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2025年の「宇宙開発」 日本と世界の動向は?
2025年1月7日 08:20
2024年、日本はついに月面着陸を達成し、新型基幹ロケット「H3」の試験機打上げ成功と運用を開始しました。米国が主導する国際月探査計画「アルテミス計画」の参加国として、米国に次いで日本人宇宙飛行士を月面に着陸する機会も手にしています。人工衛星の開発、運用から民間を含めた宇宙輸送システムの開発、宇宙探査まで取り組んだ年となりました。
そして2025年は日本と世界の宇宙活動はどうなっていくのか、打上げ計画を中心に見ていきましょう。
1月~3月:トランプ政権下のNASAに注目
米国でドナルド・トランプ氏がふたたび大統領に就任します。トランプ氏は、NASA長官に実業家でSpaceXのクルードラゴンによる民間人初の船外活動を行なったジャレド・アイザックマン氏を指名しており、総額250億ドルという世界最大規模の宇宙機関を率いるトップとして41歳のアイザックマン氏が就任する見通しです。
I am honored to receive President Trump’s@realDonaldTrumpnomination to serve as the next Administrator of NASA. Having been fortunate to see our amazing planet from space, I am passionate about America leading the most incredible adventure in human history.
— Jared Isaacman (@rookisaacman)December 4, 2024
On my last mission…
1期目のトランプ政権では、「アルテミス計画」による月面有人着陸の再開を2024年を目標に進める、スペースデブリ対策の大統領令を出すなど、宇宙探査や宇宙環境の改善を推進しました。
このときNASA長官を務めた元下院議員のジム・ブライデンスタイン氏は、気候変動対策に否定的なトランプ氏の意向を反映してNASAの地球科学部門の縮小をはかるのではないかという就任前の懸念を覆し、地球科学部門と融和的な方針を持ちつつ、SpaceXによる民間有人宇宙輸送を実現するといった成果を上げてリーダーシップを発揮しました。
アイザックマン氏は、天文学の分野で老朽化が進むチャンドラX線望遠鏡について支持を表明しており、予算削減に手を打つことを示唆しています。
宇宙科学の推進には期待できる一方で、開発の大幅な遅延からNASA予算の巨大な足かせとなっている「SLSロケット」の開発に何らかの手を打つのではないかともみられています。とはいえ、SpaceX率いるイーロン・マスク氏との関係の深さが利益相反を招くのではないかとの懸念もあり、動向は非常に注目されています。
1月ごろ、NASAの月探査機「Lunar Trailblazer(ルナ・トレイルブレイザー)」と民間企業Intuitive Machinesの「IM-2(Nova-C着陸機)」が打上げ予定です。
「月には水がある」とされていますが、ではどこに、どのような形で存在するのかということには不明の部分が多くあります。過去の月の火山活動でできた地下の水や、小惑星や彗星の衝突でもたらされた水など起源によって性質が異なり、「水氷」(メタンなど他の物質が凍った状態と区別するために、H2Oが凍ったものを「みずごおり」と呼びます)と呼ばれる凍った状態なのか鉱物と結びついた状態なのかということも調査する必要があります。
将来の月面有人長期滞在の際に水を資源として利用するならば、水の形態の解明は不可欠です。ルナ・トレイルブレイザーは、高感度の赤外センサーで水の形態を区別することができる機能を持ち、月の水資源探査に重要な役割を果たします。
NASAはルナ・トレイルブレイザーで月軌道から、ローバーの「VIPER」で月面からと重層的に月の水資源を探査する計画でしたが、2025年打上げ予定だったVIPERが開発中止となったため、周回探査の比重が重くなってきています。
Intuitive Machinesは、NASAの民間月探査プログラム「CLPS」(商業月面輸送サービス)に選定された企業で、2024年頭に続いて2回目の月面着陸を目指します。
