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不正受給の是正? 「育児休業給付金」の延長厳格化にまつわるモヤモヤ
2024年12月19日 08:20
2025年4月から育児休業給付金の支給延長手続きについて、提出する書類が増えることが厚生労働省で決まりました。その内容が、給付金支給の「厳格化」になるのではと言われています。
これまでは保育所等の利用を申し込んだものの入所できない場合、市区町村の発行する入所保留通知書などを提出すれば育休の延長が可能となっていました。しかし令和7年度からは提出するべき書類が増え、保育所等の利用申し込みが、速やかな職場復帰のために行なわれたものであると認められることが必要となります。
これは、保育園のいわゆる“落選狙い”を防止することが目的と言われています。通常、育児休業と給付金の支給期間は子供が1歳になる前日までですが、保育所への入園ができなかった場合、1歳以降も育休が取得でき、給付金の支給期間も延長されます。保育所に落ち続けた場合は、最長2歳まで育休を延長できるというのが現行の制度です。
1歳以降も自分で育てたいと考える保護者は、育休を延長するために「保育園に落ちる」必要があり、戦略的に申し込むことも。それが“落選狙い”と言われることがあるのです。
自治体によっては、入園の申し込みをする際に「育児休業延長許容届」など、保育園に落ちても構わない旨を主張する届けを出すことで自動で落選できる仕組みも用意されています。これにより、保育園に落ちて育休を延長したい保護者と、職場復帰したい保護者を漏れなく保育園に受からせたい自治体側でWin-Winの関係が築かれていました。
今まではこうした届けを出して保育園に落選した保護者も、育休ならびに給付金支給の延長が認められていました、しかし2025年度からは、こうした届けを出した場合、育休は延長できるけど給付金の支給延長が認められなくなる可能性が出てきました。
なぜ制度が変更されるのか、さまざまな自治体で保活セミナーを開催している保活ライターの飯田陽子さんに解説してもらいました(編集部)。
約10年で激変した保活状況
0歳児を抱っこしながら、何度読んでも解読できない入園案内に絶望した当時の経験から、保活のポイントをわかりやすく伝える活動をしている「保活ライター」の飯田陽子と申します。趣味は、全国各地の入園案内を読むことです。
2015年からライター業のかたわら保活セミナーも行なっていますが、この9年で保活を取り巻く状況は大きく変わったなあ……というのが実感です。これだけ保育園が増え、子どもが減っても、なお激戦状態が続いている自治体がある一方で、「保育園に入園できちゃったらどうしよう……」と心配する層も確実に増えていて。その温度差に風邪をひきそうです。
加えて、次年度(2025年4月)からは育児休業給付金の延長認定が厳しくなります。今年度も多くの保活セミナーを開催してきましたが、各所で質問されたのがこの「育児休業給付金の延長申請の厳格化」についてでした。
「育児休業給付金の延長申請の厳格化」。漢字だらけの文言を平たくするなら、「育休は延長できても給付金はもらいにくくなる……かも?」。
……ぜんぜん平たくなってないですね。すみません。それくらい、現時点ではフワッとしててよくわからない、のです。
以前、こちらで保育園を「あえて落ちたい」人が増えている件について記事を書きました。
令和に入ってから数年は「あえて落ちたい? はいはいOKOK」というスタンスだった自治体の対応が、ここにきて「あえて落ちたい? あーその件はハローワークに(スンッ)」という謎の距離感になるらしいです。
なぜに、どうして、そうなった!?
