鈴木淳也のPay Attention
第238回
AIとソフトウェアが変えるリテールテックの世界
2025年3月7日 12:16
日経メッセ主催のリテールテックJAPANが3月4日から7日までの日程で東京ビッグサイトで開催されている。リテール業界向けの技術展示会としては毎年1月に米ニューヨークで開催されている「NRF Retail's Big Show」と並んで世界でもトップクラスの規模となるが、富士通や東芝(テック)などのように両展示会に顔を出すベンダーもあり、北米市場向けと日本向けで提案しているソリューションが異なっていて非常に興味深い。
また、しばらくリテールテックの展示を見合わせていたAmazonのAWSが今年のリテールテックでは久々に復活しているなど、盛り上がりの面でも気になるところだ。
今回は展示会全体の雑感や紹介ではなく、1月のNRFレポートでは長さの関係で割愛させていただいた富士通とAWSの展示内容にフォーカスしてまとめたい。
ドイツのGK買収で国内展開を加速する富士通
富士通が2023年に買収したドイツのGK Softwareはリテール業界に特化したソリューションを多数抱えており、特にグローバル展開や国内限定でも広域展開を行なうチェーン型の大型ストアでの利用が多い。
企業向け基幹システムのERPソフトウェアでは業界最大手の1社であるSAPとの関係が深く、同社ソフトウェアとの連携が容易なほか、SAP自身がリテール業界の顧客向けにGKの製品を再販しているケースもあり、世界中で活用事例が広がっている。公表されているデータによれば、66カ国に500以上の顧客企業がおり、特に世界の小売でトップ50企業のうちの2割以上が同社製品を利用しているという。
NRFでは2023年までは富士通とGKで別々のブースを構えていたものの、2024年には隣接した場所にブースを構えるようになり、今年(2025年)は富士通ブース内でGKのソリューションを紹介するようになった。
GKはすでにグローバル企業を中心に北米に多くの顧客を抱えているが、これを日本国内でグローバル展開を進める企業らにも紹介し、積極的に活用してもらおうというのが今回のリテールテックの富士通ブースでのポイントとなる。
GKの「CLOUD4RETAIL」の特徴の1つはSaaSベースのアプリケーションという点にある。富士通の性質からしても言えることだが、従来型のERPを含め業務用ソフトウェアというのは自社のサーバやデータセンター上にアプリケーションを構築し、必要に応じてカスタマイズを加えていったり、場合によってはスクラッチから基幹システムを組み立てていったりと、膨大な工数を使ってSIerやソフトウェアベンダーが手作りしていくことが多かった。
CLOUD4RETAILでは機能がマイクロサービスとしてモジュール化されており、APIで既存のシステムと接続していくことで必要な機能を切り出していけるため、すでに基幹システムや他の業務アプリケーションを持つユーザー企業であってもスムーズに導入が可能で、かつ1カ月程度など比較的短期間でサービスを導入できるメリットがある。
前述のようにGKはグローバル企業の顧客を多く抱えていることもあり、多言語対応や地域分化に合わせたローカライゼーションも容易だ。
商習慣は国によって違うため、従来は基幹システムはグローバルに合わせていたとしても、フロントに近い部分の業務は各地域のオフィスがそれぞれの地域のITスタッフやベンダーに依頼してシステムを構築するようなケースも見られたが、CLOUD4RETAILではコアモジュールをグローバルで共通化しつつ、言語対応など必要な部分のみモジュールを切り替えることで容易にアプリケーションのグローバル展開が可能になり、本部からすべてのアプリケーションを一括管理できるなど運用コスト削減や効率化を実現する。
事例としてはドイツのスポーツ用品メーカー アディダスの例が挙げられていた。これにより各国に散っていたITスタッフを本部に集約することが可能になったという。
このほか興味深い機能として挙げられるのは、POSの画面上にWebアプリを適時埋め込み表示できる機能で、各種レコメンドや商品情報確認など、最初からPOSのソフトウェアを作り込まずとも必要に応じて機能をWebアプリとして拡張できる。
(既存のSAPによる販売を除き)富士通によるCLOUD4RETAILの国内展開は始まったばかりだが、現在ドラッグストアのウエルシアと行なっているダイナミックプライシングの実験が顧客事例として挙げられている。スーパーマーケットのGMSなどと並び、価格戦略が重要となるドラッグストア業界だが、同社が抱えるデータ資産を活かしてAIに価格策定を行なわせることで、利益増加の効果を生み出している。
GKで今後注目なのは、同社が1月に買収したドイツのNomitriが持つセルフレジでの不正検知ソリューションで、AIによる不正判定をクラウドや店内のサーバーではなく、エッジデバイス上で判断する。
これがどのようにCLOUD4RETAILのようなプラットフォームに連携してくるのかは不明だが、今後この機能がモジュール化されて実績を積んでいくことで、他の機能モジュール同様に顧客が自身のセルフレジなどに必要に応じて機能を組み込んでいけるようになるのかもしれない。
