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スターシップ打上げ、見所はロケット空中キャッチ

©SpaceX

SpaceXの新型宇宙船、「Starship Super Heavy(スターシップ/スーパーヘビー)」の5回目となる試験飛行は10月13日7時以降(現地時間。日本時間10月13日21時~)との目標が発表されました。

7月初めにイーロン・マスクCEOは試験飛行実施を「4週間後」とXに投稿し、8月から9月と見られていました。しかし7月11日のFalcon 9の打上げで2段エンジンに液体酸素漏れが発生し、所定の軌道に衛星を投入することができなかったという事態が発生しました。この打上げ失敗により原因究明や連邦航空局(FAA)への報告なども必要であったことから、スターシップの試験飛行日程も大幅にずれ込んできています。

当初の目標日よりも遅れてはいますが、5回目の試験飛行でどんなことを達成する目標なのか、これまでの結果の振り返りとともに見ていきましょう。

スターシップ/スーパーヘビーは、完全再使用型の宇宙船とブースターの組み合わせで構成され、全長121m、直径は9mで100~150トンのペイロードを搭載できる多目的宇宙輸送システムです。

2023年からSpaceXはテキサス州のメキシコ湾沿いにある自社の射場「Starbase(スターベース)」で、スターシップ/スーパーヘビーの飛行試験を行なっています。衛星打ち上げロケット、2地点間輸送機、有人宇宙船といった多様なミッションの実現を目指すスターシップは、日本人宇宙飛行士も参加する月有人探査計画「アルテミス計画」で最初の月着陸機の役割を担う存在でもあります。

2023年4月の第1回飛行試験では、エンジンの異常のため、打上げから約3分後に機体が自律的に破壊されました。2023年11月の第2回飛行試験では、ブースターとスターシップの分離には成功したものの、ブースターはエンジンの異常により破壊され、スターシップは自律的に飛行が中断されてミッションは終了しました。2024年3月14日の3回目の飛行試験では、スターシップは軌道に到達し、再突入と地上への帰還開始までを実現しましたが、エンジンの不具合のために帰還に失敗しています。

6月6日に実施された4回目の飛行試験では、スーパーヘビーは地上への帰還を開始することができ、着陸に向けたエンジン噴射に成功し、打上げから7分24秒後にメキシコ湾へ着水しました。33機のラプターエンジンの一部に点火しないエンジンがあったものの、帰還に向けた一連の動作は計画に沿って完了しています。スターシップは軌道に到達し、3基のエンジンに点火して打ち上げから1時間6分後、インド洋上に着水しました。

機体は再突入によって損傷を受けたものの、着水まで降下中の全行程をリアルタイム動画中継しており、目標地点から6kmの範囲に着水したとマスクCEOは述べています。

次の試験飛行で「チョップスティック」が初稼働か

Starship SuperHeveay発射台の拡大部分。スターシップを把持している2本のアームが見える(©SpaceX)

今回の試験飛行で、SpaceXはロケットの発射場への帰還とスーパーヘビーブースターの空中キャッチに挑みます。ブースターは海上に着水するのではなく、発射台に帰還し、通称「チョップスティック(箸)」という一対のアームによって把持され空中でキャッチされる計画です。

このアームは2021年にスターベースの発射台を建設した際にはすでに組み込まれていました。2023年10月に開催された世界最大の国際宇宙会議(IAC)の場で、マスクCEOはチョップスティックによるブースターのキャッチを「1年以内に実施する」と目標を表明しています。ほぼ1年で、予告どおり空中キャッチが行なわれることになります。

SpaceXはこれまで、Falcon 9ロケットの場合は主に海上の自律型ドローン船に着地させる形で1段回収を行なってきました。この方法にしても驚異的ではありますが、着地にあたってドローン船を運行するコストがかかります。また海が荒れている場合は回収が難しくなるため打上げ条件が厳しくなるという側面もありました。

Falcon 9の1段を3基組み合わせた大型ロケット「Falcon Heavy」の場合は、ブースターを射点へ着陸させて回収するReturn To Launch Site(RTLS)という方式を実施しています。

RTLSならば打上げの条件は緩和されますが、ドローン船が位置を調整して迎えに行くという支援機能を利用することができないため、ブースターの飛行経路設計はより高い精度を求められます。また、ブースターが地上への帰還の際に発生するソニックブームの地上への影響も考慮する必要がありました。ソニックブームとは、超音速で飛行した際に生じる衝撃波のことで、地上では雷のような音が数回聞こえます。

7月29日付けで、SpaceXはスーパーヘビー帰還時のソニックブームについて、4回目の試験飛行の結果から評価した見解を公表しました。スターシップとの分離後に、スーパーヘビーは打上げから数分でスターベース近辺に戻ってきます。

前回の結果から、発生するソニックブームはFalcon 9ロケットと比較すれば大きいものの、影響は帰還するエリア、特に射点の周辺に集中するもので、影響を受けるような物体は周辺から撤去されているといいます。

