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ハードウェアとOSを開放するMetaの新戦略 オープンなエコシステムの価値
2024年4月24日 00:00
4月23日、Metaは同社のXR機器「Meta Quest」シリーズについて、ハードウェアでのパートナーシップやソフトウェア・ストアの統合・オープン化を含めた、広範な戦略転換に関する発表を行なった。
MetaのReality LabsでMixed Reality(MR)担当バイスプレジデントを務めるマーク・ラブキン氏が来日、記者の質問に答えた。
彼の言葉から、新戦略の方向性や、日本を含むMetaのXRビジネスの現状などを探ってみたい。
Quest 3で市場は変化 「Mixed Reality」に大きくシフト
MetaのXRビジネスは10年を迎えた。10年前にVRスタートアップであった「Oculus」を買収してスタートしたビジネスだが、その間に多数のデバイスが発売され、かなり違ったビジネスになってきた。
ラブキン氏(以下敬称略):当初は多数のセンサーを部屋に用意する必要もあったし、ケーブルも多数必要でした。そこから改良し、よりシンプルなハードウェアで没入型の体験が可能になっていいます。
そしてMeta Quest 3を発売して以降、さらに大きな変化が生まれました。Mixed Realityを実現したデバイスになることで、スイッチが切り替わったように、より多くの人々が「私たちにも使えるのではないか」と感じていただけるようになってきました。
その中でも、日本の市場は好調だという。事前の予測よりもQuest 3の売り上げはよく、エンゲージメントも高い。
筆者はラブキン氏と、昨年9月に単独インタビューをしている。その時には「VR担当バイスプレジデント」だったのだが、今回肩書きは「MR担当」に変わっている。
ラブキン:チームとしても社内にとっても「今はもう新しい時代のデバイスを担当しているのです」ということを周知するためにも、肩書きを変えました。
MRというのはVRとは異なる体験です。Quest 3にしても、「ステレオカメラが正面についていますよ」というものとは違う体験ですし、売り上げも過去とは変わってきています。
こんな言い方が正しいかはわからないのですが……。昨夜、いなり寿司をいただきながら、「これは豆腐からできたものだよね? でももう豆腐ではない」と話していたのですが、VRとMRも似たようなところがあります。ベースとしては同じ技術から生まれたところがありますが、「食べてみたらVRとは違う」わけで(笑) まあ、MRとVRは全く分かれてしまっているわけではなく、完全に「ミックス」された体験です。
今回ラブキン氏をはじめとしたチームは、日本の市場を調査するために来日したという。12人のユーザー宅を訪問し、デベロッパーとも対話を重ねた。
ラブキン:今回はVTuberの方々とも話しましたが、非常に先進的だと感じました。単に話すだけでなく、VTuberとして歌ったり料理したり、書道したりと多彩な活動をされている。日本から世界に広がる文化になるのではないか、と感じました。
VTuberはQuestを使いつつ、現状ではさらに5つくらいのソフトウェアを駆使してストリーミングをしているようです。しかし、外部のセンサーを使うのではなく、インサイド・アウトのトラッキングを使ってシンプルにヘッドセットだけでフルボディトラッキングを提供し、シンプル化できるのではないか、というアイデアも浮かびました。
Horizon OSを軸としたハード戦略
そこで重要になるのが、発表されたばかりの新方針だ。
MetaはMeta Questで使っているOSを「自社だけのもの」から「パートナーへライセンス提供するもの」に変え、名称も「Horizon OS」とする。LenovoやASUS(ROGブランド)、マイクロソフト(Xboxブランド)が初期パートナーとなり、それらの企業からもハードウェアが発売されることになる。
さらに、その上でのアプリケーション配信プラットフォームも統合した上で、オープンな環境へと切り替えていく。
ラブキン:Metaはハードとソフトの両方をオープンにして、さらに成長を目指します。
まずハードウェアについて。
我々から見るとMeta Questというのは、「多くの皆さんに買っていただける、中央にあるデバイス」という形です。
しかし、世の中には色々なニーズがある。そこでパートナーの皆さんの専門的な知識や顧客層・市場を有効に活かし、層を拡大していきます。
例えばLenovoであれば、企業やビジネスのお客様にも使っていただける市場が中心になります。ASUSのROG(Republic of Gamers)ブランドは、ハードコアなゲームファンに特化したデバイスを作っていただければな、と思います。私自身がゲーマーなので、とても期待しています。
つまり、基本的な構造を共通なものにしつつも、ハードウェアの細かな仕組み・デザインなどは用途に応じて各社にバリエーション豊かなものを作ってもらい、ベーシックデバイスである「Quest」と差別化された各社のデバイス……という形で展開を目指していくということのようだ。
では、Quest自体のバリエーション展開や価格帯、形状などはどうなっていくのだろうか?
