鈴木淳也のPay Attention
第239回
モバイル免許証を見据えた「クルマウォレット連携」にみる未来の潮流
2025年3月13日 08:20
トヨタ・コニック・アルファは3月12日、JCB協力の下でモバイル運転免許証(mDL)とUWB(Ultra Wide Band)/BLE(Bluetooth Low Energy)を使ったドライバーと車のデータ連係を行なう「クルマウォレット連携」の実証実験を開始した。
今回、実証実験が行なわれている九州大学の伊都キャンパスでその模様を先行取材することができたので、技術的背景と狙いを合わせて紹介したい。
「クルマから個人を切り離す」
先日、FeliCaならびにフェリカネットワークスが現在取り組んでいる「学生証プラットフォーム」について紹介したが、そこで触れた「DIW(Digital Identity Wallet)」や、運転免許証などの身分証明書をスマートフォン内に格納してやり取りするための国際標準「mdoc/mDL」といった概念の延長線上に今回の実証実験はある。
コネクティッドカーということで自動車がネットワークに接続され、その内部機構である「ECU(Electronic Control Unit)」も年々高機能化、そしてインテリジェント化しつつある。このように車自体が高機能化する一方で、車自体を誰が所有し、それら機能をどのように管理するかという課題が出てきている。
具体例を挙げれば、コンテンツや決済機能がいいサンプルだろう。移動中にお気に入りの楽曲を聴きたいというニーズはあるが、昔であればCDなどを換装していた。現在ではCarPlayやAndroid Autoといったスマートフォン内のコンテンツやアプリを車と接続することで利用できるようになっている。
では決済はどうか。ドライブスルーやガソリンスタンドの支払いではクレジットカードやスマートフォンのウォレットに格納した決済情報を用いている方が多いと思うが、車そのものに決済機能を搭載して、これらの支払いを車から行なえる「Mercedes pay」のようなサービスが登場していたりする。
ただ後者の場合、基本的には自身が所有する車であることを前提としている。
近年広がりつつあるカーシェアや、レンタカーの利用など、今後自動運転車の時代を見据えて所有の概念が曖昧になっていくことを加味すれば、決済など個人にまつわる情報は車から切り離し、自身が所有して持ち歩く「モバイルウォレット」に格納した方が適切なのではないか……「クルマウォレット連携」はその考えの延長線上にある。
mDL+UWB/BLEを用いた実証実験のポイント
この図は、主にレンタカーなどでの利用を想定したものだ。
ユーザーAのスマートフォンには運転免許証や各種支払いを行なうための決済情報、レンタカーを利用するためのデジタルの自動車の鍵が含まれている。一方で、今回の実証実験で利用するレンタカー内部の「クルマウォレット」にはレンタカー関連サービスを利用するための「駐車券」「ガソリンスタンドでのあと払い精算券」「車両情報」といった情報が含まれている。
ハンバーガーのロードサイド店のドライブスルーや駐車場、ガソリンスタンドに出向くことで、これら情報を用いた支払いが可能になるという流れだ。またレンタカーは時間が終われば返却されるので、次にレンタカーを利用するユーザーBのスマートフォンと接続され、今度はユーザーBの情報と「クルマウォレット」が連携することになる。
今回の実証実験でのポイントは次の3つだ
- UWB/BLEによる測距とmDLを活用したドライバーの特定
- UWB/BLEによるクルマ・店舗間のジャストタイム連携
- クルマウォレットを活用した自己主権型データ連携
まず、車を動かして各種サービスを利用するために、連携先のスマートフォンの所有者が運転席にいなければいけない。車内の位置情報をUWB/BLEで正確に測定し、mDLの運転免許証情報を確認することで初めてレンタカーが利用できる。このUWB/BLEによる位置測定は車自体の正確な位置情報の測定にも用いられており、例えばドライブスルーで店舗敷地内に進入したとき、GPSではなくUWB/BLEを用いることでより正確な位置情報を取得できるため、商品を渡すためのドライバーであることを店舗側は確実に知ることができる。
そして最も重要なのが“自己主権型データ連携”の部分だ。DIWの概念にも通ずるが、あくまで利用者が許可したときのみ必要な情報が相手に提示される。
