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「足立区のおいしい給食」 効果絶大で食べ残し7割減
2025年3月13日 08:40
昨今、学校給食の重要性が高まっています。2024年の都知事選でも学校給食の無償化は争点のひとつになりましたが、国会でも学校給食の無償化が議論されています。学校給食は小中学生の栄養補給にとどまらず、近年は農作物や郷土食を通じた食育といった目的も含まれるようになりました。
給食の重要性が高まる中、2007年から“おいしい給食”に取り組んでいるのが東京都足立区です。なぜ足立区は、おいしい給食に取り組むようになったのでしょうか? その背景や取り組みなどについて足立区教育委員会 学校運営部 学務課長兼おいしい給食担当課長の松本令子さんに話を聞きました。
18年も続けられている「足立区のおいしい給食」
――足立区が「おいしい給食」を始めた背景からお伺いしたいと思います。
松本:現在の近藤弥生区長は2007年に足立区長に就任しましたが、都議時代に東京都で排出されるゴミの多くが給食の残菜、つまり食べ残しが占めていることを耳にしたそうです。給食の食べ残しを減らすことができれば、ゴミの減量にもつながります。それは環境問題にも通じる政策です。
もうひとつの理由がありまして、足立区内で転校した児童の保護者から「今までうちの子は給食をきちんと食べていたのに、同じ区内なのに転校したら急に食べなくなってしまった」という声をいただいたことです。
同じ区内の公立小学校で、なぜ給食に差があるのだろうか? という疑問を持ちました。そこで、どの学校でも栄養のバランスが取れていて、おいしい給食を提供したいという気持ちから出発した取り組みです。
近藤区長は2023年の区長選挙で5選を果たしたので、おいしい給食も2007年から約20年にわたる継続した取り組みになっています。
足立区ではおいしい給食を始めた翌2008年度に年間で約381トンもの残菜が出ていましたが、量がどんどん減っていきました。2023年度の残菜量は年間で112トンまで減少しています。
おいしい給食事業を開始した初年度と2008年度は食品残菜率が小学校で14%、中学校で11.5%ありました。それが2023年度は小学校が4.3%、中学校が3.5%まで減少しています。
中学校になると、給食の量が増えるので、小学生から中学1年生に進学したての頃は時間内に食べきれないで残してしまう子もいるようです。それでも長期にわたる取り組みによって、残菜量は約70%も削減できています。
――おいしい給食が始まった当時、年間381トンもの残菜があったということですが、ほかの自治体と比較して多い、あるいは少ないというのはあるのでしょうか。
松本:残菜量はあまり公表されていないため、ほかの自治体とは比較できませんが、足立区としては残菜を減らす目標を掲げ、統一基準で残菜を量るようになりました。おいしさの基準は人それぞれですから、どこの自治体でもおいしい給食を掲げることはできます。ただ、残菜量を計測して数字として見える化する取り組みをしたことで残菜量が減少するという目に見える結果を出すことができました。
足立区は昭和50年代から全校で給食を自校方式で調理していたので、そのときから給食はおいしかったという話を地元の人たちから聞いています。ただ、「おいしい」と言って食べているだけでは一定量の残菜が出てしまいます。
おいしいと宣言するだけではなく、やはり残菜量を意識することが大事なのです。それによって、教師や実際に給食を食べるわけではない保護者などもおいしい給食の取り組みに関わることになります。そうした教師や保護者とが一緒になって取り組むことが残菜を減らすことにもつながっていくのです。
そういった積み重ねによって、約15年で残菜量が70%減という結果につながったと認識しています。ただ、「おいしい給食」と喧伝しているだけだったら、残菜量は変化していなかったでしょう。
ダシをしっかりと取って素材本来の味を知ってもらう
――食べ残しもそうですが、近年は賞味期限・消費期限や販売期限が切れたことによって発生する食料品の廃棄も問題視されるようになっています。おいしい給食はフードロスの観点でも有効な取り組みですね。
松本:近年、農水省は食品残渣を飼料へと転換する取り組みに力を入れています。また、さまざまな自治体が家庭で余っている食品、スーパーなどの小売店が棚卸しなどによって生じた余剰食品を集めて福祉団体などへ寄付するフードドライブといった取り組みを実施しています。こうしたフードロス削減の取り組みは非常に大事なことで、推進していくことに異論はありません。