モヤモヤがとまらない背景について、編集部からの質問にお答えする形で一緒に考えていきたいと思います。
育休は原則1年の基本ルール
――令和7年度からいわゆる“落選狙い”が厳格化されますが、これまで保育園入園の落選を狙う保護者は多かったのでしょうか。基本的な部分として、育休の仕組みとあわせて解説をお願いします。
いわゆる「落選狙い」とは、近隣の人気のある(定員に空きのない)保育園のみを申し込んだり、「育休延長を希望する」という欄にチェックを入れて入園選考の順位をぐっと落としたりすること。要は、あえて保育園に落選するために“入園意思のない仮面申し込み”をすることです。
なぜそんなことをする人が多いのか、シンプルに言うと、保育園を落ちないと育休が延長できないから。もう少し踏み込んで言うと、入所保留通知(不承諾通知)がなければ、育休延長と、それに伴う育児休業給付金の受け取り延長ができないからです。
育児休業は、原則子どもが1歳になるまでの制度です。雇用保険に加入する保護者は、1歳になる前日まで、休業中の収入保障として雇用保険から「育児休業給付金」が支払われます。
出産から半年間はお給料の67%(夫婦で育休を取れば28日間は80%)、半年経過後からは50%が受け取れますが、子が1歳の誕生日を過ぎると、「保育園に入園できなかった」という要件を満たさないと、最長2年間の受給資格を失ってしまいます。
「保育園、落ちました」という証明である入所保留通知(不承諾通知)を手に入れるためには、入園を申し込み、1回落ちておかねばなりません。つまり、育休ならびに給付金の延長をするなら、1歳の誕生日の直前に落ちておかなければいけないのです。
「落ちておかなければいけない」とは妙な日本語ですが、そういう手順を踏まないと、育児休業ならびに育児休業給付金は延長できない仕組みなのです。共働き推進のタブーというか闇というか……。大声では言いづらいですね。
育児休業を1年以上取りたい人の主な意見は「もう少し長く子育てに専念したい」です。
0歳から1歳は、赤ちゃんが最もダイナミックな発達を遂げる時期。そこを仕事と両立するのは難しい、とか、できるだけ長く子どもと一緒に居たい、という率直な想いは、親として自然なことでしょう。
そもそも「1歳をすぎるまでは子育てに専念したい」というニーズは、いまにはじまった話ではありません。少なくともここ20年くらいは育休延長後に入園をする1歳児クラスの競争率が突出して高いですし、「1歳までの乳児期は家庭で」という理念から、東京都江戸川区のように0歳児保育を公立保育園で行なっていない自治体もあります(賛否はありますが……)。
また、年度途中では「希望する」保育園がなかなか空かないという現実もあります。少子化なのに? 待機児童は減ってるのに? なぜ? と感じるでしょうが、保育園は制度上、定員に空きが出れば即赤字ですから、安定運営のために、常に枠を空けておくのは難しいのです。
そのため、年度途中で誕生日を迎えてもすぐには預けられない→子が1歳を迎えたあとに一斉進級する4月の空きを狙って入園を希望する→必然的に育休を延長することになる→その間の収入として育休給付金を延長申請する……という人が、多数派になる。
なのに、育児休業制度はあくまで原則1年まで。さらにここにきて、給付金延長の認定を厳しくするという。うーん、なんとも時代の流れに逆行しているような……?
許容されていた「落選狙い」なぜ厳格化?
――“落選”するための書類(育児休業延長許容届など)は、厚生労働省主体で進められたと思うのですが、なぜここにきて厚生労働省は、その書類を出しても給付金延長を認めない方向に舵を切ったのでしょうか。
そこです。本件の最大のモヤモヤポイントが「なぜここにきて」なのです。
もともと平成の終わりから令和にかけて“落選狙い”は許容される方向で進んでいました。
チェック一つ入れるだけ、あるいは申立書などを1通添えるだけで、選考を外れたり選考順を下げることができて、保留通知(不承諾通知)を難なく入手できるこの「工夫」。
2019年当時、所管であった厚生労働省の通知を受けて始まり、ものの1~2年で多くの自治体に普及しました(現在はこども家庭庁・厚生労働省の両省庁が所管)。
この「工夫」が導入されるようになった最たる理由は、入園選考をスムーズにするため。
落選狙いの仮面申し込みが増えると、本当に保育を必要としている人に保育園が当たらない、真の待機児童数が把握できない、いったん形ばかりの落選をさせねばならないという手間だけが増えて、自治体の事務対応が混乱する……など様々な不都合が生じます。
