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年賀状縮小が直撃する家庭用プリンター 「推し活」に勝機を見るエプソン

エプソンのプリンター新製品

国内の家庭用インクジェットプリンター市場は、縮小傾向のなかにある。これに拍車をかけるのが、2024年10月からスタートした郵便料金の値上げだ。それを受けて、今年の年賀状の発行枚数が大きく減少することが発表されており、プリンターメーカーにとって、稼ぎ頭となっていた年賀状印刷の提案だけでは、市場縮小は加速するだけだ。

いわば、年賀状需要に代わる新たな需要が創出できるかが試される1年ともいえる。2024年の年末商戦で、エプソンはそこに挑戦する姿勢を強調してみせた。どんな施策を用意しているのか。

年賀状「特需」時代の終わり プリンターの新たな使い方を模索

エプソンは、家庭用インクジェットプリンターの新製品を、10月18日から順次発売する。

インクカートリッジ方式のカラリオプリンター3機種5モデル、エコタンク搭載モデルとして 1機種3モデル、永年版仕様にアップデートしたハガキプリンターを含めて、合計で5機種9モデルを発売する。カラリオおよびエコタンク搭載モデルでは、ピスタチオグリーンと呼ぶ個性的なカラーも注目を集めそうだ。

新色ピスタチオグリーンのプリンターを設置した様子
和の雰囲気のなかにもピスタチオグリーンは映える

だが、新製品では、プリントヘッドはそのままで、画質や印刷速度にも変化はない。カラリオプリンターでは、「半自動画質調整機能」を搭載して使い勝手を向上。エコタンク搭載モデルでは、昨年発売のカラリオプリンターで新たに搭載した「らくらくモード」を追加し、機能の充実を図った。

これは、高速印字、高画質といった技術進化での競争はすでに終わり、使い勝手の競争へと移行していることを裏づけている。

国内の家庭用インクジェットプリンター市場は、年々縮小しており、業界関係者の危機感は強い。

エプソンによると、国内の家庭用インクジェットプリンター市場は、2019年度には286万台となり、2020年度はコロナ禍での在宅勤務の増加に伴う需要により、ほぼ横ばいの283万台となったものの、2021年度以降は市場がさらに縮小。2023年度は216万台の出荷に留まった。

このままでは縮小の動きに歯止めがかからないというの業界関係者に共通した認識だ。むしろ市場縮小には拍車がかかると見ている。その最大の理由が、郵便料金の値上げに伴う年賀はがきの発行枚数の大幅な減少だ。

日本郵便によると、2019年度には24億4,000万枚だった年賀はがきの発行枚数は、2023年度には14億4,000万枚まで減少。これが2024年度は10億7,000万枚に落ち込むと予測している。前年度からは約25%も減少。この5年間で半分以下の発行枚数となっている。

年賀状印刷は、家庭用インクジェットプリンターにとって最大の用途である。それが縮小することは、プリンター需要そのものの縮小を意味する。

つまり、インクジェットプリンター市場の縮小に歯止めをかけるには、年賀状需要以外の新たな需要を創出する必要があるのだ。

「テレワーク」「暮らし」そして「推し活」

エプソン販売 販売推進本部Pホーム企画推進課の長谷村純課長は、「消費者の価値を捉えて、ターゲットを広げる必要がある」とし、「拡大する外向き消費やプレミアム消費志向、『コト』や『トキ』といった消費形態に求められる付加価値をユーザーに届け、しっかり使って楽しめる仕掛けが必要になる」と語る。

エプソン販売 販売推進本部Pホーム企画推進課の長谷村純課長

エプソンが、ターゲット拡大の領域に捉えているのが、「写真」、「学習」、「テレワーク」、「暮らし」、そして「推し活」の5つの分野だ。

写真では、これまでのように撮影した写真をプリントするといった楽しみ方だけでなく、プリントした写真を大切な人に送ったり、写真を額装し、インテリアデザインとして利用したりといった提案を行なう。まずは、スマホで気軽に撮影したり、ミラーレス一眼カメラを購入し、趣味として写真を撮りはじめたユーザーを対象に訴求する。

「額装した写真を飾るだけで、生活が潤うといったことを体験した人もいるだろう。撮影した写真をデジタルで楽しむメリットはあるが、プリントして楽しむという価値も提案したい」と語る。

写真を額装して家のなかを演出する提案も行なう

ここでは、リアルのイベント開催を通じて、写真をプリントする楽しさを訴求することも考えているという。また、撮影ノウハウなどが学べる会員制サイトの「エプサイトプレミアム」、撮影からプリントまでの総合力を評価する「エプソンフォトグランプリ2024」との連動も図る。

2つめの「学習」では、紙に字を書くことの大切さや、効果的な学習にプリントを活用するといった提案を行なう。プリントすることで、気軽に繰り返して学び、遊べる環境を実現。それによって、子供が自発的に学ぶモンテッソーリ教育の推進にもつながるという。

