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日本人が月面へ降り立つ日 「アルテミス計画」とは?

Artemis IのSLSとオライオン(Photo: NASA / Radislav Sinyak)

2024年4月9日、盛山文部科学大臣とNASAのネルソン長官が署名する「与圧ローバによる月面探査の実施取り決め」が交わされました。これにより米国の月探査計画「アルテミス計画」に、日本は宇宙服を脱いで中で生活することが可能な与圧キャビンを備えた月面探査車を提供することが正式に決まりました。

与圧ローバは移動式の月面基地ともいえるもので、2031年の打上げを目指してJAXAを中心にトヨタなどの企業が参加して開発を進めています。日本人宇宙飛行士が搭乗することになっており、必然的に日本人宇宙飛行士が米国の月面探査に参加する機会を得たわけです。その前の段階で、もう一人の日本人宇宙飛行士が有人月面着陸に参加できる機会が取り決めに含まれています。

4月19日のJAXA理事長定例記者会見では「アルテミス計画の中で日本人宇宙飛行士が最初に月面着陸できるのはいつか」という質問が多く寄せられました。山川宏理事長から直接の回答はありませんでしたが、4月23日に開催された文部科学省の宇宙開発利用部会で、あっさりと説明がありました。

昨年12月の国家宇宙会議でハリス副大統領が「米国だけでなく、外国の宇宙飛行士も、この10年の終わりまでに月面に降り立たせる」と表明したこと、そして4月10日の日米首脳共同声明において「今後のアルテミス計画において日本人宇宙飛行士が米国人以外で初めて月面に着陸する」という発言があったこと。2つの発言と、アルテミス計画の実施タイムラインをつなぎ合わせると、最初の機会は2028年9月目標の「Artemis IV」になります。2回目の機会は、与圧ローバに搭乗する予定の2031年です。

あとわずか4年と数カ月で、日本人が初めて月面に降り立つというのです。55年前にアポロ計画の有人月面着陸を見守った人も日本には多くいるわけですが、今度は日本人宇宙飛行士の月面着陸を見守ることになるのです。では、アルテミス計画とはそもそもどんな計画で、何が進行しているのでしょうか? そして2028年の日本の参加は実現するのでしょうか?

「アルテミス計画」と「アルテミス協定」の違いからおさらい

アルテミス計画とは、公式には2017年にトランプ前大統領が署名した「宇宙政策指令-1(Space Policy Directive-1)」から始まっています。

この文書では、米国が民間企業やJAXAなど国際パートナーと共に有人月面探査を再開し、最終的には有人火星探査を目指す目標が含まれています。その前身にあたる計画はオバマ政権時代の2010年に発行されたNASA授権法が元になっています。

2005年のスペースシャトルの計画終了から、その遺産を超大型ロケット「SLS」に作り変え、新型宇宙船「Orion(オライオン)」に搭乗して月から火星探査を目指すことになっていました。そのステップとして小惑星探査が含まれていた時期もあるのですが、SPD-1で月から火星へ、という目標に絞り込まれた形です。

Orionのイメージ(©NASA)

「アルテミス」という名の国際的な合意にはもうひとつ「アルテミス協定(Artemis Accords)」というものがあります。これは宇宙空間を安全に平和目的で利用するための国際的な合意で、スペースデブリ防止や科学データの共有などの諸原則が含まれています。

現在は日本を含めて39カ国がアルテミス協定に参加していますが、すべての国がアルテミス計画の下での有人探査(以下「アルテミスミッション」)に参加するというわけではありません。現状では、アルテミス計画に参加しているのは米国とカナダ、欧州、日本です。

民間企業が独自の月面着陸機を開発

アルテミス計画は月から将来的に火星探査を目指すものですが、当面は月面探査が中心となっています。有人探査だけではなく、無人の月探査や、月近傍の宇宙ステーション「Gateway」の構築などが含まれ、繰り返しさまざまな探査が行なわれることになっています。

