が競うように月面探査を繰り広げる状況が続きます。2023年にNASAはCLPS選定企業のFirefly Aerospace(ファイアフライ・エアロスペース)を月の裏側でのミッションに選定しました。このミッションでは欧州宇宙機関(ESA)の月探査機も相乗りすることになっており、米国外の宇宙機関がCLPSの顧客として参加した例となりました。

2024年1月8日、CLPS最初の着陸ミッションであるアストロボティックの「ペレグリン」着陸機がULAの新型ロケット ヴァルカン・セントールで打上げられました。しかしロケットからの分離には成功したものの、月への軌道に乗ることができず、ペレグリンは打上げからおよそ10日後に地球の大気圏に再突入してミッションを終えました。

2月15日、インテュイティブ・マシーンズ最初のミッションである「IM-1」がSpaceXのファルコン9ロケットで打上げられます。

2月22日、「オデュッセウス」と名付けられた着陸機は、NASAから委託された6台の機器を搭載し月南極域の「マラパート-A」クレーターへ着陸しました。着陸時に姿勢が乱れて転倒したため完全なミッションにはなりませんでしたが、52年ぶりに米国の探査機がNASAのペイロードを乗せて月面に到達することができました。

同じ時期に、JAXAの小型月着陸実証機「SLIM」が月の表側に日本の探査機として初めて着陸に成功しています。

こちらも想定と異なる姿勢となりましたが、着陸目標から100m以内という精度の目標と月の地質的特徴を持つ岩石を撮影するというミッション、どちらも達成することができました。

SLIMから分離して活動したLEV-2「SORA-Q」が撮影したSLIM(Credits: JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)
着陸後SLIMが撮影した月面画像(Credits: JAXA)

また6月には中国の嫦娥6号が月の裏側かつ南極域でのサンプル採取と地球帰還に成功します。月探査は科学目標に迫る精度が重要になってきたのです。

一方で2024年7月にNASAは突然、VIPERのミッションを中止すると発表します。開発の遅れから予定していた11月の打上げに間に合わないことが判明し、予算超過が懸念されたことが背景にあります。

2025年2月に延期すればミッションを継続できる見込みもありましたが、約100日という短期間のミッションはコストに見合わないというのがNASAの説明です。VIPERの機器は解体され、以後のCLPSミッションに活用されるという点もリソースプロスペクターと同じでした。

しかし、短期間とはいえ極域で永久影という極限環境に入って水氷を探査するという中国も実現していない高度なミッションだったVIPERを、リソースプロスペクター中止時とほぼ同じ理由から中止することはそれほど賢明な選択なのか、NASAは批判にさらされます。VIPERを中止しなければCLPSの民間ミッションを守ることができないというのがNASAの答でした。

ついに着陸成功

2025年に入ると、CLPS月ミッションが加速していきます。1月15日にはファイアフライ・エアロスペースが開発したBlue Ghost(ブルー・ゴースト)着陸機がファルコン9ロケットで打上げられ、3月2日に月の表側「危難の海(Mare Crisium)」に着陸を成功させました。

CLPSミッションでは2回目の着陸で、米国の探査機としては姿勢異常などのトラブルがなく観測機器の展開まで含めた完全な着陸成功はアポロ17号以来53年ぶりとなります。

NASAのラングレー研究センター開発のカメラがとらえたブルー・ゴースト着陸時の映像

着陸した危難の海は月の低緯度地域ですが、アポロ計画の着陸地点ではほとんど訪れておらず地質学的な特徴はかなり異なるとされています。月内部を探査する機器や将来の月測位衛星の基盤となる実験用GNSS受信機など10台を搭載し、14日間のミッションを完了しました。

3月14日には南北アメリカで皆既月食が見られましたが、これは月面からすると地球が太陽を遮る日食現象となるため月面からの観測も行なわれました。3月16日には、アポロ計画に先立つNASAの無人月探査機サーベイヤー7号やアポロ計画でユージン・サーナン宇宙飛行士が観測した、月の地平線の発光現象「Lunar Horizon Glow:LHG(ルナ・ホライゾン・グロー)」を観測しています。

LHGは浮遊するダストの粒子が太陽光を散乱する現象だと考えられ、こうしたダストは月探査機の機器を損傷させたり劣化を引き起こしたりといった、ミッションを困難にする環境条件のひとつだと考えられています。

LHGを研究することでダストの量を見積もるなど将来の探査へ貢献する観測となるのです。ブルーゴーストは4K画像でLHGを観測し、これは科学への貢献だけでなく神秘的な月の発光現象を目撃するチャンスともなります。

月面からの日食の撮影(Credit: Firefly Aerospace)
Blue Ghost探査機がミッション終了前に撮影した月の日没の地平線。LHGとの明確な説明はないものの、中央に発光現象をとらえている(Credit: Firefly Aerospace)

2月27日には、インテュイティブ・マシーンズのIM-2ミッションが打上げられました。「アテナ」と名付けられた着陸機には、「PRIME-1」採掘機や、小型エンジンでジャンプしながら月面を移動するホッピング型探査機「Grace」、ノキアが開発したセルラー通信実証機などが搭載されていました。

