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「パナソニック」は消滅し、テレビは売却されるのか?
2025年2月12日 08:15
2025年2月4日に行なわれたパナソニックホールディングスの2024年度第3四半期決算説明会における同社・楠見雄規グループCEOの発言が大きな波紋を巻き起こしている。
楠見グループCEOは、「パナソニック株式会社を、2025年度中に発展的に解消する」、「テレビ事業を売却する覚悟はある」と発言したが、この言葉が一人歩きして、混乱を招く形で、受け取られてしまったからだ。
一部報道では、パナソニックブランドが無くなるといった誤解を招いたり、テレビ事業の売却を前提とした記事が掲載されたりするなど、楠見グループCEOの発言の意図とは異なる記事が散見されたためだ。
パナソニックグループでは、2月4日に、「本日の一部報道について」と題して、「テレビ事業を含む課題事業に関して、抜本的な収益構造の変革に向け、あらゆる可能性を視野に検討しているが、売却・撤退も含めて現時点で決定している事実はない」という内容でニュースリリースを配信。さらに、2月5日にも、「一部報道について」というニュースリリースを配信し、「パナソニックの社名およびブランドの使用について一部誤解を招く報道があった」とし、「パナソニック株式会社の再編を主旨としており、パナソニックグループを解散することはない」、「パナソニックのブランドはグループの重要な経営資産であり、この大切なブランドのもとで、未来にわたってお客様や社会に貢献し続ける企業構造へと変革する」と、誤解の火消しに奔走することになった。
「パナソニック株式会社を25年度中に発展的に解消」の意味
では、パナソニックが消滅し、テレビ事業が売却されるという誤解を招いた楠見グループCEOの発言の真意はどう理解すればいいのか。
2月4日午後5時30分から開催された2024年度第3四半期決算説明会は、当初、楠見グループCEOの登壇予定はなかった。午後3時過ぎになって、コーポレート広報センターから、楠見グループCEOが登壇することが通知され、1時間で設定されていた会見時間が、1時間30分へと延長となり、楠見グループCEOによる「グループ経営に関する説明」を追加することが通知された。
説明会では、梅田博和グループCFOにより、10分強に渡る2024年度第3四半期の決算内容について報告が行なわれたあと、楠見グループCEOが、10枚の資料を使って、約15分間に渡り、「グループ経営改革」と題した施策を説明し、残りの時間をメディアおよびアナリストからの質問時間に充てた。
グループ経営改革の骨子は、テレビ事業をはじめとする4つの「課題事業」と、家電事業をはじめとする3つの「再建事業(事業立地見極め事業)」を、2025年度中に方向づけすること、2028年度には、グループ全体の調整後営業利益で3,000億円の改善を目指すこと、そして、2028年度にはROEで10%、調整後営業利益率で10%以上とする新たな経営指標も示された。
このなかで打ち出したのが、パナソニック株式会社を、2025年度中に発展的に解消するということだった。
パナソニック株式会社は、社内では「パナ株」や、パナソニックコーポレーションを意味する「PC」といった略称で呼ばれており、白物家電事業を担当するくらしアプライアンス社、エアコンや空気清浄機を担当する空質空調社、コンビニなどに設置されるショーケースをはじめ、食品流通を担当するコールドチェーンソリューションズ社、照明や電材を担うエレクトリックワークス社の「分社」で構成される。さらに、中国市場でのビジネスを行なう中国・北東アジア社もここに含まれる。
今回の発表は、先に触れたように、これらの事業を担当するパナソニック株式会社を、2025年度中に発展的に解消。傘下の分社を事業会社化するというものだ。
パナソニックグループは、2022年4月から、事業会社制を導入。パナソニックコネクト、パナソニックインダストリー、パナソニックエナジーなどの事業会社を設置している。
パナソニック株式会社は、これらと横並びの存在であったが、今回の再編では、このパナソニック株式会社を解消し、その下にある分社を、事業会社として引き上げ、他の事業会社と横並びに位置づけることになる。
