トピック

福井県立大学はなぜ「恐竜学部」を開設するのか

恐竜の骨格標本をスキャン作業している様子(画像提供:福井県立大学)

福井県立大学は2025年4月に新たに「恐竜学部(仮称)」の開設を予定しています。同大学が新学部の開設を発表した直後は、その名称から大きな話題を呼びました。

そんな恐竜学部(仮称)ですが、そもそも恐竜学とは一体なんなのでしょうか? また、どういったことを学ぶのでしょうか? 新学部長の就任予定者である福井県立大学恐竜学研究所の西弘嗣教授に、恐竜学部(仮称)の構想や恐竜研究の最前線、昨今の恐竜ブームについて話を聞きました。

新学部長の就任予定者である福井県立大学恐竜学研究所の西 弘嗣教授(画像提供:福井県立大学)

学名がついている恐竜のうち半数以上が福井県で発見

――福井県からは、恐竜の化石がたくさん発掘されて、最近は「恐竜といえば福井」というイメージも定着しつつあります。そもそも福井=恐竜というイメージは、いつぐらいから広まったものなのでしょうか?

西:まず前提としてお話ししておきたいのが、福井で恐竜学の基礎をつくった人物が東 洋一先生です。東先生は、福井県立恐竜博物館名誉顧問や福井県立大学名誉教授を務める恐竜研究の第一人者です。

福井県が恐竜王国の第一歩を踏み出すことになったのは、1985年に女子中学生から歯のような化石が東先生のもとへ持ち込まれたことがきっかけでした。持ち込まれた化石は、当初「サメの化石ではないか?」と推測されていました。ところが、実物を見てみたら「恐竜の化石だろう」と判断されました。

地質学的に考えると、福井県と富山県と石川県と岐阜県には手取層群と呼ばれる地層が分布しています。手取層群は白亜紀の地層で化石が出ると判明していますが、当時の福井ではワニ以外の化石は見つかっていませんでした。そこで、東先生は福井の手取層群の調査に入りました。削岩機などを使って調査すると、やはり恐竜の化石が出てきたのです。

当時の東先生は福井県立博物館の学芸員として勤務していましたが、「ここから絶対に恐竜の化石が出るから、発掘費用を県の予算から捻出してほしい」と福井県の栗田幸雄知事(当時)に掛け合い、予算化していただきました。これにより恐竜の発掘ができるようになり、化石がたくさん出てきたのです。

それ以降は、発掘を進めるたびに、次から次へと恐竜の化石を見つけることができました。こうして福井市にあった福井県立博物館の自然史分野の展示を勝山市に移転し、発展させる形で2000年に福井県立恐竜博物館が開館しました。

日本国内で恐竜の化石が見つかった地層はいくつかありますが、継続的に発掘してきたのが勝山です。そうした環境に加えて、継続的に古生物学を研究できるシステムを整えたことが、現在の恐竜王国・福井というブランドを築くことにつながりました。

福井県勝山市で発見されたフクイラプトルは、日本で初めて全身骨格が復元された肉食恐竜(画像提供:福井県立大学)

――恐竜は数億年前の地球に生息していたのに、日本における恐竜研究は約40年の歴史しかないのですね……。

西:恐竜については、皆さん誰でもよく知っていますが、その研究はまだまだです。というのも、日本の古生物学界では1970年代まで日本では恐竜の化石は非常に少ないことが定説になっていたからです。

80年代以降に日本各地で恐竜の化石が続々と発見されるようになり、その定説が覆りました。日本の恐竜研究は1980年代からようやく軌道に乗り始めてきたわけです。

化石が出てこないわけですから、1970年代には日本国内に恐竜を専門とする研究者はほとんどいない状態でした。恐らく、東先生が日本で最初に恐竜を題材として学位論文を書いたと思います。

それまでは東京の国立科学博物館で恐竜を研究している研究者はいましたが、それらの研究者は哺乳動物が専門で恐竜の専門家ではなかったのです。

東先生は恐竜学を発展させるために、たくさん出てきた恐竜の化石を記録して種名をつけていく作業を始めます。東先生は恐竜研究を学問として確立していこうと考えていたのです。こうした細かい作業の積み重ねにより、現在は日本において学名がついている11体の恐竜のうち6体が福井県で発見されています。これが、日本国内における恐竜研究の底上げにつながっています。

発掘調査の様子(画像提供:福井県立大学)

恐竜学を学ぶことで地球の未来を想像できる

――西さんは恐竜学部の学部長に就任する予定になっていますが、どういった方向から恐竜を研究することになったのでしょうか?

