トピック

3カ月で1億以上の動画を削除 TikTokの安全への取り組みを見た

シンガポールにあるTikTokの透明性・説明責任情報公開センター「Transparency and Accountability Center(TAC)」

8月1日、ショート動画プラットフォーム「TikTok」は、TikTokの安心安全に向けた取り組みを公開するイベント「TikTok's APAC Safety Event in Singapore」を、シンガポールで開催しました。

TikTokはロサンゼルスとシンガポールにグローバル本社があり、プラットフォームの透明性確保の一環として「透明性・説明責任情報公開センター(Transparency and Accountability Center、以下TAC)」を米国、アイルランド、シンガポールに設置しています。

今回は、シンガポールのTACに招かれ、シンガポール、日本、韓国、マレーシア、ベトナム、タイのメディアや記者とともに取材をしてきました。TACが日本のメディアに公開されるのは、今回が初となります。

ラッフルズプレイスにある、TikTokを運営するByteDanceのオフィス
オフィス内に「TAC」を設置。日本のほか、シンガポール、韓国、マレーシア、ベトナム、タイのメディアや記者とともに取材をしてきました
オフィスにいたマーライオン

ショート動画の草分けとなったTikTok

TikTokは、ショート動画の草分けといえるプラットフォームです。アプリを起動するといきなりTikTokの「おすすめ」フィードで動画がループ再生される仕組みに、当初は誰もが驚きました。見たくない動画は画面上部に向かってスワイプすると、次の動画がすぐに再生されます。

TikTokが人気となった理由は、この画期的なUIにありました。運営企業「ByteDance(バイトダンス)」がニュースアプリで培った絶妙なレコメンド技術により、自分の興味に近いものや、少し異なったカテゴリーの動画が次々と再生されます。ユーザーはまるでテレビを見るように、眺めているだけで新しい世界と触れ合えます。

また、縦型の動画がスマホのスクリーンを占有し、音も再生されるため、没入感が高いことも魅力のひとつ。TikTokの世界に入り込んだユーザーは、気づけば何時間も見続けてしまいます。とはいえ、コンテンツがおおよそ15秒程度~3分程度の短い動画であるため、すき間時間でも十分に楽しめます。

TikTokの動画が再生されるディスプレイ。上にスワイプすると次の動画が始まります

2017年にグローバル市場(中国除く)向けにリリースされた「TikTok」は、2018年8月にリップシンクアプリ「musical.ly」を合併吸収、同年月間アクティブユーザー数が世界で5億人に達しました。

日本国内では、流行に敏感な女子高生から人気が高まり、同年の国内における月間アクティブユーザー数は950万と発表されています。その後も急速にユーザー数を伸ばし、現在は世界150の国と地域で月間10億人のユーザーを超える人気のプラットフォームとなっています。

TikTokの登場は、他の企業をも震撼させました。Metaは、2020年8月にInstagramで「リール」を、YouTubeは2021年7月に「YouTubeショート」をリリースして、短尺動画の世界に追随しています。それぞれユーザー数を順調に伸ばし、現在では三つ巴とも言える状況になっています。

ダンス以外にも広がるTikTokのトレンド

TikTokといえば女子高生たちがダンスを踊る動画、というイメージを持ったままの人も少なくないでしょう。現在はユーザー層も広がり、様々な世代の人が発信し、有名人も数多く参入しています。

TikTokは「TikTokトレンド大賞」を半年~1年ごとに発表しています。2023年は、「ストリートスナップ」が大賞を取りました。街行く人々に声を掛け、ファッションやメイクなどを撮影した動画です。

そして2024年上半期の大賞は、「ショートドラマ」でした。短い時間ながら心を大きく動かされるショートドラマは、様々なクリエイターにより配信されています。

「ショートドラマ」のパイオニア的存在として「ごっこ倶楽部」が盾を受け取りました

また、テーブルの真上から撮影できる中華料理店が話題となったり、オリンピックやバスケなどのスポーツ動画配信も注目されています。

パリオリンピックでは、TEAM JAPAN(JOC)の公式アカウントも人気を集めました

ビジネス方面では、「TikTok売れ」が注目されています。2020年にTikTok発でヒットした瑛人の『香水』を始めとして、TikTok発の楽曲がヒットチャートを賑わすことが珍しくなくなりました。