新たに設置する事業会社は、パナソニック株式会社の傘下にあったくらしアプライアンス社、中国・アジア社に加えて、テレビ事業やデジカメ事業などを担当しているパナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社と家電販売部門を統合し、「スマートライフ株式会社」(仮称)を設立。パナソニックグループのなかで唯一、B2Cを担当する事業会社となる。
また、空質空調社とコールドチェーンソリューションズ社をひとつの事業会社として再編し、新たな事業会社として「空質空調・食品流通株式会社」(仮称)を設立する。コールドチェーンソリューションズ社社長の片山栄一氏が、2024年7月に、空質空調社の社長に兼務する形で就任しており、この再編に向けては半年前から準備が進んでいたともいえる。
そして、現在のエレクトリックワークス社は、そのまま、「エレクトリックワークス株式会社」(仮称)として事業会社化される。
持株会社であるパナソニックホールディングスと分社との間に、事業会社のパナソニック株式会社が存在していたが、これがなくなり、3つの事業会社に再編。それぞれの事業会社ごとに自主責任経営を行なうことになる。
この結果、事業会社のパナソニック株式会社は解消されるが、持株会社であるパナソニックホールディングス株式会社はそのまま存続する。つまり、パナソニックを冠した社名は残り、パナソニックブランドもそのまま使用されることになる。
会見では、「パナソニック株式会社の名称を残すかどうかについては、まだ議論ができていない。具体的なことはこれから決める」としたが、これはあくまでもパナソニック株式会社の話であり、パナソニックホールディングス株式会社の話ではない。
ただ、パナソニック株式会社は、松下電器産業株式会社からの歴史を持つ社名と位置づけることができる。代表的ともいえる社名の会社が無くなるという点では、大きな出来事であるのは間違いない。
もちろん、未来永劫、この社名を使わないわけではないだろう。現時点で、仮称としているスマートライフ株式会社を、パナソニック株式会社とし、名称を存続させるという選択肢もないわけではない。
とはいえ、パナソニックというブランドは、いまや家電だけのブランドではなく、B2B事業でも幅広く活用されているブランドだ。その観点からすれば、特定領域の事業を担当する事業会社にパナソニック株式会社という社名が使いにくくなっているのも事実だ。
再編の狙いはシナジー創出
パナソニック株式会社の発展的解消と、事業会社化による再編の最大の狙いは、シナジーの創出である。
パナソニックグループでは、2024年度を最終年度とする中期計画で、3年間の累積営業キャッシュフローで2兆円、累積営業利益で1兆5,000億円、ROEでは10%以上という目標を打ち出したものの、達成できる見込みなのは、累積営業キャッシュフローだけである。
それに対して、日立製作所が2024年度を最終年度とする中期経営計画を、2025年1月に改めて上方修正し、力強い内容で着地を迎える見通しであること、ソニーグループは2024年度から新たにスタートした中期経営計画で、初年度から通期見通しを上方修正するといった好調ぶりを示している。ソニーの時価総額は21兆円強、日立の時価総額は18兆円強。それに対して、パナソニックホールディングスは4兆円強に留まる。
楠見グループCEOは、現在のパナソニックグループの状況を「危機的状況」と表現するのもうなずける。
この大きな差を生んだ要因のひとつに指摘されているのが、シナジー創出力の違いだ。
ソニーグループは、ゲーム&ネットワークサービス、音楽、映画のエンターテイメント3事業でのシナジーが、利益の創出に直結。たとえば、アニメ「鬼滅の刃」では、映画や音楽、ゲーム、グッズ販売などにも展開し、事業を拡大。こうしたことが、様々なコンテンツにおいて、グローバルに展開されている。
また、日立製作所は、Lumadaを中核に、デジタルシステム&サービス、グリーンエナジー&モビリティ、コネクティブインダストリーズの3セクターの事業が連携。2024年度には、全社売上収益の30%、全社Adjusted EBITの40%をLumadaが占める見通しだ。ソニーはB2C、日立はB2Bだが、いずれも事業を超えたシナジーによって、成長を加速してきた。