無人探査には、民間企業が独自の月面着陸機を開発して提供する「商業月ペイロードサービス(CLPS)」計画が含まれています。1960~1970年代のアポロ計画では月にアクセスする手段はすべてNASAのものでしたが、民間企業が参加するアルテミス計画では、企業が「月輸送サービス」を提供し、NASAはサービスを購入して月探査を行なうという形になっているのです。

現在は14の民間企業がNASAなどの科学探査機器を搭載して月面へ輸送する、あるいは月周回衛星を打ち上げることになっています。2023年から2024年頭にかけて、米国のAstroboticとIntuitive Machinesが続けて月着陸機を打上げました。

Astroboticの「PEREGRINE LANDER(ペレグリンランダー)」は月軌道へ到達できず、Intuitive Machinesの月着陸ミッション「IM-1」で打ち上げられた月着陸船「Nova-C」は着陸時に転倒という結果となりましたが、CLPSにはそうしたことも試行錯誤として織り込まれていて、繰り返してミッションを行なうことで一歩一歩成功率が高まっていきます。

Astroboticの「PEREGRINE LANDER」(©Astrobotic)

2025年以降に、AstroboticはNASAの無人月面ローバー「Volatiles Investigating Polar Exploration Rover(VIPER)」を月面へと着陸させる役割を担います。

「Volatiles(揮発性物質)」とは水のこと。2000年代以降の探査で月に水が存在することがわかっていますが、どこにどのように分布しているのか、また岩石と結びついた形なのか、それとも氷のように取り出しやすい形態になっているのかといったことはまだわかっていません。

1972年のアポロ計画終了以降、米国にとっても初のローバーとなるVIPERで、月の極域の水の存在を探査する予定です。同時期には日本とインドが共同で同じくローバーを含む月極域探査ミッション「LUPEX」を実施する予定です。

人が月面に長期滞在するにあたって、入手・利用しやすい水はエネルギー源にも、酸素などの生存に必要な物資の資源としても必須になります。

大きなマイルストーンであるアルテミスミッションはまだArtemis Iまでしか実現していませんが、関連する無人ミッションは徐々に加速してきています。日本のispaceが参加するドレイパー研究所の月面着陸ミッションもCLPSの一貫です。

延期を繰り返すアルテミス計画のスケジュール

多彩なアルテミス計画ですが、長くスケジュールの不安定さに苦しんできました。

2010年のNASA授権法には、月面有人探査の目標として2028年という時期が示されています。これがトランプ前大統領政権時代の2019年に、宇宙飛行士の月面着陸を再開するミッション、「Artemis III」を突然2024年にするという目標が示されました。

トランプ政権時代のブライデンスタインNASA長官は、こちらも遅れていた民間企業開発の宇宙船による国際宇宙ステーションへのクルー輸送を実現し、調整力に優れたリーダーと評価されていましたが、そのブライデンスタイン長官の努力あっても4年もの前倒しは相当に難しいと当時から見られていました。

結果としてバイデン大統領に交代して早々に2025年に延期されます。さらなる開発遅れのため、Artemis IIIの実施は現在のところ2026年9月となっています。

アルテミス計画はいつまで続くのでしょうか? 有人探査はおおよそArtemis XII(12)まで構想があるといいますが、具体的な計画はArtemis VII(7)までが示されています。基本的には超大型ロケット「SLS」で打ち上げる新型宇宙船「オライオン」に宇宙飛行士が搭乗することになっていて、2022年に実施されたArtemis Iは無人のSLS/オライオンによる飛行試験ミッションで、これは無事に終了しています。

続いて、初めてオライオンに宇宙飛行士が搭乗する10日間のミッション「Artemis II」は、2025年の目標となっています。米国とカナダの宇宙飛行士4名が搭乗する予定で、着陸はしないものの月を周回して地球に帰還、再突入も行ないます。アポロ計画でいえばアポロ10号のような重要なマイルストーンとなります。

月面着陸に挑むArtemis III

Artemis IIIのミッション詳細(©NASA)

いよいよ月面着陸に挑むArtemis IIIは2026年9月目標です。月面着陸を果たす宇宙飛行士には、アルテミス計画の名の通り女性と有色人種が含まれるはずですが、現在はまだクルーは発表されていません。また、開発が進む新型の宇宙服「xEVA」を着用した月面での活動も行なわれる計画です。

