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宇都宮の新路面電車開業から1年 ライトラインは沿線をどう変えたのか?

平石でのぼり線とくだり線のライトラインがすれ違う風景

1年前の2023年8月26日、栃木県宇都宮市と芳賀町を結ぶ約14.6kmの新型路面電車が新たに開業しました。純粋な路面電車の新設は75年ぶりということでも話題になりました。

昭和40年代まで、路面電車は全国各地で運行されてきました。その後、マイカーの普及に伴って路面電車は急速に路線を廃止・縮小していきます。道路を走る路面電車は自動車の交通を阻害するといった理由から、大都市では地下鉄への転換が進められていったのです。

こうして路面電車はオワコンとされてきたわけですが、ライトラインと名付けられた宇都宮の新型路面電車は、そうした路面電車は時代遅れという機運を吹き飛ばしました。開業から1年を迎えるにあたり、ライトライン全線に乗り通して沿線の今を見てきました。

想定を大きく上回る需要から快速列車を導入

栃木県宇都宮市と芳賀郡芳賀町を結ぶ新型路面電車は2023年8月26日に開業しました。宇都宮駅東口を起点に芳賀・高根沢工業団地までの約14.6kmを結んでいます。起点と終点を含め、停留場は19あるので700m間隔で設置されていることになります。

路線バスの停留所より間隔はありますが、鉄道駅としては間隔が短く、気軽に利用できるのが特徴です。

昨年の開業前、筆者は宇都宮駅東口から芳賀・高根沢工業団地までの全線を自転車で走破してきました。開業直前の沿線は、新型路面電車を待ち詫びる様子がありありと感じられ、その高揚感は街にも溢れていました。

その後も筆者は定期的に宇都宮を訪れて、ライトラインに乗車しました。ライトラインに乗るだけではなく、ふと思い立って途中下車したり、停留場間を歩いたりして沿線を観察してきました。

開業から約1年が経過して、ライトラインは沿線をどのように変えたのでしょうか? それを確認するべく、宇都宮駅に降り立ちました。

宇都宮駅東口に停車中のライトライン

宇都宮を走る新型路面電車は、開業後も「宇都宮LRT」「宇都宮ライトレール」「芳賀・宇都宮LRT」「ライトライン」といった呼称が乱立して、統一された呼び名がありませんでした。地元民なら名称が不統一でも気になりませんが、市外からの来街者や観光客は複数の路面電車が走っていると錯覚してしまうかもしれません。

また40年近くも議論をして、ようやく新型路面電車が走り始めたわけですから、自治体はその存在を広くPRしたいと思っているはずです。

名称が不統一だと、宇都宮の事情に詳しくない市外の人からは同じモノをPRしていると受け取ってもらえません。せっかく広報に努めても、その効果は発揮できないのです。

宇都宮市議会は開業直後に名称が不統一であることを問題視し、改めてライトラインの呼称で統一する方向で話し合いを進めています。

宇都宮駅と東口に設置されたライトラインののりばを示す案内板

そうした一悶着は起きましたが、ライトラインは開業直後から想定していた需要を大きく上回っています。通常、行政が策定する需要予測は建設するための方便であることが多く、開業後に下回るのが常です。

ライトラインの沿線には、企業の事業所が多く立地していて、朝夕は事業所への通勤需要が旺盛です。また、高校や大学もあるので当初から通学需要があることも想定されていました。

そのため、ライトラインは新年度にあたる2024年4月1日にダイヤ改正を実施。朝時間帯に2本の快速列車が運行されるようになりました。快速は、宇都宮駅東口を出発すると市街地の停留場には目もくれず、宇都宮大学陽東キャンパスと平石に停車。学校や企業の事業所が立ち並ぶ清陵高校前からは全停留場に停車します。通過する停留場は多くありませんが、先述した沿線の学生や企業に務める社会人を対象にした停留場設定です。

ダイヤ改正により6時台と7時台に快速列車が1本ずつ設定された
宇都宮駅東口に掲出されている路線図

市民の足として定着 平日昼間や土日も多くの利用者

通勤・通学需要がライトラインの経営を支えていることは間違いありませんが、需要予測を大きく上回った大きな要因は平日の昼間帯や土日祝の利用者が想定以上に多かったことです。

ライトラインが走っている宇都宮市東郊は、観光客が訪れるようなメジャーな観光名所がありません。また、沿線の大半は企業の事業所が並んでいるので買い物などをする商業施設も多くありません。強いて言うならば、複合商業施設のベルモールと日本プロサッカーリーグに加盟している栃木SCが本拠地にしているグリーンスタジアムが土日祝日の需要を生み出しています。