だが、パナソニックグループのシナジーの成果は極めて限定的だ。
2024年秋に、楠見グループCEOに単独取材をした際に、パナソニックグループにおいてシナジーが進まない課題について聞いてみた。
楠見グループCEOは、「パナソニックグループは、『縦軸』が強すぎる体質を持っている。また、グループ全体で共通した技術シナジーがなく、B2CとB2Bの2つの異なる顧客層に対して、シナジーが生まれにくい状況にある」と指摘していた。
だが、その一方で、「これまでシナジーが創出できていないということは、チャンスはまだまだあるということ」と前向きにコメント。「B2Bのお客様に対して、様々な製品を提供するといったように、顧客軸でのシナジーを行なう必要がある」とも述べた。
今回のパナソニック株式会社の解消により、売上高全体の4割以上を占める事業会社がなくなり、大きな壁が取り外されることになる。とくに、パナソニック株式会社のなかにあったB2Bを担当する空質空調・食品流通株式会社や、エレクトリックワークス株式会社では、B2B領域の他の事業会社との連携を進めやすい土壌が生まれる。
今回の会見でも、楠見グループCEOは、「パナソニック傘下のエレクトリックワークス社と、パナソニックコネクトの現場ソリューション事業が連携し、顧客起点での提案が進んでいる。また、パナソニック傘下のコールドチェーンソリューションズ社の米国ハスマンと、パナソニックコネクトのBlue Yonderでは、食品小売業の共通の顧客を対象に、フードサプライチェーンの視点での新たな価値創出に期待できる」と、具体的なシナジーの事例をあげてみせた。
事業会社の枠を超えたシナジー創出を促進することが新たな体制に求められた成果である。それが、パナソニックグループが、危機的状況から抜け出し、力強い成長へとシフトするためのエンジンになる。
聖域から外れたテレビ。「売却覚悟はある」発言の真意
今回の説明において、もうひとつの重要な発言が、テレビ事業に関するものである。
パナソニックグループでは、成長が見通せず、ROIC(投資資本利益率)がWACC(加重平均資本コスト)を下回る事業を「課題事業」と定義しており、現時点では、産業デバイス事業、メカトロニクス事業、キッチンアプライアンス事業、テレビ事業の4つの事業が、それに該当している。
楠見グループCEOは、「これらの事業については、商品や地域からの撤退や、ベストオーナーへの事業承継を含む抜本的な対策を講じ、2026年度末までには課題事業を一掃する」とコメント。さらに、「売却を決めたわけではないが、テレビ事業を売却する覚悟はある」と発言した。
この発言が、テレビ事業の売却というストレートな形で伝わってしまった。
また、このとき、楠見グループCEOが、「私自身、テレビ事業に携わってきた経緯があり、センチメンタルなところもある」と発言したことも、テレビ事業の売却を決意したとの見方につながってしまった。
だが、パナソニックグループのテレビ事業の売却には、乗り越えなくてはならないいくつかの課題がある。
現在、パナソニックブランドのテレビのモノづくりの状況を見ると、自社パネルの生産からは撤退し、外部からの調達となっているだけでなく、カスタムLSIも設計しているが、自社生産は行なっていない。また、AmazonのFire TVをOSに搭載しており、このラインアップを拡大する方針を示している。さらに、下位モデルについては、すでに海外のODM/OEMメーカーから調達するという手を打っている。
つまり、パナソニックブランドのテレビとして独自性の部分は少なくなっているのだ。
こうした状況だけに、楠見グループCEOも、「いまのパナソニックのテレビ事業の売却を受けてくれる企業もないだろう」と自嘲気味に語る。買い手がなければ、売ろうにも売れない。
2024年度の前半までは、テレビ事業は、「聖域」として扱っていた部分があったのも事実だ。
2024年5月の取材時点で、楠見グループCEOは、「家電のフルラインアップ戦略を進めるという点では、テレビは例外的に見なくてはならないと考えている。赤字を出さず、白字(ブレイクイーブン)であれば事業を続ける。家電全体のなかで、どうROICを達成するかを考え、他の事業とは別の再建ストーリーと締め切りを設定している」と述べていたからだ。
