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「東京建築祭」開催の意義 "巨大すぎる東京”で建築を楽しみ街を知る

東京・日本橋室町の三井本館は、1998年に重要文化財指定された歴史ある建築

諸外国では建築そのものを楽しむイベントが多く行なわれています。ここ日本でも、建築を仕事にしている人以外の「詳しくはないけど、素晴らしい建築を鑑賞するのは好き」というライトな建築ファンに、建築公開イベントが人気を博し始めています。

国内での建築公開イベントは、福岡や広島から始まり、2014年に大阪でスタートした「生きた建築ミュージアム大阪」(イケフェス大阪)が規模の大きな恒例イベントとなったことで、京都、神戸にも広がりました。

イケフェス大阪と京都モダン建築祭の立ち上げから実行委員を務め、5月25日(土)と26日(日)を中心に開催される「東京建築祭」の実行委員長を務める建築史家の倉方俊輔さんにイベント開催の意義などを聞きました。

東京建築祭で実行委員長を務める倉方俊輔さん

建築祭とはどういうイベント?

――東京建築祭を開催することになった経緯からお伺いしたいと思います。

倉方:これまで建築というと、設計したり施工したりする専門家だけが意識するというイメージが強くありました。しかし、近年は建築を仕事にしているわけではない人、いわゆる一般の人々が建築を楽しみ、それらを通して自分の街を知るといった催しが国内で盛んになってきています。

そうした建築公開イベントは海外では、以前から開催されてきました。例えば、アメリカのシカゴにはシカゴ建築センターという団体があります。シカゴ建築センターでは、訪れた人に対して専門家がガイドツアーを実施しています。そのガイドツアーは内容が専門的ですが、ガイドも参加者も活き活きと説明を聞いています。

100年以上経った歴史的な超高層ビルや有名なフランク・ロイド・ライトの邸宅などを一般の人にもわかるように説明しているのです。シカゴでは、1970年代から建築のガイドツアーに取り組んできました。

そのほかにも、イギリスのロンドンではオープンハウスロンドン(オープンハウスフェスティバルロンドン)といって1990年代から秋に2日間だけ開催される建築イベントを開催しています。公開対象は住宅から公共建築まで幅広く、普段見ることはできない場所を含んでいます。見学する側は当然のこととして、建築を公開する側も楽しんで実施しているのです。

現在は、2日間で約800件の建築を公開、約25万人が参加するイベントに成長しました。

――海外で始まった建築公開イベントですが、建築に対する文化や価値観は各国で違います。日本で受け入れられるものなのでしょうか?

倉方:建築公開イベントは、日本でも10年以上前から始まっています。例えば、福岡県福岡市では2009年から建築公開イベントが開催され、現在は福岡建築ファウンデーションという組織に発展しています。また、広島県でも2013年から建築公開イベントが実施されています。

そんな流れを決定づけたのが、2014年に始まった「生きた建築ミュージアム大阪」(イケフェス大阪)です。イケフェス大阪は毎年秋に2日間開催され、公開建築を原則として無料で見学できます。2023年に10回目を迎え、約6万人を集める一大イベントに成長しています。

イケフェス大阪で公開された大阪市中央公会堂は、東京駅赤レンガ駅舎と同じく辰野金吾が設計

大阪の盛り上がりが火を付けて、2022年には京都で「京都モダン建築祭」が始まりました。2021年に京都市京セラ美術館で開催された“モダン建築の京都”展にあわせ、実際の建築を訪れるガイドツアーを行ない、それが盛況だったことが直接の契機となっています。

京都は古社寺のイメージが強いのですが、実は明治・大正・昭和の建築が多くあります。これほど各時代の建築が多く残っている都市は、全国を見渡しても京都しかありません。しかも、これら近現代建築の質が高いのです。その価値の一端は2021年に上梓した『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)にまとめました。

2023年には「神戸モダン建築祭」も開始されました。ここでは学生たちとともに大阪公立大学建築デザイン研究室として、安藤忠雄の商業施設の公開などを実現したことが良い経験となりました。

東京は“巨大すぎる”ゆえの難しさも

――大阪、京都、神戸と関西3都市で建築公開イベントが開催されました。大阪公立大学の教授として、この3都市での開催に関わられていることは自然に思います。今回、東京を開催地に選んだのは、どういった経緯があるのでしょうか?