最初のIM-1ミッションでは着陸機が転倒してしまいましたが、各国の民間企業や大学などが開発した地下の水氷を採取する装置やホッピング式のローバー、4Gセルラー接続の実証機など月探査機器を搭載したIM-2は、月南極域への着陸に挑戦し、成功すれば民間企業で始めての月面着陸成功となります。
同時に水氷発見の可能性もあるのです。このNova-C着陸機には、日本の企業ダイモンが2輪式の超小型ローバー「YAOKI」を搭載する計画です。重量498g、15×15×10cmというYAOKIは、これ自体が月面で実験を行なうためのプラットフォームとして機能し、センサーなどを搭載することができます。
2024年1月に月面着陸を達成したJAXAの「SLIM」には、タカラトミーとソニーが開発した超小型ローバー「Sora-Q」が搭載されていました。民間企業による超小型ローバーという新たな探査手段が開けることが期待できます。
1月後半には、NASAのCLPSミッションが続きます。Firefly Aerospace開発による「Blue Ghost(ブルー・ゴースト)」着陸機が月面GNSS受信機実験(LuGRE)などNASAの科学機器を10台搭載し、初の月面着陸ミッションに挑みます。
SpaceXのFalcon 9ロケットで打ち上げられるこのミッションに、日本のispaceが開発した「RESILIENCE(レジリエンス)」着陸機も相乗りとなります。同じロケットで民間企業による2機の月面着陸機が同時に打ち上げられるのは初めてだといいます。
一緒に地球を出発する2機ですが、ブルー・ゴーストは45日で月面に到達、レジリエンスは航行でのエネルギー消費が少ない軌道を利用するため、4~5カ月後に月面着陸を行なうとのことです。
3月以降にはJAXAの大西卓哉宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS)第72/73次長期滞在ミッションに出発します。ミッション期間の後半の第73次長期滞在では、コマンダー(船長)に就任の予定で、日本人として若田光一さん、星出彰彦さんに続いて3人目のコマンダー就任となります。
搭乗はクルードラゴン10号機で、NASAのニコル・エアーズ宇宙飛行士、アン・マクレイン宇宙飛行士、ロシアのキリル・ペスコフ宇宙飛行士が共に搭乗します。
第73次ミッションでは、生命科学や材料、有人宇宙技術や超小型衛星放出、ISS内を飛び回るロボットカメラ「JEM船内可搬型ビデオカメラシステム実証2号機(Int-Ball2)」などの実験が予定されています。
インドは、3月1日に開発中の有人宇宙船「Gaganyaan(ガガニャーン)」の無人飛行試験を実施する可能性があります(インドTV局News18による報道)。
ガガニャーンは2026年に有人飛行を目指すインド独自の有人宇宙船で、クルーモジュール(CM)とサービスモジュール(SM)で構成され、3名が登場し7日間地球周回飛行が可能になる計画です。
無人飛行試験では、高度400kmの地球低軌道を飛行し、海上に着水する計画でインド宇宙研究機関(ISRO)は、インド海軍とのCM回収に向けた共同訓練の様子を12月6日に公開しました。
このほか、SpaceXは1月の「Starship」7回目の試験飛行からさらにスターシップ開発を加速します。2段スターシップは、2025年中にアルテミス計画の月面着陸機「HLS」の機能獲得に向けた、地球低軌道上での推進剤補給実証を行なうとみられます。
またSpaceXに続いてアルテミス計画のHLSとしてNASAとの契約を獲得した、ジェフ・ベゾス氏率いるBlue Originは、New Glenn(ニューグレン)ロケットによる月面着陸技術実証機「Blue Moon」打ち上げを計画しています。
とはいえ、2024年12月27日の時点でニューグレンロケットは1号機の打ち上げを実施していません(計画では2024年12月中)。2号機にあたるブルームーン打ち上げは1号機の結果次第ということになるでしょう。
4~6月:H-IIAラストフライト
5月には中国初の小惑星サンプルリターンミッション「天問2号(Tianwen-2)」打上げが計画されています。日本の「はやぶさ」「はやぶさ2」、米国の「OSIRIS-REx」に続き、地球近傍小惑星「469219(カモオアレワ)」へ2026年にランデブーして表面の物質の採取に挑みます。