家電事業全体のなかでテレビは欠かすことができない商材であり、テレビ単体で収益が出なくても、家電全体で利益がでればいいという考え方があったのは確かだ。
楠見グループCEOが、そう語ってきた背景には、パナソニックブランドの家電を扱っている地域家電店「パナソニックの店」への影響を考慮した点が見逃せない。
地域家電店では、テレビを家庭の中心に据える商材として提案し、それを軸にビジネスを展開してきた。パナソニックブランドのテレビである「VIERA(ビエラ)」は、パナソニックの店にとって、中核商品として欠かせないものなのだ。
楠見グループCEOも、2024年5月の時点では、「テレビを他社から調達して、ブランドだけをパナソニックに変え、販売店に卸すという手もあるが、それでは、価値のある商品を販売することに取り組んでいる地域の専門店に対して、期待される商品を届けることができない」と語っていた。
しかし、今回発表したグループ経営改革においては、テレビ事業も聖域から外れ、改革の対象とする姿勢が明確に示されたといえる。
では、パナソックブランドのテレビが無くなっても、同社の家電ビジネスは成り立つのだろうか。
実は、すでにその仕組みを実現している企業がある。それが、日立ブランドの家電事業を行なう日立グローバルライフソリューションズ(日立GLS)である。
日立製作所は、2012年にテレビの自社生産を終了。2018年には、独自ブランドの「Wooo」によって展開していたテレビ事業を終了した。この時点で、50年以上続いてきた日立のテレビはなくなった。
その一方で、2018年からは、日立の地域家電店である「日立チェーンストール」で取り扱いを開始したのがソニーの「BRAVIA」である。日立GLSとソニーマーケティングは、アフターサービス領域における一部地域での出張修理サービス体制の相互活用や、両社の物流倉庫の統合をはじめとした共同物流への取り組みを開始しており、家電領域における結びつきが強い。
このように、地域家電店において、他社ブランドのテレビを扱うことでの成功例が存在しているのだ。
一方で、これまでは、スマートホームの実現において、テレビは重要な役割を担ってきたが、それも変化しようとしている。
日立GLSのケースをみると、日立の家電と、ソニーのテレビが連携する機能は搭載されていない。だが、日立の家電は、スマホのアプリを活用して様々な付加価値サービスを提供しており、これによって、家電のスマート化を推進している。つまり、テレビを中心に考えられていたスマートホームの考え方が、スマホを中心としたスマートホームの実現へと変わってきているのだ。
国内テレビ市場においてトップシェアを誇るシャープは、パネル生産から撤退し、コモディティモデルは中国のODM/OEMメーカーを活用する仕組みへとシフトしたが、高付加価値モデルは自社工場で生産している。
2月7日に行なわれた2024年度第3四半期決算発表の席上、シャープの沖津雅浩社長兼CEOは、「国内では、XLEDおよびOLEDモデルが引き続き堅調に推移した。海外では米州、欧州、アジアなどで、コスト競争力があるモデルが好調だった」と報告。その上で、「国内テレビ事業は、25~30%のシェアを維持し、利益を確保できる体制を目指す。そのために付加価値の高い商品を継続的に発売していく。付加価値モデルの比率をできるだけ高め、AI技術の活用などにより、テレビ放送を視聴すること以外の活用提案も検討していく」と、付加価値戦略をベースに、テレビ事業を維持する姿勢を明らかにしている。
テレビ事業を売却し、テレビを他社から調達して供給する日立方式となるのか、それともさらなる構造改革によって再建し、自社ブランドで展開するシャープ方式となるのか。さらに、現在、パナソニックが下位モデルで行なっている、ODM/OEMメーカーから調達しながらも、パナソニックブランドで販売するという方法を、全ラインアップに拡張するという判断も可能だろう。
国内では、「家電の王者」とさえ言われるパナソニックが、家電事業の中核とされたテレビ事業を巡り、大きな岐路に立たされているのは確かである。