また、RTLS帰還にあたっては、ブースターと射点のタワーのシステムが正常であることを確認し、フライトディレクターが手動でコマンドを送信する手順になっているといいます。

フライトディレクターがコマンド送信を許可しなかった場合、またはシステムがスーパーヘビーやタワーの条件が整っていないと判断した場合には、ブースターはこれまで同様にメキシコ湾へ着水する軌道に設定されます。

SpaceXが公開したイメージ映像(©SpaceX)

スーパーヘビーの空中キャッチ実現には、ブースターが発射台に正確に戻り、針の穴を通すかのようにアームの間に垂直に降りてくる必要があります。

高度な制御を必要とすることがうかがえる一方で、着陸の際に機体が転倒するリスクが少なくなり、ブースターの再利用にとってメリットがあります。短いサイクルでスーパーヘビーの機体を再利用するために考案されたといわれ、スターシップ本体の着陸・回収とチョップスティックを使ったスーパーヘビーの回収が5回目の試験飛行の焦点となりそうです。

2段スターシップの飛行計画には、宇宙を飛行してから地球帰還に向けてエンジンに着火する「軌道離脱燃焼」が含まれていますが、今回はこれを行なわず、前回の飛行計画と同様にインド洋へ着水する計画です。

スターシップがより自在に軌道上での飛行を行なうようになれば、「アルテミス計画」でスターシップが月面着陸機の役割を果たすために必須となる軌道上での推進剤補給実証が実現できるようになります。軌道離脱燃焼やより高度なスターシップの飛行は、6回目以降の飛行試験に持ち越されるということでしょう。

21世紀の傑作ロケットエンジン「ラプター」

2016年の開発開始当初のラプターエンジン(©SpaceX)

ここから、スペースシップを支える要素技術を紹介していきましょう。今回は、巨大な輸送能力を生み出す源泉であり、液体メタン/液体酸素を推進剤とする「Raptor(ラプター)」エンジンについてです。スターシップには、1段スーパーヘビーに33基、2段スターシップには3基のラプターエンジンと3基の真空用ラプターエンジン(ラプター・バキューム:RVAC)、合計6基のエンジンが搭載されています。

2021年、開発中のスターシップとラプターエンジン(©SpaceX)

SpaceXはスペースシップ開発にあたって、現在の主力ロケットFalcon 9の「Merlin 1(マーリン1)」とは異なるコンセプトのラプターエンジンを開発してきました。現在のマーリン1Dエンジンとの大きな違いは、燃料の種類と、燃料・酸化剤をエンジンの燃焼室に送り込む方式の2点です。

ロケットエンジンの中でも、大きな推力が必要になる1段のメインエンジンは、燃料と燃焼方式、機体の重量バランスなどの点で最大の効率を求められます。再使用ロケットの場合は、これに耐久性という要素も加わります。

Falcon 9ロケット(©SpaceX)

マーリン1Dエンジンでは、灯油の一種であるケロシンをベースにしたロケット燃料と、酸化剤の液体酸素を推進剤として使用しています。燃料、酸化剤をガス化して主燃焼室で高温高圧のガスを生み出すために、タンクから出たケロシン、酸素の一部を小さな副燃焼室(プリバーナ)で燃焼させ、燃焼ガスの圧力でターボポンプを回転させて燃料、酸化剤を主燃焼室に送り込みます。

このとき、ターボポンプを駆動した燃焼ガスはそのまま外部に排出、つまり捨てています。推進剤をすべて使い切っていないので、効率を一部犠牲にしているわけです。

副燃焼室で燃やしたガスを捨てずにエンジンの主燃焼室に送り込み、推進剤をすべて使い切るという方式もあります。副燃焼室のガスを捨てる場合は、配管が外に向かって開いているわけですから「オープンサイクル」、捨てずにエンジンに戻す場合は配管がループを描いているので「クローズドサイクル」と呼びます。

Falcon 9Dエンジンはオープンサイクルのエンジンの一種です。原理的には効率を犠牲にしているわけですが、このエンジンを9基、Falcon Heavyの場合は27基も束ねて使用することで大きな推力を生み、有人宇宙船の打上げや木星の衛星エウロパまで探査機を送る深宇宙ミッションの打上げまでも可能になりました。

液体酸素を通常よりもさらに低温にして密度を高め、ロケットへの搭載量を増やすなど改良も重ねています。

Falcon 9のマーリン1エンジン(©SpaceX)

とはいえ、クローズドサイクルによって推進剤を余す所なく使い切ることができれば、より効率が上がり、さらなる大推力も、また燃費に相当する高い比推力も得ることができます。

クローズドサイクルの中でも推進剤を2段階に分けて燃焼させる方式を「二段燃焼サイクル」と呼びますが、副燃焼室であまり効率よく燃料と酸化剤を燃やすと温度が高くなりすぎ、燃焼室を痛めてしまうという問題が発生します。

