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SpaceX「スターシップ」が月に降りるまでに必要なこと
2024年5月8日 08:20
SpaceXの超大型宇宙輸送システム「Starship/Super Heavy(スターシップ・スーパーヘビー)」が次々と飛行試験を重ねています。イーロン・マスクCEOが2017年秋に現在のスターシップの元になる構想を示してから7年近くで、SpaceXは史上最大級のロケットの飛行試験までこぎつけたことになります。
NASAの超大型ロケット「Space Launch System(SLS)」は2011年にプロジェクト予算が決定してから2022年に1号機が初飛行するまで11年かかっていますから、SpaceXの開発スピードは驚異的です。スターシップはそもそも何のためのロケットで、これほど開発を急ぐのはなぜでしょうか? 開発の経緯と、スターシップが担う月面探査での重要な役割、そして巨大ロケットがあってこそ可能になる将来について解説します。
そもそもスターシップとは
スターシップ/スーパーヘビーは、完全再使用型の宇宙船とブースターの組み合わせで構成され、全長121m、直径は9mで100~150トンのペイロードを搭載できる多目的宇宙輸送システムです。
1段ブースターは液体メタン/液体酸素を推進剤とする33基の「Raptor(ラプター)」エンジンを搭載し、完成すれば大型ロケットでは史上初のメタン燃料ロケットとなります。衛星打上げロケットとして、また有人宇宙船としても、地球上で2地点間輸送(打ちあげ地点から別の地点へ移動して着陸する)を可能にするロケットプレーンとしての利用も見込まれています。
SpaceXはテキサス州のメキシコ湾沿岸の街に自社射場「Starbase(スターベース)」を建設し、ここから試験飛行や高頻度の打上げを行なう計画です。将来はロケットプレーンの発着場になる構想もあるといいます。
スターシップのこれまで
設立時から火星植民の構想を掲げているイーロン・マスクCEOは、かねてから超大型の宇宙輸送システムの構想を持っていました。
これが現在のスターシップ構想として具体化するまでには、2017年秋に国際宇宙会議(IAC)でニューヨーク~上海間を結ぶロケットプレーンの動画と共に、2地点間輸送機プレゼンテーションを行なったとき、そして構造材料をステンレスとした2018年末、当初は「BFR」と呼ばれていた巨大宇宙機の名称が「Starship」となった2019年といった、いくつかのマイルストーンがあります。2017年当時は、「2022年には火星への飛行実証を行なう」という構想を公開したこともあり、利用用途は惑星探査や旅客機だと考えられていました。
SpaceXはラプターエンジンの開発と2018年に小型試験機「スターホッパー」での飛行実証を並行して進めていました。さらに2019年に同社の事業として巨大衛星通信コンステレーション「Starlink(スターリンク)」の衛星打上げが始まります。
スターリンク衛星網は、最終的に42,000機の低軌道小型通信衛星によって、地球上のどこでも高速ブロードバンド利用を可能にするというものです。2024年4月の時点でもスターリンクの衛星数は5,000機を越えていますが、42,000機ともなると毎週どころか2、3日おきに衛星を打上げないと間に合いません。
現在の主力ロケット「Falcon 9」ではスターリンク衛星の搭載数は、初期バージョンの小型軽量の衛星で60機程度でした。仮に毎週、年間52回をこのペースで打ち上げるとすると、40,000機以上の衛星コンステレーションの完成には13年以上かかることになります。
衛星が大型になって搭載できる数が減っていること、運用を終了した衛星のリプレースなども考慮すると、Falcon 9のみでスターリンク網の完成を目指すことはとてもマスクCEOの目指すペースには一致しません。Falcon 9の5倍から7倍のペイロード搭載能力を持ち、スターリンク網の早期完成に貢献するスターシップが、SpaceXの収益の柱であるスターリンクのためにも必要だったわけです。
SpaceXのWebサイトにはスターリンク衛星を次々と放出するスターシップのイメージが掲載されていますが、平たい板状の衛星を1機ずつ軌道投入する様は、タブレット型のキャンディ「ペッツ」に例えられています。
SpaceXが開発を急ぐワケ
テキサス州にスターベースを建設し、大型ロケットを開発して試験打上げを繰り返し……となると、SpaceX自身の資金調達に加えてさらなる資金や技術、技術者が必要になります。スターシップとスターベースの開発には2014年から2023年まで「30億ドル以上かかった」というSpaceX幹部の発言もありますし、マスクCEOによると2023年には20億ドル以上をスターシップ開発に投じているといいます。まとまった資金の調達も急務です。
そこで浮上してきたのはNASAが主導して進める「アルテミス計画」で月面着陸機「Human Landing System(HLS)」としてのスターシップの役割でした。NASAは2021年にアルテミス計画最初の月面着陸ミッション「Artemis III」HLSとしてスターシップを選定します。