フードロスの削減が環境にいいことはもちろんですが、きちんと食べることで子供たちの栄養になるわけですから食品を無駄にしないようにする第一は、なによりもおいしく楽しく食べてもらうだと考えています。
今でこそ足立区民にはおいしい給食は認知されていますが、事業を開始した当初は誤って受け止められることも少なからずありました。おいしい給食と聞くと、グルメとか高級食材を使うというイメージを抱かれる人もいるからです。
当然ながら、おいしい給食という事業は児童や生徒に贅沢をさせようという発想から始まったものではありません。また、小中学生が好きなメニューといえばカレーやハンバーグ、唐揚げなどが一般的ですが、そうした人気メニューを増やして残菜を減らすといった取り組みでもありません。
そういった小中学生が大好物の献立だけを給食に出していると、児童・生徒の栄養バランスが大幅に偏ってしまいます。それでは食育の意味がなくなってしまいます。
――給食と聞くと、学校のお昼ご飯以上でも以下でもないイメージでしたが、話を聞いているとそれだけではないことを実感します。
松本:小中学生の頃に身につく食習慣や食生活は、成長しても大きな影響を及ぼすと考えています。足立区はおいしい給食に取り組むことで残菜量が減りましたので、次の目標としてすべての世代が健康になることを意識して給食に取り組んでいます。
足立区の給食では、すべての献立を鶏ガラ・昆布・かつおぶしなどでダシをしっかりと取っています。しっかりとダシを取った料理は、食材が持つ本来の味を引き出してくれるので、塩を控えめにしても味をきちんと感じられるのです。
ダシをしっかりと取ることにより、児童・生徒は素材本来の味を知ることになりますし、自分から身体にいい食べ物を選ぶことができる術を自然に会得できるようになります。味覚を育てるのも給食の役割のひとつだと認識しています。
近藤区長は「絶対音感ならぬ絶対味覚」と表現していますが、おいしい給食によって、そうした感覚を養ってほしいのです。
これは小中学生のためだけの話ではありません。小中学生が成長して大人になってもバランスのいい食事・塩分が控えめな食事は健康面で大きく寄与するはずです。また、小中学生が低塩分の食事を当たり前と受け止めるようになると、家庭の食事にも変化が出てきます。こうなると、大人たちの食事にも波及していくでしょう。
おいしい給食で育った足立区の小中学生は、20年後、30年後には大人になります。その小中学生が親になり、今度は自分の子供の食事を考える立場になります。そのときに、健康的な食生活・食習慣のベースがなければ、食事に気を遣うといった視点や考え方が生まれません。足立区のおいしい給食によって、そうした循環が生まれていきます。給食によって、野菜摂取が当たり前になる地域社会が実現するのです。
103ある小中学校全校で異なる給食メニュー
――昨今、食育という言葉は一般的にも定着していますが、足立区のおいしい給食はまさに食事を通じた教育ということになりますね。
松本:給食は栄養補給のほかにも、みんなと一緒に食べることでコミュニケーションを取るという役割もあると思います。また、食べるという行為を通じて調理してくれた調理員・栄養士や野菜や肉・魚といった食材の生産者、そのほかにも材料を運ぶ物流事業者など、私たちが口にするまでにたくさんの人たち関わっていることを学ぶ機会にもなります。
そうした多くの人たちに感謝の気持ちをもってもらいたいという思いと、給食を通じて健康にまつわる栄養の知識を学ぶことが重要です。
足立区の給食は、できるだけ地産地消になるように献立を考えてもらっています。給食では地元で生産されている小松菜の料理も多く出ます。その小松菜が、どうして足立区で生産されるようになったのか? その小松菜はどんな農産物で、どのように食されてきたのか? 給食では、どのように調理されているのか? そんなことを小松菜という食材を通じて自然と学んでいけますし、足立区という郷土の文化・風土、歴史や産業を知ることにもなります。それも、おいしい給食の大事な意義だと考えています。
――2024年の都知事選でも学校給食の無償化が議論されました。最近では国会でも無償化の議論が出ていて、学校給食の重要性は高まっています。足立区では、どのように給食がつくられているのでしょうか?
