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H3ロケット3号機がいよいよ打上げ これからどんな活躍をする?
2024年6月30日 09:30
7月1日、JAXAと三菱重工業が開発した新型基幹ロケット「H3」の運用1号機(H3F3)が先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」を搭載して種子島宇宙センターから打ち上げられます。
2014年の開発開始から10年、試験機1号機の失敗による地球観測衛星「だいち3号(ALOS-3)」の喪失と、改良を経ての今年2月の試験機2号機打上げ成功を受けて、初めて大型衛星の軌道投入に挑みます。これまでの歩みと、これからH3の活躍するところを整理してみましょう。
H3は、日本の液体ロケット技術を踏襲する液体酸素、液体水素を推進剤とする2段型衛星打上げロケットです。全長約63m、直径約5.2mで、1段メインエンジンの数(2基または3基)と固体ロケットブースタの数(なし/2本/4本)によって3種類の打上げ形態があります。
H-IIAロケットに代わり大質量衛星打ち上げを担う
H3は、これまでの主力ロケットで2001年から運用されている液体燃料ロケット「H-IIA・B」に代わる日本の基幹ロケットとして開発されました。H-IIAでは足りなかった高度約3万5,800kmの静止軌道への衛星投入能力や、H-IIA派生型の専用ロケットH-IIBで対応していた国際宇宙ステーション補給機HTV(こうのとり)のような大質量の衛星の打上げを1本化し、製造時間や衛星搭載準備の時間を短縮して、より高頻度、低コストの衛星打上げを担うことが目的です。
H-IIAでは、1段エンジンに二段燃焼サイクルという技術を用いた高精度な「LE-7A」エンジンを採用していました。「プリバーナ」という小さな燃焼室で推進剤をあらかじめ燃やし、そのガスでエンジンを駆動させるという方式で、液体水素・液体酸素のポテンシャルを余す所なく引き出すという点では非常に優れたエンジンですが、構造が複雑でコストがかかります。
そこで、H3ではエキスパンダー・ブリード・サイクルという、二段燃焼サイクルでは必須だったプリバーナを廃した、よりシンプルな構造のエンジン「LE-9」を採用しました。コスト面、製造時間という面では目標にかなっていますが、もともとは2段ロケット用のエンジンということもあり、大出力化に課題を残したスタートでした。
そうした事情もあって、2020年に初打上げ予定だった試験機1号機は2回、エンジンに水素や酸素を送り込むターボポンプ(高速で回転する部品)の問題で打上げを延期しました。このとき、水面下で進行していたもうひとつの課題がありました。H3試験機1号機に搭載する衛星です。
打上げに失敗したH3試験機にALOS-3が搭載された経緯
2024年4月、JAXAはマネジメント改革検討委員会という組織改革の報告書を発表しています。この中に、打上げに失敗したH3試験機1号機とALOS-3搭載の経緯がまとめられています。
2015年頃、JAXAにおいてプロジェクト経費の効率化のため商用衛星を搭載する方向性も検討したが、政府の意見を踏まえつつ、大規模な開発予算を必要とするH3開発の立ち上げに伴い、厳しい予算事情の下でのJAXA全体事業にかかる効率的な予算執行の観点を重視し、H3ロケット試験機にはJAXA衛星を搭載することを基本とした。
その時点においては、単にテストフライトだから著しくリスクが大きいというものではないという考えがあり、それをベースに試験機で実用機(JAXA衛星)を打上げる前提でH3ロケット開発を進めた。加えて搭載する衛星については、重要なミッションにも関わらずALOS-4プロジェクトの立ち上げが困難な状況のなか、試験機への搭載機会を活用することでプロジェクトを新規に立ち上げることを優先した。
(出典:JAXA「マネジメント改革検討委員会報告書」より)
日本の地球観測衛星「ALOS」シリーズは、2011年に初代「だいち(ALOS)」が運用を終了し、レーダーで地球を観測する機能を引き継いだ「だいち2号(ALOS-2)」が2014年に打上げられていました。しかし可視光や赤外線で観測(「光学衛星」と呼びます)する「ALOS-3」、レーダー衛星後継機の「ALOS-4」はなかなかプロジェクトが立ち上がりませんでした。
地球観測衛星のミッションが重要ということは認識されていたにもかかわらず、予算の制約でALOS-4開発をスタートできない、そうした課題のために、新型ロケットであるH3の試験機1号機にALOS-4を搭載しようということになります。そしてALOS-3はH-IIAに搭載して打上げることになりました。
その後、2019年にALOS-4からALOS-3への載せ替えの判断がなされる。これは、H3初号機の2020年打上げとALOS-3の早期打上げを予算内で両立させる方策としてJAXA内で提案に至ったものである。
民間事業者や政府機関が関わる衛星をH-IIAからH3に変更するのはリスクの観点から評価すべきという議論はあったが、両者に受け入れていただけるのであればそうすべきという結論となった。
当時は、H3開発が順調な中であり、載せ替え対応がJAXAとしては適切と考えた。その結果、2019年度の宇宙基本計画工程表にて反映されている。その後、H3/LE-9エンジン開発後期においてトラブルが発生し、再びH-IIAへの載せ替えの議論はあったが、予備機をもたずH-IIAの最終号機も決まっている中、H3開発を待ったほうがよいという結論となった。