そこで、この「工夫」です。育休を延長したい人が「今回は積極的にエントリーしません」という明確に意思表示をすることで、利用者と自治体がWin-Winとなる合理的なシステムだったはず、なのですが……。
実は選考順が下がるだけで100%落ちるわけではないという消極的な制度のため、育休延長を内心希望しながらも意に反して内定してしまったという事例が、一定数みられたそうです。
指定都市市長会・神戸市こども家庭局が作成した資料によると、2023年4月入所一次選考対象者7,020人のうち、育休延長希望者は430名。うち30名が意に反して入所内定となったとあり、その苦情への対応が必要になったという意見のほか、「確実に保留になるにはどうしたらいいか」という相談への対応で窓口対応が混乱したなどの意見がまとめられています。
つまり、「工夫」にも問題があった、と。
であればと、2023年。札幌市、仙台市、さいたま市、横浜市など全国20市の指定都市の市長から構成される「指定都市市長会」(+大治町)が、育児休業給付金の支給延長に係わる要件の見直しを提案。
「令和5年 地方分権改革に関する提案募集」の一つとして、育児休業給付金の受給資格の確認手続きについて、抜本的な解決策をドーン! と提案したのでした。
→保護者・勤務先の来所の手間や証明書の作成負担を軽減する
→市町村窓口の書類審査・入所選考等の事務負担を軽減する
→真に保育サービスを必要とする人に寄り添った対応ができる
→支給延長の申込みを受けたハローワークが市町村に照会or市町村が保育所等を利用していない旨の証明を発行
→入所申込みが不要となるため保護者・勤務先・市町村の手間を軽減する(ただし利用有無の調査が必要なため案1より負担軽減の効果は小さい)
出典:第153回 提案募集検討専門部会 議事次第・配布資料(令和5年7月20日)
指定都市市長会による見直し案は、まさに“落選狙い”“仮面申し込み”という現状の課題にぶっ刺さる解決策。それよ! それ! と膝を打つ提案です。
しかし、ここから話は「思てたんとちがう」方向へ進んでいきます。なぜ、違う方向へ進んでいったのか。最大の課題は、育児休業の「原則」です。
保育の定員に空きがあり保育を受けられる状態であれば、育児休業の延長は本来受けられないものです。なので、「保留通知を出してください」という相談自体が、そもそも育児休業の延長の要件から本来は外れている話だということ。
育児休業が最長2歳になるまで延長可能としているのは、あくまで非常事態下の「特例措置」であり、本来、延長希望というのは概念上存在しないことになっている、と。
要は、育児休業の延長は、福祉に関する法律(育児・介護休業法)に基づく育児休業の制度には合致していないので、制度設計を変えるのではなく、本来の育児休業の趣旨をもっと周知・理解してもらう必要があるというのが、こども家庭庁・厚生労働省、両省庁の言い分です。
以上を踏まえて、解決策に対する行政の回答は以下のとおり。
・育休からの職場復帰を遅らせることとなり、家事・育児の負担が女性に偏っている現状では女性のキャリア形成がさらに阻害される恐れがある。女性活躍の観点で課題が残る
・「こども未来戦略方針」においても、共働き・共育てが推進されているため、女性側に家事・育児負担が偏ってしまうことには留意しないといけない
・この見直しにより、市町村が住民から直接苦情を受けることや住民による不適切な行動は減少する
出典:第156回 提案募集検討専門部会 議事次第・配布資料(資料2.関係府省提出資料)
ん? えーと。そういうことなの? そうなるんですか?
1.についてはごもっともと思うところもなくはないですが、2.については、何度読んでも「ナンデソウナルノ?」と脳に入ってきません。
ハローワークが窓口になると、これまで保育課などが担っていた手間が減る? でも、ハローワークはどうやって利用要件を確認するの?
保育課は相変わらず、形ばかりの「保留通知」を出さないといけないのでは? ていうかこれだと育休延長しても給付金が出ないということで、利用者の手間は今と変わらないどころか、提出書類が増えるんじゃ?
大いなるモヤモヤが解決しないまま、2024年3月、“落選狙い”への措置を講ずると明記した上で雇用保険法施行規則の一部が改正。
2025年4月より「育児休業給付金の延長申請の厳格化」が施行されることになったという流れです。
「厳格化」決定後の動き
――今回の厚生労働省の決定を受けて、自治体からはなにか反応などありました?