ラブキン:弊社が発売するハードウェアについて。未来の戦略についてお伝えすることはできませんが、自社としても、将来に向けてはたくさんのデバイスのプロトタイプを制作しています。
Questでも「Quest Pro」のようにハイスペックなものから低価格なものまで、色々なバリエーションが考えられます。それがどの時期に出てくるかは、市場のタイミングにもよるのでなんとも言えません。
メガネにより近いものを作るのにはまだまだ技術的な飛躍が必要ではあるのですが、AIの活用で早く実現できるのでは……という感触も得ています。ただどちらにしろ、皆さんにとって価値があるタイミングでの提供を目指して開発を進めていきます。
ただ、ちょっとしたヒントが出てくる部分もあった。
ラブキン:ボスであるマーク・ザッカーバーグのビデオはご覧になりましたよね? 彼は本当に、この事業に大きなパッションとビジョンを持って、全社をあげて取り組んでいます。
ただ、「価格を上げてはいけない」という指示もあって、我々のチームとしてはとても大変なところはあったりするわけですが(笑)…… とにかく、Mixed Realityを一般的なものにしていきたいと考えています。
Metaの哲学として、ソフトウェアにおいてもハードウェアにおいても、幅広い方に使っていただける(accessible)にしたいとは思っています。最新技術は何千ドル・何万ドルという商品になりがちですが、我々はそれを一桁下げるような努力をしていきたいです。
つまり、「Quest」というハードウェアとしては、今後も何千ドルもするようなデバイスは目指さない、ということなのだろう。
PC的なオープンソフトウェア環境へ メタバース統合と「作りやすさ」重視
次に来るのは「ソフトウェア」環境だ。
ラブキン:OSは「Meta Horizon OS」に名前が変わります。今後の方向性として、空間を使ったソーシャルなOS(Spatial Social OS)を目指します。メタバースをデバイスに統合し、ゲームもできるしアプリも使える、そして友人とも会えるものを、お求めやすい価格で、より簡単な操作性で、という方向を目指します。
現在のQuest用OSは、基本的には「アプリ実行環境」に近い。そこにアバターなどが組み込まれていて、メタバースとしての環境は別アプリ・別サービスとなっていた。そこに「バーチャルな空間で友人と会う・過ごす」という環境を組み込んでいくことが、Horizon OSとしての特徴となっているのだ。
「Horizon」という名前から、統合されるのはまずMetaのメタバースである「Horizon World」と思われるが、リリースには「複数の仮想空間で」という言葉があるため、1つのメタバースだけがつながるクローズドなものにする、ということではないのだろう。
その上で、アプリケーションストアの形も変わる。Quest上に存在した複数のアプリケーションストアを統合し、「Meta Horizonストア」とする。
ただ、アプリケーション提供の形はより「オープン」な形を目指すようだ。
ラブキン:できるだけ多くの開発者に参加してもらいたいと考えています。それはVR開発者だけ、モバイル開発者だけということではなく、あらゆる開発者の参加を目指します。
Horizonストアについては、コンソールスタイル(注:家庭用ゲーム機のような契約と審査に基づく形)ではなく、開発者がすぐに参加して提供を始められるモデルです。審査はありますが、法的な部分の承認を確認、というレベルで、可能な限り迅速に処理できることを目指します。
さらに、Androidベースの2Dアプリケーション向けに「空間フレームワーク」を用意します。ちょっとした変更だけで、2Dから「2.5D」とでもいうべき、空間を活かしたアプリを作れるようになりますし、そこから何かが出てくる3Dなアプリも作れます。環境の中にオブジェクトを配置し、リアルなライティングを行なうこともできます。
ソフトウェア供給環境については、AndroidというよりもWindows PCに近い形でしょうか。アプリストアも使えますが、Steam Linkでもいい。オープンプラットフォームの中に「2DのAndroidアプリ」があってもいい。どんなものを使っていただいてもいい……という考え方です。
そういう意味では、Google Play Storeのような選択肢がHorizon OSの中に増えることは大歓迎です。
ただし、それをするかどうかは、先方が決めることですので……。
重要なのは、なにより「ユーザーから見てオープンである」ということです。ユーザーがしたいと思うことができるのが一番であり、そのための道筋をつけたい。そういう「オープンさ」を目指します。
結果として、市場にはAppleとMetaという2つの陣営が生まれることになる。また現状では中身が見えてきていないが、Googleとサムスンが組んでMRデバイスを開発中とも言われている。この2社を軸にしたプラットフォームも、今後は競合の1つとなるだろう。
その中で、Horizon OS陣営を選ぶ理由はどこになるのだろうか?
ラブキン:まあ、現状で大きいプラットフォーマーは「1つ」ですよね(笑)。
なにより、開発者がアプリを作ったら、それを多くの人が見つけられて、実際に買うなどの「経済的なメリットがある」ということかと思います。
そのためには、アプリの開発が簡単であることが重要です。UnityやUnreal Engineで開発もありますし、Androidアプリであれば知見のある開発者も多いでしょう。また、コーディングができない場合でも、Horizon Worldのような環境を使って何かを作ることもできます。
これから一年以内でお届けできるんじゃないかと考えているのは、クリエイター用の生成AIツールです。これが準備できれば、開発スピードも加速しますし、参入障壁も下がるでしょう。実験しながら、実際のクリエイターさんに便利なものをご提供できるのではないかな、と考えています。
まあ、生成AI自体の開発も加速せねばなりません。ご存じのとおり、テキストから画像、そして次に3Dワールドと、順を追っていく必要があります。
ライバルと言われるAppleのVision Proについて問われると、ラブキン氏は「実際にできることでは、Quest 3の方がカバー範囲は広いと思う」と語った。出たばかりのプラットフォームに対し、アプリやハードウェアのエコシステムがあるMetaに強みがある、との主張だろう。前述の「今後の強み」も、OSやアプリケーションストアのパートナー拡大も、そうした流れに乗ったものだ。
一方で、Horizon OSなどの展開にはまだ数年の時間を必要とする。まずは現状のQuest 3の価値を高め、販売を拡大していく必要もある。
Quest 3には「オーグメント」と呼ばれる機能の実装が予定されている。壁や机の上などにオブジェクトを配置し、より現実空間を活かしたMRとしての環境を整備するためのものだ。
昨年9月にQuest 3が発表されたタイミングでは、「翌年(2024年)以降に実装」とされていた。だが、まだオーグメントは機能実装されていない。
アップデートはいつになるのだろうか?
ラブキン氏は「現在開発中で、今後数カ月のうちに提供を予定している」と話した。
Horizon OSに向けた機能アップの一部としても、Apple Vision Proとともに空間OSとしての可能性をひろげるものとしても、個人的にもアップデートを心待ちにしたい。