SpaceXはこれまで、NASAとの協力のもとで国際宇宙ステーションへの補給機「カーゴドラゴン」、宇宙飛行士の輸送機「クルードラゴン」を開発した実績があります。HLSは「月面に女性と有色人種を含む人類をふたたび着陸させる」というアルテミス計画の大目標でコアとなる要素ですが、2017年のトランプ前大統領就任時に有人月面着陸の目標を2024年と大幅に前倒ししてからスケジュールに歪みが生じ、HLS開発の予算要求が議会で満額通らないという計画上のボトルネックにもなっていました。
SpaceXの開発スケジュールにも遅れはありますが、NASA自身が開発を主導していたSpace Launch System(SLS、スペースシャトルの打上げロケットから派生した大型打上げロケット)がスペースシャトルのエンジンを再利用しているにもかかわらず、2017年の初飛行予定が2022年まで伸びたといった事情もありました。
HLS開発の契約によってSpaceXは35億ドルのスターシップ開発資金を得ることができ、さらにFAAからの打上げ許認可を加速させる力にもなっています。一方で、NASAとの調達契約は「Fixed-price(固定価格契約)」ですから、基本的には契約時の資金のみで増額は行なわれません。開発が難航するとSpaceX側の持ち出しが多くなることになりかねないため、開発を急ぐ動機づけにもなります。
続々と打ち上げられるスターシップ
HLSという形で米国の大型有人宇宙探査に参加することになったスターシップですが、NASAの選定をめぐってジェフ・ベゾス氏率いるBlue Originから、HLSを巡る重要な決定にSpaceX以外の企業が参入できる余地がなかったのは公正な競争ではないと異論が出ます。
最終的には「Artemis V・VI」以降の計画でBlue OriginもHLS開発に参入することになりました。このために一時、資金の執行が遅れたほか、スターベースの環境アセスメントを巡っても時間を要します。湿地の生物保護などおろそかにはできない対策もあり、HLS選定から2年後の2023年4月、ついにスターシップは初の統合打上げ試験を迎えました。
最初のスターシップはごく短い、およそ3分でエンジンの燃焼異常から自律飛行終了システムが動作し、機体を破壊することになりました。このとき、33基のラプターエンジンの燃焼で射点設備が大きく破壊され、また打上げ失敗による飛散物は周辺10kmの範囲に及びました。SpaceXは63項目の改善措置をFAAに提出して次の打上げに臨むことになりました。
2023年11月の2回目の打上げでは、1段ブースターと2段スターシップの分離には成功したものの、1段はエンジントラブルにより帰還失敗、2段スターシップは高度約149kmを飛行したものの、予定されたエンジン停止前に通信が途絶、飛行停止システムによって機体は破壊されバージン諸島付近の海上で再突入しています。
ようやく宇宙に到達した2回目の飛行試験の結果を受けて、宇宙船スターシップの飛行と着陸達成を目指したのが2024年3月14日の飛行試験でした。1・2段分離と2段スターシップの飛行は順調に始まり、飛行中の高画質映像をリアルタイムで送信するという驚くような光景を見せてくれました。
目標の達成は今度こそと思わせましたが、再突入後にスターシップ機体の回転が激しくなり、高度65km付近で機体を喪失することになりました。チャレンジングな試験を繰り返すスターシップの機体分解をSpaceXのXアカウントが「Rapid Unscheduled Disassembly(RUD、予定外の急速な解体)」と呼ぶといったユーモアも見られますが、開発スケジュールの観点からは早く次の試験に臨む必要があります。
グウィン・ショットウェル社長は次回の飛行試験を5月上旬に実施したいと発言しています。スターベースでは、これまでにFAA(連邦航空局)から年間で最大5回の飛行試験を行なう許可を得ていますが、これをさらに拡大し、年間で9回の飛行試験を目指すという要望も示されています。
HLSとしてのスターシップ
これからスターシップは、アルテミス計画の実現に向けて機体開発を加速していくことになります。まず、アルテミスミッションは最初の月面着陸である「Artemis III」を2026年9月に、「Artemis IV」を2028年ごろに実施する目標です。
ハリス副大統領が2023年末の国家宇宙会議で「2020年代末までに国際宇宙飛行士が米国の宇宙飛行士と共に月面に着陸する」と述べていることから、Artemis IVは日米首脳会談の際にNASAのネルソン長官と盛山文部科学大臣との間で交わされた「与圧ローバによる月面探査の実施取決めの署名」に盛り込まれた日本人宇宙飛行士の月面着陸機会のうち1回であるとの見方があります。これが実現すれば、日本人宇宙飛行士もHLS(月面着陸機)としてのスターシップに搭乗する可能性があるのです。
HLS実現のためにスターシップが達成すべきこと
日本の有人宇宙探査にとっても重要な存在になったスターシップは、今後の飛行試験で何を達成しなくてはならないのでしょうか?