「厳格化」が発表された2024年の間に、申込書等の書式がハローワークの認定に合わせた形に変更されています。具体的に、何がどう変わったのかを見てみましょう。
まず、2025年4月からハローワークが、育児休業給付金の延長手続きにあたってチェックするポイントは3つ。
1.提出書類が揃っているか
・入所保留通知書
・延長事由認定申告書←NEW!
・市区町村に保育所等の申込みを行なったときの申込書の写し←NEW!
2.保育所等の申し込みが規定の年月日までに行なわれているか、内定辞退していないか
3.申告書・申込書の内容が速やかな職場復帰のためのものであると認められるか
・申し込んだ園が合理的な理由なく自宅または職場から30分以上離れた施設のみになっていないか←NEW!
・申込書が入所保留となることを「希望する」など、育休延長を積極的に希望する文言になっていないか←NEW!
自治体側は、申込書の写しがハローワークに提出されるということで、給付金延長の認定に沿う形へと、申込書の書式を変更しているところもあります。
例えば、世田谷区の場合のBefore→Afterは以下のとおり。
以前は「延長を希望する」だったものが、「延長も許容できる」といった形にし、ハローワークの確認要件に合わせるなど自治体側でも工夫しているようです。世田谷区以外の自治体でも、今年度からこうした文言変更を行なっています。
なお、自治体の窓口で給付金の延長について尋ねると「それについてはハローワークで聞いてください」という反応。あくまで入園選考と給付金延長は窓口が別物であるというスタンスが多数派でした。
これにより、今後どうなっていくのか……。すべては、2025年4月からの運用後にわかるのかなと思います。
――年々出生数は減っていますが、今後保育所等で発生しそうな課題などありましたら教えてください。
定員割れによる閉園ですね。これは、すでに起こり始めています。待機児童に対応するためここ10年ほどで一気につくられてきた保育園ですが、現行制度が変わらないかぎり、今後は統廃合が進んでいくと考えられます。
先に述べた通り、保育園は定員が割れると即赤字です。財源が税金である以上、在園児の数でしか運営補助金がもらえないため、定員が下回ると安定した運営ができなくなる保育園が増えてきます。
結果、削られるのは保育士の人件費や設備維持費。安全性、保育の質に直接かかわってくる部分なので、たいへん危惧しています。
育休延長は、アリなのかナシなのか
長年保活セミナーをしてきて、いつも葛藤を感じます。仕事を休んで育児に専念したいと思う気持ちは、いいのか悪いのか。原則1歳までとなっている育児休業給付金を延長してもらうことは、当たり前の権利なのかそうじゃないのか。
日本の育休制度は、世界でも高水準といわれています。日本よりも高額(賃金の80%~100%)が支払われるけど期間が1年未満と短いノルウェー、日本同様1年間だけど男女どちらかしか保障がない韓国、そもそも育児休業中の保障などないアメリカ。
諸外国から見ると「(保育園に落ちさえすれば)最長2年間は賃金の50%の保障あり」という日本はスゴイのかもしれません。
そもそも育児休業給付金は、雇用保険に加入する会社員が対象で、個人事業主などは非対象の制度。1年間働かなくても(育児はしていますが)お金がもらえるのに、さらに給付金期間を延長したいというのは贅沢なのでは? という意見もあり、もちろんそういった主張も理解できます。
待機児童対策の一環として、水面下で静かに、生あたたかく緩められていった育休制度。
2023年の指定都市市長会の提案は現状のニーズに沿った画期的なものでしたが、ある意味で、フワッとしていた育休制度の”パンドラの箱”を開けてしまったのかもしれない、のでした。
昨今では、育児休業給付金を受け取ったまま退職する、育児休業を取った会社に復職せず転職する……といったこともあり、「不正受給だ」という声もチラホラ見聞きします。2025年4月からハローワークが窓口になることによって、それらが是正されるのは良いことなのですが……。
まずは、2025年度の運用状況を正しく評価することが、いまできる精一杯のことかもしれません。