倉方:京都と神戸のモダン建築祭で事務局を務めた団体から、東京でも同じようなことができないか? という相談が私のもとに寄せられました。

相談に乗っていた段階で、アーツカウンシル東京の芸術文化魅力創出助成の存在を知りました。これまでの助成対象に建築のイベントはなかったのですが、社会的意義が認められるのか挑戦したいと思い、急遽、応募書類をつくることにしました。その際、実行委員会がないと申請できないので実行委員会を立ち上げて、私が実行委員長を務めることになり、東京建築祭という名称もひらめきました。

なぜ大阪公立大学の教授である私が東京建築祭の実行委員長をしているのかというと、ひとつはさまざまな建築公開イベントの経験があります。イケフェス大阪は2013年の実証実験からお手伝いしていて、京都モダン建築祭は先ほどの展覧会からともに方向性を模索しています。

それより前の2010年から前任地の福岡で建築公開イベントに関わっており、2016年からは東京でも和田菜穂子さんが代表理事を務める東京建築アクセスポイントの理事として建築ツアーを広めています。この団体では2019年から2022年にかけて「オープンしなけん」という東京都品川区の建築公開イベントを実現させました。

しかし、当初は東京を対象エリアにした建築公開イベントを開催するのは難しいのではないか? とも考えていました。

イケフェス大阪で公開された大阪府立中之島図書館は、大阪を地盤とする住友家から寄贈された

――なぜ東京で建築公開イベントを開催することは難しいと思ったのでしょうか?

倉方:まず、いろいろな意味で東京は巨大すぎます。

単にスケールだけで言っても、大阪・京都・神戸では、歩いて回れる範囲を公開建築の中核に据えることができますが、東京はあちこちに対象地があって、どこから建築公開をしていいのか収拾がつかなくなります。

これは祭りの状況を生み出すのが難しいことにつながります。例えば、神戸では参加者数以上に盛り上がった感がありました。優れた建築のある対象地と繁華街がずれているからです。参加者たちが街を歩くことで、対象地の雰囲気が変化していました。建築を訪問する人たちを目にした地域の方々も「なにかイベントをやっていて、盛り上がっているみたいだなぁ」と感じてくれます。

それに対して、東京は普段から人が多いので、建築公開イベントを開催しても盛り上がっているようには見えないでしょう。地域が広大すぎて、人が多すぎる。開催しても盛り上がりが見えない。というのが東京での建築公開イベントを難しくしています。

さらに、建築に関連する団体・組織・大学などが多いことも、かえって東京での開催を困難にしているように思います。東京には建築関連の団体が数多くあります。それら既存の団体は建築をつくることを目的にしていたり、保存を目的にしていたりと活動目的が異なっています。

しかも、これらの団体は普段から建築に携わっている人に向いた団体です。こうした団体が建築公開イベントを主催しても「建築は好きだけど、仕事としてやっているわけじゃない」とか「建築を保存する意義は理解しているけど、保存活動をしたいわけではない」といったライトな建築ファンは敬遠してしまうかもしれません。

イケフェス大阪にも既存の団体が参加していますが、大阪は、いわゆる「おもろい」という精神が強く、それが成功に導いた要因だと分析しています。「おもろい」というのは単に笑えるという意味ではありません。そこには従来なかったことを見てみたいという精神が含まれています。だから、大阪ではチャレンジしてみることも可能になります。

これが東京だと、建築公開イベントの目的に社会的意義や正統性、公共性や学術性を掲げがちです。イベントを開催するにあたり、こうした言葉で語り始めると参加ハードルが高くなってしまいます。それが結果として、一般社会への広がりを欠くことにつながりかねません。

東京駅赤レンガ駅舎は戦災で姿を変えたが、2012年に再び開業当時の姿へと復原された

――ライトなファンの参加者を増やすため、東京建築祭ではどのような仕掛けを考えていますか?