グリーンスタジアムには、その名もズバリのグリーンスタジアム前という停留場がありますが、毎週のように試合が開催されているわけではありません。そうした環境でも、平日のデータイムや土日祝日に多くの人が利用しているのです。

開業から1年ほどは、開業したから乗ってみたい! という市民や来街者も多くいることでしょう。そうした記念乗車・ご祝儀乗車も多いと思われますが、宇都宮市民・芳賀町民の間にライトラインを使って出かけるといった意識やライフスタイルが根づいていることが利用者数からは窺えます。

そんな市民の足として定着しつつあるライトラインは、宇都宮駅と直結している宇都宮駅東口から発着しています。宇都宮駅東口はライトラインの工事と同時並行で街区の再開発が着手されました。そして、コンベンションセンターのライトキューブ宇都宮、ショッピングモールのウツノミヤテラス、医療機関のシンフォニー病院などが整備されています。また、宇都宮駅東口の停留場には定期券発売所も併設されています。

早くて正確な運行に一役買っている信用乗車方式

ライトラインの停留場にはICカードリーダーは設置されておらず、乗車時と降車時に車内の端末にタッチします。もちろん現金での利用も可能ですが、現金利用だと下車時は必ず前方のドアから下車しなければなりません。他方、IC乗車券ならどの扉からでも乗り降りすることが可能です。つまり、IC乗車券利用の場合はライトラインは利用客が乗車券を自己管理する信用乗車方式が採用されているのです。

まだLRTに不慣れな市民が多いため、乗降方法を説明するポスターや看板などがあちこちにある

信用乗車方式を採用すると乗降がスムーズになり、それだけ停留場での停車時間が短縮できます。それは混雑時に所要時間の短縮や定時運行といった効果を発揮します。信用乗車方式の導入は早くて時間に正確な公共交通の実現に一役買っているのです。

ライトラインは宇都宮市東郊に広がる企業の事業所への通勤者を主なターゲットにしているので、通勤・通学で利用する人にとって時間のロスを防ぐシステムは心強いといえるでしょう。

信用乗車方式はIC乗車券だけではなく、開業から約2カ月半後に導入された一日乗車券にも適用されています。一日乗車券は1,000円(小学生以下は500円)で1名が1日に何度も乗降可能です。

ライトラインは初乗り運賃が150円。宇都宮駅東口-芳賀・高根沢工業団地の全区間を乗り通すと400円ですから、おおよそ5回ほど乗車すると元が取れる計算です。

ライトラインの一日乗車券は紙製の簡素なつくりです。IC乗車券が当たり前になりつつある現在でも1日乗車券を紙製にしている路面電車は少なくありませんが、ライトラインのそれは一日乗車券に紐がついていて、首から下げられるようなタイプです。

ライトラインの一日乗車券は首から吊り下げられるように紐がついている

先述したようにライトラインは信用乗車方式を採用しているので、一日乗車券を購入していれば後ろのドアからでも乗降が可能です。特に運転士に乗車券を見せる必要はありません。

筆者は首から一日乗車券をぶら下げている姿は気恥ずかしかったので、途中から紛失しないように鞄にしまって乗降していました。

一日乗車券を購入してライトラインに乗り込みます。宇都宮駅東口を出発したライトラインは再開発で綺麗になった広場を抜けて、鬼怒通りと呼ばれる目抜き通りを東へと進みます。

法令上、ライトラインは全線が道路の上に線路が敷設されている併用軌道として扱われていますが、鬼怒川を渡る橋梁部など一部では電車しか走行できない“専用軌道”のような区間もあります。

併用軌道を走るライトライン
鬼怒川を超えるライトライン

宇都宮駅東口から鬼怒通りに出るまでの数百メートルはそんな専用軌道のような空間になっていて、自動車が線路に誤進入しないように警告標識も設置されています。

あちこちにLRTの軌道に立ち入らないように注意喚起するポスターや貼り紙がある

宇都宮には路面電車が走っていたことがなく、いきなり街の中に路面電車が走り始めました。路面電車と一緒に道路を走ることに対して不慣れなドライバーも多くいたはずで、宇都宮市ではライトラインの習熟運転期間を長くとって、ライトラインの運転士の訓練、そして市民への周知を徹底しました。それでも、開業してから軌道内に自動車が誤進入して事故は起きています。

宇都宮に限らず、路面電車と自動車の事故は珍しくありません。しかし、宇都宮ではライトラインと自動車の事故は大きく扱われました。これは路面電車が走り始めたという話題性と、今後の事故防止を啓発するという意味も含んでいると思われます。ある意味、ライトラインの事故が大きくニュースとして扱われたのは、新型路面電車を導入した都市の宿命といえます。