楽曲や書籍のリバイバルヒットも生み出しています。作家の筒井康隆が1989年に発表した小説『残像に口紅を』(中央公論社)は、1人のTikTokクリエイターに紹介されたことがきっかけとなり、10万部を超える増刷となりました。その他、地球の形をした「プラネットグミ」、熊本県にあるトマト農家の「まいひめおじさん」が製作したトマトジュースなども、TikTokの投稿からヒットしています。

今回、シンガポールに訪問したので、シンガポールにおけるTikTokのトレンドについても尋ねてみました。シンガポールでは、韓国のコンテンツが人気で特にドラマの注目度が高いとのことです。

日本とは違う流行を感じたのは、開業医であるサミュエルさん(@skingapore) による動画が人気が高いこと。目の健康、スキンケア、医学に焦点を当てたコンテンツを作成しているそうです。

また、野生生物や気候などのトピックについてユニークに語るMJさん(@justkeepthinking)も人気クリエイターだそうです。勉強熱心なお国柄なのかもしれません。

日本と共通の流行としては、ミーガン・ジー・スタリオンさんによる日英のラップ曲 「Mamushi (feat. Yuki Chiba)」は、シンガポールでも人気です。

シンガポールの俳優兼司会者のハーマン・ケーさんも踊っています。

「Mamushi(feat. Yuki Chiba)」の楽曲はグローバルで人気

このように、TikTokで流行するダンスや楽曲は、「ミーム」と呼ばれる現象で広がっていきます。投稿者としては流行っているコンテンツを模倣して発信するだけなので、ハードルが低いというメリットもあります。こうした拡散方式もTikTokならではでしょう。

3カ月で1億以上の動画削除 TACのチェック体制

膨大な数の投稿が行なわれるTikTokですが、なかには暴力行為や過激な政治的発言、差別的行為など、ふさわしくないコンテンツも投稿されます。そこで、安心安全なプラットフォーム作りのために、コンテンツモデレーションが必要となります。TikTokはコミュニティガイドラインを策定し、AIによりコンテンツがポリシーに違反していないかををチェックしています。

しかし、AIだけでは判別できない内容もあるため、人的チェックを行なうコンテンツモデレーターを含む安心安全のプロフェッショナルを世界に4万人以上配置しています。コンテンツモデレーターは、コミュニティガイドラインの内容だけでなく、各国の文化や言語を熟知した人が選任されています。日本にも国内事情を把握しているコンテンツモデレーターが配置され、日々チェックしているとのことです。

TikTokは、2024年1月~3月において、公開された投稿数の1%以下にあたる約1億6,700万件を削除しています。そのうち、77%がAIによる削除です。TikTokの担当者は、「違反動画の77%を誰も目にすることなく削除できた」と、そのスピード感を強調します。

TACに設置されたモデレーションの体験ブース

筆者は、TACに設置されたコンテンツモデレーションの体験スペースにて、AIの画像認識を試しました。カメラの前でナイフを振りかざすと、瞬時にアラートが表示され、危険度が表示されます。一方、ナイフを横に構えると、危険度は低くなります。これは、ナイフでバターをパンに塗っている動画かもしれない、という判断になるからです。このようにAIでは判断が難しい場合は、人的チェックに回されます。

人的チェックに使う、コンテンツモデレーターのワークステーションのシミュレーターも体験しました。コンテンツモデレーターは、動画の概要(投稿者のフォロワー数やいいね数など)、動画から抽出された静止画などを閲覧し、動画を再生して確認します。コミュニティガイドラインに反している場合は、動画を削除し、「おすすめ」フィードに表示されないようにします。もし自分の動画が削除されてしまったとき、TikTokはどのポリシーに違反したかを伝えてくれるそうです。

実際にモデレーションを試したところ、「あまり良い印象ではないが、どのガイドライン違反なのか難しい」という動画もありました。コンテンツモデレーターがコミュニティガイドラインをすべて把握していなければ、正しい判断ができないでしょう。難しい業務である上に、違反動画を見続けることで精神的に参ってしまわないか心配になりましたが、負担にならないような勤務体制とカウンセラーによるサポートなどを用意しているとのことです。