アルテミスミッションでのHLSの役割はかなり複雑で、まず2機のスターシップが地球低軌道上に打上げられます。1機はHLSとして月へ向かうスターシップ、もう1機は、推進剤を輸送する専用のスターシップで「Starship Depot(スターシップ・デポ)」と呼ばれています。
打上げの段階でスターシップ・HLSは推進剤を消費してしまうため、地球の近くでこれを補給するわけです。スターシップ・HLSは月の軌道へ単独で向かいますが、この時点では宇宙飛行士は搭乗していません。
Artemis IIIのミッションでは、宇宙飛行士は、有人宇宙船「Orion(オライオン)」に搭乗してSLSで地球から打上げ、月の軌道へ向かいます。月軌道上で4名中2名の宇宙飛行士がオライオンからスターシップ・HLSに乗り換え、月面へと降下します。
月面探査ミッションが終了したのち、スターシップ・HLSでふたたび月軌道へ戻り、オライオンにもう一度乗り換えて地球に帰還することになるのです。Artemis IVのミッションでは、スターシップ・HLSにオライオンからではなく月軌道上の有人滞在施設「Gateway(ゲートウェイ)」から宇宙飛行士が移動する構想となっており、人数も4名となる計画です。
いずれにせよ、スターシップがHLSとして機能するためには、スターシップ・デポを使った推進剤補給システムの完成が必要になります。またスターシップ・HLSは長期間、宇宙に滞在してエンジンの点火と停止を繰り返すことになるため、極低温環境でのエンジン再着火を確実にしなくてはなりません。また、Artemis IIIの前にスターシップ・HLSを使った無人月実証ミッションも行なう必要があります。
2023年秋にSpaceXはArtemis IIIでの月面着陸を模擬したエンジン試験に成功し、また2024年3月中の飛行試験では、スターシップのペイロードドアを開いて推進剤を移送する実証の一部が行なわれました。
SpaceXは飛行試験を繰り返して実証を進めていますが、スケジュール遅延も指摘されています。
Artemis IIIミッションは実施目標が2回も変更されています。2回目の延期の理由にはHLSが関係しており、NASA内部からも2027年前半にずれ込むのではないかとの見方も示されています。Artemis IIIが遅れれば玉突き的にArtemis IVもずれ込むため、2020年代に日本人宇宙飛行士が月面に到達する目標実現は、やや厳しいものになるかもしれません。
HLSの先へ
スケジュール面ではすべて順調とはいえないものの、スターシップは有人月面探査との合流というきっかけから、米国を中心とした宇宙探査の中心的存在としての役割を獲得しています。
2022年には、NASAエイムズリサーチセンターの研究者らを中心に、スターシップのペイロード搭載能力と地球低軌道上での推進剤補給という能力を活かして、火星への有人探査に向けたISRU(その場資源利用)ミッションの構想が示されました。
もちろんNASAで実施が決まったといったものではありませんが、現状で実現可能なスターシップの能力を利用すれば、火星で見つかると期待される水資源を使って推進剤を製造し、有人基地の準備をすることが可能になるというのです。科学者の期待と宇宙輸送の変革への期待を載せて、スターシップが2024年内にどこまで実証を達成できるのかが注目されます。