バス運転士不足でも公共交通を持続可能に バス事業者と連携

最初の停留場である東宿郷や駅東公園前を通り過ぎると、ライトラインの線路は宇都宮市を南北に縦断する国道4号線をオーバークロスします。

国道をオーバークロスするための立体交差は急勾配のようにも見えますが、特に電車は苦もなく線路を登っていきます。その風景は旧来の路面電車ではなく、いかにも新型路面電車といった印象です。

国道4号線を通り過ぎると峰に到着。さらに電車は進んで陽東3丁目、宇都宮大学陽東キャンパスといった停留場を駆け抜けていきます。

宇都宮大学陽東キャンパスは、その名前の通り宇都宮大学のキャンパスがあるので学生利用が多い停留場です。また、停留場の目の前には先述した大型商業施設のベルモールがあります。

同停留場で降りる人たちの多くは、ライトラインを利用してベルモールへと買い物に来る人たちです。

宇都宮大学陽東キャンパスは、大学生や買い物客といった需要を生み出しているだけではありません。ライトラインが単なる新しい路面電車ではないことを物語る停留場でもあります。

というのも、宇都宮市はライトラインの整備にあたって鉄道事業者やバス事業者、民間の企業などとも連携して、ライトラインとバスの乗り継ぎしやすいように工夫しているのです。

これはライトラインとバス事業者の共存共栄を目指す意味でも重要な取り組みです。そして、なによりも昨今はバスの運転士不足が深刻化していて公共交通が機能しなくなりつつあります。バスの運行事業者は運転士不足から路線バスの運転本数を減らしたり、長距離の路線を短縮したりといった措置を講じています。

その影響で、市内広範囲に公共交通の空白地帯が生じてしまう可能性がありました。それらを防ぐべく、電車とバスの乗り継ぎという連携が生まれたのです。これにより、乗り継ぐ手間は生まれますが、交通空白地帯の発生を抑制するといった効果は得られています。公共交通を持続可能にする工夫として、鉄道とバスの連携は欠かせなくなっているのです。

ライトラインの沿線では、5つの停留場でトランジットセンターと呼ばれる乗り継ぎ拠点を整備しています。宇都宮大学陽東キャンパスもトランジットセンターになっている停留場のひとつで、バスとの乗り継ぎができるほか、地域内交通所と呼ばれるデマンドタクシーののりばもあります。

また、ライトラインには4つの停留場に駐車場を併設しています。マイカーを停留場併設の駐車場に停めて、そこからライトラインで市中心部へと移動するパークアンドライドと呼ばれる使用方法も市民の間には少しずつ定着しているようです。実際、筆者が沿線を歩いた際にも併設の駐車場は多くの自動車を目にしました。

芳賀町工業団地管理センター前に設けられたパークアンドライド用の駐車場

また、自動車と電車の乗り継ぎだけではなく、14の停留場に駐輪場も整備されています。家から停留場までは自転車、停留場からは電車といった乗り継ぎ利用も多いことがわかります。そのほか、何かと話題になっているLUUPのポートが併設されている停留場も多く見かけました。

インフラを維持しやすいコンパクトシティ化も期待できる

宇都宮大学陽東キャンパスを過ぎると、ライトラインは鬼怒通りをオーバークロスするように高架橋を登り始めます。そして到着したのが平石です。平石にはライトラインを運行する宇都宮ライトレールの本社がありますが、筆者が訪れた日には社屋に「祝 400万人ご利用達成!」の垂れ幕がかかっていました。

ライトラインを運行する宇都宮ライトレール本社。400万人達成の垂れ幕がかかっている

開業から1年経たずに利用者が400万人を超えるのは、快挙と言っても過言ではありません。また、2024年7月の利用者は約43万9,800人と月間利用者数では過去最高を記録しています。

この勢いを持続していくことは重要ですが、沿線を眺めるとあちこちでマンション建設や宅地開発が進められています。宇都宮市の人口は約51万2,000人と多いのですが、近年は人口増加が横ばいになりつつあります。日本全体が人口減少傾向にある今、宇都宮市も今後は大きく人口が増加することは考えにくいことですが、ライトラインの沿線に人口が偏重することで上下水道や道路といったインフラを維持しやすいコンパクトシティ化につながります。

平石の停留場もトランジットセンターになっているため、停留場の目の前にはバスのりばのほか駐輪場と駐車場も併設されています。特に駐車場は6月にスペースを増設するなど、利用者が堅調に推移していることが窺えました。

トランジットセンターになっている平石停留場はバス停や駐輪場・駐車場などが整備されている
平石停留場の地域内交通ののりば

平石の次は平石中央小学校前です。同区間は外見からだとライトラインしか走れない専用軌道のように見えますが、ライトラインは全線が併用軌道です。その専用軌道区間には道路と交差する“踏切”のような場所がいくつかあります。