Artemis IIIミッションの月面着陸では、「HLS(有人月面着陸船)」という着陸機の存在がカギを握っています。

アポロ計画では宇宙船から宇宙服に至るまでNASAが主導する開発であり、民間企業は開発製造を請け負うコントラクターとしての参加でした。宇宙飛行士が命を預けるEVAスーツの開発史には、コントラクター企業の凄まじいハードワークが記録されていますし、国家事業として2020年の価値にすると2,800億ドル(約30兆円)と費用も青天井でした。

アルテミス計画では、「持続性」という理念の下に民間企業の開発した着陸船の「サービス」をNASAが購入するという方式を取っています。具体的にはSpaceXの再利用宇宙船Starship/Super Heavyを月面向けにカスタマイズした機体を着陸機として宇宙飛行士が月面着陸の際に利用することになるのです。

HLSとしてのStarshipは、地球低軌道での推進剤補給や月での無人着陸実証などを実現した後にArtemis IIIの中心的な機体としての役割を果たすことになります。最初の無人着陸実証は、スケジュール表でいくと2026年の実施。かなりギリギリのタイミングになるといえそうです。

Artemis IIIと同時に、Gatewayの建設も始まります。Gatewayは月近傍を周回する宇宙ステーションですが、月探査のためだけにあるわけではなく将来の火星有人探査の拠点ともなる新宇宙ステーションです。

日本と、新型宇宙船オライオンにサービスモジュールを提供している欧州もモジュールや物資輸送機を提供する計画です。2024年度に初飛行を予定している日本のISS補給機「HTV-X」は、将来はGatewayへ向かう予定でもあり、ISS計画を支えるだけでなく深宇宙探査を支える存在でもあるのです。

月近傍の有人施設「Gateway」の構想(©NASA)

日本人が月に行く「Artemis IV」

そしていよいよ、2028年9月目標のArtemis IVです。ここに1名の日本人宇宙飛行士が含まれると見られていますが。誰が、ということになると選考はこれからです。4月の山川宏JAXA理事長定例記者会見では、一般論と前置きしつつも「行きたくないと思っている宇宙飛行士はいないと思う」とのコメントがありました。

日本の有人宇宙探査を牽引する機会に、誰もが奮い立つのは当然といえます。一方で、月面着陸の機会を2回確保できたということは、最初の着陸で得た経験を次回に継承でき、宇宙飛行士間の健全な競争ができるということでもあります。

Artemis IVのミッション詳細(©NASA)

そのArtemis IVミッションでは、月で何をするのでしょうか? Artemis IIIがオライオンからHLSへ乗り換えて月面着陸という流れであったのに対して、Artemis IVではGatewayを介したミッションになります。4名の宇宙飛行士のうち、2名はGatewayに残り、2名がHLSに乗り換えて6日間の月面ミッションを行ないます。

着陸予定地点はまだ発表となっていませんが、Artemis IVのプロジェクト・サイエンティストは、2022年に打上げられたNASAの超小型衛星による月探査ミッション、「Lunar Flashlight」のリーダーでもあり、「VIPER」チームの一員でもあるバーバラ・コーエン博士です。コーエン博士は月の物質の地質年代学や成分分析の専門家です。月の物質が反映する歴史や水の存在などに迫るミッションになると考えられます。

月の「水」を探す

さて、月探査で度々話題になるのが月の水の存在です。アルテミス計画の中で、人が長期的に月面に滞在することを目指すならば、酸素やエネルギー源としても利用できる月の水の発見が必須となります。

月の水は、2009年に打上げられたNASAのミッション「LCROSS」や、インドの月周回探査機「チャンドラヤーン1号」によって存在が裏付けられていますが、資源として利用できるようなまとまった状態(氷)で存在しているのかはまだわかっていません。VIPERや日本とインドが2025年に予定している月極域探査機「LUPEX」といったミッションで明らかになる可能性があります。

NASAの月探査機LROが観測した南極域で水があると考えられる地点(©NASA)