実証実験の流れ ウォレットからハンバーガー購入や給油の決済
以下、写真で順番に流れを追っていく。今回の実験で用いられたトヨタのシエンタには内向きに4つ、外向きに4つUWB/BLEモジュールが取り付けられており、計8つのモジュールを駆使して内部のドライバー(スマートフォン)の位置情報のほか、外部のサービスと連携するための測距を行なっている。
シエンタにはUWB/BLEモジュールが装着されるほか、起動時はデジタルキーを確認。mDLで格納された運転免許証により、本人を確認して同意を取得。「クルマウォレット」でハンバーガーを購入したり、レンタカーの給油の支払いなどを実現する。
数年先を見据えたモバイルウォレットの新しい潮流
先の3つのユースケースにあるように、「mdoc/mDL」「UWB」「自己主権型データ連携」といったキーワードが鍵となる。
2025年初夏までにはiPhoneにマイナンバーカードが搭載されるが、この格納形式はmdocベースになることが決まっている。すでに米国では一部の州で運転免許証(DL)や州ID(State ID)のiPhone搭載が進んでいるが、これもmdocベースであり、マイナンバーカードもまたこの流れに準拠するものとなる。
日本国内の運転免許証のiPhone対応についてはまだ先の話となるが、将来的に警察庁が何らかの形でmdoc/mDLを進め、iPhone搭載が可能になると考えられる。
現在、欧州を中心に「DIW(デジタルIDウォレット)」の議論が進んでいるが、「自己主権型データ連携」の概念はそこでのポイントとなる。あくまでデータを所持し、管理するのはユーザーが主体であり、今回の実証実験でもその点が検証されている。ただ、DIWの標準的な形についてはまだ議論がまとまっておらず、どちらかといえば手探りに近い状態だ。
今回は考え得るユースケースを設定し、その際にDIWとしてどのような情報を保持し、どうやって利用していくかを具体的に実装してみることで、得られたフィードバックから将来的に必要な形を模索していく前段階にあるといえるだろう。
そして最後のポイントがUWBだ。本連載でもたびたび触れているが、各メーカーはNFCの次の技術としてUWBに熱い視線を注いでいる。
NFCと同じような使い方を想定したとき、デメリットとしては「バッテリ駆動型デバイスでの利用が前提」という点と「現状ではモジュールがこなれておらず、やや高価」の2点が挙げられる。
前者はプラスチックカードのような形ではなく、スマートフォンからの利用を考えれば問題ない。後者については今後AirTag以外の用途が広がり、対応デバイスの数が増え、価格が下がるようになることで一定を解決を見るだろう。何よりメリットである「正確な位置測定」「距離が多少離れていても通信可能」という特性が大きい。
今回の実証実験では「正確な位置測定」の特性がフルに活用されている。センチメートル単位の誤差で位置を測定できるため、デバイスの位置測定になにより効力を発揮する。特に自動車業界ではリモコン形式の自動車の鍵がリレーアタックのような脆弱性で破られた経緯もあり、“本物”の鍵を持つドライバー本人と自動車の位置関係を正確に把握するためにUWBの積極活用が始まったという背景がある。
今回は車内での位置情報測定に用いられているが、キーレスエントリーな仕組みも含め、UWBの実装に最も熱心な業界の1つといえる。
そして次のステップが「距離が多少離れていても通信可能」という特性を用いたデータ通信だ。
現状でiPhoneのUWB機能は「測距」にしか用いることができない難点がある。これはiOSのAPIの制限だが、ある情報源によればAppleは現在UWBを用いたセキュアなデータ通信を可能にすべく研究開発を進めており、例えばNFCを使ってApple Payによる決済が可能なように、Apple Walletなどに登録された情報をUWBを使って多少離れた場所からでも対向となるデバイスとやり取りが可能になるという。
これにより、例えば手に持ったまま、あるいはポケットなどにiPhoneを入れた状態でも、各種の支払いや本人確認が可能になり、改札でのウォークスルーへの応用も考えられる。GoogleもまたAndroidで同様の仕組みを検討しているといわれるが、今回の実証実験でトヨタ・コニック・アルファに技術協力を行なったJCBやimagoが以前に発表していた「近づいてチェック」のような取り組みもあり、将来的に新しい潮流が生まれつつある。