現在、国土交通省は踏切の新設を認めていません。平石-平石中央小学校前間にも道路と線路が交差する場所がありますが、ここには警報器も遮断機も設置されていません。ライトラインは建前として踏切は存在しないことになっているのです。つまり、平石-平石中央小学校前は、あくまでも“交差点”という扱いです。

しかし、その状態ではあまりにも危険です。そのため、安全対策として電車が接近したことを知らせる警報ランプが取り付けられています。とはいえ、正式な踏切と比べれば頼りなく、安全性を考えるとやはり踏切の新設は必要だと感じます。

車や歩行者が線路を横断する場所にも踏切は設置されていない

国土交通省の踏切を新設しないという原則は、鉄道の立体交差化を促して鉄道事故を減らす効果をもたらしました。しかし、それは逆に路面電車の新設を阻む要因にもなっています。

平石中央小学校前を過ぎると、ライトラインは鬼怒川を渡ります。川を渡ったところに飛山城跡があります。鬼怒川を渡った先も引き続き宇都宮市内ですが、ここから車窓は市街地から田んぼが広がる農村然とした風景へと変わります。

次の清陵高校前には名前の通り県立宇都宮清陵高校が立地しているほか、作新学院大学もあります。そのため、学生利用の多い停留場です。その清陵高校前を過ぎると、周囲の雰囲気は一気に工場街へと変わっていきます。大きな工場にありがちな煙突を見ることはできませんが、上空には送電線が伸び、それを支える鉄塔もあちこちに立っています。

これも工場街らしい光景ですが、それら送電線が張られた空を見ていると清原地区市民センター前に到着。ここもトランジットセンターが整備され、バスなどと乗り継ぎができるほかパークアンドライド用の駐車場、そして駐輪場が整備されています。

次のグリーンスタジアム前はライトラインの沿線で数少ない沿線外から誘客できるグリーンスタジアムがあります。しかし、平日の昼は乗降する人は多くありません。

グリーンスタジアム前から、ライトラインは専用軌道の高架線を走ってゆいの杜西へと進みます。ここと次のゆいの杜中央およびゆいの杜東の3つ停留場は、付近に造成されたニュータウン住民の足となることを期待されて開設されました。

そのため、ライトラインが走る道路の両端には、いかにもニュータウン然とした全国チェーン店が並んでいます。そして、次の芳賀台から芳賀町に入ります。このあたりから、再び工場街らしい雰囲気になりますが、芳賀町工業団地管理センター前はトランジットセンターとして整備されているのでパークアンドライド用の駐車場や駐輪場、バスの乗り継ぎなどができるようになっていて芳賀町の玄関といった雰囲気です。

芳賀町工業団地管理センター前に設けられたデマンド交通のりば

芳賀町にはライトライン以外の鉄道がありません。住民の多くが宇都宮市に通勤しているので、ライトラインの開業前まではマイカーやバスが主な通勤手段でした。ライトラインの開業により、芳賀町工業団地管理センター前までマイカーかバスを使い、ここからライトラインで宇都宮駅までといった通勤スタイルへと変化したのです。

芳賀町工業団地管理センター前を過ぎると、大きな谷間を越えてかしの森公園前に到着。そこから、さらに走ると終点の芳賀・高根沢工業団地に到着します。

芳賀町工業団地管理センター前-かしの森公園前間にある谷間の区間を走るライトライン

ライトラインに乗車して全線を乗り通してみると、ライトラインの沿線は市街地・農村・工場街・ニュータウンといったバラエティに富んでいることがわかります。車窓風景の移ろいを楽しむのもよいですが、それ以上にバスやマイカー、自転車などの乗り継ぎを意識した停留場が点在していることを実感します。

筆者はライトラインだけに乗って沿線を楽しみましたが、地元の人たちは日常的に停留場から自宅までバスやマイカーに乗り継いでいることが窺えました。

公共交通とマイカー・自転車を組み合わせるスタイルは、今後もいろいろな都市で試みられていくと思われますが、それには生活スタイルの変化を伴います。そうした変化は面倒なことと受け止められやすいのですが、先述したように大都市・地方都市を問わず鉄道・バスの運転士不足によって公共交通が機能しなくなっている都市は増えています。公共交通の空白を生じさせないためにも、宇都宮市・芳賀町のような持続可能な公共交通を模索し、実現した事例は参考になるでしょう。

ライトラインは単に新しい路面電車が誕生したという話ではなく、私たちの暮らしを維持していくための取り組みでもあるのです。

今後、ライトラインは宇都宮駅西口方面へと延伸予定
小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。