倉方:建築に対して一般の人たちが理解を深め、支持を広げるためには、どうしたらいいのでしょうか? 人は説教されたいとは思わないものです。特に現代人はそうです。

ですから、自分で気づきたい、自分の好きを楽しみたいという気持ちから始めようとしています。建築祭をきっかけに、ライトな建築ファンがさらに増えるといいなと思います。

なぜ私が建築祭を開催したいのかというと、建築がもっと保存されたり、よく使われてほしいからです。そして、次は質の高い建築をつくってほしいという願いもあります。

次というのは、新しく造られる建築のことです。昨今、建築は経済性や効率性といった観点が重要視されています。そうした経済性や効率性を否定するわけではありませんが、そうした観点だけで建築をつくっていくと、どんどん街は味気なくなります。

どうせ建てるのなら、今までにないような建築も目指してほしいのです。安いからとか無難だからといった理由で建築を依頼するのではない環境をもっと整えたいと思っています。それには建築を生業にしている人ではなく、一般の理解や支持が必要になります。ただ、それは内発的なものからしか、今は始まりません。それぞれが自分の好きに気づくことが大事なのです。

解説者は専門家ではなく“中の人”であることも重要な要素

――建築を公開することは、所有者にはメリットがないように感じます。

倉方:確かに建築を公開することは所有者にとって負担にもなります。それでも多くの所有者が建築公開を引き受けてくれました。所有者も「自分の建築を公開したら、こんなに喜ぶ人たちがいる」という発見があったようです。

通常、文化財などの一般公開は建築家や大学教授などの専門家、もしくは知識が豊富なボランティアガイドといった人が解説を担当します。しかし、イケフェス大阪をはじめとした建築公開イベントは所有者や実際の使用者、今風の言葉で言えば“中の人”が担当します。

例えば会社の事務所なら、その会社の社員に解説を担当してもらうこともあります。そうした方が担当できない場合は、設計者もしくはメンテナンスを担っている方などにお願いしています。それがイベントの重要な要素にもなっています。

中の人に話をしてもらうと、話に真実味が出てきます。参加者も書籍やインターネットで建築を見ているわけですが、建築公開イベントでは実際に現場へ足を運んで建築を見るわけです。そうなると、これまで書籍でしか知らなかったような解説ではなく、中の人から生の声で解説を受けることができます。そうした体験によって新しい発見がありますし、特別感も得られます。

また、中の人も説明役を務めるにあたり、事前に下調べをします。予習をすることで、「ここに使われている建材はもう製造していないから、かなり貴重なんだな」などと愛着が出てきます。そうした愛着が湧くと、もう少し清掃を頑張ろうとか丁寧に扱おうといった気持ちが自然に生まれてくるかもしれません。

そうした心情だけで経済原理に打ち勝てるわけではありませんが、少なくとも建築を大切に扱う気持ちが高まることはマイナスにはなりません。建築を訪問した人も満足するし、中の人にも喜んでもらえます。中の人に喜んでもらえれば、来年も公開しようという気持ちになってもらえます。そうした好循環が建築ファンの裾野を広げます。

また、建築公開イベントが従来の文化財保存と違っているのは、ハード面だけを見ているわけではないということです。建築を通して人間同士が出会っているのです。

例えば、大きな商社はBtoBのビジネスをしています。そうなると、通常はCustomer(カスタマー)と会うことがありません。商社のような会社は、近代建築の立派な社屋を今でも使っていることが多いですので、建築公開によってカスタマーを意識するようになります。

建築公開イベントは普段は出会わない人たちが出会って、面白いことをやれるイベントでもあるのです。それだけの効果が建築にはあります。それが良好な建築が維持されていくことにもつながるでしょう。

――建築祭の開催期間は2日間に設定されています。短いように感じますが、どういった考えに基づいて決めたのでしょうか?

