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スターシップの"再突入"に注目 6回目飛行試験の見所を解説

Credit : SpaceX

SpaceXの新型宇宙船「Starship Super Heavy(スターシップ/スーパーヘビー)」の6回目の飛行試験は、現地時間の11月19日16時(日本時間では11月20日7時)から打上げウインドウが始まります。ロケット1段を空中でキャッチするという劇的な成果を上げた5回目の試験から約1カ月、アップデートを急ぐスターシップが何を目指すのか、これまでの結果の振り返りとともに見ていきましょう。

現地時間の11月19日16時(日本時間11月20日午前7時)からウインドウが始まります。

これまでの成果

スターシップ/スーパーヘビーは、完全再使用型の宇宙船とブースターの組み合わせで構成され、全長121m、直径は9mで100~150トンのペイロードを搭載できる多目的宇宙輸送システムです。2023年からSpaceXはテキサス州のメキシコ湾沿いにある自社の射場「Starbase(スターベース)」で、スターシップ/スーパーヘビーの飛行試験を行なっています。

衛星打ち上げロケット、2地点間輸送機、有人宇宙船といった多様なミッションの実現を目指すスターシップは、日本人宇宙飛行士も参加する月有人探査計画「アルテミス計画」で最初の月着陸機の役割を担う存在でもあります。

2023年4月の第1回飛行試験では、エンジンの異常のため、打上げから約3分後に機体が自律的に破壊されました。

2023年11月の第2回飛行試験では、ブースターとスターシップの分離には成功したものの、ブースターはエンジンの異常により破壊され、スターシップは自律的に飛行が中断されてミッションは終了しました。

2024年3月14日の3回目の飛行試験では、スターシップは軌道に到達し、再突入と地上への帰還開始までを実現しましたが、エンジンの不具合のために帰還に失敗しています。

2024年6月6日に実施された4回目の飛行試験では、打上げから7分24秒後にメキシコ湾へ着水することができました。スターシップは軌道に到達し、打ち上げから1時間6分後にインド洋上の目標地点から6kmの範囲に着水しています。

ブースターの空中キャッチが実現する「ターンアラウンド向上」とは

出典:第5回スターシップ試験飛行中継映像より

10月13日に行なわれた5回目の試験飛行では、1段スーパーヘビーは着水ではなくスターベースに戻り、通称「Mechazilla(メカジラ)」という発射塔で一対のアーム(通称チョップスティック)に挟まれるように空中でキャッチされて帰還するという偉業を成し遂げました。

これまでFalcon 9ロケットで行なっていた洋上に着地する1段回収ではなく、ブースターを射点へ着陸させて回収するReturn To Launch Site(RTLS)という方式を実現したのです。

出典:第5回スターシップ試験飛行中継映像より
1段ブースターは飛行制御用のグリッドフィンではなく、専用フックでアームに支えられている(出典:第5回スターシップ試験飛行中継映像より)

全長71mの巨大なロケット1段が一対のアームの間に精密に降下し、位置だけでなく向きも合わせて空中で静止する姿は実に驚異的でした。これはSpaceXの目指す、航空機のように高い頻度で再使用ロケットが行き交う時代にとって必要な技術でした。

空中キャッチには、これまでFalcon 9ロケットの再使用に必要だった「着陸脚」から脱却し、ロケットブースターから余分な質量を削減するというメリットがまずあります。そして重要なのが「ターンアラウンド」というキーワードです。

ターンアラウンドとは、航空機の場合は着陸から次のフライトまでにかかる、貨物の積み下ろしや整備、燃料補給などの一連の作業のことです。

ロケットを航空機と同じように考えると、機体を整備、点検して新たなペイロードと推進剤を積むという一連の作業を高速化することができれば、打上げ頻度が向上しより多くのペイロード(宇宙船や衛星など)を宇宙に運ぶことができて収益がアップします。

ロケット再使用のメリットは、機体の製造コスト削減というよりは、高頻度化による打上げ機会増加であるとされています。しかしターンアラウンドに長大な時間や整備コストが掛かっていたのでは高頻度化は望めません。

現状ではロケットの場合は航空機と異なり、連邦航空局(FAA)など国の機関が1回ごとに飛行の許可を発行しているため、ロケット側だけの都合で飛行機会を増やせるわけではありませんが、SpaceXは高頻度飛行時代に備えて着々とその準備を進め、1週間に1回以上というFalcon 9のハイペース打上げをすでに実現しています。

米国の投資会社Ark Investmentの推計によれば、SpaceXは2021年から2022年までにFalcon 9ロケットのターンアラウンドタイムを27日から21日に短縮し、再使用開始のころから5年間で回収した1段の整備費用は1,300万ドルから100万ドル(現在価値で約20億円から1.6億円へ)まで下がっているといいます。

その上で、スターシップは1日に複数回飛行するというFalcon 9を超える高頻度化を目指しているのです。

現在利用しているドローン船への着陸は、ドローン船の運行という時間や手間が足かせとなります。ブースターが射点へ帰還することでこのコストを削減できるだけでなく、着陸脚そのものが整備の大きな手間を必要としますから、その部分も削減できることになります。

