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画期的なカシオ“剥がれない塗装”バンド その無限の可能性

2025年に入って早々に、カシオ計算機がG-SHOCKの新作として送り出した「FINE METALLIC SERIES」。腕時計の本体部分は既存モデルを採用する一方、バンドには画期的な発想と技術で作られた「タフシリコーンバンド」を組み合わせたのが最大の特徴だ。

構想15年、開発期間10年とも紹介されるタフシリコーンバンドは、実物に触れると“あらゆる可能性”が感じられた。どう画期的で、これから何が起こるのか。本稿ではカシオの開発陣に話を伺いながら、この新たなバンドに秘められた可能性を探っていく。

対応していただいたのは、カシオ計算機 羽村技術センター 時計BU 商品企画部 部長 チーフプロデューサーの齊藤慎司氏、羽村技術センター 開発本部 機構開発統轄部 第一機構開発部 第2外装開発室 リーダーの安田巧氏、羽村技術センター 開発本部 デザイン開発統轄部 第一デザイン部 Gデザイン室 リーダーの池津早人氏だ。

左から齊藤氏、池津氏(ビデオ会議で出席)、安田氏

塗装が傷つかない2層構造のバンド

「我々が望んでいたもの。技術者の夢だった」(齊藤氏)と言うほどに、今回製品化されたタフシリコーンバンドは、カシオが長年追い求めてきたものだったという。

タフシリコーンバンドは、その名前にあるように、基本となる部分がシリコーン製のバンド。しなやかな装着感が特徴である一方で、素材としてのシリコーンは比較的摩耗しやすく、切り裂き強度に劣るといった弱点もあった。

タフシリコーンバンドの技術の核心は、表側に薄く透明なウレタンシートを被せた、シリコーンとウレタンの2層構造を実現した点にある。

表面の透明なウレタンシートの裏側から塗装することで、塗膜がシリコーンとウレタンの中間に存在する形になっており、塗膜が摩耗や傷から守られるという構造を実現している。これにより、これまで耐久性の面で採用が難しかった色や塗料も採用できるようになる。

今回発売された「GM-5600YM」や「GM-2100YMG」といった製品では、この塗装の自由度を最大限に活かすものとして、メタリック調の塗装(蒸着)にも挑戦している。

タフシリコーンバンド採用第1弾の「FINE METALLIC SERIES」4機種
シリコーンバンドの表面に透明なウレタン層があり、ウレタン層の裏からメタリック塗装が施されている
屈曲に対しても塗膜が追従。表面はウレタン層で、摩耗で塗装が剥がれることがない

メタリック塗装への挑戦と挫折

メタリック調の仕上げは、G-SHOCKがファッションアイテムとして人気を獲得する上でも重要な要素。現在では、本物の金属にIPなどの表面処理でカラーを施し、ステンレスを綺麗なゴールドカラーに仕上げるといった技術も進化しているが、そうしたメタルバンドのモデルはスポーツシーンで使いにくいといった課題があった。

G-SHOCKは本来、スポーツにもガンガン使える軽くてタフな時計なのに、メタルバンドではその良さを活かしにくい……しかし樹脂バンドにメタリックのメッキ塗装をしたものは、すぐに色が剥げてしまう……そうした葛藤、試作と失敗は、これまで社内で幾度となく繰り返されてきたという。

今回のタフシリコーンバンドが製品化されるまでの課程で、常に大きな壁として立ちはだかったのは、ほかでもないカシオ自身が設定した、非常に厳しい“G-SHOCKの品質基準”だ。

いわく、「単純にデザインとしてメタリック調の樹脂バンドを作る」なら、とっくの昔に製品化できていたという。しかし、製品化まで何度も行なわれる、摩耗試験、バンドを限界まで折り曲げる試験など、非常に厳しいG-SHOCKの品質基準をクリアできた例はなかった。社内の技術展示で披露されても、最終試験を通れず製品化されない、ということが繰り返され「15年ぐらい、たどり着けなかった」(齊藤氏)という。

ブレイクスルー「シリコーンとウレタンをくっつけた」

メタリック塗装の夢が実現するにあたってブレイクスルーになったのは、前述の「シリコーンとウレタンをくっつけた」構造にある。この技術自体は、4~5年前に、メタリック塗装とは別の経緯で開発が始まったものだという。

まったく別の素材であるシリコーンとウレタンは、そもそもくっつくのか? それを密着させた2層構造で製造できるのか? 雑談レベルだったというシンプルな疑問をカシオの安田氏がシリコーンの製造メーカーの担当者に投げかけたところ、次に会った時には担当者が「できました」と言って持ってきたという。このメーカーがシリコーンとウレタンの両方に精通していたことも大きいとのことだ。

この“ウレタンカバードシリコン”のベースとなる技術を紹介された当初はバンドに使うことすら考えていなかったというが、表面のウレタン層を薄く、透明にできることや、ウレタン層が凹凸や波形の形状に追従できること、透明なウレタン層の裏側から塗装できることなどが明らかになると、革新的なバンド素材として本格的に開発が進められることになった。物作りに携わっている人ほど「どうやって作ったのか分からない」と言うほど、これまでにない技術になっているという。

夢の実現「剥がれないメタリック塗装」

樹脂バンドのメタリック塗装を“G-SHOCK品質”で実現したい――開発者の積年の想いは、この新しい“ウレタンカバードシリコン”の誕生で日の目を見ることになった。

このバンドは、表面のウレタン層に守られ、(ウレタン層がなくならない限り)理論上は塗装面に傷が付かないため、摩耗や剥がれが大きな課題だったメタリック塗装を、G-SHOCKの品質基準をクリアしながら実現できた。