松本:足立区は区立の小中学校全校で自校方式を採用しています。
2024年4月の時点で、足立区内には公立の小学校が67校、中学校が35校あります。くわえて夜間中学校が1校あります。これら103校すべての学校が自校方式で、献立は各学校で独自に作成されている、つまり103通りの給食メニューがつくられています。
東京23区は、ほとんど自校方式で給食を提供しています。その中でも足立区の特徴的な部分は、必ず1校に1人の栄養士が配置されていることです。
東京23区の区立小中学校は、東京都が一括で採用した教師が割り振られて着任しています。給食の栄養士も同じで、足立区の学校は半数ぐらいが東京都で採用されている栄養士です。しかし、それでは不十分だと判断し、足立区は全校に栄養士を配置するために不足している栄養士を区で独自に採用しています。その栄養士の費用は区の公費で賄っています。
そこまで栄養士を手厚く配置する理由は、必ず栄養士が毎日学校にいることが給食にとって重要だと考えているからです。栄養士が各校に必ず配置されているので、自分が担当している学校給食の様子をつぶさに観察できます。
直に目で見て観察することで、うちの学校の子たちはこういう献立が好きだということを把握できますし、味付けによって残菜に差が出ることも実感できます。それがおいしい給食を支える原動力にもなっています。
各校に栄養士を配置することにくわえ、毎月「おいしい給食検討会」を実施して、各校の献立がどのように作成されているのか? 給食がどのように調理されているのか? といった情報や意見を交換する場も設けています。
田植え・稲刈り体験で食材や調理方法への関心醸成
――先ほど、食育という観点で郷土野菜の小松菜のメニューが出るという話がありましたが、足立区のおいしい給食の特徴的なメニューになっているのでしょうか?
松本:給食は普段の食事、いわゆる家庭では出ないような、食べ慣れていない食材、新しい味に出会うチャンスにもなっています。
小松菜は決して家庭で出てこないような食材ではありませんが、調理法をいろいろと考えることで、家庭とは違った料理になっています。小松菜は毎食の食材としても使われているような感じです。
価格も安定していますし、栄養士がおいしいレシピを必死になって考案してくださっているので、足立区の小中学生に小松菜は大人気です。小松菜づくしの日もあるぐらいです。私の推しメニューも小松菜を使ったメニューです。
また、足立区の給食には新潟県魚沼産のコメを使用する「コシヒカリ給食の日」があります。新潟県魚沼産のコメは全国でも屈指の評判ですが、これも美食やグルメといった観点で提供しているわけではありません。
足立区の中学1年生は自然教室の授業で新潟県魚沼市へ行き、田植えや稲刈りの体験をします。そこで収穫されたコメを小中学校だけではなく、区立保育園でもコシヒカリ給食として提供しているのです。この自然教室は自分が食べている食材や調理方法への関心を高めてもらうことが狙いです。
自然教室が生産者の視点からのアプローチだとすれば、調理側の視点で給食を見ることも重要です。そのため、足立区は給食メニューコンクールを毎年開催しています。
コンクールは区が出すテーマに沿って、児童・生徒が夏休み期間中にオリジナルメニューを考案・作成して、実際に調理して写真やイラストにして応募するという流れです。調理側からの視点でも興味を高めてもらう取り組みを実施しています。
応募資格は足立区内に在学している区立の小中学生で、入賞したメニューは実際に学校給食に出ることもあります。また、入賞者を区役所に招待して区長等から表彰もされます。入賞は児童・生徒にとって誇りになるようですが、なにより保護者が嬉しいようです。毎年応募してくれる児童・生徒もいます。
このメニューコンクールを実施することで、児童・生徒だけではなく、保護者や兄弟姉妹など家庭内での食への関心が高まる機会になっていると感じます。
さらに足立区の成人式、今は「はたちのつどい」という名称になっていますが、そこで同級生が集まると、共通の話題になっているのが給食です。2025年は給食をつくってみたいというリクエストがあり、はたちのつどいの実行委員が栄養士立会いのもとで小松菜づくしの給食づくりにチャレンジしました。
――最近は食材費が高騰しています。給食でも食材費の高騰は悩ましいところだと思いますが、おいしい給食を継続するために足立区ではどんな対策をされているのでしょうか?