Falcon 9の「Merlin 1D」エンジンは煤の出やすいケロシンを燃料としていますが、スターシップの「Raptor」エンジンは煤の出にくいメタンを燃料としているという点も整備のしやすさに貢献するでしょう。SpaceXの「完全再使用」とは、宇宙船・ロケットのシステムを根本から再使用に向けた設計で開発するということなのです。

第6回飛行試験はスターシップの帰還能力増強

出典:第5回スターシップ試験飛行中継映像より

第6回試験飛行では、繰り返し試験を行なって習熟度を上げるため引き続きメカジラ・チョップスティックでの1段ブースター回収に挑みます。

フライトディレクターによる空中キャッチの判断と、機体や発射棟の状態が条件を満たさない場合に自律的にメキシコ湾への着水に切り替えるというバックアッププランも踏襲する予定です。

そして6回目の試験では2段スターシップの飛行能力の拡大に進む計画です。スターシップは前回の試験と同じ弾道軌道を飛行してインド洋に着水する予定です。これまで実施していなかった軌道上でのラプターエンジン1基への再点火、軌道を離脱して着陸に向けたエンジン燃焼の実証を行ないます。

スターシップ/スーパーヘビーの「完全再使用」とは、1段だけでなく2段スターシップも再使用を可能にするという意味です。そのため、今後はスターシップもメカジラ・チョップスティックでキャッチして再使用する計画ですが、軌道上を高速で飛行するスターシップが地球の大気に再突入して無事に着陸できる能力を持つ必要があります。

スターシップはまだその段階には達しておらず、例えば3回目の試験では、再突入の衝撃によって機体が破壊されてしまいました。

続く4回目ではエンジンの軌道離脱燃焼は行なわず、機体に搭載されたスターリンク通信で飛行の一部始終を中継するというかたちで機体の状況を確認しながらインド洋への着水に挑戦して成功しました。

5回目も引き続き同じ試験を行ない、着水予定地点で待っていたドローン船が着水の瞬間を捉えることに成功、つまり計画したとおりの場所へ帰還することができたのです。

飛行中のスターシップ機体(出典:第5回スターシップ試験飛行中継映像より)
再突入中のスターシップ機体(出典:第5回スターシップ試験飛行中継映像より)

段階的に機体の帰還能力の検証を進め、エンジン再点火は行なわない条件でスターシップの帰還に成功したことから、より高度な軌道上ミッションの準備と制御された再突入・帰還の実現に向けているのが今回の試験です。

スーパーヘビー帰還の際には、機体をチョップスティックで挟むのではなく、スーパーヘビーに取り付けられたフックをチョップスティックの把持装置に引っ掛けるようにして機体が降りてきました。いずれはスターシップも同じように降りてくるので、同じフックを備える必要があります。

今回の飛行試験では機体を再突入の熱から守る新しい耐熱材料の性能を評価するだけでなく、フックを取り付ける予定の機体側面の部分では意図的に耐熱シールドタイルを取り外すといいます。

つまり、機体の外装にわざとスキを作り、全体を耐熱タイルで覆っていないとしても機体が帰還時の高熱に耐えるかどうか検証するというわけです。この条件でスターシップの飛行能力の限界を試験し、キャッチと再使用の計画作りに向けた飛行データを取得します。

スターシップの降下最終段階では意図的に高い迎え角で飛行(機体の受ける空気の力がより大きくなり、負荷が高くなります)して、フラップ制御の限界にも挑むということです。5回目の打上げは現地の午前7時ごろに設定されていましたが、今回は打上げウィンドウを午後遅くに設定して、明るい日中にインド洋に再突入し観察しやすくする計画だということです。

試験で得たデータを元に、7回目の飛行試験からは前方フラップの再設計、推進剤タンクの大型化、ヒートシールドのアップグレードを実施する予定だということです。

2025年以降にはアルテミス計画の月面着陸機「HLS」としての能力獲得に欠かせない、軌道上でのスターシップ同士による推進剤補給実証が始まるとみられています。スターシップ/スーパーヘビーの完全再使用化の実現は、アルテミス計画の加速に向けた段階へ入ってきます。

一方で、アルテミス計画に関わっている企業はSpaceXだけではありません。SpaceXのイーロン・マスクCEOは、かねてから連邦航空局(FAA)の飛行許認可に時間がかかることがスターシップ開発の足かせになっているという持論を展開しています。

そしてマスクCEOはトランプ次期政権で政府の効率化アドバイザーに就任する可能性があるとされます。「効率化」の事例としてFAAの作業を加速することを求めていくことも考えられますが、特にアルテミス計画において遅延の大きな原因になっているのが、Space Launch System(SLS)ロケットです。

Artemis IのSLSとオライオン(Photo: NASA / Radislav Sinyak)

ボーイングが開発するSLSロケットは、コストと時間の面で大きな足かせとなっています。SLSが宇宙政策分野での効率化の焦点となっていく可能性もあるわけですが、マスク氏の提案でSLS計画の中止などがあった上でSpaceXにNASAの打上げ事業が移行するようなことがあれば独占禁止の懸念が浮上することになるでしょう。

また、SLSは米国の既存宇宙産業の雇用を維持するという意味で議会が強くその実施を推進してきた計画ですから、中止案には激論が伴うことも予想されます。10月、11月と立て続けに行なわれるスターシップ飛行試験は今後の開発加速を予感させますが、巨大プロジェクト全体からすればスターシップも「要素のひとつ」であるという点が見通しを難しくしています。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)