西:率直に申し上げますと、私は恐竜の専門家ではありません(笑)。古海洋学とか古環境学、地質学を研究していまして、専門は浮遊性有孔虫です。浮遊性有孔虫とは、海洋の表層に生息する単細胞の原生生物プランクトンのことです。白亜紀の研究は行なっていますが、恐竜一筋の研究者ではありません。

本来、恐竜学部を開設するとしたら、東先生が学部長になるのが順当です。しかし、すでに退職されていたため、私がその役割を引き継ぐことになりました。

地質学・古生物学など理学系の学部全般に共通していることですが、自然科学は常に厳しい状況に置かれています。というのは、世間から「その学問はどういった役に立つのか?」といったことを質問されます。「環境破壊が進んで地球が大変な危機に直面しているので自然の成り立ちを理解することは重要です」と説明しますが、医学や工学と比べて自然科学は成果がすぐに見えづらいという側面があります。そのため、大学が自然科学を専門とする学部を新設できる機会は多くないと感じています。むしろ、どこかの分野と統合されてしまう可能性の方が高いでしょう。

私は自然科学を勉強できる、あるいは教えることができる場というのは非常に意義があることだと考えています。それなので、自然科学を学べる場を増やすことができるという思いから、新しく開設される恐竜学部の学部長を引き受けることにしました。

――恐竜学部という学部名称は、非常にキャッチーに思えます。他方、恐竜学部ではどんな勉強をするのか? といったことが見えてきません。

西:恐竜学部では、私たちを取り巻く自然の状況を学んでもらうことから始めたいと考えています。恐竜学は、ただ恐竜だけを学べばいいというものではありません。

この生物がいつの時代に生きていて、一体どんな場所に生息していて、どういう環境を過ごしていたか? ということを理解する必要があります。恐竜学は、地質学と古環境学と古生物学の3つがベースです。それら全部を学ばなければ、恐竜を理解できないと考えています。

例えば、ティラノサウルスとステゴサウルスが対決する映画があります。あれは時代考証を完全に間違えています。今ではティラノサウルスとステゴサウルスは同じ時代に生きていないことは常識となっています。

それからトリケラトプスとティラノサウルスは同時代ですが、この2つの恐竜は北アメリカ大陸にしかいませんでした。恐竜学は、そういったことを解明していくわけですが、そのためには自然科学の知識が必要になるのです。

恐竜学部では最初に自然科学を学びますが、恐竜・古生物コースと地質・古環境コースの2つに分けることを想定しています。2コースで主体となる勉強は異なっていますが、基本的な部分では4年間どっぷりと恐竜に浸かってもらいます。

どちらのコースでも、恐竜という多くの人が興味を持ってくれているコンテンツをきっかけにして自然科学の面白さや重要性を教えられるような学部にしていきたいと思っています。

例えば、現代よりも恐竜が生きていた時代の地球は二酸化炭素濃度が格段に高かったですし、北極・南極にも氷はまったくありませんでした。海水面が今より100mぐらい高かった時期もあります。

そういう世界は、当然ながら気候条件が異なり、今の地球とは全く違う環境だったのです。これから地球は温暖化していくと言われています。恐竜学を学ぶことで、そのときに地球はどう変わるのかを想像できるようになります。

そのほか、大学生活の4年間で国内での発掘、さらに海外での発掘に行くことも予定しています。発掘現場に学生を連れて行き、恐竜はどうやって発掘するのかを学んでもらいます。

そして、もうひとつの特色が恐竜学部の本拠地となる勝山キャンパス(仮称)に併設している恐竜博物館と一緒に、教育・研究していくということです。そのため、展示・解説の博物館作業や模型の組み立て、化石標本のクリーンニングといった実習もカリキュラムに組み込みます。

海外での発掘調査の様子(画像提供:福井県立大学)
勝山キャンパス(仮称)のイメージ図(画像提供:福井県)
恐竜博物館と勝山キャンパス(仮称)の位置関係。赤枠部分が勝山キャンパスで、手前が恐竜博物館(画像提供:福井県)

恐竜学部に課された使命

――恐竜学部は、「恐竜かっこいい!」だけではないんですね……。

西:「恐竜かっこいい」は、当たっています。みんな最初は「恐竜かっこいい!」から、この道に入ってきますので、それでいいと思います(笑)。そして、かっこいいから少しずつ関心を広げ、深掘りしていくと新しい発見につながります。