「見た目だけならメタリック塗装は実現できていましたが、設計者目線では、その時のレベルで商品化しなくてよかった(笑)。今回はG-SHOCKの品質基準を満たして発売できた」(安田氏)。

“ウレタンカバードシリコン”のバンド開発と、メタリック塗装への挑戦は、カシオ社内では別軸で存在していたもの。新バンドの仕様が社内で明らかになり、さまざまなデザイン案が登場する中、第1弾に選ばれたのがメタリック塗装だった。

実はこのメタリック塗装、“ウレタンカバードシリコン”のバンドで実現できる塗装の中でも、最も難易度が高いという。シルバーとゴールドの2色がラインナップされているが、どちらもまずシルバーの蒸着が施され、そこからわずかに色の付いたクリアカラーを重ねることで調色し、メタル素材である時計本体ケースの発色と同じになるよう微調整が繰り返された。

右が試作段階のシルバー。同じシルバーでもわずかな調色の違いで見え方が異なる

バンド表面のデザインも、メタリック塗装に合わせたものが採用されている。しかも、あえて凹凸の数などを減らし、メタリックな鏡面仕上げを強調する、平滑面の多いデザインに挑戦した。メタル素材のように研磨で表面を微調整するといった後工程は存在しないため、歪みのない綺麗な平滑面を実現するには精密な製造が必要で、製造技術の確立にも多大な苦労が払われた。

バンドを横から見ると、表側のウレタンと裏側のシリコーンの境目が見えるが、「横から見たデザインにもこだわった」(池津氏)というように、ケースのデザインとつながるように意識して調整されている。

ほかにも、しなやかなシリコーンのバンドに上質感を加えるため、バンドは従来よりも1mm厚い仕様。この厚さに対応する遊環と尾錠はメタル素材を採用しており、バンドと本物のメタル素材が違和感なく共存できるという自信の表れにもなっている。

「メタルケースからバンドにつながる部分で色や質感が違っていると、一体感がまるでない時計になる。クオリティが高くないと売れない。一番難しいものが最初に出た形」(齊藤氏)と、難しい挑戦だったと振り返る。

一方、「120%の出来映え。ここまで仕上げたか、と思った」(齊藤氏)というように、想像以上のクオリティで製品化できたとし、設計やデザインの担当者が奮闘したことに賛辞を贈っている。

「広大な可能性が目の前に広がっている」

革新的な2層構造で塗装が剥がれない「タフシリコーンバンド」。その名前に「メタリック」が入っていないのは、このバンドの特徴はメタリック塗装に限ったものではなく、さまざまな色で展開できる可能性を秘めているためだ。「これはデザインのための技術だと思った」(池津氏)と語るように、デザインの現場でも大きな可能性を感じているという。

「これまで混色、塗装、印刷と、さまざまなことをやってきたが、ウレタンの裏面への加色なら、今までやってきたことが全部できる。これまで窪みに印刷することは難しかったが、これ(タフシリコーンバンド)ならできる。これまでできなかったことが、どんどんできる。蒸着をからめたメタル感のある印刷でもいい。楽しいもの、ユニークなもの、あるいはもっと違うものもできる。今までのG-SHOCKの進化にもヒントが隠れている」と池津氏はデザイナーの観点からさまざまな展開ができると語る。「広大な可能性が目の前に広がっている」(池津氏)。

カジュアル路線でなく、機能性を持たせることも技術的には可能で、「ウレタン層に機能的な付加価値を持たせることができれば、カジュアル路線だけでなく、機能推しのカテゴリー(例えばMASTER OG Gなど)にも展開の可能性が出てくると思う」(池津氏)としている。

では、この薄いウレタン層で表面をカバーするという技術は、バンド以外、例えば時計の本体ケースにも応用できるのだろうか? 齊藤氏は「これから技術開発を進めることになるだろう。ケースは複雑で高低差も大きく技術的な難易度は上がるが、(設計・開発陣に)期待したい」と、さまざまな可能性があることを語っている。

「私の立場では、新しいものを出しなさいと部下に言うが、ではそれは何なのか。おしゃれな物なのか、トレンドを採用した物なのか。ただ、すでに目の前にあるものはもう新しくない。見たことのないものを作るのが、間違いがない。それに可能性を感じられるか、いけると思えるか。長い間チャレンジし続けてきたが、タフシリコーンバンドはそのひとつになった。世の中の人が見たことのないもの、どうやって作ったんだ? と思えるものになった。例えばファッション業界の人がみても、新しいと思ってもらえるのではないか。若い人たちに向けた商品にも落とし込めるだろう」(齊藤氏)。

メタリック塗装への執念、偶然に近いきっかけを経て誕生したシリコーン×ウレタンの異素材バンド、そして“G-SHOCK品質”を貫き通す覚悟――話を伺って感じたのは、ユーザーの想像をはるかに超えたタフ性能へのこだわりが社内で技術や品質を磨き上げ、画期的な製品に結実したという点だ。

少し皮肉なのは、実際の製品が本物のメタルバンドのように見えてしまうため、「シリコーンバンドにメタリック塗装」という特徴が、店頭などで伝わりづらくなっていることだろうか。とはいえ、タフシリコーンバンドの展開は始まったばかり。今後のさまざまな可能性や広がりで、驚きを見せてくれることに期待したい。

太田 亮三