自宅のプリンターを活用して学習を効果的にできる

「浦島太郎の物語を聞くだけでなく、空白部分を用意し、そこになにが入るのかといったことを、子供自身が考えるといった教育が可能になる。また、自宅でプリントすることで、やりたいときに、繰り返しできるようになる。年賀状シーズンだけでなく、毎日使ってもらえる提案ができる」とする。

浦島太郎のセリフを子供が考えるという学習にも利用できる

エプソンでは、プリントコンテンツポータルサイトである「おうちプリント」において、子供から大人まで楽しめるコンテンツを用意。継続的に新たなコンテンツを追加しており、これらを学びに活用することができる。

また、「テレワーク」では、自宅にプリンターを設置することで、必要なときにすぐにプリントして業務効率が高まること、経費削減やセキュリティ強化につながることを訴求。「暮らし」では、オリジナルのラベリング収納や、インテリア装飾などにより、自分らしい生活空間の演出に利用できることを提案する。

そして、エプソンが、プリンターの価値が発揮できる新たな領域として、最も期待しているのが「推し活」だ。

「推し活をする人たちは、推している人から認識してもらいたい。そのためにはオリジナルのユニークなグッズを作りたいと考えている。また、推し活仲間と喜びを分かち合うシーンもある。そこにプリンターが活躍できる余地はかなりある」とする。

エプソンのプリンターで制作できる推し活グッズ

エプソンでは、'24年7月に、東京ビッグサイトで開催された「第1回推し活グッズEXPO」に出展。プリンター本体の展示よりも、プリントした成果物を前面に出した展示で注目を集めた。

同会場で、来場者にアンケートを実施したところ、推し活グッズを手元で制作できることに魅力を感じるとの回答は90%にも達したという。

「推し活グッズの制作方法を聞くと、コンビニプリントや発注サービスを利用しているケースが多いことがわかった。また、手軽に推し活グッズを制作できるプリンターの存在を知らない来場者が多く、その反応を見て、我々がプリンター利用の提案ができていないことを猛省した」とも語る。

エプソンが提供するアプリ「Epson Creative Print」では、Windows向けコンテンツを配信しており、新たな分野として、推し活向けのコンテンツを、11月初旬から配信する。具体的には、ケーキフラッグ、トレーディングカード、カップホルダーなどを用意する。

仲間が集まってカップホルダーを囲み、推しの誕生日を祝う

「推し活グッズEXPOの来場者から、欲しいコンテンツを聞き、上位の要望を反映した」という。

なお、エプソンでは、これらの5つの分野における利用方法などを提案した特設サイト(#MyPrintStory)をオープンしている。

「メーカーからの押し付けの提案ではなく、インフルエンサーが作成したコンテンツを活用し、ユーザー目線での情報提供を心がけた。生活を豊かに彩るプリンターの活用方法を提案していく」という。

「プリントすることの楽しさ」を訴求

先に触れたように、今年のエプソンのプリンター新製品は、ハードウェアとしての性能向上は限定的だ。だが、エプソン販売の長谷村課長は、「プリンターの性能が高まって、速くなった、きれいになったということも大切だが、これからはどのような体験を得られるかがより大切になる」とし、「こうした体験を、エプソンのプリンターでしてほしいという思いはある。だが、そうは言っていられない状況にあるのも確かだ。キヤノンでも、ブラザーでも、HPのプリンターでもいい。プリントするということを、お客様の価値とし、プリントすることの楽しさを伝える必要がある。そこにメーカーの垣根はない」と言い切る。

今年の提案は、プリントそのものの価値を第一に訴求し、そこにエプソンの価値を加えていくという手法だ。エプソンの価値がプリントの価値につながるというこれまでのマーケティング手法とは180度変わるものになる。

国内家庭向けインクジェットプリンター市場の低迷は、メーカー各社に共通した危機感である。トップシェアのエプソンが打ち出した「推し活」による新たな需要の創出を、市場回復の起爆剤にするためには、メーカーの垣根を超えた展開も必要だろう。また、これに続く、新たな価値の創出も、業界全体で考えていく必要がある。

いまはメーカー間の競争よりも、プリンターが提供する新たな価値の創出を、各社が足並みを揃えて模索するフェーズにある。それが、未来の健全な競争環境の構築につながるといえそうだ。

大河原 克行

35年以上に渡り、ITおよびエレクトロニクス産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ウェブ媒体やビジネス誌などで活躍中。PC WatchやクラウドWatch(以上、インプレス)、ASCII.jp (角川アスキー総合研究所)、マイナビニュース(マイナビ)、ITmedia PC USERなどで連載記事を執筆。著書に、「イラストでわかる最新IT用語集 厳選50」(日経BP社)、「究め極めた省・小・精が未来を拓く エプソンブランド40年のあゆみ」(ダイヤモンド社)など