例えば、竜脚類という恐竜がいます。竜脚類は四足歩行の恐竜で首と尾が長く、全長は約40mの巨大なものもいました。あれほど大きな陸上動物は地球の歴史上でも竜脚類だけで、今後も登場することはないでしょう。このような進化は、どうして起きたのか? これは非常に謎に包まれている部分です。

また、恐竜は進化して鳥になったと言われています。以前の研究では、恐竜が鳥になったとは考えられていませんでした。ところが、恐竜と鳥が同じだという視点で見ていくと、共通点がたくさん見つかります。

草食恐竜は角竜やカモノハシ竜と呼ばれるように大きく体の形が違っています。かっこいいという単純な動機から、どうしていろいろな形に変化しているのか? という謎を解き明かしていくきっかけになります。このように「恐竜かっこいい!」から興味を抱き、どうしてこんなにたくさんの種類の恐竜がいるのか? という疑問へとつなげていってほしいと思います。

――恐竜学部は4年制ということですが、その先には大学院の構想もあるのでしょうか?

西:学部の4年間は、学問の導入部分です。どこの大学にも、どの分野にも言えることですが、その道の研究者になれるのは学問を学んだ人のうち、わずかです。恐竜の専門家になるには大学院まで進み、ひたすら研究に打ち込まなければ難しいでしょう。

ですから、まず学部で恐竜を通じて基礎を学んでもらいます。その後に大学院ができれば、もっと踏み込んだ研究に取り組んでもらい、そして研究者を育成できると思います。

今は新学部を開設することが先決です。学部と大学院は開設するための申請が異なり、大学院を立ち上げるなら、文部科学省に修士課程の認可申請をしなければなりません。さらに、博士課程は修士課程をつくった後に認可申請をしなければなりません。つまり、世界で活躍できる恐竜研究者を継続的に輩出できるようになるには、申請のステップがあと2つ必要です。

3Dモデルを構築している様子(画像提供:福井県立大学)

――世界で活躍できる恐竜研究者という話がありましたが、世界で恐竜学のトップランナーはどこの国になるんでしょうか?

西:アメリカ、ヨーロッパ、中国が恐竜学で数多くの最先端の研究をしています。最近は、南米の研究者も加わっています。やはり、これらの国では標本の数が多いので、恐竜研究のリーダーシップをとっているのではないでしょうか。

一方、福井県立大学はタイと共同研究をしています。新設予定の恐竜学部では、海外の発掘現場に学生を連れていくとしたら、まずはタイになるかと思います。

――来年度の恐竜学部の発足が、日本の恐竜学の第2幕の幕開けになるわけですね。

西:そうなってくれることを願っています。ただ、恐竜学部の新設を予定している福井県立大学は公立大学です。国立大学と公立大学はミッションが少し異なっています。福井県立ですと、福井県もしくは福井県民に資する学問を行なうことが課されます。

昔は恐竜学が一般的ではなかったので、専門外の博物館学芸員が化石を見て「これは〇〇恐竜の骨」と判定していました。近年は、博物館にも恐竜学専門の学芸員が増えてきており、福井県立恐竜博物館にも専門の研究員がいます。そういったことから、化石を判別する精度は上がっています。そうした恐竜の専門家を育成することも、非常に重要なミッションです。

標本観察の様子(画像提供:福井県立大学)

そのほかにも、福井の地域振興や産業育成といったことに資する学問であることが課されています。福井県立大学は、海洋や生物資源についても研究をしています。しかし、実際には水産学と農学に近い研究になっています。

そうしたことを踏まえると、恐竜学と言われたときに、「どうやって福井県の役に立てるのか?」を問われることにもなるでしょう。福井県は恐竜がブランド化していますので、恐竜学を活用して福井県に還元することができることは多くあります。県民からも恐竜学部を新設することには、理解を得られると考えています。

例えば、恐竜を活用した観光、産業育成につながっていくことも恐竜学部の使命として課されます。恐竜学部がデジタル古生物学を打ち出しているのも、恐竜をゲーム・映画・アニメといった様々な産業と結びつけていくことを目指しているからです。

福井県が有する恐竜というコンテンツは、かなり強いインパクトがあります。その恐竜というコンテンツを活用して恐竜学部を新設することで、学術研究と地域振興・産業育成が同時に発展していくことを目指しています。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。