倉方:建築祭と銘打っているように、これは祭です。祭は何週間も開催するものではないかもしれません。

開催期間が2日間だと、スケジュールが合わなくて参加できなかったという人が出てきます。そもそも1回で全部の建築を見て回れません。そうなると、翌年も参加しようという気持ちになり、来年を待ち望みながら残りの363日、建築を以前よりも気にするようになりそうです。

それぞれの建築が個別に一般公開することもありますので、自分でホームページなどをチェックして個別の公開イベントに参加するということも可能です。

建築公開は建築祭がすべてではありません。建築祭をきっかけにして、自分が興味を持っている建築について調べるようになり、参加するようになるかもしれません。建築祭を経験することで、建築に対して主体的になれると良いなと思います。

築地本願寺(提供:東京建築祭実行委員会)

鉄道・暗渠・マンホールなどマニアックな分野に学ぶことは多い

――昨今はインフラツーリズムと称して、橋やダムなどを見て回るツアーも開催されています。東京建築祭の実行委員長として、そういったインフラツーリズムを意識することはありますか?

倉方:建築と土木は専門家目線では異なる分野ですが、楽しむ側からすると共通した点が多く、ファン層は重なっていると思います。例えば、鉄道が好きな人は建築好きが多かったりします。そのほか、暗渠やマンホールなどへの関心も最近は市民権を得ました。

これまでマニアックとされてきたモノへの関心が高まり、そしてインフラツーリズムが盛り上がることはいい流れになっています。

私は、土木とかインフラとか鉄道とかマンホールといった分野の方がファン層の拡大という点において先行していると思っています。建築は、よそよそしい感じになっています。むしろ建築が、鉄道や暗渠、マンホールといった分野に学ぶ必要があるでしょう。

――まだ東京建築祭は準備段階で詳しく話せる部分は少ないかもしれませんが、見どころを教えてください。

倉方:東京建築祭では、公開される建築の完成年に下限を設けていません。例えば、2024年度中に開業する新しい銀座ソニーパークも東京建築祭で一般公開を予定していますが、これはまだ完成していない建築です。いわば近代建築でも現代建築でもない、未来の建築ということになります。

完成前に建築を一般公開することは、本来ならあり得ない話です。それが実現できたのは、この構想に私が長く関わり、2~3カ月に1回、現場を訪れていたという背景があります。その上で、銀座ソニーパークのトップや担当者、設計者や施工者と本気で話して、一般公開の了承を得ました。

東京建築祭に向けて実施中のクラウドファンディングのサポート特典として、好評を得た銀座ソニーパーク特別見学会を会期中にも開催(提供:東京建築祭実行委員会)

今回、東京で初めて行なおうとしている東京建築祭は、軽快な見た目の奥に、深い意義を備えたいと考えています。それが広く一般へと届かせ、長く続けるコツです。もしかしたらそれは学術的、理念的には理解しづらいのかもしれない、と思いながらも、ソニーの場合は分かってくれました。

今、さまざまな建築の関係者にできるだけ会いに行って、直接にお話するようにしています。すぐにご理解いただけなくても、来年、再来年もあります。

そして、初年度は5月25日(土)と26日(日)を中心に、実行委員の方々やさまざまな関係者のご協力のもと、今回の対象エリアである日本橋・京橋、丸の内・有楽町・大手町、銀座・築地を中心に、東京からこれまでにない建築の祭りが実現できることになりました。有名なレトロ建築が初公開されたり、建築家による自作のガイドツアーが行なわれるなど、普段は見られない場所を特別に案内します。

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)

1971年東京都生まれ。大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築の価値を社会に広く伝える活動を行なっており、建築公開イベント「イケフェス大阪」「京都モダン建築祭」の実行委員、2024年からの「東京建築祭」の実行委員長などを務める。著書に『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)、『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)、『生命の讃歌 建築家 梵寿綱+羽深隆雄』(美術出版社)、『建築家・石井修―安住への挑戦』(建築資料研究社)など多数。日本建築学会賞(業績)、日本建築学会教育賞(教育貢献)、グッドデザイン賞グッドデザイン・ベスト100ほか受賞。

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。