日本企業ダイモンが開発した超小型ローバー「ヤオキ」も搭載されるなど、NASAや米国の学術機関以外のペイロードが含まれており、CLPSの広がりを感じさせました。

しかし南極地域を目指した3月6日の着陸では着陸時の姿勢異常によってクレーターの中に横倒しに落ちたことから太陽電池パネルで発電ができず、限られたミッションの実施に切り替えられました。

Graceやヤオキは展開できず、転倒時に舞い上がった月面のレゴリスに覆われて電力の回復の見込みがないことから、3月7日にミッションは終了しました。

月着陸を目指すIM-2「アテナ」(Credit: Intuitive Machines)
ルナ・リコネッサンス・オービターが撮影したクレーターに着陸し横倒しとなったIM-2「アテナ」(Credit: NASA/GSFC/Arizona State University)

IM-2打ち上げの際には、NASAのジェット推進研究所(JPL)が開発した月の水の地図を作成する超小型探査機「Lunar Trailblazer(ルナ・トレイルブレイザー)」が相乗りしていました。しかし、探査機はファルコン9ロケットとの分離には成功したものの、通信を喪失してしまいました。

探査機は姿勢制御がうまくいかず、機体が回転しているため太陽電池パネルが正常に発電できず電力を得られていないようです。小型探査機が分離後に回転してしまい、発電も地上からのコマンド受信もうまくいかないというのは、2022年にSLSロケット初の打ち上げに「相乗り」した日本の月着陸実証機「OMOTENASHI」も同じ経験をしています。ルナ・トレイルブレイザーが科学的成果を挙げることはもうできないと見られています。

CLPSの月面ミッション一覧(番号は着陸地点別ミッション番号)

2024年

  • アストロボティック「ペレグリン」:月軌道に到達せず終了(1)
  • インテュイティブ・マシーンズ IM-1「オデュッセウス」:月南極域のマラパートA地域へ着陸(姿勢異常)(7)

2025年

  • ファイアフライ・エアロスペース「ブルー・ゴースト」:月の表側「危難の海」に10台ペイロードを輸送、着陸成功。ミッションは3月後半まで継続(3)
  • インテュイティブ・マシーンズ IM-2「アテナ」:「PRIME-1」掘削機ほか3台のNASAペイロードを搭載し月南極域に着陸。姿勢異常によりミッション終了(11)
  • インテュイティブ・マシーンズ IM-3:月面最大の海「嵐の大洋」内のライナー・ガンマ領域に4台のNASAペイロードを運搬する計画(2)
  • ドレイパー研究所による1回目のミッション:月面ペイロード提案募集プログラム「PRISM」で選定された月震観測装置などを搭載し月の裏側の南極付近にある大型クレーター「シュレーディンガー盆地」に着陸予定(6)
  • アストロボティックによる2回目のミッション「グリフィン」:南極域にある月で最も高い山「モンス・ムートン」付近に着陸予定(8)
  • ブルー・オリジン「ブルー・ムーン マーク1」: 月南極域に着陸予定。詳細な着陸目標は選定中(10)

2026年

  • ファイアフライ・エアロスペース「ブルー・ゴースト2」:月の裏側に着陸予定。ESA開発による月通信中継衛星と相乗り(5)

2027年

  • インテュイティブ・マシーンズ IM-4:6台のNASAペイロードを搭載し月の南極に着陸予定(9)

CLPSのひろがりと課題

2018年からスタートしたCLPSによる民間を活用した月探査は、11回予定されている月面着陸ミッションのうち、これまで4回を実施し、着陸・観測ミッション成功という大きな成果を上げました。

今後はミッションが加速し、2028年まで予定されているプログラムの中で南極や月の裏側の探査といった高度なミッションを予定しています。NASAが国際協力で進める月の通信・測位網構築の足がかりともなっており、日本や欧州を巻き込んで展開されています。ispaceの着陸機がBlue Ghost着陸機と相乗りで共に打上げられるなど、宇宙機関のみのミッションではあまり例のなかった協力も進んでいます。

一方で、米国の持つ月探査の豊富な知見をしっかりと民間の支援に活用するには、参加企業だけでなくNASAの側にもこれまで以上にフィードバックが求められます。

これまで着陸の完全な成功例は4回中1回で、成功したBlue GhostはNASAで先例のある月の表側の低緯度地域への着陸、うまくいかなかったインテュイティブ・マシーンズのIM-1、IM-2ミッションはまだ知見の少ない南極域への着陸という違いがあります。

NASAはこれまで、インドのチャンドラヤーン探査機に機器提供や運用支援など有形無形の支援を行なったことがあり、インドは2回目の着陸ミッションであるチャンドラヤーン3号が南極域への着陸に成功しました。これまでの着陸成果から得られた情報を、後続のミッションにもすぐに応用するなど、受け入れる民間企業側の技術力だけでなく、NASAの側のサポート力が今後のCLPS成否の鍵になるといえるでしょう。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)