カモオアレワは「準衛星」と呼ばれる、月のように地球の周りを回っているように見える天体のひとつです。さらにカモオアレワミッションの後、2034年にはメインベルト彗星「311P/パンスターズ」のフライバイ探査を行ない、1機で複数の天体を探査するマルチミッションに挑む計画です。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書に基づいて、炭素排出量削減に対する日本の貢献である「温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)」が打ち上げられます。
2009年から日本が運用してきたGOSAT(いぶき)、GOSAT-2(いぶき2号)の流れにGCOM-W(しずく)の機能も加わり、世界の温室効果ガス排出をモニタリングする衛星です。もともとは2024年度中の打上げを予定していましたが、衛星側の開発の進展から2025年度に変更となりました。
この衛星を搭載するのは、2001年から日本の大型主力ロケットとして運用されてきたH-IIAロケットの最後となる50号機です。H-IIAのラストフライトが無事にGOSAT-GWを打ち上げ、衛星に愛称がつけられるのか期待したいですね。
春以降には、米Axiom SpaceによるISSへの民間宇宙飛行ミッション「Axiom Mission 4」(Ax-4)実施が計画されています。4名の搭乗者は、元NASA宇宙飛行士のペギー・ウィットソン船長のほかはインド、ポーランド、ハンガリーから受け入れた宇宙飛行士です。
ミッションはISSにドッキングして2週間程度を予定しています。米国はNASAが政府機関として各国の宇宙飛行士を受け入れるだけでなく、元JAXA宇宙飛行士の若田光一さんが所属するAxiom Spaceのように、民間企業を経由して受け入れを拡大していく活動を始めています。Ax-4ミッションは米国以外のISS参加5極(ロシア、日本、欧州、カナダ)の承認を待って実施されます。
2025年度(時期は未公表)には、H3ロケットの1段にLE-9エンジンを3基取り付け、固体ロケットブースター(SRB)を取り付けない新しい構成である「H3ロケット 30形態試験機」の打上げミッションが計画されています。
日本の大型液体基幹ロケットで、SRBなし、エンジン3基の構成は初となります。基本的ペイロードは衛星を模擬したダミーマスとなりますが、試験機での打上げを希望する6機の超小型衛星も搭載される予定です。
H3ロケットの開発にはいくつかのマイルストーンがあり、SRBなしの30形態は「H-IIAから約半額」という打上げコスト面の低減という意味を持っています。H3の1段LE-9は完成形の「Type 2」を目指す開発が続いていますが、30形態試験ではまだType 1Aを使用する予定です。
2025年後半:日本のISS補給機「HTV-X」1号機打上げ
8月以降には、ボーイングの有人宇宙船「Starliner(CST-100)」の運用ミッション1号が予定されています。とはいえ、2024年8月に有人試験飛行の完了を断念し、国際宇宙ステーション(ISS)から機体だけを無人で帰還させることになってから、その後の対応策はまだ明らかにされていません。2回目の試験飛行が行なわれる可能性もあり、8月以降の予定も暫定スケジュールとなります。
夏以降には、日本のISS補給機「HTV-X」1号機が打上げられる予定です。HTV-Xは、9号機で運用を終了した「HTV(こうのとり)」の後継機で、ISSに5.85トンの物資を運ぶことが可能になります。
ISS参加5極である日本の貢献となるだけでなく、補給ミッション終了後には宇宙実証プラットフォームとして、軌道上を飛行しながら超小型衛星の放出や材料実験などが可能になります。将来は国際計画の月近傍ステーション「Gateway(ゲートウェイ)」への補給も考えられており、ポストISSまでさまざまな役割を担う存在となっていくでしょう。
2月1日の準天頂衛星「みちびき」6号機に続いて日本の測位衛星網「準天頂衛星みちびき」5・7号機が打上げられる予定です。みちびき5~6号機が揃うことで、日本エリアでGPSに頼らず独自に衛星測位を維持することができるようになります。