中国も無人探査の嫦娥計画で着実と科学目標を達成しており、嫦娥7号では極域の水探査を目標としています。2030年代に月面基地建設を目指す中国が先に水氷を発見する可能性もあるのです。

水が発見されれば、水を電気分解して酸素と水素を製造し、ロケットの燃料や、地球時間で2週間近く続く月面の夜の時期に電力を生み出す水素燃料電池のエネルギー源として利用するといったことが可能になります。

月の日中に太陽電池から得た電力で水を分解して燃料電池のエネルギー源を蓄え、夜間に消費して水に戻し、日中にまた電気分解……というサイクルを繰り返すことができれば、再生可能な燃料電池システムとなり、長期的に人が滞在するための持続的なエネルギー源となります。こうした土台を築くためには、まとまった量の水を運搬する月面のモビリティが必要になってくるわけです。

NASAは2030年にArtemis Vで月面ローバー(LTV)を投入する予定です。LTVはアポロ15号のローバーと同じように宇宙服を着用する方式ですが、有人ローバの機動力を利用できることで広い範囲を探査したり、物質を運搬できるようになるのです。

不安定なアルテミス計画のスケジュール

2025年度NASA予算教書よりアルテミス計画の実施目標

NASAの予算教書によるとArtemis VIの実施は2031年の目標で、Artemis VIIは2032年の目標ですから、与圧ローバが月面に降り立つのは2032年以降ということになります。4月の「与圧ローバによる月面探査の実施取決め」では与圧ローバの打上げで2031年を目指すことになっていましたが、予算教書上の目標は1年先であることに注意が必要です。

こうしたスケジュールのずれはアルテミス計画で頻繁に発生しています。トランプ前大統領が打ち出した2024年に月面着陸再開の目標はあまりにも性急すぎたために、当時から無理があると指摘されていました。

HLS(有人月面着陸船)の選定をめぐっても、NASAがSpaceXを指名した際にほとんど1社を指名するような契約であったことから、Blue Originらが公正な競争に反するとして訴えを起こし、いったんは予算執行が中断するということが起きています(結果的にはBlue OriginグループはArtemis V以降でHLS契約を結ぶことになりました)。

NASAのさまざまな計画はNASA監察総監室が定期的に監査して報告書を公表していますが、以前には宇宙服(xEVA)の仕様、特にブーツ部分を最終的に決定するにあたって着陸地点が決まっていないと指摘されていました。

最近では、COVID-19やロシアによるウクライナ侵攻の影響によるサプライチェーンの混乱、ISS計画で実現した国際協力の枠組みがアルテミス計画では固まっておらず、武器輸出規制の規則のために国際パートナー向けの宇宙船の訓練などに障害があるといったことが指摘されています。巨大計画のマネジメントとはかくも難しいものと思わされますが、依然として有人月面着陸の再開は2028年以降ではないのか、という見方につながっていきます。

ここへきて、一部報道でNASAがArtemis IIIの時期ではなく、ミッションの内容の変更を検討しているという観測が出てきました。変更案は地球周辺でオライオン宇宙船とStarshipのドッキング試験を行なう、あるいはオライオン宇宙船で月周回軌道のGatewayとドッキングを行なうといったもので、いずれにせよ月面着陸は実施せずに重要なハードウェアの有人試験を行なうことになります。

アポロ計画の際には、月着陸船(LM)と司令船(CM)の統合テストとなったアポロ9号のミションがありました。同様に宇宙船の性能と安全性を確認するミッションに切り替えることで、Artemis IIとIIIの実施時期をあまりいじらずに計画全体の中に試験を重ねていくことができます。

こうした案が表に出てくるには時間がかかるでしょう。また本当にミッションが変更されたとしても、「結局は有人月面着陸を遅らせた」という批判が起きることも考えられます。ミッションに参加する宇宙飛行士の選考にも影響を与えるでしょう。

とはいえ、最終的に命を預けるのは当の宇宙飛行士です。アルテミス計画の見直しでミッションの安全性をより高めることができるならば、「〇〇年までに」「2020年代中に」といった地上の側の都合よりも優先されるべき事項でしょう。

秋山文野