(出典:JAXA「マネジメント改革検討委員会報告書」より)
つまり、H-IIAの引退が決まっている中で、ALOS-3を搭載するロケットを相当にやりくりせざるを得ず、新型でまだ余裕があると考えられていたH3に載せ替えられることになったわけです。どこかが決定的に悪いわけではないのかもしれませんが、予算がない、という事情を加味していった結果、ALOS-3はH3試験機1号機に搭載されることになりました。
約2年の遅れを経て試験機1号機ではLE-9エンジンは、ターボポンプ部分の問題を完成形の一歩手前である「Type1A」という段階で打ち上げられました。LE-9は1段エンジンとしての機能を果たしたのですが、H-IIAからほとんどそのまま引き継いだ、実績があるはずの2段エンジン「LE-5B」の電気系統に問題が生じて、2段エンジンに点火できずに打上げ失敗ということになったのです。
打上げに成功した2号機
およそ半年にわたって、H3プロジェクトチームは2段電気系統の不具合対策にあたることになりました。最近の打ち上げ失敗の例でいえば、2022年秋に起きたイプシロン6号機の失敗の場合、推進剤タンクを製造する際に内側を仕切るゴム膜(ダイヤフラム)を2つの部品に挟み込む施工に問題があり、ダイヤフラムの端が損傷していたということがわかっています。しかしH3の場合、問題をひとつに絞り込むのではなく、可能性のある3種類の部分すべてに手当をするという対策を講じることになりました。
H3試験機2号機には実際の人工衛星ではなく、ALOS-3の質量を模したダミーの「ロケット性能確認用ペイロード(VEP-4)」が搭載されました。また、試験機搭載を希望する小型衛星を募集し、「CE-SAT-IE」と「TIRSAT」の2機を軌道投入しました。CE-SAT-IEの軌道投入精度はH-IIAと同等の結果となったこともあり、衛星打ち上げロケットとしての機能を果たしたことが確認されています。
ALOS-4を搭載して打ち上げられる「H3ロケット3号機」
開発開始から10年、初めての大型衛星軌道投入の成否がかかっているH3ロケット3号機(F3)では、もともとの構想では試験機1号機に搭載する予定だったALOS-4を搭載します。
レーダー地球観測衛星は、活躍中のALOS-2が能登半島地震の被災地を1月1日の深夜に観測するなど、災害時の被災状況の把握に力を発揮する衛星です。ALOS-4はALOS-2からさらに観測範囲やデータ送信などの能力を増強し、船の航路の安全を守るAIS受信アンテナも備えた衛星です。H3が遺憾なくその性能を発揮し、所定の軌道にALOS-4を届けてくれることが期待されます。
H3/ALOS-4の打上げ予定日時は現在のところ日本時間7月1日12時6分42秒から12時19分34秒まで、種子島宇宙センターのリフトオフから16分45秒後に衛星を分離します。インターネット打上げ中継のほか、日本各地でパブリックビューイングも行なわれます。ただし、天候状況により変更の可能性もあります。
エンジンの改良は今後も続く
H3はこれから、日本の主力衛星打上げを担いつつ、残るエンジンの改良を続けていくことになります。
日本の宇宙開発の基本方針を示す宇宙基本計画の工程表には、2024年度中のH3打ち上げ目標にXバンド防衛通信衛星3号機と準天頂衛星5号機があります。2025年度以降の注目されるミッションは、日本の新たな国際宇宙ステーション補給機である「HTV-X」1号機やインドと共同の「月極域探査機LUPEX」でしょう。
そして2026年度には、H3開発問題で2年延期することになった火星衛星探査計画「MMX」が控えています。MMXは日本にとって2回目の火星圏への挑戦になるだけでなく、H-IIA 42号機で達成した火星圏への軌道投入の継承という意味もあります。
一方で、H-IIAはあと2機、2024年度中に情報収集衛星レーダ8号機と温室効果ガス・水循環観測技術衛星(GOSAT-GW)を打上げて引退することになります。H-IIAからH3交代にあたって、空白期間を生じさせず、移行期間を設けられたことは重要です。
ただし、H3はこれで完成ではありません。新型エンジンLE-9は、現在はType1Aという、完成一歩手前の段階です。3Dプリンティング技術を取り入れて製造する、完成形の「Type2」に移行する時期はまだ明確にされていません。
また、Type2エンジンは、通称「シングルスティック」と呼ばれる1段エンジン3基、固体ロケットブースタなしの形態(H3 30形態)での打上げに必須です。「従来ロケットの半額」とされる50億円程度で打上げが可能になるのはこの30形態のことですから、H3はまだH-IIAのコストを半減したわけではないのです。
H3の目標として、海外からの打上げ受注があります。すでに海外の通信衛星の打上げ契約をひとつ獲得していますが、本格的な受注はこれからでしょう。約50億円の目標は実現していないものの、円安のほうが受注にとって追い風となっているかもしれません。
打上げ頻度では圧倒的なSpaceXのFalcon 9は、現在の標準価格は6,975万ドル(約111億円)となっています。搭載能力が異なるため必ずしも単純比較はできませんが、打上げ時期などの条件が合えば、H3が海外顧客の目的に合致するケースは出てくる可能性があります。そのためには、これまで年間6回程度だった打上げをより高頻度化するためのインフラづくりが必須となります。今夏始まる宇宙戦略基金の予算も活用しつつ、H3が活躍する環境を整えていくことになるでしょう。