松本:最近は物価が高騰していますが、東京23区は全区で給食費を無償化しています。足立区は2023年4月から全区立中学校、10月から全小学校で給食を無償化しました。小中学校で無償化のスタートがずれた理由は、当初は数十億円にもなる給食費の財源をどこから捻出するのかということで、予算のやりくりをしなければならず、そのために小学校と中学校でズレが生じたのです。
無償化以前は保護者に給食費の負担をお願いしていたこともあり、簡単に給食費を上げることができませんでした。給食を無償化したことによって、給食費は区の予算から捻出できるようになりました。
昨今、米価が2倍以上に高騰していますが、足立区では給食の質・量を保つために補正予算を組み、給食の質・量を保っています。給食費は区によって予算が異なりますが、足立区はおいしい給食を継続できるように対応しています。
第2弾が出るほど売れているレシピ本
――足立区役所内の食堂でも、おいしい給食のメニューが提供されているので一般の来庁者でも食べることができます。そのほか、レシピ本も出版されています。
松本:区役所の食堂では、足立区のおいしい給食の一部メニューを提供していますが、足立区の給食が評判になったことから、2011年7月にレシピ本を発売しました。
これまで給食のレシピを知りたいという問い合わせが保護者を中心に寄せられており、栄養士が独自にレシピを保護者などに配るという対応をしていました。区内のみならず区外からもレシピを知りたいという声が大きくなってきたこともありまして、2011年に第1弾のレシピ本を出版しています。
同書は7万部を超えるベストセラーにもなりましたが、歳月が経過したことや給食にも変化が出てきたことを踏まえて2024年12月に第2弾となる『東京・足立区のおいしい給食レシピ』(主婦の友社)を出しました。同書は31献立・87メニューが掲載されていて、区内外から好評をいただき2025年2月には重版が決まりました。
レシピ本が想定した以上に売れたことは喜ばしいことですが、レシピ本を出版した意図はご家庭でも給食を楽しんでほしいという思いがあったからです。食事は基本的に1日3回です。給食は、その1回に過ぎません。家庭で口にする食事の方が回数も量も多いのです。少しでも家庭でつくる食事の参考になればと思っています。
先ほどお話した通り、保護者からの「給食のレシピを教えてほしい」という声がレシピ本を出した大きな理由の1つですが、さらに、区外に転出した子たちや卒業生からの「足立区のおいしい給食をまた食べたい」という声もありました。
また、今回はレシピ本の出版だけではなく、各家庭でも足立区の給食を再現できるミールキットの販売も始めました。ミールキットは誰でも簡単に足立区の給食を楽しめるので、「自分の子は、どんな給食を食べているのか?」と気になっている保護者が購入することもあるようです。
ミールキットはふるさと納税の返礼品にもなっていますので、例えば足立区で育った、地元を離れて生活している人にとっては懐かしい味としてお楽しみいただけます。
――足立区の給食が正式な区の事業として始まってから15年以上が経過しました。その間、おいしい給食はステップアップしてきたわけですが、次に目指しているものを教えてください。
松本:給食を通じて野菜が好きになる児童・生徒も増えています。それを機に農家の方々に学校で授業をしてもらう機会も生まれました。給食を通じて、足立区のPRにもつながっていくと思います。
足立区のおいしい給食は栄養バランスが取れているメニューです。レシピ本とミールキットを発売したことにもつながってくるのですが、栄養バランスの取れた食事を区立の小中学校に通う児童・生徒だけではなく、全世代に広げていきたいと考えています。
おいしい給食が始まって15年以上が経過しているので、当初のおいしいい給食を食べていた児童・生徒は大人になっています。足立区のおいしい給食で育った子たちが、大人になっても健康的な食生活で、健康的な生活を送るようになります。それが次世代にも受け継がれていくのです。今の児童・生徒のためだけではなく、次世代のためにも、給食のよさを足立区全体に広げていきたいと考えています。