モデレーションを体験。AIでは判断が難しそうな動画もありました

また、急速に普及しつつある生成AIによるコンテンツについても、対応しています。TikTokは2023年9月、AIによって生成されたコンテンツに自動でラベルを付与する機能を開始しています。

国内では「AI生成」という文字が動画に表示されます。クリエイターが明示することも可能です。誤解を招くコンテンツの拡散を防ぐための措置とのことで、コンテンツの信頼性の標準化団体「C2PA」との提携も行なっています。

「おすすめ」フィードに表示するレコメンドシステム

TikTokの魅力のひとつは、ユーザーを夢中にさせるレコメンドシステムだという話をしました。どのように「おすすめ」フィードの動画を選定しているのでしょうか。

TikTokは、動画を機械学習させるために、あらゆる事象を数値として表しています。ユーザーからは動画の「いいね」や「シェア」、アカウントのフォロー、コメント投稿、作成したコンテンツなど情報が提供されます。動画の情報としては、キャプション、サウンド、ハッシュタグなどがあります。また、言語や国の設定、デバイスの種類なども加味されます。こうした情報以外にも多くの情報を学習し、そのユーザーにとって有用なコンテンツを予測しています。

セミナーでは、ユーザーからのシグナルが「お気に入りかどうか」だけの例が挙げられました。新規ユーザーがアプリをインストールしたとき、最初は様々なコンテンツが含まれた8つの動画セットを表示するそうです。ユーザーの好みをレコメンドシステムが学習し、さらに8つの動画コンテンツを表示します。この段階ですでに本人の好みに合わせており、繰り返していくうちに本人の好みに絞られるのだそうです。

ユーザーの好みをレコメンドシステムが学習し、繰り返していくうちに本人の好みに絞られるのだそう

とはいえ、ユーザーはずっと同じカテゴリーの動画だけを見たいわけではありません。そこで、「おすすめ」フィードの前後のコンテンツについて類似性をチェックし、類似性が高い場合は別のものに置き換えています。TikTokによると、類似する動画を60%未満に抑えて、ユーザーが新しいコンテンツに出会えるように調整しているそうです。これは、フィルターバブルへの対策にもなります。

また、「これはもう見たくない」という動画に関しては、動画を長押しして「興味ありません」ボタンを押すと、おすすめされないようになります。「DIYで棚を作る情報が欲しかったが、もう完成した」といった状況などで便利な機能です。

さらに、「おすすめ」フィードをすべてリセットして初期状態に戻すには、「設定とプライバシー」の「コンテンツ設定」で「おすすめフィードを更新する」をタップし、「新たに開始する」画面から進むとリセットされます。TikTokに新鮮さを感じなくなったときは、リセットすると新たな動画に出会えるかもしれません。

「おすすめフィードを更新する」をタップし、「新たに開始する」画面から進むとフィードをリセットできます

透明性の確保で安全性を強調するTikTokの今後

今回、TikTokで安心安全への取り組みについて話を聞き、コンテンツモデレーションを体験したことで、TikTokの技術力の高さを実感しました。今回の記事では触れませんでしたが、青少年保護に関する取り組みについても説明がありました。TACについては日本初公開とのことで、今回は招待制でしたが、今後は透明性の確保のために対象者を拡大することも検討しているそうです。

TikTokに関しては、情報の取り扱いに関して、主に米国から厳しい意見が出ています。2024年4月には、バイデン米大統領がTikTok規制法に署名しました。半年以内に米国内での事業を売却しなければ、国内利用を禁止するものです。

これに対しTikTokは、米国のユーザーに影響する監視はすべて米国内で行なっていると主張し、規制法の撤回を求めています。米国の動きは気になりますが、日本国内のユーザーとしては通常通りプライバシーに気を付けつつ、TikTokを楽しんではいかがでしょうか。

協力:TikTok

鈴木 朋子

ITジャーナリスト・スマホ安全アドバイザー 身近なITサービスやスマホの使い方に関連する記事を多く手がける。SNSを中心に、10代が生み出すデジタルカルチャーに詳しい。子どもの安全なIT活用をサポートする「スマホ安全アドバイザー」としても活動中。著作は『親が知らない子どものスマホ』(日経BP)、『親子で学ぶ スマホとネットを安心に使う本』(技術評論社)など多数。