AIが実現する新しいリテール体験
AWSブースの展示だが、リテールテックではよりAIにフォーカスする形で顧客の購買体験においてAWSがどのように関わっていくのかを、接触から販売、購入後のサービスまで、一連の流れをカスタマージャーニーという形で並べる形式となっている。生成AI実行環境であるAmazon Bedrockを使い、これまで人手に大きく依存していた部分をAIに置き換え、より多くの企業が新しい購買体験を自社に取り込めるようになったというのが大きなポイントだ。
接触ポイントとして最初に出てくるのがAIバーチャルアシスタントだ。
近年はディスプレイにアニメーションするバーチャルアバターを表示さえ、音声ガイド付きで各種の案内を行なうサービスというのも珍しくないが、今回のAWSの展示ではProtoの大型ホログラフィックディスプレイを用い、「最初の接触ポイントなのでインパクトが大事」(AWS)ということでブースでも目立つ存在となっている。
バーチャルアバターの動作にはAvataarのモデリング技術を用い、普段は商品紹介を行ないつつ、詳細説明はバーチャルアバターに音声で解説させるデモンストレーションとなっている。生成AIが活用するポイントの1つは言語切り替えで、オリジナルの説明は英語だったようだが、受け答えの言語を日本語や中国語などに切り替えつつ、利用者と音声で受け答えができる。
顧客とのエンゲージメントではTealiumのソリューションが紹介されている。通常、顧客分析には専用ツールを使ってログなどの情報を整理し、その出力結果を利用して販促活動を行なっていくが、同社のソリューションではECサイト上にあらかじめツールを埋め込んでおくことでリアルタイムに情報分析し、最適なタイミングで必要な販促活動に結びつけることが可能になるため効果が高くなるというもの。
分析系のツールとしてサプライチェーンのコーナーでパートナー紹介されていたのはo9で、グラフキューブという技術により最適化のためのデータ分析が行なえるという。サプライチェーンの構造というのはとかく複雑で、最適化の組み合わせを考えると膨大な計算が必要になるが、このグラフキューブの技術では従来型のRDBMSと比べて1,000倍近い高速化が可能になると説明している。
次のスマートストアでは販売の提案方法をAIの活用で変化させる。
家具販売を想像してみたとき、その家具が実際に自分の部屋に合うのか、他の商品と組み合わせたときのイメージはどうなるのかなど、いろいろ検討するだろう。
AWS Room MakeoverではStable Diffusionで想定するイメージの部屋をバーチャルに再現し、そのうちの販売提案したい家具を自社製品を結びつけて販売機会を増やしていく。もう1つのバーチャルTry-Allは、先ほどのProtoとAvataarの技術を用い、バーチャルアバターを使って実際に着せ替えを行なって服の上下から靴までを組み合わせてチェックできる。
生成AIは商品提案の世界も変化させる。ラフスケッチを描くと、それに応じてLeonardo.Aiがパラメータに沿って清書されたイメージを生成してくれるので、あとは商品説明のベースとなる情報を入力することで、AWSがSNSやWebサイトなど、販促やアピールにつながる文章やレイアウトを自動作成してくれる。膨大な商品があったとしても、生成AIの力を借りることで作業負担が大幅に減るため、生成AIが業務の効率化を実現している分かりやすい実例だ。
商品の販売方法としては、いわゆる3Dのバーチャル空間でのショッピングが考えられる。
この手のバーチャル空間でのコマースはSecond Lifeの時代から延々と挑戦が続いてきたものだが、モデル生成の手間に対してエンゲージメントが弱いなど、労力に見合ったリターンが得られなかったのが大きな難点だった。生成AIはこのギャップを埋めるもので、実際に実例としては家具チェーンのCrate&Barrelのデモンストレーションが紹介されていた。ソリューションはObsessによるもので、実際にバーチャル空間からそのままショッピングサイトへの誘導が可能。
カスタマージャーニーの最後が、冒頭の写真で紹介したAmazon Beyondだ。
お馴染みのAmazonのショッピングサイトだが、これがそのまま先ほどまで見てきたバーチャル空間に置き換わっている。ここで商品をさまざまな角度から眺めつつ、実際に類似品や競合品と見比べて購入行動に移ることができる。
だがこのAmazon Beyond最大のポイントは、通常のマーケットプレイスなどのショッピングサイトにある商品のサンプル画像を使って“自動で”3Dモデルを作成する点にある。つまり、従来通りに商品をAmazonのECサイトに登録するだけで、Amazon Beyondのバーチャル空間でのショッピングに商品として陳列が可能になる。
現在のところ、どのように陳列を行なうかの部分では人手による介入が必要だが、生成AIがショッピング体験を大きく変化させるという意味で、非常に面白い試みだといえる。