そこで、ガスの混合比を燃料または酸化剤のどちらかが多いように、つまり副燃焼室ではわざと不完全燃焼を起こすというソリューションが過去のエンジン開発では取られてきました。燃料を多くする場合は燃料リッチ、酸化剤を多くする場合は酸素リッチと呼びます。

しかしさらに検討すべき問題点があります。燃料リッチの場合、燃料から出る煤の量が無視できなくなり、配管を詰まらせてしまうというリスクがあります。特にケロシンは現在主流のロケット燃料の中でも煤が多いのです。

一方で酸素は腐食性の高い物質であり、副燃焼室を損傷してしまうリスクもあります。歴史的には、ソ連製の傑作ロケットエンジンで、米国の「Atlas V」にも採用されている「RD-180」は煤よりも酸素のリスクを許容して酸素リッチを選択しました。

ソ連は米国に先駆けてRD-180で酸素リッチの二段燃焼サイクルを実現したわけですが、2014年のロシアによるクリミア侵攻の後、ロシアから輸入したRD-180エンジンを米国のロケットに使用することに強い反対論を唱えたのがイーロン・マスクCEOでした。

ラプターエンジンの開発が正式に始まったのはその後ですが、すでに「より高度なエンジンを作る」というゴールを思い描いていたのかもしれません。

さて、二段燃焼サイクルに向けてケロシンよりも煤の出にくい燃料を選択するという視点も当然出てきます。スペースシャトルのメインエンジンや、日本のH-IIAロケット1段のメインエンジン「LE-7A」は、燃料に液体水素を選択した二段燃焼サイクルのエンジンです。

H-IIAロケット1段のメインエンジン「LE-7A」(©JAXA)

液体水素と液体酸素を合わせて燃焼させれば、燃焼ガスからは水蒸気が排出されます。煤は基本的にありませんから、燃料リッチにかじを切ることができそうに思えます。

ところが、水素は質量が小さすぎ、また沸点があまりにも低いためタンクのサイズが非常に大きく、液体として保存するための断熱が非常に難しくなるという大きなリスクが存在します。そこで近年、注目されてきたのがケロシンと水素の中間といえる性質を持つ「メタン」でした。

メタンはケロシンよりも煤が出にくく、水素より体積あたりの重量が大きくて沸点も低い上に、酸化剤の液体酸素と温度、質量が近いという性質を持っています。燃料、酸化剤のタンクサイズのバランスを取りやすく、温度の点でも取り扱いやすい上に、石油の副産物としても、バイオ燃料としても製造することができてコストが安いというメリットまであります。

過去からロケット燃料としては注目されながらも、なかなかロケットエンジンとして実用化にいたらなかったメタンをSpaceXはラプターエンジンの燃料として選択しました。

これは、SpaceXが目標としている火星移民の際に火星で製造できる物質だということや、水素よりも液化の際の温度が高く、軌道上で燃料補給をして月面着陸のような高度なミッションが可能になるといったメタンならでは性質がロケットのオプションとして現実のものになってきたからでしょう。

メタン燃料をロケットに採用し、衛星を軌道投入した最初の例は、実は中国の企業です。SpaceXはメタン燃料ロケットの軌道上への打上げという点では世界初にはなりませんでしたが、燃料リッチの副燃焼室と酸素リッチの副燃焼室を両方備え、どちらかに片寄ることなく推進剤を余す所なく使い切る、「full-flow staged combustion cycle:FFSCC(フルフロー・二段燃焼サイクル)」という方式で世界初の実用化を達成しました。

SpaceXは改良を重ねた歴代のラプターエンジンの写真を公開していますが、同じエンジンとは思えないほど最新型の「Raptor 3」は外観はシンプルに、そしてよりパワフルになっています。

フルフロー・二段燃焼サイクルの場合、メタンと酸素のそれぞれの副燃焼室ではこれまで同様に不完全燃焼が起きているわけですから、温度の上がり過ぎを防ぐことができ、安全性とエンジンの耐久性が向上します。

一方で、構造は非常に複雑になりエンジン全体の質量が大きくなってしまう上にコストも高くなります。完全再使用を目指すSpaceXだからこそ一心不乱に目指すことができたエンジンだと言えるでしょう。そうであっても、高温に耐える独自の素材開発から手掛けなければなりませんでした。

メタン燃料ロケットエンジンの打上げでは先行した中国ですが、このフルフロー・二段燃焼サイクルの開発で追随するかたちになっています。超大型ロケット「長征9号」のバリエーションのひとつとして目指しており、打上げ目標は2033年だということです。

中国は多様なロケットのラインナップでミッションの性質に合わせた宇宙輸送を段階的に、着実に開発しています。その中でフルフロー・二段燃焼サイクル方式のエンジンを採用したということは、超大型ロケットにとって欠くべからざる要素だといえますが、それでも実用化は10年近く先の目標です。

すでに4回のスターシップ/スーパーヘビーを成功させたSpaceXのラプターエンジンが並外れた存在であることを、中国が実質的に認めているともいえそうです。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)