また5~7号機の3機で「高精度測位システム(ASNAV)」という軌道上の衛星の位置の測定精度を高める実証を行ないます。2026年度から3年間の実証の後、スマートフォンやカーナビなどユーザーが普段使っている受信機で得られる位置情報の精度が1m程度に向上するようになります。
注目の宇宙機
2025年中に打上げが計画されているロケットのキーワードに「再使用」があります。
Falcon 9で再使用を実現し、さらにその能力を高めているSpaceXは、開発中のStarship/Super Heavyで1段Super Heavyのみならず、2段Starshipの再使用も目指しています。Super Heavyと同様にStarshipも発射棟に備えられた「チョップスティック」アームで受け止め、高頻度再使用に向けて整備する計画です。
SpaceXの勢いを追うのが、ニュージーランドに射場を持つロケット企業「Rocket Lab(ロケット・ラボ)」です。新型の「Neutron(ニュートロン)」ロケットで部分再使用に挑戦する計画です。また中国も再使用を目指しており、民間宇宙企業の天兵科技(Space Pioneer)が再使用ロケット「天龍3号」開発を進める計画です。
衛星コンステレーションの加速にも注目です。通信衛星の分野では、SpaceXのStarlinkが先行する中で、3,000機級の規模を持つAmazonの通信メガコンステレーションである「Kuiper」衛星の本格的な打上げが始まります。
衛星と携帯電話の直接通信を目指し、日本の楽天が出資するAST SpaceMobileの「Blue Bird(ブルーバード)」衛星の打上げも始まります。
日本では衛星コンステレーションは地球観測分野が中心となっています。レーダーで地表を観測する民間の合成開口レーダー(SAR)衛星を防衛省が利用するスタンド・オフ防衛能力の獲得に向けた事業が始まります。
実際の打上げは2025年度末のため2026年以降になる見込みですが、事業者選定などが進むでしょう。また、2023年3月にH3ロケット試験機1号機と共に失われたJAXAの地球観測衛星「だいち3号(ALOS-2)」の役割を担い、可視光を中心に地球を観測する小型衛星コンステレーションの開発事業者として、NTTデータの子会社Marble Visionsが選定されました。今後、宇宙戦略基金を活用して衛星開発を進めていくことになります。
世界と日本の宇宙政策
変化の激しい宇宙開発の世界を支えている各国の宇宙政策も見てみましょう。
米国は新たなNASA長官の方針が最も注目されるところです。世界最大の宇宙機関であるNASAといえども予算の制約から大型計画のキャンセルや延期が相次いでいるという事情もあったアルテミス計画の実施時期が「アルテミス2(有人月周回飛行)」は2025年から2026年に、「アルテミス3(有人月面着陸)」は2026年から2027年に延期となっています。
新長官がどのようにNASAを率いてアルテミス計画を実行していくのか注目されるところでしょう。
日本では、2024年夏から始まり、10年間で1兆円の宇宙技術の開発資金を政府が支援する「宇宙戦略基金」の第1期分の採択機関が年末にかけて続々と決まっているところです。
2025年は実施時期にあたり、JAXAの支援の下でロケット打上げの高頻度化、衛星コンステレーション開発など重要な技術開発テーマを、採択された企業や大学などの実施機関が「ステージゲート」というマイルストーン審査をクリアして技術を実現していくプロセスが注目されます。今後の第2期、第3期の実施にも影響すると考えられます。
また、衛星打上げを管理する「宇宙活動法」の見直しの議論が始まっています。民間を含めた多様な宇宙輸送システムを前提とした管理のあり方、有人宇宙輸送の制度化などについて議論を重ね、2025年3月の年度末までに考え方を取りまとめる予定です。
衛星コンステレーション構築に向けて各国がロケット打上げを激増させる中、1位の米国を追う中国、依然として宇宙活動では存在感を持つロシアと共に、軌道上の安全をどのように担保していくのかという議論の方向性も注目されます。
「ゼロ・デブリ憲章」を宣言して規制を強化している欧州はルール作りでは独自の存在感を持つものの、欧州自身が独自の通信衛星コンステレーションを計画している中で、実効性をどのように担保していくのかということになるでしょう。